ユート
(まあ…たぶん単純に妨害って考えるのが正しいかもね)
ユートの後押しでさらにホッとするサビト。
その話はそれで打ち切って、ユートは半ば強引に話題を変えた。
(暇じゃない…)
暇なわけがない。ギユウの送迎がある。
(暇作って)
(無理)
なりすましまであったのだ。
誰がなんと言おうとギユウを一人でで歩かせるわけにはいかない。
きっぱりと言うサビトに普段ならひくユートだが、今日は珍しく引き下がらなかった。
(俺明日吉祥寺の駅ビル改札で待ってるからさ…。
特徴は…つか、このキャラのまんまだと思う。携番はね…)
(ま~て~!!!)
どうして自分の周りはこういうのばかりなんだ…。
ギユウはともかくとしてユートまで…と思ってると、ユートはきっぱり
(アオイになんかあった時のためにさ、サビトに会っときたい。
やっぱ…なんのかんのいって一番そういう時お役立ちぽいし)
自分がお役立ちな人間なのは認めるが…
(とりあえず朝10時から待ってるから。来るまで帰んないよ、俺)
錆兎はリアルで大きくため息をついた。
たぶんはったりではないのだろう。
確かに実際に犯人に身元が割れてしまってるアオイも心配だ。
しかたない…送るだけ送って家庭教師は明後日からにするか。
錆兎はあきらめて提案した。
(10時は無理。昼前までは絶対に外せない用があるから。
そうだな…12時ならなんとか行けると思う)
(おっけ~。それでっ。んでサビトの特徴は?)
(キャラのままだと思うぞ)
サビトの言葉にユートは一瞬沈黙。
(ダウトッ)
(なんだそれは?)
(だってさ…イケメンすぎね?w)
(はあ?)
サビトはポカンとする。
そのままどう反応していいか迷ってると、ユートはクスっと笑った。
(ま、いっか。俺はマジ、キャラのまんまだから。サビトが俺を探してよ。
一応携番だけ教えておいて?)
ユートの言葉にコウはユートと携帯番号だけ交換して、その日はそのままログアウトした。
翌日…一日会わなかっただけなのに、随分会ってない気がするギユウ。
一応昨日その場で本人の否定はあったものの、本当に体調を崩していたわけではなさそうな様子をようやく自分の目で確認できてコウは心底ホッとした。
「ごきげんよう♪」
本当に可愛いふわふわした笑顔。
アオイの身の安全に関わる事なので仕方ないと言えば仕方ないが、この笑顔を見られる時間が減るのはちょっと残念だと思う。
「ギユウ、ごめんな。今日から勉強教えようと思ってたんだけど、今日どうしても抜けられない用事が出来て…とりあえず送迎はするけど勉強は明日からな」
しかたなしに錆兎がそう言うと、ギユウはコクコクとうなづいた。
そしてとりあえず送迎はして、送りがてら参考書だけ冨岡家に置かせてもらうと、吉祥寺に急いだ。
12時少し前に改札に着くなり、
「鱗滝さんっ」
と声をかけられる。
振り返ると生徒会で一緒の後輩、1年の書記の相田が立っていた。
「今日は彼女さんと一緒じゃないんですか?」
との言葉にピンとくる。
「相田~お前か、和に余計な事言ったの」
ため息まじりの錆兎に、相田はアハハっと頭を掻いた。
「えと…今度の剣道部の練習試合に生徒会のよしみで和さんに助っ人頼もうと思ったら鱗滝さん有段者なんだから鱗滝さんに頼めって言われて…彼女さんできて忙しそうだから悪いしって言ったら何だそれはって話に……」
こいつは…本気で能天気で考え無しでお騒がせで…まるでどこぞのシーフのようだと錆兎は密かに思う。
「和からわざわざからかいの電話きたぞ…」
「まあいいじゃないっすか。
聖星女学院なんてお嬢様学校なだけじゃなくて、あんな超美少女の彼女さんなんだしっ。
自慢にこそなれ、困る事全然ないじゃないっすか」
本当に…彼女なんだったらな…と心の中でつぶやく錆兎。
「とにかく、これ以上言いふらすなよっ、いいなっ!」
念を押して話は終わりとばかりにクルっと振り向くと、すぐ後ろにどこかで見たヒョロッと背の高い男が…
「ユート…か?」
本気で本当にキャラそのままだ。
ポカンと目を丸くしているのは錆兎だけではない。
ユートも同じくだ。
「本気で…まんまじゃん。マジありえなくね?おまけに何よ、その制服…」
「制服?何かおかしいか?」
錆兎は自分の身なりを確認する。
シャツのボタンもきっちり止まっているしネクタイが曲がってるとかでもない。
「ありえんでしょ~!これだけイケメンでおまけに超有名進学校?!
で?生徒会やってて剣道有段者で名門お嬢様学校の美少女彼女つき?出来過ぎっしょ」
あ~…全部聞いてたのか…と錆兎は内心ため息。
一部誤解も含んでいたりするのだが…。
「別に…できすぎてないから…いいから、行くぞ。とりあえずどうする?」
ここで立ち話もなんなので錆兎がうながすと、ユートは
「ん~俺飯まだだから腹減った。昼、マックでいい?」
と、聞いてくる。
「好き嫌いはとりあえずないから、俺はなんでも。
テレビでは見た事あるが行った事ないから任せる」
錆兎が答えると、ユートはポカ~ンと口を開いたまま惚けた。
「ちょっと待った…行った事ないって…マックの事言ってる?」
錆兎がうなづくと、
「ええ~~!!!ありえなくね?!!!」
とユートが言った。
「今時マックも行った事ない高校生っているん?マジ?!
普段友達同士とかだとどこ行ってるんだよ?!」
普通だと…そうなのか…。
学校外で友人と食事したことなどない。
学校が終わると周りはそれぞれ塾や家庭教師の時間で忙しいし、自分は自宅直行で勉強だった。
ユートは…普通に友達がいて、普通に遊びに行って普通に食事してるんだな…。
そんな事をぼ~っと考えてると、またギユウの
『寂しく…ない?』
と言う言葉が錆兎の脳裏をよぎった。
「ごめん、俺ちょっと言い過ぎた」
しばらく考え込んでいると、ふとユートが心配そうな顔で謝ってきた。
「いや、ちょっと色々考え事してた。悪い。行こう」
少し笑みを浮かべて錆兎は言う。
錆兎が少し滅入ったのに気付いたらしい。
ユートは本当に空気読むやつだなと錆兎は感心した。
「彼女とは?やっぱりお嬢様だとオシャレな店とか行くん?」
ユートはユートなりに気を使って方向性を変えようとしているらしい。
そこでまた彼女じゃないとか言うとややこしくなるので、錆兎もそのあたりはスルーして答えておく。
「ん~、夏休みの間、学校と自宅の間の送迎してそのまま相手の自宅で過ごすから、昼食は彼女ん家」
「へ~親公認なんだ」
まあ…彼氏ではないが、友人としては公認と言っていいだろう。
錆兎がうなづくと、ユートは
「いいな~。俺も彼女ほし~」
と言いつつ先に立って進んだ。
「ユートなら…その気になればいくらでも作れるだろ」
錆兎の言葉に下りエスカレータに乗ったユートはクルリと振り返った。
「錆兎…何を根拠にそれ言ってるわけ?」
「俺と違って空気読めるし。人当たり良いし、話題も豊富だしな…。
女友達も多そうだから」
「そ、それが問題。良い人どまりなんよ、俺って。女友達多いのは否定しないけどさっ」
そう言ってまたクルリと前を振り返ってピョンとエスカレータから飛び降りる。
「ま、俺の方も…面倒な事苦手で…。
好みにドンピシャじゃないとなかなか行動に出れない」
なるほど…。
「で…完全好みだとそれはそれで行動に出れないと言う…」
と、苦笑するユートに錆兎も小さく吹き出した。
「そこ笑うとこじゃないって。マジ深刻よ?」
と、それでもおどけた口調のユート。
二人してマックについて買う物を買って席に着く。
「サビトみたいにさ、出来過ぎ君にはわからんよなぁ…」
ポテトをくわえて言うユートに錆兎は苦笑した。
「俺は逆にお前の方が羨ましいけどな。
勉強と武道は子供の頃から叩き込まれてきたからできるが、人間関係が致命的に駄目だから」
「ん~でも彼女いるならもうそれでいいじゃん。サビトの彼女ってどんな子?可愛い?」
聞かれてちょっと悩む。
「そう…だな。よく笑う。無邪気でふわふわしてて…いつも楽しそうに笑ってる」
「あ~もしかして姫みたいなタイプ?」
ユートの言葉に、まさか本人だとも言えないので、
「そうかもな…」
と、うなづいた。
「だからか~、サビトが姫に甘いの。愛しの彼女に似てるから強く出れんわけね」
納得したようにユートは笑う。
まあ…実際は逆でギユウだから強く出れないわけだが…
「ま、俺の事は良いから、アオイの事だろ、話さないとならんのは」
これ以上突っ込まれる前にと錆兎は話題を変えた。
実際…少し対策は練らないとなのだが…。
「とりあえずな…リアル明かすなって言ったのは俺なんだが…アオイに関してはもう無駄っていうか…犯人に面が割れてるわけだし、少しリアルで連絡取れる様にした方がいいのかもな…」
錆兎の言葉にユートはちょっと迷って、それでも口を開いた。
「サビト、ごめん。俺さ、あのなりすましメールのあとさ、アオイに携番教えちゃった。で、アオイの方も一方的じゃ悪いからって教えてくれてさ、お互い電話はしてる」
「あ~、そうなのか。んじゃ、少しは安心だな」
錆兎が意外に冷静に返すのに安心したのか、ユートはさらに
「サビトのは…教えちゃまずい?」
と聞いてくる。
正直…犯人の標的になるのは別に問題ない。
だが…あまりリアルを明かしすぎるとドロップアウトだ。
ユートならまだ常識の範囲で行動するだろうが、正直アオイが暴走するのは怖い。
「えと…な、正直に言う。俺、実は警察関係者の息子なんだ。
んでな、今回の一連の事件て三葉商事の圧力かかってて、三葉商事のゲームと殺人結びつけちゃまずいって事になってて…俺のリアルがあまりに前面にでると、俺は最悪ゲームから離される事になるから…ユートまでならいいが、暴走しやすいアオイに正体明かすのは今の段階ではまずい」
「そう…なんだ…」
さすがに事の大きさに驚くユート。
「だからな、アオイとの連絡はユートが取り続けてくれ。
何か有事には俺呼び出してくれて構わんから。
んで、俺はもうとにかく魔王に近づいて、なるべくゲーム内で自分にターゲット向く様に努力してみる。
できればまあ早く魔王倒す方向で。
とにかく当座はレベル上げとミッションクリアにはげもう」
錆兎の提案にユートは神妙な顔でうなづいた。
冨岡家の主
このところ自宅にいるより冨岡家にいる方が多い気がする。
ギユウの勉強を見るのはもちろん、唯一の男手である父親が忙しいため何故か代わりの男手として重宝がられる日々。
それでも居心地の良いこの空間で過ごすのは楽しい。
娘同様ほわわ~んとした母蔦子にもすぐ慣れて、錆兎にしては他人といる時に感じる緊張感がなくなじんでいる。
最近では昼食どころか夕食も冨岡家でとり、自宅にはほぼ寝に帰るだけの生活になりつつあった。
「義勇っ!今日はねっ、タカさん夕食時間に帰ってこれるんですって♪」
いつものようにギユウの部屋で勉強を教えていると、お茶を持ってきた蔦子がはずんだ声で言った。
「久々ね~♪最近いそがしかったから」
それに対してギユウも弾んだ声で応じる。
「さびとも今日大丈夫よね?」
と笑顔で振り返られ一瞬硬直。
「久々の家族団らん…じゃないのか?」
噂によると娘を溺愛するあまり、ギユウが小学生の頃は鞄の中に隠しマイクをしこんでいたという父親…。
娘が男連れてきたなんて言ったらそれが友人だとしてもどうなのだろうか…。
できれば避けたい…が、そこで逃げてはいけないのも事実だ。
ということでこの台詞なのだが、蔦子はにっこり
「錆兎君は家族も同然ですもの♪みんなで楽しくご飯にしましょ♪」
いつのまにか頭数に…は、もういつもの事なわけだが…。
「うんうん♪パパもさびとに会うのとっても楽しみにしてるからっ♪」
というギユウの言葉に内心冷や汗だ。
楽しみって…どういう意味で?とは怖くて聞けない。
「じゃ、今日ははりきっちゃおっと♪」
パタパタと蔦子の足音が遠ざかって行く。
逃げたい………
本気で逃げたい………
せめて…当日とかじゃなく心の準備をする時間が欲しかった。
一応服装は制服だから問題はないとして……
何を話せばいいんだ……
そうこうしているうちに夕方。
「私も夜ご飯の準備手伝ってくるねっ」
日々この時間になると下に降りて母親と一緒に食事を作るのがギユウの日課だ。
その間、錆兎は自分の勉強にいそしむ。
そして…やがて鳴るチャイム。
一気に高まる緊張。
バタン!とドアが開いて、ギユウが部屋に駆け込んできた。
「さびと、父が帰ってきたのでそろそろ降りてきてっ♪」
もう覚悟を決めるしかなさそうだ。
仕方なしに参考書を閉じて部屋を出た。
「タカさん、錆兎君♪最近いつも色々やってもらってるの♪」
下に降りるとハイテンションな蔦子の声。
「初めまして、お邪魔してます。鱗滝錆兎です」
蔦子の隣に立つ相手にとりあえずお辞儀をして、顔を上げる。
気まずかろうと目をそらすのはよろしくない、と、相手に視線を合わせた。
そこに立っていたのは思ったよりかなり若い整った顔立ちの男性。
「初めまして。義勇の父の貴仁です。
蔦子も義勇も迷惑かけてるみたいで申し訳ない。
二人ともちょっと……いや、かなり世間擦れしてるんで大変だっただろう?
色々どうもありがとう」
ニッコリと爽やかな笑みを浮かべて男性は握手をしつつ錆兎の肩を軽く叩く。
それから少し錆兎から離れて、全身を見回した。
「もしかして…錆兎君何か武道やってたりする?」
「はい、剣道、柔道、空手は一応段を持ってます」
錆兎が答えると、
「やっぱりか~」
と嬉しそうな声。
「タカさん、駄目ですよ~、もうすぐご飯っ」
そこで蔦子が止めに入るが、
「少しだけっ。久々に組み手の相手がみつかったわけだし…」
と、言って、錆兎に目を向ける。
「駄目かな?こんな家だからなかなか男の子もよりつかなくてね。
たまには誰かと汗を流してみたいんだけど」
と言われて断れるはずもなく…
「はい、ぜひ」
と錆兎が答えると、貴仁は今度は
「義勇、良い子だからパパのトレーニングウェア用意して。錆兎君の分もね」
とギユウを振り返った。
それから二人でしばらく汗を流す。
錆兎自身、誰かと共に鍛錬をするのは久々だった。
幼い頃に父親と汗を流したのを少し懐かしく思い出す。
やがてギユウがスポーツドリンクとタオルを手に、食事が出来た事を告げにくると、二人それぞれ一階と二階のバスルームで汗を流してすっきりした所で食事。
意外に…貴仁はいきなり娘が連れてきた男を不快に思ったり敵視したりとかする様子はない。
むしろウェルカムオーラ満載だ。
「義勇が選んだだけあって、しっかりした良い子だね~。
蔦子と義勇二人だけだとすっごぃ不安だったんだけど、これで安心して留守任せられるなっ」
とにこやかに語る。
選んでないし…そもそもいきなりなんで留守任せる話に?と、密かに思う錆兎。
いいのだろうか?とは思うが、もちろん不快ではない。
貴仁は組み手の相手をしていてもかなりの腕なのは伺える。
仕事もできるような雰囲気があるし、実際そうなのだろう。
なのに人当たりが良く人を威圧するようなところがない。本当に人格者な気がする。
相手は自分を一人前のように扱ってくれるが、自分の方は相手といると自分が子供なのだと自覚させられる、錆兎にとっては自身の父親と同様、尊敬に値する人物に思えた。
尊重されているのと同時に保護されている気がする、とても不思議な気分だ。
もちろんそれはかなり心地よい。
冨岡家…それは錆兎にとって完全に温かい安らぎ空間となっていった。
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