序章 (前日)
鱗滝錆兎、高校2年生17歳。
家族は警視総監の父一人。それも仕事仕事で自宅にはよりつかない。
幼稚舎から一貫教育の名門男子高で育ち、文武両道を旨とし、何故か悪友に推薦されて生徒会長まで務める事になる。
彼女…など作る出会いもなく、バイト…などする暇はない。
そんなこれと言った変化もない夏休みのはじめに小包が届いた。
…差出人は三葉商事…日本屈指の有名大企業だ。
なんだこれ???
開けてみたら入っていたのは手紙と一枚のゲームディスクとそのマニュアル。
とりあえずディスクは置いておいて、白い封筒の封を切ってみる。
【拝啓 鱗滝錆兎 様】
今回当社はある試みのため、都内在住の12名の高校生の皆様に無作為に同封したオンラインゲームのディスクを送っております。
このゲームは魔王を退治する事を最終目的としたRPGです。
そして魔王を倒した一名様に賞金1億を差し上げます。
なお、この他にもミッションを一つクリアするごとに賞金10万円を進呈いたします。
もちろんネットにつなげる環境さえあれば、費用は一切頂きません。
◆受付開始日時
7月25日午後8時。
◆アクセス可能時間
開始日~目的達成時までの8時~0時(この時間以外はサーバーにアクセスする事はできません)
◆参加資格
この通知を送られたご本人様のみ。他者への譲渡は不可とさせて頂きます。
なお、ご本人様であれば一度不参加の意思表示を取られたあとでも再度の参加は可能。
キャラデータ等は目的達成時まで保存しております。
また、ディスクを紛失、破棄してしまった場合も再度送らせて頂きますので当社窓口までご一報下さい。
その他詳細につきましてはマニュアルをご覧の上、ご不明な点がございましたら当社窓口までお問い合わせ下さい。
※すみやかにゲームを始める為に、あらかじめゲームのインストール作業を行い、 マニュアルに目を通しておいて頂く事をオススメします。
怪しい…絶対に怪しい。
問い合わせ先は確かに三葉商事の代表窓口だ。
念のためにこういう物が送られてきたんですが?と問い合わせてみたが、確かに三葉商事でやっている試みだと返答が返ってきた。
嘘や釣りではないらしい。
一応本当らしいとの前提の元に、とりあえずマニュアルを開いてみる。
基本操作…はまあやりながら覚えた方が早いので、とりあえず先に即必要になるであろうキャラメイクに目を通してみた。
全ジョブ7種類。
1ジョブにつき選択できる人数は二人。
ようは…戦士というジョブをやりたい人が三人いても、二人までしか選択できないため、
残った一人は別ジョブを選択しなければならないと言う事だ。
ジョブの選択は早いもの勝ち。
ただし、キャラを作り変える事や、ジョブを変える事はできない。
そして選択できるジョブは次の通り
攻防の値の基本になっているのはウォーリアだ。
◆ウォーリア
攻守共にバランスの取れた近接アタッカー
◆ベルセルク
攻撃特化の近接アタッカー。攻=倍、防=半分
◆アーチャー
遠隔物理アタッカー。攻=倍、防=4分の1
◆ウィザード
魔法アタッカー。攻=倍、防=10分の1、範囲攻撃可、属性によって得手不得手がある。
◆プリースト
ヒーラー。治癒、蘇生魔法の使い手。攻=10分の1、防=5分の1
◆エンチャンター
攻防命をそれぞれ倍加する魔法の使い手。攻=4分の1、防=半分
◆シーフ
近距離&遠距離物理アタッカー。攻=半分、防=3分の1、回避=4倍
男女でパラメータの差はないから、外見はまあご自由にといったところらしい。
ミッションを一つクリアするごとに十万円。
察するに…新しいソフトのテスターなのだろうか。
それにしてはレポート提出の義務もなくいきなり金を送りつけようと言うのが、あまりに無計画で、企業の事業計画のずさんさが見受けられる。
こんなのが日本有数の企業なのだろうか…などと別にその企業に務めるわけでもないのに憤るのが、四角四面の優等生の彼らしい。
若者らしい情緒というものに欠けるのが、成績優秀、スポーツ万能、さらに一般を超えたイケメンという一見完璧な彼の一番の欠点と言える。
きっと彼の他の参加者の中には、暇つぶしに遊びながら十万円ももらえるなんて超ラッキー?などと考えてるお気楽娘もいるはず。
そんな冷ややかな反応を見せている彼を、それでもこのゲームへの参加に駆り立てた理由は、賞金1億円。
もちろん取る事が目的ではない。
昨今十万程度の金でも身代わり殺人に加担するような輩の出る世の中だ。
絶対…とは言わないまでも、あきらかに高校生に取って分不相応な大金がちらつかされる事によって、犯罪まがいの行為に走る人間が出る可能性が高い。
それをわかっていて見過ごすには、鱗滝錆兎、彼はあまりに四角四面な正義感を持っていたのだった。
キャラクタ作成 (初日)
幼い頃から文武両道。
ひたすら勉強と鍛錬に明け暮れる日々。
当然彼にはコンピュータゲームなどで時間をつぶそうなどという発想はなかった。
はっきり言って興味もない。
しかしやるとなったらとことんやる!完璧にやる!彼はそういう男だ。
8時からという事なので、その日は朝から予習に励む。
まずはRPGというものの概要から始まって、ネットゲームというもの、有名どころを検索してみて、おおよそどういう感じで進めて行くものかを研究する。
キャラ作成からパーティーの組み方、各ジョブの役割などを丹念に調べ上げ、今手元にあるゲームのマニュアルと照らし合わせた。
その上でまず自分がやるべき事の検討に移る。
まずはキャラ作成。
1ジョブ2名までという事は早い者勝ちになるはずだ。
ということは…あらかじめジョブは決めてインすると共に連打するしかない。
選択するジョブはベルセルク。
いざという時自分をターゲットにするには、魔王を倒せるジョブでなくては意味が無い。
そしてある程度ソロで進められるという観点で選ぶなら攻撃防御双方そこそこある近接ジョブ。
という事で一番最適なのはウォーリアなわけだが、おそらく自分がそう考えるという事は他もそう考える可能性が高い。
そこでタッチの差で出遅れてウォーリアが取れないと、次に取ろうと思った時にはおそらく次に人気のあるジョブであるベルセルクも埋まってしまっている可能性が高い。
それなら最初から次点を狙った方がいい。
石橋を叩いて渡る慎重派。常に失敗が許されない環境で生きてきた彼はそういう性格に育っていた。
そして8時。スタートをクリックすると現れるキャラ選択画面。
まずはジョブ選択。
即ベルセルクをクリック。
ジョブ確定で、ひとまず安堵のため息。
次に性別。当然男。ネットゲームでは必ずしも現実の性別を選ぶ必要はないというのはわかっているが、彼には女キャラをやるという発想はない。
次に容姿。
RPGと言いつつロールプレイをするという発想も彼にはない。
自分は自分だ。
結果…自分に近い容姿のキャラを作る。
美醜の問題ではない。単に自分とかけ離れたキャラクタを使うのが気恥ずかしい。
そんな彼でも名前はさすがに迷う。
実名はまずい。
ネット上でリアル情報を明かすのは危機感のない愚か者という認識は、さすがに警察関係者の息子だけあってわかっていた。
…が、今回の場合はどうなのだろうか…
状況によっては自分が真っ先に標的になるようにしたくもある。
そうして彼にしては珍しく悩んで、とりあえず名前をそのままカタカナに…などと中途半端な選択をする。
こうしてキャラ名決定。”サビト”。
さて、鬼が出るか蛇が出るか…何もでないのが一番ではあるのだが、そういうことはないのだろうな…と、後に行動を共にするようになる仲間たちの中で唯一、覚悟と決意をもって、錆兎はサビトとしてレジェンドオブイルヴィスの世界へと降り立ったのである。
パーティー結成
40…50…59……よしっ8時っ!
時計をにらみながら8時を待つようになって早3日。
一日で大方の流れを掴み、二日目でとりあえずミッションもやってみた。
そして三日目。
今日も黙々とコウモリを切り続ける。
基本操作や戦闘法などに慣れてしまうと、ミッションの攻略以外は単純作業だ。
そう楽しいものでもない。
かなり時間を浪費している気分になってきた。
それでも続けるのは万が一このゲーム内で何かが起こった時のためだ。
現在レベル10。ゲーム自体は単調にして順調。
このまま行けば今日中にはもう2~3レベルは上がって、次の狩り場探しに出かける事になるだろう。
このゲームでは何もせずに座っていれば徐々にHPとMPが回復していく。
死ぬと経験値が減るため、常に余裕を残して回復し、死なないように務めるのがレベルUpへの近道だ。
なのでコウモリを5匹ほど倒してHP半分くらいを残した状態でHP回復のために座る。
薄暗い洞窟。コウモリの姿くらいしか見ないはずのその場所で、いきなり白い影が浮かび上がった。
新しい種類の敵かっ?!と思い、立ち上がって近づいて行くと、なんと他のプレイヤー。
真っ白な女の子。HPゲージが真っ赤。
考えるより先に体が動いた。
そのキャラを襲っていたコウモリを一刀両断に斬り捨てる。
動揺しているらしくクルクル回っているそのキャラにあらためて目を向けると、どうやら回復系後衛のプリーストだ。
普通は前衛が表に立ち、後ろでその前衛に守られながら回復をするジョブのはず。
とにかく次に攻撃を受けたら即死するであろうそのプリーストに
「とりあえず自分を回復しとけ」
と言いつつ、他に攻撃をしかけてくるようなものがいないか辺りを警戒すると、そこにシーフとエンチャンターの姿が…。
一番か弱いはずのジョブに先頭を進ませてるその二人に、怒りがフツフツと湧いてくる。
「そこの馬鹿二人っ!!いますぐコウモリの群れに特攻して100回死んで来いっ!!」
そして爆発。
その言葉にシーフは怒るが、エンチャンタが迷ってここにきてしまって戸惑ってるうちに絡まれてしまった事を説明した上で、パーティーメンバーを助けてもらった事へのお礼を述べると、シーフも続いて礼を言う。
しかし何故そこまで怒られたのかわからない様子なので、一応前衛は後衛を守るのも仕事である事を説明すると、意外にあっさり納得して謝罪をしてきた。
悪気があるとか保身に走っているとかではなく、単に無知だったらしい。
そう言われてみて見れば、どう考えてもこのレベル10くらいの狩り場に来るには無理がある全員レベル4の3人。
このまま放置すれば恐らく死に戻りだろう。
ここでそれを放置できるような人物ならそもそも賞金狙いでもないのに、興味のないゲームをやっていないわけで…
「とりあえず…いれろ。送っていく。
お前らだけじゃ帰れないだろ。そんなレベルで来る所じゃないしな、ここ」
言ってしまったこの言葉が、今後自分の人生を大きく変える事になるとは、この時にはさすがの彼も思ってもみなかった。
まあ…もともと賞金狙いでもない、目的はゲーム内秩序を守る事なのだから、これもその一環と言えなくはない。
しごく真面目に考えて、道々何も知らない面々に色々注意をしながら進む。
最初に助けたプリーストの少女はここが安全地帯とばかりにしっかりと自分の真後ろにピタっとはりついていて、それがなんだかくすぐったいような不思議な気分だ。
その可愛らしいプリーストの少女が唐突に口を開いた。
「あの…何故帰るんですか?」
一瞬何を言われてるのかわからなかった。
というか…考えてもわからない。
他の二人も同様らしくフォローがない。
しかたなしに口を開く。
『意味がわからん。帰らないでどうするんだ?』
と言った瞬間しまった!と思った。
ゲーム性別がイコールリアル性別ではない。それはもちろん知っているものの…目の前の少女はあまりに女の子なわけで…言い方…きつかったんじゃないだろうか…。
男だけの中でもしばしばきついと言われる自分の言い方でひどく傷つけたのでは、と、内心ひどく動揺する。
ところが少女の方は全く気にしてないらしい。
「せっかくここまできたんですし…
ここでレベルあげすれば良いんじゃないでしょうか?(^-^ 」
と、ニコニコマークつきで言う。
その少女の様子に心底ホッとしながらも、まだゲームがわかってないらしい彼女に、今度は慎重に説明した。
『えと…な、さっきも言った通りここはレベル10くらいの狩り場なわけだ。
んで?レベル4の3人がどうやってそこでレベル上げするって?』
どう考えても無理だ。
これで大人しく帰るだろうと思っていたら、少女はきっぱり
「大丈夫っ!サビトさんがいますし♪(^-^」
一瞬意味がわからなかった。
『へ?…いや…あの……いますしって……』
「サビトさんが倒して下されば全員にちゃんと経験値入りますからお気になさらず♪(^-^」
『ちょっ…ちょっと待った…お気になさらずって言われても……』
「私も一生懸命回復しますねっo(^-^)o」
いつのまにか…頭数に入れられている??
何故??レベルがあまりに違うのは一目瞭然。
しかもどう考えても…これまでの態度を考えれば自分はとっつきにくい奴であえて一緒にとは思わないはずなのだが…
とりあえず…考え込む時間欲しさにその場にがっくりと膝をつく動作を使ってみた。
そして結論…
『…負けた……どこの……やんごとなきお姫さんなんだ?
思い切り上から目線で苦しゅう無いって言われてる気がしたぞ………』
自分にとっては経験値的にアイテム的に美味しくなくなるとか、そういう事よりもうなんというか…このニコニコ無邪気に懐いてくる少女を突き放せなくなっている。
可愛い…と思ってしまった自分の負けだ。
勉強にしても武道にしても常に勝ち続けていた彼はこの時初めて負けを感じた。
しかしそれは意外と不快じゃなく楽しい気持ちになるものだった。
ネット内の怖さも知れ (4日目)
翌日…。前日よりも8時がかなり楽しみになっている自分に気付く。
こんなにわくわくと浮かれた気分になったのは初めてなのではないだろうか。
結局あのあと4人で軽く経験値稼ぎをしたのだが、単純に遊ぶためだけの仲間というのを持ったのは本当に何年ぶりだろうか。
リーダーのユートは人当たりのいい男で、まるで旧知の友人のように接してくる。
シーフのアオイは心底ゲームに疎いらしいが、その分教えてやると素直に感心して一生懸命吸収しようとする。
そして…プリーストのギユウ。小さくてふわふわしてて可愛い女の子キャラ。
いつも、サビトさん、サビトさん、と後ろにぴったりくっついて回る。
今まで周りにいなかったタイプの人種で…そこにいるだけで楽しい気分になった。
単調に思えた戦闘も、後ろにいるそのお姫様キャラを守るためだと思うと楽しい。
そんなわけで8時ぴったりにインする。
もちろん一番乗りだ。みんなまだ来てない。
しかたなしに噴水のあたりで他を待ってると、他の参加者の会話が聞こえてくる。
イヴという女ウォーリアとゴッドセイバーという男ウォーリアだ。
会話からするとゴッドセイバーの方がイヴに気があって、色々気を惹こうとしているっぽい。
それを見ながら、
(うちの姫の方が絶対に可愛いよな…)
と、無意識に思ってる辺りが慎重な割に一目惚れ体質ならしい…。
そうこうしてるうちにアオイがイン。
そのうちリアルまでみんなに聞こえる通常会話で話始めるゴッドセイバー。
こいついつか殺されるんじゃないか…?と密かに思うが、それが実際にそうなるとは、この時点ではさすがに思っても見ない。
ただ念のためと自分達以外で会話を聞いてそうなあたりをチェックする。
アオイと自分とイヴの他にはアゾットというプリースト。
まあ…プリーストじゃ一億狙うのは無理だろうなとは思う。
そのうちアオイが退屈になったらしく
「ねえ、サビト…」
と話かけてくる。
「サビトもさ…高校生…なんだよね?」
『ああ。このイベントの参加者全員そうだって主催言ってたしな』
「サビトはさ、どんな感じなの?リアル。私はね…」
いきなり通常会話で話だすアオイに焦って
『ストップ!!黙っとけ、馬鹿!!』
と、皆まで言わせない様にとりあえず遮る。
「な…なによ…嫌なら無理に聞き出そうとまでは思ってないよ。
でも私の事話すくらいはいいじゃない。
別に変な意味じゃないもん!」
と、何もわかってないであろうアオイにコウはため息をついた。
そういうんじゃない、と、一応ワンクッション置いたあと、説明を始める。
『ネット上だと相手も嘘つけるからな。下手に自分の個人情報漏らすと悪用されるぞ。
俺は自己申告がない限りキャラの性別イコールリアル性別として考えとく事にしてるから、お前も一応女だって仮定して話するけどな、男でもやばいけど女は絶対にやばい。
実際騙されて呼び出されて乱暴されたりとか、ストーカーされたりとか結構あるんだからな。
女は特に気をつけろよ。絶対に下手に相手を信用すんな。
ましてや誰が聞いてるともわかんない通常会話でリアル明かすなんて史上最悪の大馬鹿野郎だぞ』
アオイはその説明で納得したらしい
『ん…わかった。気をつける』
と、神妙にうなづく。
素直なのがアオイの最大の長所だと思う。
同じ事をあとからきたユートに注意しても
『はいはい、さすがに俺でもそれはわかってるよ』
と、笑って流す。
同等の人間としてのプライドが先立つらしい。
それでもピリピリ言い返したり必要以上につっかかったりせず流すあたりが大人なのか。
お姫様は相変わらずぽわわ~んとしてて聞いてるのか聞いてないのかわからないがとりあえず
『は~い(^-^』
とだけは返事を返してきた。
まあ…ギユウに関しては自分で危機管理をしろというのは無理っぽい。
いざとなれば自分がガードしようと言う事で切り上げる。
とりあえず注意するだけはしたという事でレベル上げに行く前に、昨日から気になっていた事をとりあえずクリアにしようと、商店街に足を向けた。
それでなくてもレベルが低いのに初期装備のままのアオイとギユウにせめてレベル相応の装備を買ってやらないと殴られたら終わる。
昨日までパーティーの存在すら知らずにただソロでペチペチと敵を叩いてただけらしい二人のこと、当然装備代なんか貯めてるはずもなく…レベルが上がったら装備を買い替えようと貯めていた金で二人に装備を買ってやる。
どうせレベルの低い3人に合わせてやっていたらレベルが上がるのなんて当分先だ。
それまでには充分必要なだけの金が貯まるだろう。
決して効率的ではない。というより効率から激しくかけ離れたやり方なわけだが…不思議と楽しい。
成功して勝つ為ではない作業。単純に楽しむために遊ぶ事がこれほど楽しいとは思っても見なかった。
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