オンライン殺人事件クロスオーバーK06

三葉商事の企み


翌日…いつものように5時起きで、貴仁しか使わないと言うトレーニングルームを借りてトレーニング。
その後バスルームで汗を流すと、7時に朝食。

「なんか…錆兎君てなんとなくタカさんに似てて家にいても全然違和感ないわねぇ…」
と蔦子がつぶやく。

あの人格者と自分の共通点なんて全く見いだせないと錆兎は思うが、自分自身も実はあまりこの空間にいる事に違和感がなくなってきていた。


普段の日ならこのまま勉強を教えてもいいのだが、今日は三葉商事から自宅に迎えがくるはずなので11時までには帰っていないとまずい。
10時まで勉強を教えて、その後自宅に戻る事にする。

「じゃ、またあとでな、ギユウ」
とギユウに、蔦子に
「お邪魔しました。朝食ごちそうさまでした」
とそれぞれ挨拶すると、二人揃って
「いってらっしゃ~い♪」
と応えるあたりが…もう何か間違っている気がする。


自宅に戻るととりあえず制服に着替え、念のため薄いジャケットも持参する事にして、迎えを待った。

自宅が近い為か、錆兎を乗せた車はそのままギユウの自宅に向かってギユウを拾う。
そのまま車は都内の高級ホテルに向かった。

そして案内されるまま三葉商事が用意している広間に着く。
錆兎がまず先に立って中に入ると、広間中央のテーブルにすでにユートとアオイがいる。


「サビト…制服で来たんだ?」
まずユートが笑いながら近づいてきた。

「この規模の企業が用意する会場にTシャツにジーンズとかで来る度胸は俺にはないぞ。
とりあえず…制服ならどんな場所でもそれなりのTPOは保てるからな」

フォーマルもあるにはあるが…今度はラフな会場だとそれはそれで恥ずかしいので制服。

ギユウが以前、”ごきげんよう”と言う挨拶は朝でも昼でも帰りでも、いつでもどこでもそれで礼を外す事がなくて便利な挨拶なんだと主張したのを聞いてなるほどと思ったのだが、制服もそれに近いものがある。
行き先がわからない場合はとりあえず制服を着るのが一番当たり障りがなくていい。

「でも上着は私服?」
「一応…この季節のホテルとかはクーラー効きすぎてる可能性高いが、制服の冬服のブレザーだとさすがに暑すぎだから」

自分的にはしごく合理的にして当たり前の選択なのだが、ユートの反応からするとどうやら”普通”とかけはなれているらしい。
少し目を丸くされた。

「…そんな可能性…全然考えてませんでした…。そいえばそうですよね。
廊下はそうでもないけど、部屋の中ってちょっと寒いかも…」
そんな会話を交わしてると、後ろでギユウが言う。

錆兎は自分の上着をギユウに羽織らせると、冷房を緩めてもらえるように、主催に言いに行った。
そして弱めると言う言葉を聞いて、ギユウの元に戻る。

自分のジャケットが華奢なギユウにはぶかぶかでその様子がなんだか可愛い。
椅子を引いてギユウを座らせると自分もその隣に座る。

そしてあと二人。シャルルとヨイチ。

驚いた事にシャルルは本田映という女子高生だった。
アオイの説明によると男同士の恋愛を描いた話が好きな腐女子という人種らしく、自キャラの男キャラと錆兎のキャラを絡ませて遊びたかっただけという…まあ結果的には単なる趣味で悪意も何もなかったという事だ。

シャルルこと映は多少暴走気味ではあるものの、連れのヨイチは非常に物静かなだけでなく、とても細やかな気遣いをする少年で、その暴走を上手にやんわりいさめてる。


そして賞金授与。
アオイがごねた。

「だってさ、どう考えても私が倒してないよ、魔王。
残ったほんのちょっとのHP削ったのがたまたま私だっただけで倒したのほぼサビトじゃん」

一億欲しさに5人殺した奴もいる中呆れるほど無欲な奴だと錆兎は感心する。

しかし…それに対して、本来トドメを刺した人間と言うルールだったのだから自分が受け取るべきじゃないと主張している自分も同類だという事には当然気付いてない。
結局、完全なる第三者の映の提案でその時パーティーを組んでいた4人でわけるという事で双方渋々引き下がった。

そしてそれぞれキャラ名を呼ばれて額面2500万円の小切手を受け取る。
目の前にしてまたフツフツとわき上がる怒り。
このせいで一人ぼっちだった自分を受け入れてくれた大事な仲間達が危うく殺されかけたのだ。
それを喜んでホイホイ受け取る様な人間だと思われるのは心外だ。
誰もかれもがこんなもんありがたがると思ってもらっては困る!

錆兎はそれをまずビリっと二つに裂いた。
そしてさらにそれを二つに…
どんどんそうやって破って行くと最後は粉々の紙吹雪が出来上がった。
無意味な行動に走る子供だと笑うなら笑えっ!

最後にそれを主催の目の前でフ~と吹き飛ばすと
「高校生を見くびるなっ!」
と、指差した。

「国家レベルの影響持つ大企業だかなんだか知らないがお前達のくだらない保身のせいで、俺の仲間は死ぬとこだったんだ!
俺はそんな仲間の危険を放置した企業の金なんか受け取る気はないっ!」
と、宣言してクルリと背を向け席に戻る。

結局…その後ギユウがユニセフに寄付宣言したのを皮切りにユートもアオイもユニセフに寄付ということで誰一人それを受け取らなかった。

しかし…話はそこで終わらなかった。

全員の賞金の行く末を見届けた所でさっさと退場しようとした錆兎は、そこで登場したM社の社長に引き止められた。
そして語られる事実。

今回ゲームが送られてきた目的は新ゲームのテストなどではなかった。
実子のいない三葉商事社長の跡取り選出のためだったのだ。

最低限の情報しか与えられない非日常の中、金に惑わされず、常識にとらわれず、目先の危険を見逃さずそれでいて他人を率いて行ける人材を選び出すために、社長の一族の血を引く若者にゲームをやらせたというのが真相らしい。

今回起こった一連の殺人事件ですら、危機回避能力を試す材料として使われていたと言う事に激怒する錆兎。
だが、皮肉な事に錆兎自身がその跡取りとして選ばれる。

「俺はごめんだぞ。こんな薄汚い企業の片棒担ぐなんてまっぴらごめんだっ!」
当然錆兎は反発するが、そこで社長の言葉…

「汚い…か。確かにある程度黒を白にすることも逆にする事もできる力があるが…その力を行使するか否かの選択ができるぞ、上にいれば。
今回思い知らなかったかね?末端にいれば不正を不正と知っても拒絶する権利すら与えられない。
止められる悲劇も止める術を持てないということだ」


確かに…力があれば大事なものも容易に守れるのかもしれない…。
自分を貫けるのかも知れない…。
自分の意地のためにそれを放棄するのが果たして正しい事なのだろうか……

答えのでない錆兎に社長は一ヶ月に一度連絡をいれるから考えろと言って退場した。




破壊と再生


今回の事で、それが例え実際は虚像だったとしても、理想…友人…たくさんのものを失った。
今まで閉鎖された中で感じる事のなかった孤独、迷い、など色々な負の感情も知った。

何も知らないままの頃は揺れる事のなかった感情が揺れるようになったせいで、ひどく自分が脆くなった気がする。

結局…ずっと周りをみないように盲目的に突き進んできたため見えなかった現実を今無理矢理つきつけられているのかもしれない。
世の中は必ずしも黒と白に分かれたりはしないし、清濁あわせ飲む事も時には必要になる。

それが逃げなのか勇気が必要な英断なのかわからない。

今…それを考えるには疲れすぎてる気がした。
とりあえずこの場から逃げたい…それが素直な感想だった。


即家に逃げ帰りたかったが、こんな風に6人集まれる状況は今後そうそうないかもしれないと、みんなに引き止められて、結局6人でファミレスに場所を移した。


「ねえ、結局犯人てイヴちゃんだったの?」
しかし場所を移してもアオイが今逃げたいと思ってる話題の一つを出してくる。
まあ…状況的に仕方ないと言えば仕方ないのだが…

「消去法で行くとそういう事になるね」
と答えるユート。

そこでまた映の
「そそ、私とヨイチはぜんっぜんそのあたりの事知らないんだけど、結局何がどうなってるわけ?」
という言葉で追いつめられて行く。

だんだん息苦しくなって目眩がしてきた。
逃げてしまおうか…と思いかけた時、不意にほわんとした声がその息苦しい空間に空気をいれてくれた。

「旅行…行きたいです」
まあ…意味不明なのはいつものことなのだが…あのつらい話題をどこかに流してくれるならなんでもいい。

「夏休み最後ですし…今年ゲームがあったので、私全然遠出してないんです」
と言うギユウの言葉に取りあえず
「今からじゃ…宿取れないぞ…」
と、のってみた。

「大丈夫っ♪泊まるだけならうちの別荘でっ♪」
とさらにそれにギユウが答えたあたりで、もう話題は完全にそっちに移った気がする。

「んじゃ、行ってくればいいだろ」
「一人じゃ…楽しくないじゃないですかっ」
「…アオイ誘えばいい」
「女の子だけじゃ…不用心じゃないですかっ。皆で行きましょうっ」

……まあ…冨岡家の女らしいといえばらしい。
というか…あの家の女達が不用心とかいう言葉を口にすると、不用心という言葉に対する冒瀆にしか聞こえない気がするのは自分だけか…。

「……姫…」
「はい?」
「…あのな…一般的にはな、若い女の場合、若い女だけより若い男と泊まる方が不用心なんだぞ…」
一応注意してみた。
意味…わからない方に1万票なわけだが…。

「さびとが一緒なら何があっても安全だし、両親も許してくれるしっ♪」

確かに何故かギユウの両親は自分に対して絶大な信頼を置いているらしい。
それは…否定できないというか…たぶんそうなんだろうが…。

「……お前の両親…変だよな、絶対…」
昨日の事を思い出してため息をつく錆兎。

まあ自分的には今一人になると色々考えすぎて再起不能になりそうなので、皆で旅行も悪くはないのだが…。
他に聞いてみると、それぞれ大丈夫との事なので、結局旅行に行く事になった。

ギユウの別荘は蓼科高原。
新宿からスーパーあずさで2時間半。
男女3人ずつ6人の高校生。
錆兎はこんな風にわいわい旅行するのは初めてだ。

ギユウは昨日楽しみで眠れなかったらしくて乗った瞬間に眠そうで、隣に座ったアオイが自分にもたれて寝る様に申し出たがフルフル首を横に振る。
それでも今にも眠りに落ちそうなので、
「アオイ、チェンジ」
と、アオイと席をかわった。

「良いから寝とけ。着いたら起こしてやるから。」
と、錆兎は自分の上着を脱いでパサっとギユウにかける。
するとギユウは
「ありがと~さびと」
と、意外にあっさり錆兎の肩にもたれた瞬間コトンと眠りに落ちた。

一応…全く気にしてないようでいて、ギユウも相手は選んでるのか、と、少し不思議に思う錆兎。
まあなんというか…ちょっと嬉しい。

有名進学校海陽学園で学年トップの成績をキープし続けている生徒会長にして主な武道の有段者、周りが呆れるほどのイケメンで、さらに言うなら日本有数の大企業である三葉商事社長からぜひ跡取りにと熱烈ラブコールされている、そんな将来を嘱望されまくっている出来過ぎ男が、こんな些細な事で幸せに浸ってると言うのは誰も想像もしてみないだろうが…。

高いスペックと裏腹に異様に低い自意識の持ち主である。

錆兎がそんなささやかな幸せに浸ってる間に、アオイはほぼ部外者に近かった映とヨイチに今までの状況を説明し、それに対して映が今度は自分達の状況を説明していた。
その後お互いのリアル関係、アゾットの名前の由来まで話した所で蓼科の最寄り駅の茅野につく。

そのままタクシーで一路別荘に。
蓼科高原の高級別荘地の一角にそれはあった。

いかにも高原の別荘といった佇まいの白い建物。
その美しい建物に、変わった趣味の持ち主といえどもそこはやはり女の子なのか、映がはしゃぐ。
全員中に入ってとりあえず部屋割りが決まると、それぞれ部屋に落ち着いた。

錆兎は軽く荷解きをした後、鞄の中から茶封筒を取り出す。

早川和樹の日記…
一応全員分コピーして7部それぞれの先頭ページに付せんは張ってあった。

葬りたい気がしないでもなかったのだが、関係者には約束もしたことだし知る権利もある。
手に取るとそれ自体が何かの凶器か何かでもあるかのように、ズキリと胸と胃が痛んだ。

それでも…せっかく皆が楽しんでいるのだ。そういう素振りを見せるわけにもいかない。
錆兎はそれを直接触れるのをさけるように小さな手提げの紙袋に入れると、リビングへ降りて行った。


「すごいね、ここ」
すでにユートが一番乗りでリビングの絨毯の上で寛いでいた。

「ああ、でも姫ん家もっとすごいぞ」
錆兎はその横のソファに腰を下ろす。
その言葉にユートはクスクス笑った。

「ね、以前言ってたサビトの彼女ってさ…もしかしてつか絶対に姫だよな?
もうさ、ゴールイン間近って感じ?」

あ~誤解されたままだったか…と、錆兎は頭を掻く。

「あ~、あの時は色々たて込んでて説明すると長くなりそうだったからスルーしてたけど、別に彼女ってわけじゃない。親公認の…ただの友人」

錆兎の言葉にユートは
「そうなん?なんかもう明日結婚しましたって言われても不思議ないくらい馴染んでる気がするんだけど」
と、きょとんと錆兎を見上げた。

「いや…馴染んでるとしたら毎日朝から晩まで一緒で…自宅には寝に帰るだけくらいな勢いで…姫父いないと留守番頼まれて泊まったりするからか…」

「あのさ~~サビトの友人と彼女の境目って何よ?
もうただの友人でそれって普通あり得ないからっ。
つか姫だって俺はまだしもアオイとさえある程度の距離感もって接してるけど、錆兎だともう距離まったくなしって感じじゃん」

そう…なんだろうか…。
ほぼ他人と個人的つきあいをした事がないから錆兎にはよくわからなかった。

「サビトってさ…なんつ~か…天然?
頭むちゃキレるし基本スペックも高いんだけど…変なところでむちゃくちゃ鈍感…つか、世間知らずだよな」
ユートは苦笑する。

「普通だとここまで完璧に出来過ぎだといけすかないんだけどさ、それがあるからサビトって見ててすげえ面白い」

もう…何が受けるのかとか本気で謎だ…と錆兎は思った。
だがとりあえず…ユートは自分に好意をむけてくれているらしい。
それにちょっとホッとした。

そんなやりとりを交わしてるうちに映とヨイチ、ついでアオイとギユウが降りてくる。
ギユウが全員に紅茶を配ると、コウは例の日記をテーブルの上に放り出した。

「全員分ある。
一応俺が説明して、詳細書いてある部分がどこか付せんの番号で言うから勝手に見ろ」
本音を言うと放り出して逃げたかったが、当事者…特に一番危険な目にあって恐怖を感じたであろうアオイはトラウマになっていかねない。
なるべく1クッション置いて、本当に傷をえぐる事になる前に読むのをやめるならやめるという選択をさせてやりたい。
なので何が書いてあるかだけ簡単に説明して判断させようと考えたのだ。

「まず、付せん1な。アゾットが何故そのジョブを選んだのか書いてある。詳細は自分で読め」
言うと全員目を通し始める。

待ち時間…胃がキリキリ痛む。
トラウマ…という点では実は一番トラウマを感じているのは錆兎だったりするのだが、もちろん自覚無し。

「は~い!先生っ!しっつもんでえすっ!」
と、映がシュタっと手をあげるのに我に返った錆兎は痛む胃に軽く手を置きながら
「なんだ?」
と答える。
「ここに出てくる馬鹿会長ってもしかしてサビト君?」

…目眩がした。

「知るかっ!」
とかろうじて答えて、痛む胃に少し厳しくなる表情をみられまいとソッポをむいた。

「次行くぞ。次!」
勘の良いユートあたりがそれ以上つっこみをいれて来る前にと、錆兎は先を進めた。


「最初のゴッドセイバーの殺害はイヴの単独行動。
アゾットはゴッドセイバーがイヴにリアルを話すの聞いて、殺人事件が起こる事も
予測していたらしい。詳細は付せん2を読め」

みんな黙って目を通している。
ユートは淡々と、映はしきりに感心したようにうなづいたりうめいたりしている。
ヨイチは少し悲しそうな表情で、アオイは腹をたてているっぽい表情。

そして最後にチラリと自分の隣のギユウに視線を向けると、ギユウはまたスリっと小動物のようにすりよってきた。

「で、第一の殺人勃発。これはイヴの単独の犯行だが、アゾットはイヴを犯人だと思って接触。詳細は3な」

全員が読み終わったであろうタイミングでまた説明をして先をうながす。
1章の映の質問以降みんな無言。
ひたすら説明をきいて日記を読んでいる。
その待ち時間がつらい。嫌な事を色々思い出す。

「で、だ。アゾットはとりあえずイヴから疑いの目をそらすために自分に好意を持っていて動かしやすいメグを利用しようと考えた。
で、メグに全員にメルアド交換を提案させて、その裏でイヴにショウ、続いてメグを殺させた。
詳細4な」

だんだん佳境に入って行く。このまま行くとやがて5章でアオイ自身についても書かれた部分がでてくる。

「気分悪くなって来たなら読むのやめてもいいぞ。
そのため全部俺の口から言わずに大方の流れだけ話してるんだからな。
詳細読まなくても流れだけはわかるように説明してやる」

と声をかけるが、自分の方が思い出すとまたキリキリ胃が痛むと同時に吐き気がこみ上げてくる。
そんな時、シャツをつかむ感覚がした。
見下ろすとギユウが自分のシャツをつかんで涙目で自分を見上げている。

「お前はもうやめとけ、な」
その手から日記を取り上げると、その小さな体を引き寄せた。
ギユウは引き寄せられるままその小さな顔を錆兎の胸に埋める。
柔らかいぬくもりにス~っと引いて行く胃の痛み。
嗚咽をもらすギユウの柔らかな髪をそっとなでる。
急に体が楽になった。

そこで少し冷静さを取り戻した錆兎は
「お前は?どうする?」
と、アオイに目を向ける。

アオイはしばらく無言。迷っているようだ。
それでもやがて
「絶対いつか気になるから…一人の時に読むよりいい」
と、結論を出した。

まあ…確かに一人で読むより誰かがいる所の方が良いというのは同感だ。
錆兎は
「まあ…ここから先は俺らのパーティーの話になってくるから気分悪くなって来たらマジ無理すんなよ。
んじゃ、続けるな。
アゾットはメグまで殺した所で一応最初の殺人の尻拭いは終了ってことで、ここからは1億をイヴに取らせる為に動き出す。
で、自分達以外で一番魔王に近そうな俺達のパーティーに目を付けて、一番誘い出せそうなアオイをターゲットにしたわけだ、詳細は付せん5」
と、続けた。

自分について書かれた部分。
最初に呼んだ時、このあたりで自分は完全にダウンしかけたわけで…それ以降はとにかく自分について書いてある部分を見るのが怖くなった。

しかし、今
「き…嫌われてるよっ!サビト君めちゃ嫌われてるって!!一体何したの?!!」
と、映がヒ~ヒ~お腹を抱えて笑い転げていても、意外に平静な自分に錆兎は驚いた。

それから時間をある程度はかって、6、7と説明していく。

全部読み終わったかと周りを見回すと、アオイが泣きそうな顔で自分を見ている。
わかりやすい奴だ…。

「ま、最後の方のゴチャゴチャは気にすんな。忘れろ」
と思わず苦笑。

そしてそれ以上追求されないようにと、その先のアゾットが殺された理由やその後の経過などを軽く説明した。

ところが…

「サビト君て…アゾットと友達?
錆兎って実名でてるのあれどう考えてもサビト君の本名だよね?
呼び捨てで呼ぶほど仲良かったん?」
全て説明が終わってホッとした所で言い出したのは映だ。

気になるのはしかたない…。
だが、自分でもどう答えていいかわからない。
今までの自分の認識を改めた上で、事実と向かい合わなければならない。
そして…それを説明するというのは……
収まりかけていた胃痛が少しよみがえる。

平静に…
「だよな、ま、気になるのが普通だ」
笑顔を浮かべようとして…でも苦笑いくらいにはなったかもしれない。
とりあえず同級生という客観的事実から説明するか…と口を開きかけた時、

「さびと…ごめんなさい、ちょっと気分悪くなってきたかも…部屋に戻りたい」
と絶妙なタイミングでギユウが口をひらいた。

内心ホッとするが、まるで義務から逃げてるような気がしないでもない。
錆兎は映とギユウをちょっと困った様に見比べた。

錆兎の視線に、ギユウはキュウっとシャツを握る手に少し力を入れて、訴えるような視線で錆兎を見上げる。

「歩けない…よな?」
もう…まじめにギユウには勝てる気がしない。
逃げじゃない…単純に…ギユウには弱いのだと錆兎は自身を納得させた。

「わかった、ちょっと部屋送ってくるから。すぐ戻る。
アオイも来てくれ。説明は戻ってからな」

とりあえずインターバルは置ける事になってホッとしつつも、一応戻れる様にとアオイに付いてきてもらう事に。

そのままギユウを抱き上げてギユウとアオイが使っているベッドルームへと運ぶ。
同年代のアオイと比べても華奢なギユウ。
こうして軽々と持ち上げられてしまうのが、根本的に自分達とは違うんだなとあらためて実感。
乱暴に扱うと本気で簡単に壊れそうだ。

そ~っと本当にそ~っとベッドに降ろすと
「ギユウ、大丈夫か?医者呼ぶか?」
と、声をかける。

少し青くなって涙目で震えてる図は、可愛いが壊れてしまいそうで怖い。
「ううん、いい。ただドロドロすぎて気分悪くなっちゃった」
と本人は言うが、なんだかそう言われても医者に診てもらって、確かに大丈夫だと言って欲しい気がしてくる。

正直…ナイフを持った人間が目の前に迫って来るよりも、今目の前にいるこの可愛らしい少女に体調崩される方が遥かに怖い気がした。
それでも説明の途中で抜け出している事だし…しかたない。

「んじゃ、悪い。俺は話の途中だし戻るからアオイついててやってくれ」
後ろ髪引かれる思いでクルリと反転しかけると、クン!とシャツの裾を引っ張られる。
顔だけチラリと後ろに向け確認してちょっと困った顔をする錆兎。

「さびと…行っちゃやだ…」
もう…これ振り切って行ける奴がいたら会ってみたい…と思いつつも、それでも
「ギユウ…」
と抵抗を試みて口を開きかけるコウだが、
「やだっ」
というギユウの言葉で挫折した。

「悪い、アオイ。下には話はあとでって言っといてくれ。
こうなったらテコでも動かないから」
錆兎は大きく息をついた。

アオイが了承して下に行くと、錆兎はベッドの端に腰を下ろして、ギユウの柔らかい髪をなでる。

「ごめんなさい、さびと」
やっぱり涙目で見上げるギユウ。
可愛いなぁ…と思わず笑みが浮かぶ。

「別にいい。落ち着いたか?」
と声をかけるとギユウはうんうんとうなづいた。

「さびとが…いるから」

その言葉でなんというか…もう色々がどうでも良くなってきた気が…。
今までそれに何の意味があるのか疑問だったが、武道続けていて良かったと錆兎は心の底から思った。

「さびとは何でもできるし…」
その言葉に錆兎は苦笑。

「物理的にはな、たぶん出来る事が他人より少しだけ多いかもだけどな」

実際は総合的にはやっぱりユートとかの方が色々できる事が多い気がする。

「少しじゃ…なくない?その気になればなんでも出来る気がするけど。
頭良いし運動神経も良いし…できない事ないじゃない」

「出来ない事…多いぞ。普通の人間が当たり前にできる事が出来ない」
人間関係とかな…と心の中で付け足してため息をつく錆兎。

ギユウは不思議そうな顔でそんな錆兎を見上げた。


「人の気持ちを…な、察する事とかできない。その上、俺は他人を緊張させるみたいで…。学校とかでもな、なんか周りに人は集まるんだけど馴染まれないというか…」

思えば…小学校時代から学級委員とかそんなものばかりやってた気がする。
同級生も後輩も周りに集まる。
だが何故か同級生にすら”さんづけ”で敬語で話される。

確かに名門私立だ。周りも言葉使いはしっかりしている。
教師など目上にはきちんと敬語…だが何故同級生の自分が敬語で話されていたのかが今にして思えば謎だ。
というか…これまで全く疑問に思っていなかった辺りが自分自身もおかしいと思う。

ただ…中学になって外部から受験して入ってきた和樹が普通の口調で話しかけてきた時、なんとなく嬉しかったのは今でも覚えている。
父親以外初めて自分を下の名前で呼び捨てで呼んだ人間、それが早川和樹だった。

ユートに出会うまで唯一対等だった人間…。
錆兎はため息をついた。


自分は恐らく何かが欠落してるのだろう。
だからみんなが遠巻きにする。

もう何をしたいかではなく、何をするべきかという方向で生きて行くしかない。
自分の欲求より、他に迷惑をかけないように、不快感を与えない様に、少しでも他の人間の役に立つ事を…それが結局は自分の心の平安につながる最善なのではないだろうか…そんな諦めに似たものがあるのだが…それすらも……

「…どうすべきなのか…本当にわからなくなってきた…」

今一番の本音である。
結局…誰かのためにと動けば他にとっては不利益な行動になりかねない。
世の中は…方程式のように正しい答えがでない。

「さびとは…どうしたいの?」
相変わらずぽわわんとしたギユウの声音。

「…普通に…東大から警視庁って思ってたんだけど…」

したいというより、普通に父親を模倣していく、それが最善の人生だと思っていた。
しかし今、それが最善ではないのかもしれないという現実に直面している。

「けどって?それじゃ駄目…?」
「駄目…かもしれなくないか?」
「どうして?」

「……ギユウ…」
何も聞いてなかったんだろうな…と、錆兎は密かにため息。

「ギユウはさ、聞いてなかったかもしれないけどな…ジジイの話…」
説明しようとしたら
「あ~不正がわかってもとかいうやつ?」
と、あっさり返された。

聞いてたのか、と、驚きつつ、続く
「そんな程度の事なら…やりたい様にした方がいいと思うけど?」
という言葉にまたため息をついた。

そんな程度の事…で済む事なのか…。
国家レベルの圧力と正義の狭間…なんて観点はないんだろうな。
まあ…これだけ可愛ければ存在自体が社会貢献なのかもだが…と、思い切り自分視点で考える。

「だってね、会社継いでもさびとは結局同じ事で悩む事になると思う」
「同じ事?」
「だって…その会社が世界最強なわけじゃないから…
外国との折り合いとか、必ずしも正義で行動できない事もでてくるでしょ…。
そうなった時ってあくまで主張貫いたら普通に真面目に働いてるすごぃいっぱいの社員の皆さん路頭に迷っちゃうよ?
大きな会社だったらそれだけいっぱいいっぱいの人よ?」

なんにも考えてないと思っていたら意外に本質をついているその言葉に錆兎は驚いたが、
「結局…もうそれが嫌だったら世界征服しかないと思うっ、世界征服っ!」
というのがギユウらしくて笑える。

さらにその後ギユウは
「だから…ね、少なくとも自分がやりたい事やったら失敗してもやりたい事やれたっていう意味があるでしょっ♪」
と、ニッコリ可愛らしい笑顔で錆兎を見上げた。

こんなに可愛ければ…やりたい事やらせてやりたいって気にもなるよな…と思う。
でも自分みたいにこれと言った取り柄もない人間だと単純に自分がやりたいからという理由で動いたら他に迷惑だと錆兎は思った。

「…自信ない……」
本当に自信なんてかけらもなかった。

「いつも…自分が良かれと思ってやっても失敗するから。
本気で悪気はないんだ…嫌われても良いとか思った事ないし…他人を傷つけたいとか思ってるわけでもない。
でも気付けば傷つけて嫌われてる。
すごく考えて行動して失敗しない様にとか思っても結局失敗して何も残らない。
自分がやりたいようにやるってすごい無駄な気がしてくるんだよ…
最後には…もう何をやりたかったのかすらわからなくなってくる…」

本当に…何が悪かったのか未だにわからない。
自分の何がそんなに和樹の気に障ったんだろうか…
何故他の人間が当たり前に築いている普通の友人関係が自分には築けないんだろうか…

なさけなさと悲しさと不安と…マイナスの感情がグルグル回る。

「わかったっ!じゃ、えっとね、私は会社で難しい顔してるさびとより、警察ではりきってるさびとが見てみたいっ!」

いい加減気持ちがズブズブと奈落の底に沈みかけた時、ギユウが唐突に口を開いた。

「私は会社社長より警察官がいいっ!ね?
それでもしさびとが失敗しても私の希望は適うから無問題♪」

すごい理論だ……
ぽか~んとする錆兎。
次の瞬間ぷ~っと吹き出した。

「すごいな、ギユウ。俺より俺様だな」
「だって…さびとにやりたい事ないって言うならさびとの人生がもったいないじゃない?
それなら私が有効活用♪」

なんというか…100の理屈でも叶わない明るく前向きな勢いがある気がする。
急にぱ~っと光が差し込んできた気分だ。
どんなに勉強ができようと強かろうとこの無邪気な明るさには本当に叶わない。
他に迷惑だったとしても…この可愛い少女の願いが叶うならそれでいいという気になってくる。

「じゃ、ギユウのために警察のトップでも目指してみるか」
と錆兎が言うと
「うん♪」
とパ~っと花が咲き誇ったような笑顔。


「ギユウは…すごいな。俺もどうせ空気読めないとかならそんな風になりたかった」

「すごい…?さびとのほうが全然色々できてすごいよ?
私の夏休みの宿題とかものの30分でできちゃうし、今回のゲームのゴタゴタも全部さびとがなんとかしてくれちゃったし」

「あ~勉強とかはある程度技術だし、危機管理とかはプラス知識だから。
学び方わかってて情報が流れてくる環境にいれば自然になんとかなる。
でも人間関係だけはな……。
ユートもな…上手いと思うんだけど、あれは勉強で言えば秀才というかある程度の才能とたくさんの努力。
まあ…それはそれですごいと思うし尊敬してんだけどな。
俺がまずい事言っても理解しようとそれを自分の中で整理してこれまでの人間関係を考慮した上で許容しようとしてくれる」

「さびと…難しくてわかんない。ユートさんについての話」
きっぱり言うギユウ。

多分…今まで自分が話をしてきた中でもそう思った人間はたくさんいたんだろう。
でもこうやってはっきり言ってくれる人間はいなかった。
ちゃんと向き合ってくれようとするその姿勢が嬉しい。
錆兎は、ああ、悪い、と軽く笑みを浮かべた。

「ようは…俺が相手がムッとするような事言ったとすると普通の奴はムッとする。
でもユートはそれにムッとしないわけじゃないんだけど、俺は友達だから悪い意味で言ってるんじゃないだろうなって考えてくれるって事。これでわかるか?」
なるべく噛み砕いて説明を試みる錆兎に、ギユウは
「うんうん」
とうなづいた。

「えっとな、だから俺を許容してくれるのは奴自身が努力して維持してる理性と知識なわけだ。
だから自分自身もすごくあたりが良くて人間関係のミスを犯さないんだけど、それは自然にできてる事じゃなくて、知識と努力の賜物なんだ。ちゃんと言うべき事を考えて取捨してる。
ようは…努力して勉強してる秀才なんだ。でもギユウは…ぶっちゃけ考えてないだろ」
「うん♪」
ギユウ即答。錆兎は苦笑した。

「深く考えてないで物言ってるんだろうなって思う事がままあるんだけどな…
それで人間関係破綻するほどの事にならないだろ。
だから…ユートが秀才ならギユウは天才。
俺もなんだか腹立たないし、多分今までもそれほどすごいもめ方はしてきてないんだろうなってギユウを見てるとわかる。
なんというか、親はもちろん、友人とか周りにも愛されて育ってるんだろうなって雰囲気がな…すごくにじみ出てるから」

実際…時にはアオイとかにはたまに腹がたったりした事はあるのだが、ギユウに対しては腹がたったという記憶がない。
それ違うだろ、とは思っても、最終的に自分から折れるしかない気にさせられる。

「逆にな…相手の事も不快な発言とかされても理性でなんちゃらじゃなくて、不快ってこと感じないっていうか…友達が言う事イコール良い事って思ってるだろ」

たぶん…無条件に信頼して頼ってきているというのを感じるからかも知れないと思って言うと、
「ん~~~~~~」
と、ギユウはそこで腕を組んで考え込んだ。

「あのねっ!」
やがてピョコンと顔をあげる。

「私ね、お友達に意地悪とか嫌な事とか言われた事ないっ!」
「………」
気付いていないのがギユウらしいと言えばギユウらしいが……

「えと…な…俺ギユウにも結構普通は怒るような事言ってる…」
「ええ~~??いつっ?!!」

ほんっきで気づいていなかったらしい。
思い切り驚かれて錆兎はため息をついた。

「さびと…?もしかして私の事嫌い…?」
考え込む錆兎の顔をギユウがちょっと潤んだ目でのぞきこんだ。
「あ、いや。そういう意味じゃなくてっ!」
慌てる錆兎。

「つまり…わざととか怒らせたくてとかじゃなくて…それこそ空気読めないってやつで…。
アオイとかに同じような事いったら大激怒されたとかよくあったし…」

ほんっきでアオイは怖かった。まあ…お互いそう思っていたらしいが。

「まあ…ギユウがそんな風におおらかだから気を使わないでいられるっていうか、楽なんだろうな。
俺、ギユウ以外だとここまで雑談とかできんし、かといって沈黙が続くのも気まずくてな…。
アオイとか地雷多すぎて二人きりになると真面目に気を使いすぎて疲れる」

「アオイちゃん…楽しい人よ?あまり好きじゃないの?」
「あ~嫌いなら別に放置でいいんだけどな。友人だと思ってると嫌われたくないだろ。
だからうかつに話せん。
まだ面と向かって怒ってくれれば謝れるし修正もできるんだが、たいていの奴は黙って離れて行くから」

「えっとよくわからないけど…」
ギユウがジ~っと錆兎の顔を覗き込んだまま言った。

「さびとがね最初にゲーム内で助けてくれてから今までずっとね、さびとから”悪意”感じた事ってなかったよ?」

ギユウの言葉に錆兎は少し驚いて目を見開いた。
確かに…悪気も悪意もない。
でもそれを無条件に感じ取ってくれるなんていう人間は皆無だった。

「えっとね…上手く言えないんだけど…この人なら大丈夫って思った。
私ね、ほら、さびとも知ってる通り絡まれやすい人じゃない。
だから…実は男の人ってそんなに得意じゃないの。
うちの両親にしても…娘溺愛してるからっ。
父なんて私が小学校の頃とかコッソリ学校の鞄の底に隠しマイクしこんでたくらいの人なんだよ?」

そう言えば…そうだ。
当たり前にウェルカムオーラ満載で受け入れてくれていたからすっかり忘れていた。

「それでもさびとなら大丈夫ってなんか思っちゃったの。
えっと…だからね、さびとがそう思わせちゃったってこと。
さびとの善意って…言葉で伝えられなくてもちゃんと外に出てるよ?」

ニッコリと微笑むギユウの言葉に、なんだか泣きたくなってきた。
なんで…この家族は当たり前にわかって欲しい気持ちを察してくれるんだろう…。

「アゾットさんとかってね、逆に私の事嫌いだったと思うのね…。
嫌われるほどおつきあいした事ないけど、嫌われてたっ。なんとなく感じてた。
えと…ようは…何しても嫌ってくる人、何しても嫌われる時って絶対にあると思うの。
嫌われるのって嬉しくはないけど…でも私が気にならなかったのはさびとやアオイちゃんやユートさんがいたから♪
全員に好かれるのって無理だし、別に自分を嫌いって人と一緒にいなければいいだけじゃないかな?」

嫌われるのに理由はない時もある…その言葉は随分と錆兎の気を楽にした。

「ギユウが言うと…世の中ずいぶんすっきりわかりやすい気がしてくるな」

いつもいつもギユウの言葉は自分を楽にしてくれる。

「本当に…ギユウの周りには複雑な大人の事情とか裏表とかそういうのが皆無な感じがしてホッとする」
本当にギユウの周りは善意でできていると心から思う。

「大丈夫♪さびとは好かれる要素満載だから♪好きっていう人いっぱいいるっ♪
そういう人といれば無問題♪」
笑顔で言うギユウ。

彼女は本当にそう思っているんだろう。
ギユウは良くも悪くも嘘は言わない。自分が思っている通りの事を口にする。
それでも…それが必ず正しいとは限らないわけで……

「そんな事ない…。表面上は好意的に接してても裏で嫌ってる奴多い。
たぶん…自分を嫌ってる人間を全部排除したら誰も残らない」

確かにギユウの周りは夢と善意が溢れてるが、そこを一歩離れればこれが現実なのだ。
自分が他人に好かれるような人間ではないという事は自分が一番良く知っている。

努力しても他人に好かれる事ができない…そんな人間がいるというのは恐らく当たり前に周りに愛されるこの可愛らしい少女には理解できないのだろう…きょとんとしている。

一瞬の沈黙。それからまた天使の笑顔。
フワっと首に華奢な腕が回された。甘い…桃の香り。

「じゃ、私が独り占めしちゃう♪私はさびとが大好きだから♪
さびとはこれから全部私のもの~♪」

いつもとは違う意味で…目眩がした。
思わず自分の耳を疑ってみる。
この瞬間に一生分の幸せが凝縮した気がした。
たぶん…ギユウの事だ、深い意味はないのかもしれない。
それでも…ありえないほど幸せだと思った。

所有物でもなんでも構わない。好きに使ってくれても構わない。
自分みたいな人間でも…側にいていいんだろうか…

「ギユウ……」
「はい♪」
「ゲーム終わったし…殺人犯の心配ももうない…」
「はい♪」
「その…護衛の必要もないし……俺、たぶん一緒にいて楽しい奴でもないから…ギユウは迷惑かもしれないけど…」
「ん~私は楽しいけど…それで?」

ひどく緊張して考えがまとまらない。
それでも言ってしまいたかった。

「…それでも俺はギユウと一緒に居たいと思ってる…その…俺はギユウの事を好きだから…」

言った!心臓がバクバクする。

それに対しての言葉…
「気が合うね♪私もよ~♪
学校始まっちゃうと帰りは無理ですけど朝は送ってね♪
さびと通り道だよね?駅から学校までは途中下車になっちゃうけど♪」

なんというか……微妙にかみ合ってない気が……。

「…ギユウ……意味が………」

拒絶するでも受け入れるでもない、かといって話題をそらそうとかでもないのは感じる。
本気でわかってないのだ。

「意味??」
きょとんとハテナマークを浮かべるギユウに苦笑する錆兎。

「自分が女で俺が男だってわかってるか?」
「当たり前じゃない。いくらなんでも自分の性別くらい知ってるしさびともどう見ても女性には見えないしっ」

はっきりきっぱり断言するギユウ。
また全然聞かれてる意味わかってないぽい予感…

「これ…本気でとぼけてるわけじゃないのがすごいな…」
錆兎は思わずつぶやいてみる。
自分もいい加減空気読めない男だが、ギユウのそれはすでに宇宙レベルだ。

「あ~、もういい!」
無理だっ。遠回しに言っても絶対に通じない。
「俺はたぶん東大現役で合格して22で卒業後警視庁に入るっ。
そうしたらギユウと結婚したい!これで言いたい事いい加減わかっただろっ」

「……けっこん……」
ぽか~んとするギユウ。

当の錆兎は…やってしまった…と内心焦った。
緊張しすぎて…順序が逆というか…経過がすっとんでいる…。
普通これ…目が点だよな…とさすがに錆兎も思う。
自分自身混乱した思考がクルクル回って硬直。

30秒経過……

「……悪い…いきなりすぎだった…か?」
と恐る恐るお伺いをたてると、そこで同じく我に返ったらしいギユウが真っ白な頬を真っ赤に染めてブンブンと首を横に振った。そして…
「さびとっ!」
と可愛い眉を少し寄せて錆兎を見上げる。
「なんだ?」
緊張して聞くと、ギユウはまた可愛らしい声で
「男に二言はなしねっ!嘘付いたら針千本飲ませちゃうんだからねっ」
「………」

可愛い…もうこの可愛い少女と一緒にいるためなら東大でもハーバードでも死ぬ気で現役合格してやる、と心に固く誓う。
自分の半生を振り返るとあり得ないほどの幸せが一気に押し寄せてきた気分だ、
差し出される小指をたてた小さな手。
現実とは思えない、でもこれが現実…。
息を詰めて緊張していた錆兎は破顔
「ああ、約束な」
と笑いながらそのまま小指をからませた。

「ゆ~びきりげんまん♪」
可愛らしい声で歌う彼女。そう、”彼女”だ。

『ん~でも彼女いるならもうそれでいいじゃん』
以前ユートが言った言葉がふと脳裏をまたよぎった。

確かに…その通りだ。
ふわふわとよく笑う可愛らしい彼女。気の良い仲間二人。
それ以上望むものなんてあろうはずがない。
たぶん…この先自分はもう寂しいと感じる事はないんだろうと錆兎は思った。





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