オンライン殺人事件クロスオーバーK02

第一の殺人 (7~8日目)


ゲームを始めて一週間。

物心ついて以来初めてくらいできた仲間。
一人でやってた頃の単調さが嘘のように楽しくなった。

あくまで対等な友人のユート。
リアルでいる周りの人間のようにちょっとした事で怒ったり、萎縮したりしない。
決して人当たりの良くない、口べたな自分の言葉を上手にフォローしてくれる。

アオイは素直で一生懸命な人間。
同じ年なのだが、年下の妹か弟のような感覚で、面倒をみてやらないとという気になってくる。

ギユウは側にいるだけで幸せな気分になる女の子。
ほんわかしていて無邪気で、仕草も言動も何もかもが可愛い。

そんな仲間に囲まれて狩りをするのは楽しい。
最近では朝起きてから普通に勉強しながらも、日々夜仲間に会えるのを心待ちにしている自分がいる。


12時少し前、自分一人しかいなくてもきっちり自炊。
12時には自分で作った食事をテーブルに並べ、ニュースを見ながら一人きりの食事。
中学を卒業してからの変わらぬ日常。

義務教育の間まではきっちりと厳しく管理教育。その後は自主性に任せる。
ただし自分の責任は自分で取れ。
それが父親の方針だったため、経済的な保護以外の保護も束縛もなし。

どちらにしても父親はベタベタとした愛情を注ぐ性格ではなかったし、仕事も忙しかった為、義務教育終了までが一人でなかったかと言えばそういうわけでもなく、単に通いで来ていた家政婦がいるか自炊をするか、時間の管理をされるか自主的にするかくらいで、たいして今と変わるわけでもない。

勉強にしても武道にしても結局は競争で、勝てば当然妬まれもするし本分と別の部分で追い落としをかけようとする者も多い。
それでもごく一部、お互いに刺激をし合って切磋琢磨するライバルとしての友人はいたが、無条件に心を許す類いの交友関係ではない。


そんな中で初めて出来た損得関係のない友人。

一日4時間、ネット内だけという限定条件ではあるものの、それは孤独な生活に潤いを与えるには十分すぎる存在だった。

サビトもそんな日々が続いてゲームを始めたそもそもの理由を忘れかけていたのだが、ふと流れたニュースに凍り付いた。


『臨時ニュースをお知らせします。本日午前5時過ぎ、東京都○○区のマンション駐車場で
刺殺された男性の遺体が発見されました。
殺された男性は都内在住の高校生、鈴木大輔さん17歳………』

鈴木大輔…確かゴッドセイバーの本名だ。
とうとう起こったかという気持ちと、ここまで起こるのかという驚きが交差する。

断言はできないが今回のゲームが原因の可能性はかなり高い。
…自分の予測通り賞金1億が目的だとすれば次の殺人が起こる可能性も…。
そして…放置すれば自分の仲間がそれに巻き込まれるのは必至だ。

サビトは迷わず電話を手に取った。
そして物心ついて以来ほとんどかけた事のない番号に電話をかける。

『錆兎か、何か重要な事か?』
忙しいであろう父。

それでも私用で電話をかけた事のない息子がかけてきたのだから、よほどの事だろうという事は察して話を聞いてくれるつもりらしい。
サビトは迷わずディスクが送られてきた事からゲームの事、賞金の事、ゴッドセイバーの事などを説明した上でM社のゲームの賞金が原因だと思う旨を知らせた。

『報告が遅れてすみません。
ただ、今までは現実にトラブルが起こっていたわけではなく、とりあえずトラブル防止と監視に務めるのが最善と判断しました』
最後にそうまとめる息子に父はため息。

『やっかいな事になったな』
とつぶやいた後、少し考えて言った。

『おそらく…三葉商事が相手となると警察はほぼ動けん。
この事件と三葉商事との関連付けをさせるのはまず無理だろう。
事件は単体で捜査という事になり、結果、現行犯で犯人が逮捕されない限り、次の犯罪を防ぐのは不可能に近い。
それでも…お前があくまで私の名前を前に出せば、お前は恐らくそのゲーム自体から手を引かされる事になるだろうな。
逆に…自身の安全を考えればそれは最善の策にもなりうる。
今の時点で私に言えるのはそれだけだ。
大人の事情とお前の事情、それをよく考えた上で、お前がどう動くかの判断はお前に任せる』

言い返したかった…。
常に正義だと正しいと思って自身もそれを目標に精進してきた父親が、大人の事情で流される存在だと言うのが腹立たしかった。

が、それでもその大人の事情を自分にまで押し付けようとしない姿勢はありがたい。

ギリっと歯噛みをして、それでも電話を切る。
自分は…逃げない。
絶対に自分の力で仲間全員守ってみせる。

それでもキッチリと食事を取り片付けをすませ、その後午後の勉強を中断してネット犯罪についての資料を調べ始めた。



夜…ログインすると例によって1番乗り。
そして一瞬後表示されるアオイのキャラにパーティーの誘いを送った。
パーティーに入るアオイ。

『サビト…ニュース聞いたよね?』
『ああ』

あの時ゴッドセイバーがリアル情報をもらしていたのを聞いていたアオイはやはり気付いたらしい。

そうきいてくるが、次に続く言葉が
『やっぱり……あれだよね、宝くじ当たったとか言って殺されちゃったりするのと同じだよね
で、力が抜ける…。

まあ…相手はアオイだ、しかたないと思いつつも、その見当違いな危機感のなさが命取りになりかねない。

『まだ受け取ってもいない金のために身近な人間殺すアホウがどこにいるんだよ?
被害者が現物持ってないってことは、殺してもそれ奪える訳じゃないんだぞ。
宝くじの場合は大金を手にしたからだろ、殺すの』
と説明をしつつも
『お前な…脳みそ使わなさすぎて腐らせる前に、次の犠牲者として川に浮かぶなよ…』
と、ついつい呆れた気持ちが口をついて出る。

放置しておいたら本気で明日には川に浮かんでそうだ。

と思ったら何を考えたかアオイがいきなりパーティーから離脱した。
間違ったのかと思ってもう一度誘うが断られる。
間違って断ったのかと思ったらもう一度断り。

さすがに間違いではないとわかったが…いったいどうしたことか…。
こんな事をしてる間に注意しなくてはならない事が山ほどあるのに、と思ってるとユートがイン。

アオイがパーティーに誘ったらしくしばらくユートからの連絡を大人しく待つ。
そして数分後…
(もしかしてアオイと何かもめた?)
とユートからウィスが来る。

(わからん…)
正直に答えるとユートが考え込む。

(ん~なんかアオイに聞いても要領得ないんだよね、今。
たぶんリアルで動揺してるんじゃないかなぁ、そんな感じする。
だからさ、そうだな~、ちょっと落ち着くのを待って聞き出すから、しばらく二人きりにさせて?姫もじき来るだろうから、サビト、姫の方お願い)

このままだと注意するどころじゃなさそうだし、どう考えてもユートに任せた方が良さそうだ。

(わかった、何かあったら知らせてくれ)
とりあえず先にギユウに注意をしようと、アオイはユートに任せる事にした。


『ごきげんよう♪今日はまだ皆さんまだですか?(^-^』
いつもの場所、噴水前で待っているとギユウがくる。
何も知らないのもあっていつものようにぽわわ~んとしている。

サビトはとりあえずパーティーに誘うと、
『ん~、今日なちょっと訳ありでユートとアオイ二人で行動してる』
と言う。

『そうなんですか』
ギユウはちょっと不思議そうだが、元々深く考える質ではないのだろう、
『じゃ、今日はサビトさんと二人ですね。何しましょう?(^-^』
と聞いてくる。

ほわほわと楽しそうなこの少女の不安感をあおるのは気がひける。
かといって…言わないで次の犠牲者になられでもしたら後悔してもしきれない。
せめて…彼女が少しでも落ち着く場所で、と、サビトは言った。

『えとな、姫に話したい事があるんだ。
大事な話だし長くもなるから姫が一番落ち着ける場所を選んでくれ』



自分で…選べと言ったんだよな…文句は言えない…。

連れて行かれた場所はお城の庭園。
花咲き乱れる庭の花に囲まれたベンチに座るギユウ。

確かに…彼女にはよく似合う場所ではある。
自分にとってこれほど不似合いな場所はないわけではあるが……

サビトは内心ため息をつきながらも、彼女の横に座った。

楽しげに自分に笑顔を向けるギユウ。
本気で可愛いなと思う。

『で?お話って?』
その笑顔を消すのが怖くてなかなか切り出せないでいると、ギユウの方から切り出された。
しかたない…。

『あの…な、ちょっと今危険な状況が起こってて、姫にも色々注意してもらわないといけない事がある。
だけどこれから言う3点だけきっちり守ってくれれば俺が絶対に身の安全は保証するから心配しないでいい。守れるよな?』

さすがにいきなり殺人の話を出すのは気がひけるので、先に注意事項からと思って言うと、ギユウは素直にコクコクとうなづく。それに少し安心してサビトは続けた。

『これは以前も言ったけどな一つはリアルについて絶対に他人に話さない事。
普通の状況でも危ないから。
次に呼び出しは受けない事。
例え誰から呼び出されても絶対に行くなよ。それが俺やユートやアオイでもだ。
最後は…俺がいないところでユートとアオイ以外の参加者と話をしない事。
これはな…姫うっかり誘導尋問とかでリアルに抵触する事言っちゃまずいから。
以上3点をしっかり守ってくれれば絶対に危険はないから』

サビトの言葉にギユウはちょっと考え込む。

『あの…今起こってる危険て??』

まあ…もっともな質問なわけで…。
サビトは事情を説明した。

一瞬の沈黙
『冨岡義勇、東京都○○区……私立聖星女学院……070-○○○○-××××…』

だだ~っと流れる個人情報。

『ちょ、ちょっと姫???何やってんだっ!!!!』
慌てるコウにギユウはきっぱり
『私明日から夏期講習で学校行かなきゃなんです』

『いや、だから??』
『サビトさんお迎えお願いします』
『はあ???』

アオイも…わからないが、ギユウはもっとわからない…。
今の話…きいてなかったんだろうか……。

『…姫……』
『はい?』
『言っても今更なんだが……俺がヤバい奴だったらどうすんだ?』

もうため息しか出ない。

『大丈夫っ。サビトさんだから』

信頼…されてるのか危機感が限りなく0に近いのかわからないが…これ…放置したら明日は川に浮いてる事必至だと思う。
というかこれを断って、他の…それこそ犯人でもこれをやられたらと思うと背筋が寒くなる。


『もう…わかった。負けた。迎えに行くけどそのかわり一つだけ絶対に約束』
本気で泣きそうだ。

『はい?』
『さっき言った3点、絶対に守ってくれ。本当に危ないから。
あともう一つ付け足しておく。
姫、絶対に事態が落ち着くまで一人で外出歩くな。呼んでくれたら護衛に行くから…』
『はい。ありがとうございます(^-^』

『で?何時だって?それ以前にいきなり男が訪ねていったら親動揺しないか?』

私立聖星女学院といえば世情に疎いコウですら知っている超有名ミッション系お嬢様学校である。
そんな所の生徒と言えば当然普通お嬢様なわけで……

『大丈夫です♪両親にはちゃんと言っておきますので。朝は8時半でお願いします(^-^』

どうちゃんと言うのかは怖くて聞けない…。
とりあえず…その話はそれで切り上げて、話題はアオイの話へと移って行った。



送迎


夏休みでも錆兎の朝は早い。
普通に5時起きで鍛錬。シャワーを浴びてその後朝食。
後片付けを終えるとだいたい7時。

普段だとそこから勉強だったりするのだが…今日はネットで道の確認。
ギユウの自宅の駅までは自分の自宅から15分ほど。意外に近い。

もちろん電車の時刻もきっちり調べる。
ギユウの自宅の最寄り駅から自宅までは約徒歩8分ほど。
計23分だが、初めて行く場所だ。
万が一迷う事なども考え余裕を見て30分前に出る事にする。

服装は制服。
私服よりは一応自分の身分の証明になってくれるだろう。
もちろん提示を求められた時のために生徒手帳も携帯。

正直言って…女の子の自宅を訪ねるなんて初めてだ。緊張する。
そもそも”あの”姫が自分の事を親になんといって説明したのだろうか…。
怪しい人間と思われないだろうか…。

本当に緊張しながら8時に自宅を出た。
そして某高級住宅街。
豪邸の建ち並ぶ一角にその家はあった。

現在8時21分。若干予定より早く着く。
あまりに早く来られても迷惑だろうと、そのまま待つ事6分。
8時27分。恐る恐るチャイムを鳴らす。

『は~い』
驚くほど可愛らしい声が聞こえた。

『おはようございます。鱗滝錆兎と言います。
義勇さんを学校へお送りする約束をしているのですが、ご在宅でしょうか?』
心臓が口から飛び出すかと思うほど緊張して言うと、
『はい♪今呼びますのでお待ち下さいね。どうぞ。お入り下さい』
門のロックが解除される。

『失礼します』
と中に入ると、綺麗に手入れされた花が咲き乱れる庭。
こういう環境で育つと、あんな風にふんわりとした雰囲気に育つのか、と、なんとなく納得する。
ドアの所まで辿り着いたとたん、ドアが開いた。

「サビトさんっ、ごきげんよう」
中から小さな物体が飛び出してくる。

「…姫…?」
思わず目を見張る錆兎に、うんうんとうなづいてみせるのは、あのゲーム内の美少女キャラをさらに超えた可愛い少女だ。

容姿も可愛ければ声も驚くほど可愛らしい。
ふんわりとした雰囲気もそのままに嬉しそうに自分の腕にぶらさがるようにしがみつく少女。
あまりに可愛らしすぎて現実感がない。

その少女の後ろには少女にそっくりな…数年後にはこうなっているのだろうなと思わせる様な可愛らしい女性。

錆兎の視線に気付いて、少女、ギユウは
「あ、紹介しますね、母です。
で、ママ、この人がサビトさんっ。これから送り迎えしてもらうのっ」
と紹介する。

母?母~~???
どう見ても20代にしか見えないのだが……

「義勇の母の蔦子です。
娘を助けて頂いたそうでありがとうございます。これからも宜しくお願いしますね」
ニッコリと挨拶をされ、錆兎も慌ててお辞儀をする。

「初めまして。鱗滝錆兎と言います。こちらこそ宜しくお願いします」

とりあえず時間なのでそれ以上の挨拶はまたということで二人で学校に向かう。


ギユウは本気で可愛かった。錆兎が今までみたどの女の子よりも…。
並んで歩いてると道行く人が振り返っていくほどだ。
それは彼女だけでなく自分の容姿も起因しているということには気付いてない錆兎ではあるが…。

今まで身近に全く女の子がいなかったせいもあって、ひどく緊張したが、ゲーム内と同様ホワホワとしたギユウにすぐその緊張もほぐれる。

「サビトさんて…ほんっとにゲーム内のままなんですねぇ。びっくりしました♪」
可愛らしい声で言って笑うギユウにしばしみとれる。

「姫も…容姿だけじゃなくて雰囲気とかもそのまんまだな」
と言うと、ギユウは
「そうですか?」
とまた楽しそうに笑った。

そのままギユウはゲーム内と同様、とりとめのない可愛いおしゃべりに興じている。

錆兎は正直人と話すのがあまり得意ではない。
たわいもない話というのをしようにも何を話していいやらわからず気を使うし、かといって黙っていると沈黙がきまずい。

それでなくてもきつい印象を与える容姿のせいで向こうにも緊張をさせるらしく、気軽に近づいてくる者も少ない。

ところがギユウは緊張する様子もなく一人で楽しげにしゃべっている。
錆兎の反応が悪くても気にしない。

ただただ小鳥のさえずりのように楽しそうにおしゃべりを続け、時には自分で自分自身の言葉に応えてみたりと、こちらが黙っていてもそれがむしろ気の利いた対応のように見えて、気詰まりさがない。

ようは…錆兎のように人付き合いが苦手という人間にとっては珍しく側にいて苦痛にならない人種だった。
苦痛どころかむしろ楽しいと言っても良い。
苦手なだけであって、別に人が嫌いというわけではないのだ。

それだけでも十分すぎるくらい幸せだと言うのに、ギユウはさらに嬉しい提案をしてくれた。

「えっと、サビトさん」
「ん?」
「私達ね、これから毎日会うことになるじゃないですか」
「…ああ。で?」

そこで少し途切れるギユウの言葉にそう返して小さな頭を見下ろすと、彼女は小さな両手を口元にやって、ムフフっと笑う。

「私ね、ずっと試してみたいことがありまして…」
「うん?」
「サビトさんなら…いいかな、と」
「うん。なんだ?」

と、さらに聞くと、そこで彼女の方も錆兎を見上げた。

「あのね、呼び捨てで呼んでみたい」
「は?」
「お友達をね、呼び捨てで呼んでみたいんです」

とっても親しい人みたいじゃないですかっ…と、嬉しそうな笑みを浮かべられて、錆兎の側にそれを拒否するという選択肢はもちろんない。

むしろ錆兎の方こそそんな風に気安く接してくれる相手なんてレアなのもあるし、嬉しく思う。

──…さびとっ……
と、ハイトーンの透き通った声でそう呼ばれると、なんだかくすぐったくて変な気分だ。
だが、当然不快なわけではない。

ただ、不可抗力ではあったものの、こうしてリアルで会っているのが他にバレるとなし崩し的にそのあたりの危機管理が甘くなってしまいそうで好ましくはない。

だから、こうして砕けた言葉は2人きりの時だけということで、さらに錆兎も彼女の希望でギユウと名を呼ぶことにする。

学校へと向かう道々、可愛い彼女が有名ミッション系お嬢様学校の制服を着てお姫様オーラをふわふわ振りまいて自分にまとわりついているのだから、まあ目立つ目立つ。
周りの男達にすごい目で見られている気がする。

さらにギユウの学校に近づけば今度は女の園に一人紛れ込んだ異質な人間に、学校の生徒から奇異の目で見られている気がする。
そして学校の門の所に着くと今度は学校の教師らしきシスターにチェックを入れられた。

「ごきげんよう♪おはようございます」
門の前で教師にギユウが挨拶すると、シスターは
「ごきげんよう。そちらは?お友達ですか?」
と錆兎に目を向ける。

「はい、今日から送り迎えをして頂く事になりました、えと…」
そこまで言ってチラリと錆兎を振り返るギユウ。
「おはようございます。鱗滝錆兎と言います。海陽学園高等部2年生です」
錆兎が一歩前に出て90度頭を下げると、シスターは満足げにうなづいた。

「きちんとした方のようですね。おはようございます」
とのシスターの言葉に内心汗がどっと吹き出る。

とりあえず…学校側のチェックはパスしたらしいので、門の所で分かれる事にして帰りの時間を聞いた。
1時間半後…なので、丁度学校の隣にあった公園で単語帳を片手に時間をつぶす。


普通感じるであろう何故自分がここまでしているんだろう…という考えは彼にはすでにない。

ずっと一人だった彼にとっては、ゲーム内でユート達に会って以来、自分が何かをしてやれる誰かがいるという事が実はすでに娯楽になってきていた。

しかも今日はその相手が今まで見た事もないほどの目の覚めるような可愛らしい少女だったりなんかするわけだから、不満があろうはずもない。
当たり前に時間をつぶし、当たり前に迎えに行く。

例によって異質な者に向けられる生徒の視線が痛いが、
「さびとっ♪お待たせっ♪」
と、可愛らしい声で駆け寄ってくる可愛らしい彼女の様子に、それも気にならなくなる。

可愛らしい少女が楽しげに可愛らしいおしゃべりをしながら自分の側にいてくれる。

しかも彼女は
「さびとがいると、いつも出没するナンパとか痴漢とかもぜんっぜん来なくてすっごく安心♪」
などと言ってくれたりするわけで…。
それだけで充分幸せな気がした。



「でも…親も学校もよく男が一緒なんてよく許したな…。
普通あんなお嬢様学校って男女交際禁止とかじゃないのか?」

もうどこをどう割ってもお嬢様。
しかもかな~りお育ちが良さそうなギユウを自宅まで送る道々、錆兎は好奇心からきいてみた。

それにギユウは当たり前に錆兎の腕にぶらさがりながらにっこり答える。

「ん~、うちの両親は娘の直感を信じてるので。
で…学校は…禁止じゃないからっ♪
ちゃんと先生に紹介できるような方ならおっけぃという事になってるの♪」

おい親…直感…信じていいのか?この限りなく危機管理能力0な娘の…。
秘かに思うが、さすがに口には出さない。

「錆兎、この後、忙しい?」
そんな錆兎の心のうちも知らず、ギユウはちょっと彼を見上げて顔を覗き込む。

「いや…俺は勉強は基本的に自宅で自主学習だし、ほぼ一人暮らしだから」
「ほぼ…一人暮らし?」
ギユウは少し不思議そうに首をかしげた。

「正確には家族は父親のみで、その父親も仕事の都合で月1回自宅戻れば良い方。
中学卒業するまでは通いの家政婦さんいたけど、今は自分の家事は全部自分だな」

「それって、寂しく…ない?」
寂しいかと聞かれても他の生活を知らない。

「ずっとそんな感じだったから考えた事ないな」
錆兎の言葉にギユウはそう…、と、言った後、えとね、とまた話を戻した。

「時間あるようなら、メールアドレス取るの手伝ってもらえないかな…と。
昨日メルアド取るって話しになったけど私パソコン疎くて…。
実は今回のゲームも設定とか全部父にやってもらってるけど、今日父遅いから…。
時間までにメルアド取れないかもだからっ」

いかにもギユウらしい申し出に錆兎は少し微笑ましくなって笑う。
「いいけど。なんかギユウは本当にゲームの時のまんまだな」

ゲーム内で初めて会った日も思ったが、どうにもこの無邪気で可愛らしい様子で頼まれると突き放せない。
結局そのままギユウを自宅に送って行くと、自宅に上がってメルアド取得をさせる事に。


「お邪魔します」
と挨拶をして中に入る。
長い廊下を超えると温かい感じのするリビング。

「こっち~♪」
とうながされるまま2階のギユウの私室へ。
当たり前にひきうけたが…考えてみれば女の子の部屋に入るのなんて初めてだ。

一歩踏み入れるとそこは別世界だった。

ふんわりとフローラルな香りの漂うパステルな空間。
10畳ほどの部屋は下は全面淡いピンクの絨毯。

奥には出窓。当然レースとフリルのカーテンがかかっている。
家具は勉強机と、猫足の白いドレッサー、それに大きなベッドと本箱のみ。
ぎっしりとファンタジー系の小説や画集の詰まった本棚の反対側の壁は大きなクローゼットになっている。

「えと…パソコンは机の上だから…」
錆兎が中に入ると当たり前にドアを閉めようとするギユウを錆兎は制した。

「ドアは閉めるな。開けとけ」

嫁入り前の女の子が若い男と密室にいるのはよろしくない…などという堅苦しい考えを持った高校生も今時レアなわけで…ギユウは不思議そうな顔をしたが、それでもやっぱり深く考える質ではないので、

「は~い♪」
と返事をすると、ドアをそのままにして机の前に座る錆兎にかけよった。
メルアド取得自体は当然ながら簡単ですぐすむ。

メールの見方とID&PASSを忘れない様にメモさせて、
「終了。んじゃ、明日な」
錆兎は立ち上がって帰ろうとするが、そのまま、おそらく自分にとってどうも立場的弱者になりやすいタイプの女性二人に引き止められる。

「錆兎君…ちょっとだけ…模様替えしたいの。だめ?」

もう…初対面の人間と言う観点は親の方にもないらしい。
ギユウの母親の蔦子も娘そっくりの可愛らしさオーラ満載の強引さで、にっこりと錆兎を見上げた。

結局そのまま昼食をごちそうになった後に、リビングの模様替えを手伝う事に。

体は日々鍛えているため、肉体労働は別に苦痛ではないのだが、そっくりな可愛らしい女性陣二人がきゃぴきゃぴしてる中というのは妙に違和感がある。

「タカさん最近忙しくてずっとできなかったから助かっちゃった♪」
タカさん…というのが父親らしい。
もう…ほとんど高校生の娘がいるとは思えないほど若い蔦子はギユウと並ぶと姉妹のようだ。
ノリもそっくりで、もうこういう親だからこういう娘なんだなとしごく納得する。
本人同様妙にフンワリと温かい空間。それが冨岡家に対する錆兎の第一印象だった。


その冨岡家を辞して自宅に戻る。
いつものように鍵を開け中に入ると、シ~ンとした静寂が広がっていた。

『寂しく…ない?』

送迎中にギユウが言った一言がふと頭をよぎる。
これまでは考えた事はなかったのだが…

「確かに…そうかもな」
錆兎は誰に共なく小さくつぶやいて、鍵をかけると、私服に着替えに自室に戻った。


いつものように米をといでセット。
それを置いている間にいつものように参考書に向かう。

成績は学年トップから落ちた事はない。
有名名門進学校でそれなわけだから、東大も固いと言われている。

物心ついた頃から当たり前にやってきた勉強なので呼吸をするのと同じ感覚で続けているのだが、それで本当にその先に何があるのかとか、本当に何がしたいとか、自分に取って何をするのが楽しいのかすらわからない。

(ギユウは…すごく楽しそうだったな…)
ふとギユウの楽しそうな様子が脳裏に浮かぶ。

見てるだけで楽しく幸せになるような笑顔。
寂しい…という感情が初めてくらい押し寄せてきた。
同時に、明日になればまたあの幸せそうな笑顔に触れられるのかと思うと切ないほど幸せな気分になる。

とりあえず…その前に食事、そしてネットか…。


メグというウィザードが提案してきた希望者同士でのメルアド交換。
それに仲間と共に参加をする事にしていた。

リアルを明かすのは危険だが、非常時の連絡法はあった方がいい。
だからいつでも捨てられるメルアド、捨てアドを取ってそれを使おうと提案したのは自分だ。

恐らく…一日4時間という限られた時間以外でも仲間とつながっていたいという感情が自分にめばえている。
それが判断を誤らせてないだろうか…。

もう一度それによるメリット、デメリットを考えてみる。
メリットがデメリットを超えるはず。

それでもそういう結論に至って、とりあえず息をつく。
一歩判断を誤れば仲間を危険に晒す事になる。
判断は慎重に慎重を重ねなければならない。




純粋さの中の悪意


「ごきげんよう♪今日もよろしくっ」

二日目…。
まだチャイムを押すのは少し緊張するが、それを押すとあの可愛らしい幸せな笑顔が転がり出てくる。

「おはよう、姫」
その楽しそうな様子に思わずこちらも笑みが浮かぶ。

「おはよう、錆兎君。今日もお願いするわね♪」
娘にそっくりな可愛らしい母親、蔦子に見送られて昨日と同様ギユウの学校に向かった。

そして昨日と同様にシスターにも挨拶。
近くの公園で単語帳をめくって時間をつぶし、その後また迎え。

「そいえばさびと、アゾットさんて変わった方だよね?」
昨日と同様錆兎の腕にぶら下がるようにしがみつきながら、ギユウが唐突に言った。

「アゾット?何かあったのか?」

確か…イヴにゴッドセイバーが通常会話でリアルを語っていた時に、自分達と同様その場にいて聞いていたであろうプリーストだ。

しかしギユウはその場にはいなかったし、仲間4人のうちでは大抵自分が一番にインしていてその後きたメンバーを拾ってるので、ギユウはほぼ他のメンバーとは接触はないはずだが…。

錆兎の質問に、ギユウはえっとね、と、ちょっと錆兎を見上げた。

「お話した事はないんだけど…名前がね。アゾットなのにプリーストなんてちょっと変わってるかなぁって…。普通そんな名前つけるなら攻撃系ジョブとか選ばないかなって」

そんな名前…と言われてもまったく検討がつかない。
「有名な…名前なのか?」
錆兎もギユウを見下ろすと
「短剣の名前」
とギユウは答える。

「錬金術士が使ってた悪魔を封じ込めた短剣なんだ、アゾットって」

「へ~。詳しいな、ギユウ」
そういえば…ギユウの部屋にはファンタジー系の本がずらっと並んでいた気が…。

「もう少し詳しく聞かせてもらえるか?」
とりあえずゴッドセイバーを殺害した犯人は参加者の中にいる可能性が高い。
少しでも可能性のある者はチェックしておきたい。

「えっと…じゃ、うちで本見る?私が説明するより早いと思う」
ふわんと微笑むギユウ。

錆兎の側に異論はないわけだが…
「でも…連日いいのか?なんなら今日本貸してもらえれば明日には返すけど」
さすがに…初対面の日から連日お邪魔する事には気がひけると提案するが、ギユウはフルフル首を横に振った。

「ママ、もう私がさびとを呼んでくるものだと思ってお昼用意してるし…」

いつのまにやら頭数に…というのはどうやら親譲りなのか…。
結局その日も冨岡家で昼食をごちそうになり、そのまま本を借りて読む。

『アゾット剣…16世紀頃に活躍したドイツの偉大な錬金術士バラケルススが持っていた短剣。
柄頭に水晶が埋め込まれており、そこには悪魔が封じ込まれていたという…』

なるほど…。
確かに癒し手のプリーストにつけるような名前ではない気がする。
よほどのへそ曲がりか…もしくは…陰惨な自己顕示欲の持ち主。

錆兎自身も仲間以外とそれほど接触を持っていないため、アゾットの人となりはよくわかってない。
一度チェックをしてみなければ。
それによっては要注意人物認定だ。

錆兎が考え込んでると、ギユウがシャツの裾をつんつんとひっぱる。

「ん?」
ふと見ると教科書を片手にじ~っと錆兎を見上げているギユウ。

「さびと…数学って得意?」
「どれ?」
ギユウが開いたページに目を落として、考え込む。

これがわからないとかじゃ…ないよな…と思っていると、
「このページ、全部わからない」
ときっぱり言われて目眩。
得意以前の問題だと思う…。これの何がわからないのかがわからない。

「悪い…これのどこがわからんのかがすでにわからん。何を教えればいい?」
「全部…。最初から…」

「最初からって…ここまではわかってるのか?」
「ううん…全然…でも宿題がこのページからだから…」
しかたなしに…教科書の最初から説明を始める羽目に…。


「さびと、すっご~い。頭いいっ!」
「いや…俺が頭がいいというよりは…高2でこれがわかってない方が問題なんじゃないかと…」

言ってハッとする。
すごく不快にさせる事を言った気が…。
あわてて口に手をやるが、本人全然気にしてないらしい。

「そうかな?でもぜんっぜんわかんない。これわかるって絶対にすごいと思う」
心底感心したように錆兎を見上げた。

出会ってから常々感じているのだが…ギユウはきつい事を言われても華麗にスルー…というか、耳を素通りさせる事ができるという特技があるっぽい。
いつも失言したっと思って一瞬焦る錆兎に、全くそれに気付いてないがごとくぽわわ~んとした反応を返してくる。
その楽天的なお気楽さが、人間関係では日々緊張を強いられている錆兎の気をとても楽にした。

「さびと…」
「ん?」
「夏休みの間…勉強教えて。だめ?」
じ~っとつぶらな瞳で見上げてくるフワフワとした存在に逆らえるわけがない。

「いいけど…。俺も一部参考書置いておいてもらっていいか?自分の勉強もするから」
さすがに…夏休み中ずっと自分の勉強を放置というわけにも行かないので言うと、
「うん!じゃ、机だしておくね~♪」
と、ギユウの可愛い顔に花のような笑みが広がった。






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