オンライン殺人事件クロスオーバーK05

孤独


ギユウの夏期講習は終わっていたが、毎日11時頃から彼女の勉強を見るため錆兎は相変わらず夜まで冨岡家で過ごしていた。
それまでは自宅で自分の勉強もしている。

もちろんユートとも連絡を取り合いながら、今後について話し合っていた。
一人の孤独を感じる間もなく忙しく日常が過ぎて行く。


その日は密かにユートと連絡を取り合っていたエドガーが自分が特定した犯人を発表するとユートにメールを寄越したきり結局インせず、夜中のニュースでその死亡が確認されていた。
これで殺されたのは4人。

エドガーのメールからすると、エドガーが犯人と特定した人物は複数で行動している人物。
自分達以外でそれに当てはまるのはイヴとアゾット。

エドガーがそのどちらかに犯人と離れるよう忠告してグルだった二人に殺されたとしたら全てのつじつまがあう。
問題はそれをどう立証するかだ…。
なんとかターゲットを自分に向けられないだろうか……


そんな事を考えつつも有事に備えてきっちり睡眠を取り、翌朝。
いつものように鍛錬を終え、汗を流し、食事を取り、片付ける。

そしてとりあえずニュースを付けようとリモコンを手にした時、メールの着信音。父からだ。

『ついさきほど5人目の高校生殺人事件の被害者が出た。
お前の高校の同級生、早川和樹。やはりM社のゲームがパソコンから発見されている。
キャラクタ名はアゾットだ』

えっ?!
メールを開いたまま錆兎は硬直した。

”あの”和樹がアゾット?
しかも…殺害………
混乱した思考がクルクル回る。

最後に…話したのはいつだった?
そうだ…彼女ができたのかという電話…。

もしかして…和樹がゲームをやっていたということは…もしかしなくても”サビト”が自分だと気付いていたのではないだろうか…。
何故言わなかったのだろう……。


成績は常にトップでとっつきにくいせいか皆が自分を”さんづけ”して距離を取る中、唯一からかいながらも普通に接してきた人間…それが早川和樹だった。
自分を名前で呼ぶのも彼だけだ。

常に自分に次いで2位の成績。

さっさとトップから転げ落ちろと言いつつ、勉強ばかりしてるからお前はそんななんだ、少しは一般市民と戯れろと自分を生徒会長に推したのも彼だった。
誰もが堅苦しい好意を持ちつつ敬遠する中で、唯一普通に友人づきあいをしてくれた相手だった。


何故…気付かなかったのだろう…。

結局…周りが自分を見てくれないと思いつつ、周りを見てなかったのは自分の方だったのではないだろうか。
きちんと周りをみて彼がアゾットだと気付けば、こんな風に殺される前に何かできたのではないだろうか…。

後悔ばかりが頭をよぎる。


何年かぶりで涙が頬を伝った。
シン…とした部屋で錆兎は一人携帯を握りしめたまま膝を抱えて泣いた。

その時ふいに携帯がなる。
膝を抱えた手に持ったまま、携帯のボタンだけ押すと
『さびと…?』
と、今なんだか聞きたいなと思っていた優しい可愛らしい声が聞こえてくる。
その声に更に涙が溢れてきた。

『友達が…死んだんだ…』
いきなり言われても困るだろうとか普段は気にするそんな事も考える余裕もなく、錆兎はそう言って泣きじゃくった。

『えと…ね、今タクシーでさびとの家の前まで来ちゃってるんだけど…』

は?
慌ててインターホン越しに見ると、確かに小さなフワフワした影が…。
あわてて錆兎はドアを開けた。

「ごきげんよう。来ちゃったっ」
ドアの向こうには見慣れた可愛い少女。

「あがっちゃ…だめ?」
と言われてダメと言えるはずもない。
中にうながすと、ギユウは珍しげに中を見回した。

錆兎はそのままドアを閉め、鍵をかけると、とりあえず今まで自分がへたり込んでいた居間にギユウを通す。

「ギユウ…なんで急に?」
それでなくても混乱しているところにいきなりの訪問で、戸惑う錆兎。

ギユウは錆兎を見上げて
「ん~なんとなく」
と、淡いピンクのハンカチで錆兎の目に残る涙をぬぐった。

なんとなくというにはあまりに絶妙なタイミング…。
まあ…メールが来たのはついさっきなわけだから、この事態を予測できるはずもないわけだが…。

「キッチン…使ってもいい?」
脱力すると共に頭が働かない錆兎がその言葉にうなづくと、
「失礼するね♪」
と、言ってギユウがキッチンに消えて行く。

それを見送って錆兎はそのまま絨毯の上にへたりこんだ。
そしてまた抱え込んだ膝に顔をうずめる。


やがてすぐ目の前のテーブルにコトリと置かれる湯気のたったマグカップ。

「持参したカモミールティ、いれてみたっ。リラックス効果があるの」

膝から顔を上げるといつものふんわりとした笑顔。
礼を言って口に含むと限りなく刺激がない、ふんわりと優しい味がした。

ギユウは何も聞かない。錆兎は何を話していいかわからない。
だが…話さないでも良い気がした。無理して話さないでもいい…そんな気がする。

「ギユウ……今ちょっと一人でいたくない…。
…もうちょっとだけ…こうしていてもらっていいか?」
一応意志を確認すると、ギユウはコクコクうなづいて
「そのつもりできてるから…でも明日からはまたお勉強教えてね♪」
と、当たり前のように言った。

何故だろう…やっぱりギユウは全てわかってるような気がする。
それでもそれは他に感じる様な見透かされているという心地悪さはない。
理解され許容されているという安心感が錆兎の全身を包んだ。


「ギユウ…以前…さ…聞かれただろ?……寂しくないかって…」
不意にまたその言葉が錆兎の脳裏にちらついた。

「あ…うん、聞いたよね…」

「……寂しい…」
口に出したら、本当に実感がこみ上げてくる。

「すっごく寂しい…」
錆兎が言って嗚咽をもらすと、ギユウはスリっと錆兎にすり寄ってきた。

温かく…柔らかい存在。思わず足の間に抱え込む様に抱きしめると、ふわっと甘い香りがする。
その優しい空気に悲しさや寂しさがとけ込んでいった。
そうしてしばらくそのままその優しい空気に包まれていると、手の中の携帯がまた振動した。

『…はい…』
携帯に出る錆兎の耳には焦ったユートの声が飛び込んでくる。

『サビト?俺!!アオイがっ…犯人に呼び出されて拉致られたっ!
俺も呼び出されてて…サビトも来てくれっ!』

少し落ち着きかけていた気持ちがまた波立つ。

『場所は?!』
『○○公園東口っ!
1時間以内に来いって言われてるんだけど、これからすぐサビト来れるよなっ?!』
言われて錆兎はチラリと腕の中のギユウに目を落とす。
静かだと思ったらなんと眠っている。

とりあえず…ギユウを自宅に送って即向かえば…40分もあればかけつけられる。

『即は無理なんだが…40分もあれば着くから待ち合わせよう』
1時間と指定しているという事は、それまでは無事なはずだ。

焦って下手に立ち回るとかえって危ない。時間的には余裕はある事だし合流してからと思って言ったが
『じゃ、サビトは後から来て。俺は即向かうから。
遅れればそれだけアオイが心細い思いするしっ』
と、ユートはそれ以上錆兎が何か言う間もなく携帯を切った。

こちらからかけなおそうかとも思ったが、ユートの携帯にまた犯人から連絡が来ないとも限らないのでなるべく通話中の状態になるのは避けた方がいい。

しかたない…。
錆兎はそのまま電話でタクシーを呼ぶと、寝ているギユウを起こして自宅へ送る。
そして道路の込み具合でいつでも電車に乗り換えられる道を選んでそのままタクシーでユートに言われた公園に向かった。

もちろん向かう道々父親に電話をして状況説明をするのも忘れない。
犯人を現行犯逮捕できるチャンスである。

その際の父とのやりとりでアゾットこと早川和樹が今回の事件に関しての日記を残している事があきらかになった。

『それ…見る事できますか?』
との錆兎の言葉に何故か一瞬躊躇する父。

『証拠物件だから即とはいかんが…』
と、それでも見せてはもらう約束は取り付けた。
その後、今回現地で連絡を取るべき警察の現場責任者を教わって電話をとりあえず切る。


ユートに聞いた公園の東口でタクシーを降りると、錆兎は辺りを見回した。
入り口付近に路上駐車している車のナンバーを一応控える。
犯人の者かも知れない。

それから公園内の案内図に目を通す。
もし車から移動しているとして…ユートを呼び出すつもりならなんらかの目印がある場所のはず。
かといってあまりに入り口から離れると、今度はアオイを連れての移動のため人目につきやすいし上、逃走の際に不便だ。

以上の観点からすると、犯人がいそうな場所は入り口からそう離れていない人目につきにくいしかし目印になる場所…トイレ…か。

アオイが人質に取られているなら不意をつけるに超した事はない。
錆兎はなるべく道をさけて木陰を選びつつ、注意深く東口から少し中央へ入ったトイレを目指す。

しかしトイレまで辿り着くまでもなく、どこかで見た人影が目に飛び込んできた。
両手をガムテープで巻かれたまま走ってくる見覚えのある少女の少し後ろには、恐らく犯人と思われるナイフを手にした若い男。

もうどこをどう見てもアオイに違いない少女が自分の横を通り過ぎようとするタイミングで、錆兎はその手をグイっと引っ張ってクスっと笑った。
本当にアオイもゲームのままだな、と思う。

そしてそのまま
「勇者登場だ」
と、アオイを自分の後ろに押しやると、犯人の前にたちはだかった。

そこでようやく錆兎に気付いた犯人はナイフを振りかざすが、錆兎はそれを蹴り上げると犯人の腕を取り、そのまま犯人を投げ飛ばした。
当たり前に受け身も取れずにダウンする犯人。
念のためにと自分のベルトでその手を固定し、上着を脱いで同じく足を固定する。

そこでようやく蹴りではじき飛ばしたナイフに目を留めると、それはすでに血で染まってた。
犯人はそういう意味では怪我をしている様子もなく、アオイも無事だ…とすると……

「これ…お前の血じゃないよな?ユートは?」
少し背筋に悪寒が走った。

まさか…ユートまで取り返しのつかない事に…?

軽い目眩を覚えながらアオイを振り返ると、当のアオイはポカ~ンとのんきな口調で
「サビト?!」
と聞いてくる。

その様子を見る限りではとりあえず命に別状とかそういうレベルではない気がする。

「くだらないことを…。見ればわかるだろう」
と言いつつも少し安堵のため息。
相変わらず…というか本当にのんきな奴だと思う。

「いつまでも惚けてんじゃない!ユートはどうしたんだ、ユートは!!」
ずっと惚けたままのアオイにじれて錆兎が言うと、アオイはようやく我に返ったようだ。
「きゅ、救急車呼んでっ!ユートが死んじゃうっ!!!」
と悲鳴を上げる。

まじ…かっ!!
本気で危機感が欠如してただけだったのか…!!

『東口から中央に向かって100m地点で被疑者拘束、これから怪我人見てくるので身柄確保お願いします、あと救急車もお願いします』
錆兎は恐らくもう近くまできて待機しているであろう紹介された現場責任者に連絡を取ると、
「案内しろ」
と、へたり込んでいるアオイの腕を取って立ち上がらせた。

案の定…犯人が呼び出したのは公衆トイレの前だったらしい。
急いでそちらに向かうと、そちらからこちらに向かってくるヒョロっと背の高い人影。
腕に怪我はしているが、どうやら命に別状はなさそうだ。

「おい、生きてるか?」
と、声をかけてかけよると、錆兎は自分のハンカチを出してユートの傷口をしばって止血した。

「サビトが…アオイ助けてくれたんだ…ありがとう、助かった」
ユートはちょっと血の気が引いてて、それでも錆兎とアオイを交互に見比べるとニッコリ笑う。

面倒ごとは嫌いだと言いつつ、ずいぶんと自主的に首をつっこんで活躍したらしいユート。
まあ…アオイに気があるんだろうな、と、さすがに鈍い錆兎でも気付く。
そこで苦笑。

「お前なあ……」
と言ったきりなんと切り出していいやら迷って、結局
「まあ…命に別状はなさそうで良かったな」
と、言葉を続けた。

犯人を放置してきた場所にはもう警察がかけつけていて、さらに救急車も待機している。

とりあえず父から名前を聞いていた相手に挨拶をと思ってみたら、どこかで見た顔。
父の関係で一度くらいは顔をみている気がする。

相手も覚えていたらしく
「あ、錆兎さん、お疲れさまです。救急車到着してます」
と、挨拶をしてくるので、こちらも挨拶を返して、救急車の礼を言うと、ユートを中にうながした。

病院までの道々ユートにこれまでの経過を聞く。
意識も記憶もはっきりしていて、しっかり説明できているので、とりあえず大事はなさそうな事に安心する。

本当に手遅れにならないで良かった。
和樹の二の舞はごめんだ。


病院につくとユートは処置室へと連れて行かれて、アオイと二人。
とりあえず…動揺もしているだろうし、疲れてもいるであろうアオイにユートのように言葉でいたわろうとすると絶対に失敗する気がする。

「座っとけ」
と、アオイをソファに促すと、錆兎は自販に向かった。
そして深く考えずに無糖のコーヒーとウーロン茶を買ってアオイの元に戻る。

「無糖コーヒーとウーロン茶、どっちがいい?」
アオイの前に立ったまま聞くと、アオイはぼ~っと錆兎を見上げた。
放心状態と言ったところか…

「無糖コーヒーとウーロン茶、どっちがいい?」
ともう一度聞くと、ようやく
「ウーロン茶」
と返事が返ってきたので、ウーロン茶を渡して自分もアオイの隣に腰をかけた。

沈黙…きまずいなぁ…と思っているとアオイの方から話しかけてきた。
「サビトって…もしかして甘い物嫌いなの?」

一瞬何を言われてるかわからず、しかし次の瞬間ハッとする。
通常自分が飲む感覚で買ってきたが、相手は…女の子なわけで…しかも疲れてると来たら……

「悪かった…甘い飲み物の方が良かったか。買ってくる」
と慌てて立ち上がる。

なんで自分はこう気が利かないんだろうと本気で嫌になってくるが、アオイは錆兎の服の裾を掴んで
「単に…ウーロン茶はとにかくとして無糖のコーヒーって選択は変わってるかなぁって思って。
他意はないの。単純な好奇心」
と言った。

なんだ…そういうことか。

その言葉に若干ホッとして
「そうか…」
と、錆兎はまた座り直した。


本気で疲れる…。
アオイもいつも以上に疲れて神経質になっているだろうし下手な事言ったらまた機嫌を損ねそうだが、沈黙も本気できまずい。

そしてまた続く沈黙…。
「サビトってさ…なんでサビトさんなの?」
またアオイが唐突に謎の言葉をなげかけてきた。

それは…禅問答とかじゃないよな?深淵すぎて答えようがない気が…と、また思い切り悩む錆兎に、
「さっき…警察の人がそう呼んでたから…
普通、警察の人がナチュラルに下の名前をさん付けで呼んだりしないよね?
…名字じゃ…ないよね?サビトって」
と、アオイは付け足した。

あ~そういう意味か。

自分が察しが悪いのかアオイの言葉が足りないのか…アオイとのコミニュケーションは真面目に難しい。

しかしとりあえず聞かれてる意味が分かったところで
「ああ、そう、下の名前だ。名字は鱗滝」
と、名字も名乗ると、納得はしてもらえたようだ。

そこで向こうもなんとなく気分がほぐれてきたのか、さらに
「ごめん、答えられないならいいんだけど…
サビトってさ…警察の人にさんづけされたりしてたけど…偉い人なの?」
と聞いてくる。

なんというか…アオイの質問は抽象的でわかりにくいと思う。
偉い人というのは…どういう意味なんだろう…何をききたいのかがよくわからない。

それでもとりあえず検討をつけて
「正確には…親がな。警察の偉いさん。
んで、まああれだ…俺が個人としてはターゲットになっても構わなかったんだが、親がまあそういう人なんで大人の事情ってやつで…リアルでるのまずかったんだ」
と答えてみると、さらに
「今は?大丈夫なの?」
と続いたので、とりあえず大きくは外れてないらしい。
ホッとした。

「わからん…。でもまあ…現行犯だから、企業と結びつけなければ無問題だろう」
とさらに言うと、やっぱりわけのわからないという顔をしたので、ユートにしたような説明をアオイにもしてやる。

するとアオイはリアルが出すぎるとドロップアウトというところで、ユートとは違う反応をしてきた。

「ドロップアウトってゲームやめられるって事だよね?
何か問題あるの?サビト本気で1億狙ってたの?」

問題…おおありだっただろうがっと密かに思う。

もう…犯人に身元が割れてる状態でなんで誘いだされてしまうのかがわからない。
この危機感の限りなく0に近い仲間を放置できるわけがなかろう…と思わないのか、こいつは…。
もうなんだか力が抜けるやら呆れるやらで、錆兎はクシャクシャっと頭を掻いた。

「お前ら見捨てるわけにいかんだろうが…。俺いなかったら即死体になってそうだし…」

犯人が捕まるまでこのお気楽娘が生きていたのが本気で不思議だ。

「だからレベル上げて魔王に近づいてアピールして…なるべくゲーム内の行動で犯人の目が俺の方に向く様にって思ったんだけど上手くいかないもんだな…全然だめだった…」
さらに錆兎が続けると、アオイは何故か申し訳無さげに俯いた。


「サビト…ごめんね……。私サビト疑ってた……」

本気で…アオイは悪気がない、隠し事ができないお人好しだと思う。
そんなもん言わなきゃばれないじゃないか。
それを正直に打ち明けてくる事がかえって今現在の自分に対する信頼の証な気がして、嬉しかった。

「あ~あれは状況的にしかたない。気にするな」
本当に…この愛すべきお馬鹿な仲間が殺されないで良かったと心の底から思う。

それでもこのまま放置すると勝手にズルズル滅入っていきそうなので、
「それよりな、お前ユートに感謝しろよ」
と、錆兎は話題を変えた。

「あいつお前から電話きた後すぐに俺に電話よこしたんだ。
俺は出先で駆けつけるのにちょっと時間かかりそうだったけどとりあえず1時間以内には行けるから待っておけって言ったのに遅くなったらそれだけお前が怖い思いするからって、一人で先にかけつけたんだぞ?
携番の時もそうだけどな…普通できないぞ?
自分の身が危険になるのに会った事もない奴のために動くって。
俺みたいに幼少時から日々護身術叩き込まれてる人間じゃないんだから」

「…うん…」
錆兎の言葉にアオイはさらに落ち込んできた。
まずい…と思った時にはすでに遅い。
自分のせいでユートに怪我をさせたとドンドン暗く……

「あ~~向かんっ!!」

もう何をどうやっても自分はアオイを落ち込ませたり怒らせたりするらしい。
どう考えても慰めたりいたわったりとかは無理だ。

「やっぱり…ユートって天才だと思わないか?」
ほんっきでユートだったら今頃こんな事にはなってないんだろうが…

「今実は俺、何言ったらお前が落ち込むとか立ち直るとか全くわからなくてな、ぶっちゃけこういう時に何話したらいいかわからないんだ」

「あ~それわかるかもっ。そんな感じする、サビトって」
正直に打ち明けると意外な事にアオイは楽しそうに手を叩いて笑った。

「あいつさ、そういうのすごく上手いよなっ。もうありえんくらいっ」
「あ~そうだねっ。ユートっていつもその時言って欲しい言葉って言うのをタイムリーに口にするよねっ」

本当に意外な盛り上がりを見せる。
やっぱり自分だけじゃなくてみんなそう思ってるのか。


「そそ、あれは本当に才能だ。すごく羨ましい。」
さらに錆兎が続けると、アオイは目を丸くした。

「え~意外。サビトって他人の事なんて気になんない人かと思ってた」
言われて今度は錆兎の方が目を丸くする。

「そう見えるのか…自慢じゃないが…人の10倍は気にしてると思うぞ、俺。
なんていうか…その読みがほとんど外れるだけで…。
おかげで人の10倍ため息ついてると思う」

錆兎にすると本当に正直なところだったのだが、その告白はずいぶんアオイを面白がらせたらしい。
「そう言えばサビトってため息多いよね~」
とケラケラお腹を抱えて笑う。

「ね、そいえばサビトとこんなに雑談したの初めてだよねっ」

そう言われてみればそうだ。
決して嫌いなわけではないが何か言うたびもめるのでアオイの相手はほぼユートに任せていた。

「そりゃ…お前何が地雷なのかわからなくて怖くて話せないから」
と、錆兎がそれにも素直な感想を述べると、アオイも
「え~?それサビトの方だよっ」
と、言う。

そして、お互いそう思ってたのか~と二人でまた笑う。

二人で初めてくらい盛り上がって笑ってるとユートが処置室から出てきて雑談に加わった。
そうこうしているうち話題は今回の一連の事件の事に…



「結局犯人って誰だったの?本名わかんないあたりって来なくなったからって死んだかどうか確認できないし…サビト情報ないの?」

そういえばそうだ…。
自分はてっきりアゾットが黒幕でイヴを雇っていると思っていたのだが、アゾットが和樹だとするといったい真犯人はだれなんだろう…と、錆兎は考え込んだ。

「ん~今はまだわからん。
とりあえず…死んだの確定なのはゴッドセイバー、ショウ、メグ、エドガー、アゾット。
これは遺品からディスク回収してるから確定。
でもってな、今コネでアゾットの日記を見られるように手を回してるから。
一応証拠物件だから今すぐとはいかんが、近日中にはなんとかする。
だから核心についてはもう少し待て。
俺が知ってる限りの和は…あ、アゾットの本名な、早川和樹だから…すごく頭のいい奴で…絶対にある程度情報持ってたと思うんだよな。
だから日記読めば少しは状況わかる気する」

と、とりあえず知ってる範囲での情報を伝えると、アオイが
「サビトって…リアル晒しちゃだめとか言いつつアゾットにまで会ってたの?」
と、もっともな疑問をなげかけてきた。

それを思い出すのはまだ少し胸が痛む。
それでも隠す事でもないので
「本名でた時点でわかったんだけどな…同級生で…さらに生徒会で一緒だったんだよ。
俺会長で、奴は副会長」
と、明かした。

その日はその後、そのままユートを自宅に送ってユートの親に事情を説明した上で自分も自宅に帰る。



シ~ンとした部屋。

なんだか色々ありすぎてさすがに疲れた。
それでも…寂しいという感情を自覚してしまうと一人がつらくて、夜になるとログインせずにはいられない。

ユートとアオイはさすがに今日は疲れたのだろう、来ていない。
やがてログインしてきたギユウを誘って釣りに行く。
そして二人まったり釣りをしながら、今日の出来事を話した。

「いいな~。私もアオイちゃんやユートさんに会ってみたいな(^-^」
とまったり言うギユウ。
「そうだな…魔王倒したら一度全員で集まるか」
錆兎が提案すると、ギユウは喜んでうなづいた。



結局…魔王を倒したのはそれから3日後。
トドメを刺したのは意外な事にアオイだった。
本人もびっくりしている。

良くも悪くも4人の中で一番色々な事に足をつっこんだアオイの事だ、一億とかを急に渡されてまた変な事にならないといいが…と密かに心配になった。

一応翌日祝賀会と授与式があるとのことなので、とりあえず…大金を手にした時にあり得そうなトラブルだけ注意しにいくか…と、錆兎がそんな事を考えていると、不意にチャイムがなる。

インターホン越しに応対すると父の部下だとわかって、ドアを開けた。
どうやら和樹の日記のコピーをわざわざ届けにきてくれたらしい。
錆兎は礼を言って受け取ると、それを手に自室に戻る。


一応…ユートはともかくアオイやギユウには見せない方が良い部分もあるかもしれないので、先に自分が見てチェックしておくか、と、錆兎はその冊子を開いた。

日記はゲームに関するもの以外は省いてあり、おおまかにわけると7部構成にわけられる。

まず1部…アゾットがプリーストを選ぶまで。
和樹らしいシニカルな物言いだな…とだけ思う。

『まあ…稀にどこぞの馬鹿会長みたいに、欲に走る奴らで混乱するだろうゲームの中で秩序を守ろうなんて事をくだらない正義感から考える物好きもいるかもしれないが。
…どちらにしろ馬鹿には違いない』
というのは間違いなく自分の事だろう。
まあ…日常こういう言われ方はされ慣れてるので、なんだか奴らしいと苦笑する。
というか見抜かれてるなというのがおかしくて、また少し笑う。

2部目…ゴッドセイバーがリアルをペラペラ話すのを聞いてこいつ馬鹿だ…という感想は自分と同じ。

3部目で錆兎の顔から笑みが消える。
積極的に殺人をそそのかす記述。何かの比喩か、もしくは自分の読解力が足りないせいでそう読めるのでは…と何度も読み返すが、内容は変わらない。
シニカルな所はあるが、悪人ではないはず…と信じたいが、これを読む限りでは本当に黒幕としか思えない。
何かの間違いか冗談では?と錆兎はさらに先を読む事にした。

4部目…読み終わって軽く目眩がする。信じられない…信じたくない。

5部…息が止まるかと思った…
『……似ている…。
奴がこんな暇な事しているとは思えないんだが、あのキャラは僕が大っ嫌いなあの馬鹿にそっくりで…わざわざ役立たずを率いて善人面するその行動性まで奴を思い出させてイライラさせる』

これは…なんなんだろう…頭がガンガンする。
手の震えが止まらず、なんだか胃が痛くなって吐き気がしてきた。
読むのをやめようか…と一瞬思ったが、ここまで読んでしまったらもう手遅れな気がした。

6部…とりあえず自分に対する記述がない事にホッとする。それだけだ。

7部…読み終わった瞬間、トイレに駆け込んで吐いた。
全て吐いて胃液しか出なくなっても吐き気が収まらない。

5部の記述は…ほぼ自分だろうと思っても実名が上がってない以上100%ではないと一縷の可能性があったが、今回
『せめてネットの錆兎もどきにくらいはそのくらいの辛酸をなめさせてもいいはずだ…』
と、実名がしっかり書かれてる。

そこまで…嫌われていた?
いや…嫌われてると言うレベルではない。憎まれていた…。
たった一人…普通に接してくれていた友人にすら…いや、そう思っていたのは自分だけで……
自分は世界中に疎まれていたのか……

何がいけなかったのだろう…
…消えたい…このまま自分が消えたらきっと幸せになれる人間が大勢いるんだろう…
大勢の人間を不幸にしてまで自分が存在する意義がどこにあるというのだ……
そのままフラリと立ち上がりほとんど無意識にキッチンへ向かう。

ガスは……だめだ…、父に迷惑がかかる……
ふと包丁に目がいく。
頸動脈と間違って静脈の方斬って命取り止めたとかあったよな…
などとボ~っと考えながら一歩シンクに近づいた時、ふいに携帯がなって我に返った。

『もしもし?サビト?』
電話を取るとユートの声。

『ああ、どうした?』
脱力しながらも答えると、ユートは電話の向こうで少し苦笑する。

『やっぱ…ゲーム終わって脱力してた?』
脱力した理由は違うんだが…と思いつつ黙っていると、ユートは続けた。

『ごめんな。俺らが思いっきりおんぶに抱っこで振り回し続けてたから。
ようやく終わったら気が抜けすぎて倒れてんじゃないかと思って心配になった。平気?』
『…ああ』
『そか、良かった。あとさ、お礼言いたかった。
サビトいなかったら俺もアオイも今頃死体だしさ、それ別にしてもあんな状況でもさ、サビトと遊ぶのって結構新鮮で楽しかった。
ゲーム終わってもさ、また遊びに行こうぜ。今度はアオイも姫も誘って4人でさっ』

ホントに…まさか今の状況わかってかけてきたわけじゃないよな…。
あまりのタイミングに錆兎は呆然とその場にへたりこんだ。

『ユート…』
『ん?』
『ありがとう…』
ショックはいまだ消えたわけではないが、なんだか救われた気がした。

もちろんユートはそんな錆兎の事情を知るわけもなく…
『へ?何が?なんでサビトが礼いうんさ。逆っしょ。俺なんかやったっけ?』
と不思議そうに聞いてくる。

『いいから言わせておいてくれ』
本当の事を言うわけにもいかずそう言う錆兎に、
『うん?』
とユートはさらに不思議そうに首をかしげた。


こうしてユートとの通話を終えた瞬間、また携帯が鳴り響く。
今度は誰だ…と思いながら電話に出ると、なんとギユウの父、貴仁だ。

『貴仁さん、どうしたんですか?こんな時間に』
驚く錆兎に、貴仁は若干焦ったような声

『夜分遅くにごめんね、錆兎君。えと…まだ寝てる時間じゃなかったよね?22時前だし』
『はい。普通に起きてますが?何か?』
『良かった~。あのさ、実は僕今乗ってる飛行機が事故でさ…』

え???

『大丈夫ですかっ?!何か俺にできますか?!』
焦って身を乗り出す錆兎に、貴仁は言う。

『えと…僕自身は何も問題ないんだ。
でも北海道から東京に戻るはずだった飛行機がトラブルで千歳に引き返しちゃって…
今日自宅に帰れなくなっちゃったんだ』
『はあ……』
『でね、本当に申し訳ないんだけど…今晩うちに泊まってくれないかな?』

『はあ???』
ほんっきで意味がわからず聞き返す錆兎に貴仁はきっぱり
『錆兎君だけが頼りなんだよ~。
わかるだろ?あの二人を二人きりで留守番なんて怖すぎて…
今までは何があっても自宅に帰るか、それができない時は二人の方を連れて仕事にでてたんだけど…』

うあああ~~~~
確かに…怖いのはわかるが……そこまでするのか……
てか…限りなく初対面に近い他人をそこまで信用していいのか……

『どうしてもだととりあえず蔦子の実家に連絡とって二人をそっちに移すしかないんだけど…できればそれは避けたいんだよね…ムチャ言ってるのは承知なんだけど…駄目かな』

どれだけ信用してないんだ…とも思うが、”あの二人”なだけにわからないでもない。

『はい、俺で良ければ…』
『ホントにっ?助かるよ~。ホントに悪いね、今度埋め合わせするから。
ということで、蔦子には連絡取っておくから、タクシー使って。タクシー代は出すから。
あ、あと忠告しとく。
うちん中のどこふらついても大丈夫だし、良ければ朝とかトレーニングルームとかも使ってくれて構わないけど、キッチンだけは入っちゃだめだよ。蔦子激怒するから。
僕が若かりし頃、たまには料理でもって思ってキッチン使ったらキレて実家帰ったからね、彼女。んじゃ、そういう事でよろしくっ』
とまとめて貴仁は電話を切った。

なんというか…すごい家族だと思う…。
もうあの家族に関わると滅入っている暇もないというか……

自室に戻ると錆兎は投げ出したままのアゾットの日記のコピーを拾って机の上に置いた。
とりあえず…今自分には確かに心配してくれる友人がいて、必要としてくれる人達がいるらしい。
これ以上考えるのはまた後日にしよう。
錆兎は着替えを詰めると、冨岡家に行くために自宅を出た。



まだ電車が動いている時間なので電車で冨岡家に行くと、
「いらっしゃ~い♪」
と、そっくりな女二人が出迎える。
「ごめんなさいね、タカさん心配性だからっ」
「ね~、子供じゃないのに、もう」
と蔦子とギユウがそれぞれ言うが…

「窓…全部ことごとく全開なのは意味あるんですか?蔦子さん。」
思わずチェックをいれる錆兎に
「あ~、なんかね、お星様綺麗だったし♪虫の声とかも綺麗でしょ?」
とニッコリ。

「いくら強化ガラスいれてても窓開けてたら何の意味もありません。
夜に1Fの窓全部開けっ放しってありえません」

これだから…か…。
内心ため息をついて戸締まりのチェックをする錆兎。


「錆兎君て…タカさんみたいな事いうのね……」
と、蔦子。

二人きりで留守番させるのが嫌だと言う貴仁の気持ちが身にしみてわかる。
貴仁が心配性なんじゃない、この二人があり得ないんだと思う。

一通り戸締まりを確認し、火の元を確認させ、自分用に用意された部屋に落ち着くと、貴仁から電話がかかってきた。

『うちの様子…どうかな?』
という貴仁に錆兎はため息。

『夜中に…1Fの窓全部全開でしたが…』
『あ~やっぱりか~。
彼女達はなんというか…危機管理より自らの趣味を優先する人達でね…誰かが止めないと…』
貴仁も電話の向こうでため息をついている。

二人きりで留守番させるのが怖いというその意味を壮絶に理解した。
ある意味…この二人を一人で守ってきた貴仁はそれだけでも充分すごいと思った。





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