一応…あれから例によってユートにフロウを預け、コウが松坂の自白に従って松坂の部屋のクローゼットの中を調べると、斉藤亜美の絞殺死体が発見された。
そこでまたふと感じる違和感…。
しかしコウはそれが何かどうしてもわからない。
そうこうしているうちに警察がやってきた。
責任者らしき人物にいきなり頭を下げられて戸惑うコウ。
「いえ…こちらこそ…。というか…何故俺に?」
「加藤警視から今回の事件現場には警察も手をやいた昨年夏の高校生連続殺人事件を始めとして5件もの事件を全て短時間で解決してみせた海陽が誇る天才高校生がいるから勉強させて貰って来いと言われてまして…」
あの人はぁ…と、コウは内心頭を抱えた。
「え~と、もう思い切り尾ひれつきまくってますから。その件は忘れて下さい」
コウはきっぱり言うと
「現在の状況は…」
と、話を先に進めた。
「被疑者は確保してます。自供と、その裏もある程度取れてます。これがとりあえず報告書です。
調べてこちらに上げて頂きたい事もここに明記してありますので」
警察を待っている間にノートPCで作成した報告書をだすと、赤井はそれを見て感嘆の声をあげる。
「さすがですねっ!もう解決されてましたか。
毒や指紋についてはもちろん通常調べる物ですから、結果が分かり次第報告させて頂きます」
赤井はそう言うと、部下にテキパキと指示をする。
やるべき事を終えると、コウはふと気になってフロウの姿を探した。
一応…被疑者確保済みと言ってもまだ全てが解明されていない殺人現場でフロウの姿が見えないと不安だ。
目に届く所にいないと確認すると、不安がさらに増大して動悸がしてきた。
そこにふと部屋の隅のソファでアオイと何かしゃべってるユートの姿が目に入る。
「ユート…姫の事頼んだよなっ?なんで目、離してるんだっ!!
こんな状況で何かあったらどうするんだっ!!」
カッとして思わず怒鳴ると、周り中が何事かと振り返った。
当のユートは一瞬少し驚いたように目を丸くしたが、慣れているのか苦笑して、
「あっち。一応別所さんついてるし大丈夫かと思って。悪い」
とソファで死角になっている部屋の片隅の絨毯の上で遥や綾瀬と共に相変わらず絵本とデザイン画を見ているフロウを指差す。
そこに確かにフロウの姿を認めると、コウは
「怒鳴って悪かった」
と軽くユートの肩に手を置き、
「いやいや。こっちも勝手に悪い」
と言うユートから離れて、フロウの方へ駆け寄った。
「姫…頼むから目の届かない所にいないでくれ…」
コウは安堵のため息をつきながらフロウを抱き寄せる。
フロウは何の抵抗もなく抱き寄せられながら、それでも
「コウさん、心配しすぎですよぉ」
とクスクスと笑みをもらした。
自分でも…思う。
側にいて触れてない時はいつもいつも不安だ。
フロウ自身が離れて行こうとしなくても、残酷な第三者によって永遠に奪って行かれる可能性が絶対にないとは思えない。
絶対的に安全な場所にずっと閉じ込めておきたい…とまで思う自分が異常なのは本当に自覚しているのだが、もうこればかりは自分でもどうしようもないのだ。
世の中確かな物など何もない…そんな思いがぬぐえない。
「弟君てさ…」
そんなコウを見て綾瀬が言った。
「優波ちゃんの事になると理性飛ぶよね…死んだ水野さんが訪ねてきた時もそうだったけど…。
淡路さんの遺体も水野さんの遺体も斉藤さんの遺体もさ、冷静に観察してるのに、優波ちゃんがちょっと体調悪いだけで自殺でもしそうなくらい悲壮な表情するし…。」
実際…”くらい”とか”そうな”ではなくて、本当にいつもフロウに何かあると吐き気と呼吸困難にみまわれるのだから、顔に出てもしかたない。
そんな事を考えながらコウはふと、初めて強烈な吐き気と呼吸困難にみまわれた時の事を思い出した。
元々持病があるとかではない。
ストレスからの強烈な吐き気…あれは確か和樹の日記を読んだ時だ。
唯一の友人だと思っていた男が実は自分の事を殺したいほど嫌っていて自分の事を陥れようと画策していた…和樹の日記でそれを知った時、初めてストレスで吐いた。
それまでは良くも悪くもそこまで心が揺れる事はなかったのだが、それ以来親しい人間がいなくなるかも知れないと思うと、強烈な吐き気に見舞われるようになった。
ああ、これがトラウマという奴なのか…と、コウは今更のように思う。
自分は一人になるのが怖いのだ。
そのくせ、フロウ以外の人間は何かあれば自分を疎んじて離れて行くかも知れないという考えを捨てきれない。
人間的には絶対的な信頼を置いていて、自分の命より大事なフロウをしばしば託す事がある大切な親友のユートすらその例外ではない。
いつも既存の人間関係を断ち切っても自分との関係を優先してくれてきたユートに対してまでそんな考えは馬鹿げていると思う。
それでもその馬鹿げた考えを払拭できないでいるのは、おそらく和樹の事が起因となっているのだろう。
フロウを亡くしたらずっと自分の側にいてくれるような人物はもう絶対に二度と現れない…そしてあの気が狂いそうな孤独な生活に戻るくらいなら、死んでしまいたいと思う。
自分が母親を幼い頃に亡くし仕事が忙しい父親がほとんど家によりつかなくて家族というものに縁が薄かったのと同様に、幼い頃に両親を亡くして祖父に引き取られて、その祖父はコウの父同様ほとんど家に帰る時間のない人だったため、藤もまた家族に縁が薄く育っているというのは聞いている。
本来人が拠り所とする家庭を持たずに育った自分達は、心の拠り所を外に求めるしかない。
そのくせ不器用でなかなか人間関係を作れない。
だからやっと作った人間関係に対する執着は大きく、もちろんなくした時のショックも大きいのだ。
コウは…和樹の日記を読んだ時、発作的に自殺を考えた。
丁度手が包丁に向かった時に、ものすごいタイミングでユートが電話をかけてきてくれて、なんとか思いとどまったのだが…。
そんな事を思い出すと、コウは少し不安になった。
藤は…大丈夫だろうか…。
和馬がいれば大事には至らないとは思うが…。
「コウさん…」
コウに抱き寄せられていたフロウがコウの頭を引き寄せた。
「大丈夫…松坂さんは…藤さんの事嫌いじゃないですよ…」
ふわりと微笑んで言うフロウ。
彼女の言葉はいつでも自分を楽にしてくれる。
胸のもやもやが少し晴れた気がした。
「何かを隠す為に嘘ついてる。…でも、藤さんの事は心配してますよ」
フロウの周りの空気は本当に心地よい。
少しでも近くにいて少しでもその空気を感じたい。
いっその事取り込んでしまいたいくらいに…。
コウは引き寄せられてフロウの肩口に顔を埋めたまま、自分もさらにフロウの背に回している腕に力を込めてだきよせた。
「あ、あのぅ…申し訳ありません、碓井さん…」
そんなコウに警察の責任者の赤井がきまずそうに声をかけてくる。
「あ、はい。何かわかりましたか?」
「はい。淡路さんはおっしゃった通り死因は溺死。斉藤さんは絞殺。
渡して頂いた髪の毛も確かに斉藤さんの物でした。
で、水野さんの死亡原因となった毒はシードルの瓶の中から発見されました。
他のワイン等からは薬物の類いは検出されていません。
他に何かお聞きになりたい事があれば誰でも捕まえておっしゃって下さい」
チラチラとコウの腕の中のフロウを気にしながらも、赤井はコウに調べる様依頼されていた事を報告する。
「ありがとうございます」
コウが礼を言うと、赤井が下がって行く。
「藤さんが飲める物には…毒が入ってなかったんですね…藤さんが飲めないたった一本しかないシードルにだけ毒って、やっぱり神様がお友達殺させない様にってはかって下さったんですね♪」
コウに抱え込まれた状態でフロウがつぶやいた。
「神様じゃなくて、毒いれたのは松坂さんだけどな」
状況をよくわかってるのかわかってないのか謎なフロウの言葉にコウは苦笑する。
ユートならまた電波とか言いかねないが、コウにとっては無邪気なおしゃべりだ。
まあ…毒物入りの飲み物を他と間違わないように一本だけ種類を変えて、水野の側にさりげなく置いたのだろう。
え?しかし…コウはふと思いついて硬直した。
一つの考えが頭をよぎる。
「赤井さん!」
コウは赤井に一つの事件の情報提供を依頼した。
そして…しばらくして情報がもたらされると、コウは確信して、赤井に松坂を含めた今回の参加者の学生全員を集めてくれるよう頼んだ。
「今度は何だよ?もう事件は片付いたんだろ?」
全員ダイニングに集まり席につくと古手川が不機嫌にテーブルに肘をついてうんざりした顔をする。
それに事件を起こした松坂当人もうんざりしたように同じくテーブルに肘をついた。
「なに?大事なお姉様の命狙った挙げ句に暴言吐いた殺人犯を集団で罵りたくでもなった?弟君」
それに遥が立ち上がりかけるが、それもユートが制する。
「暴言…はそうかもしれませんが、命は狙ってませんね?松坂さん」
コウは静かにそう始めた。
その言葉に周りがざわめく。
「はあ?何言ってんの?君。毒盛ったのも斉藤装って平井焚き付けたのも全部私よ?
それはさっき君自身が暴いた事でしょうがっ。おかしいんじゃないの?」
吐き捨てる様に言う松坂に、コウはうつむき加減に息を吐き出した。
「やった事は確かです。でも俺は動機を見誤ってました。
今回殺されたのは斉藤さん、淡路さん、水野さんの3人。
そして…松坂さん、あなたが殺したかったのはまさにこの3人だったんですね」
コウの言葉に松坂は一瞬言葉に詰まった。
そしてすぐ
「何言ってるんだかわかんないわ」
と答える。
「警察の鑑識の結果…水野さんが死亡した毒物は一本しかないシードルから発見されました」
「それが何?」
「他にもワインがたくさんあったにもかかわらず、松坂さん、あなたは唯一藤さんが飲めない飲み物に毒物をいれているんです」
松坂の顔色が少し変わる。
「食事の時…藤さんがアレルギーについて自己申告するよう申し出た時、松坂さん、あなたは藤さんにもアレルギーがある事を口にしてました。
という事は…あなたは藤さんが”シードルを飲めない事”も当然知ってるはずです。
それをわざわざ水野さんの側において、彼女に藤さんの元へ持って行く様に指示しましたね?
ご丁寧に藤さんと仲が良くて藤さんの側に行きそうな大学生遥さんは服を縫うという目的を与えて遠ざけて、シードルを飲めない藤さん、未成年で酒が飲めない和馬の元に水野さんを送り込んだんです。
当然…それは水野さんしか飲めないので水野さんが飲むだろうという事を見越してね」
そこでコウはいったん言葉を切って、チラリと大学生組の方に目をやった。
「松坂さんは始めから藤さんではなく水野さんを殺すつもりだった。
そう考えると他の二人の殺人も、偶然ではなく必然だったとわかってきました。
藤さんに嫌がらせをしていた平井さんに、いかにも藤さんに嫌がらせをするのにちょっと協力するだけとそそのかして、実は淡路さんと水野さんを殺す手伝いをさせてたんです。
淡路さんが藤さんのような格好をしていたのも、おそらく淡路さんを溺死させる手伝いと思ったらいくらなんでも躊躇するであろう平井さんに”泳げる藤さんをプールに突き落として脅す”だけの手伝いと思わせて協力させるためだったんです。
水野さんの時も”水野さんを毒殺する”手伝いは躊躇しても、”藤さんに下剤を盛る”程度なら平井さんもやるだろうという計算の元で計画してたんですね」
「馬鹿馬鹿しい。弟君、推理オタクね。考えすぎよっ!殺す動機も隠す動機もないでしょうっ!」
松坂がソッポをむくと、コウはまたチラリと大学生組に目を向ける。
「殺す動機は…3年前の斉藤さんが冤罪でとある人物を陥れた事件じゃないですか?」
「…なんで…君、そんな事知ってんのよ…」
「最初は水野さんにそういう事があったって聞きました。
斉藤さんに脅されて嘘をついて証人になったが今でも怖いと言ってました、水野さん。
で、さっき念のためにと警察の赤井さんに詳細を調べてもらったんですが…冤罪で陥れられた人物…歯科医の松坂雄一さん。その後自殺なさってますね…」
「ほんっとに嫌な男ね、君…」
松坂の言葉にコウはため息をつく。
「その言葉…事件に関わるたび言われます」
「確かにね…斉藤、淡路、水野の3人のおかげでうちの家はめちゃくちゃにされたわ。
父が優先席の前で携帯かけてる斉藤に注意しただけでね。
痴漢の冤罪着せただけでなくて、それを実名入りでネットに流したのよ?あの女。
おかげで父は周りの目に耐えられなくなって自殺。
私達は代々住んでた土地を離れて引っ越しを余儀なくされ、私は進路を変えざるをえなくなって、歯科医を目指していた弟は歯科大じゃないならって進学をやめて高卒で働き始めたわ。
そんな風に他人の家をめちゃくちゃにしておいて、あいつらそんなことすっかり忘れて普通に生きてるのよ?私が自分達にめちゃくちゃにされた家の人間だとも知らずに。
…で、許せなかった。これでいい?」
「まだ…隠していた動機について語ってませんけど…」
「でしゃばりは嫌われるわよっ!」
「自分でもそう思います…。
でも姫と事件を解明しないと針千本飲むって約束しちゃったので…死活問題なので進めます。
斉藤さんを一番端の部屋から自室までの移動…。斉藤さんの遺体には室内は引きずった跡があるのに、廊下にひきずった痕跡がないらしいんですが…ということは廊下だけ担いででも運んだってことですよね?
小柄で軽い水野さんならとにかくとして大柄な斉藤さんを、おそらく殺害後運んで自室に隠して…その後客室に上がってきた人物と普通に戻ってくるってタイミング的に難しいと思うんですが…。
それが隠してた動機です?」
「何言ってるのか…」
「もうやめよう、松坂さん」
松坂の言葉を成田がさえぎった。
「やっぱり…運んだのはあなたですか?」
驚きもせずコウは成田に目をむけた。
「うん」
「動機は…妹さんに対するいじめです?」
コウの言葉に成田は本当に驚いたように目を丸くする。
「よく…そこまで調べ上げたな」
「いえ…憶測です。
遥さんから成田さんに妹さんがいるって聞いて…水野さんからは昔やっぱり斉藤さんに脅されて一緒に無視した子が学校に来なくなって最終的に学校をやめてしまったと聞いていたのでもしかしたらと思いまして。
姫に個人的興味を持っている様子もないのに、水野さんが姫に悪意を向けていた時、随分水野さんを睨んでましたし…。
あの3人が誰かをいじめるという図を激しく憎悪したんですね」
「ほんと…伊達に天才扱いされてないね」
成田は笑った。
穏やかな笑顔だった。
「ご明察の通り。
俺が上に上がって行ったら丁度松坂さんが端の空き部屋のドアを開けて顔を出したところでね…。
空き部屋から松坂さんの部屋まで遺体を運ぶのに協力したよ。
あの時点で色々を明らかにしていれば残りの2件は起こらなかったのかもしれないけど…ごめん、俺は起これば良いと期待して放置した。
妹はいまだ対人恐怖症で、高認だけは取って大学受験資格は取らせたから、一緒に通ってやれればって思って俺も一年遅らせて一緒に大学通い始めたけど初日からもうダメでね…今俺一人で通ってる訳なんだけど…。
人一人の人生をそんな風に変えておいて、本人達は大学生活エンジョイしてるんだよね…。
妹の事も松坂さんのお父さんの事もあって…それでもまだ懲りてなくて優波ちゃんに敵意向けていて、最初は優波ちゃんに妹みたいな思いさせないように脅すだけにしておこうと思ったんだけどね…
彼らは生きてる限りろくな事はしないと思えてきちゃったんだ…。
遺体を運ぶの手伝って他二人も見殺しにしたのは後悔してないよ。
これで新たな犠牲者は出ない」
「だしてんのに気付かないだけだろうがっ、この愚民が!」
その時いきなり和馬が机の上にダン!と足を置いてふんぞり返った。
それまであくまでよそ行きの丁寧な態度を崩さなかった和馬の急変に、コウをのぞく周り中があんぐりと口を開けて惚けた。
「貴様は妹がいじめられたとか言ったが、貴様もイジメ推奨してんだろっ!
つか、斉藤よりえげつないぞ!
やつらは貴様の妹にとっちゃ所詮ただのクラスメートだろうがっ。
それでもそこまで堪えてんのに、クラスメートどころか数少ない友人に影で殺したいほど嫌われてたなんて言われて平気だと思うのかっ、このクズがっ!
知ってて言わせておく貴様も同罪だっ!」
うあ…地出てる…とコウは額に手を当ててため息。
「和馬、足!机に乗せるなっ!」
一瞬硬直していたが、藤はすぐ気付いて和馬の足をおろさせる。
「…ったく…、俺にそんな些末な事注意する前になんか言う事ないんですか?藤さんも」
和馬のため息まじりの言葉に藤はきょとんとした目を和馬にむけた。
何を言われているのかわからない、というその表情に、和馬の怒りが沸々とわき上がる。
「馬鹿かっ!あなたはっ!!
この愚民共に怒れよっ!!ほんっきでありえんおめでたさだなっ!!」
ガタッと立ち上がってビシっビシっと松坂と成田を指差して和馬は叫んだ。
「金森さん…なんだかキレてるね…なんで?」
コソコソっと隣のユートに聞くアオイ。
「まあ…藤さんに怒れって言うのは俺も同感だけど…」
ユートはため息をついた。
コウと思考性が似ているとしたら…藤もそこで自分を嫌ったり陥れようとしてたりする相手に怒りを向けるという発想はないんだろう…。
おそらく…むしろ自分を嫌ってたんじゃないということにホッとしているはずだ、と、ユートは思う。
それを裏付けるように藤の口からは
「ん~でもさ…実際殺そうとしてたわけじゃなかったなら怒る必要ないでしょ?」
との言葉。
「まあ…そうだよな…」
と、コウもうなづく。
「お前は…納得するなっ!そんなおめでたい頭してるから和樹ごときに騙されるんだっ!」
和馬の言葉にまたズ~ンと落ち込むコウ。
そのコウの頭を抱え込んで、
「大丈夫。私そんなコウさんのおめでたいところも好きですからね」
と、その頭をなでなでしながらフォローにならないフォローをいれるフロウ。
しかしそんな微妙な発言も
「ん…姫がそう言ってくれるならいい」
と、コウにはちゃんとフォローになっているらしい。
そしてそんな二人をジ~っと見つめつつ、藤は次に無言で隣の和馬を見上げた。
「なんですか、あなたはっ。俺にあれを求めないで下さいよっ」
和馬はウッとちょっと引いて言う。
「…うん…」
「…いきなりそこでうつむいて黙り込みます?」
「……」
「あのねぇ…官庁蹴って経済学部行って公認会計士目指すなんて人生の投げ方してあげるだけじゃ足りませんか?あなたはっ」
「え?和馬文1じゃないのか?」
その言葉にコウが驚いて口を開く。
それに和馬が即答する。
「ああ、そのつもりだったんだが、やめて文2、経済だ、俺は」
「なんで急に?」
「なんでって聞くか?お前はっ。見てわからんか?
この物理スペックめちゃ高いくせにおめでたい頭したお子様は放っておくとどっかで変な奴に騙されて終わるの目に見えてるぞ?」
「…だからってなんでお前が?」
「単に…俺以外の奴がそんな楽して美味しい思いするのが許せん!
そのくらいならピッタリくっついてそういう馬鹿な愚民の邪魔をしてやるっ!」
そのあまりに和馬らしい言葉にコウは吹き出した。
「お前らしいな…和馬」
「まあ…俺の事はいい!それよりそこの愚民二人っ!
本人馬鹿で謝罪される立場だって全然気付いてなくても、しらを切っていいという道理はないぞっ!」
そこで和馬は話を元に戻す。
「だね…。巻き込んで不愉快な思いさせて本当に悪かったよ、風早さん」
成田は立ち上がって神妙な顔で藤にそう言うと頭を下げた。
それを見て和馬は今度は松坂に目をやる。
その視線にきづいて松坂はにやりと笑みを浮かべた。
「まあ…一応ごめん、とは言っておくけど…。藤は大丈夫だと思ってたの。
絶対に誰かが一緒にいてくれるだろうなって。
弟君だって同じ様な事あってもなんのかんの言って立ち直ったんでしょ?」
「立ち直ったっていうのをイコール再起不能とか生きて行くのに著しい支障が…という意味に限定するならそうですけどね…」
コウは抱え込んでいるフロウの手を少し外して、顔をあげた。
「俺は今でもひどいトラウマを抱えてると思いますよ。
今普通にすごせているように見える精神状態は非常に脆いバランスの上に成り立っていますし、それが崩れた時の俺の行動は常軌を逸してると自分でも思います。
それは綾瀬さんにも指摘されましたけどね。
…”大丈夫”ではないんです。
だから…”他人の気持ちを傷つける”という事を軽視しないで下さい。
藤さんに対してあなたや成田さんがやった事は、あなたのお父様や成田さんの妹さんがされた事と本質的には変わらないんです。
”こんな事くらい”と思う事が相手の心を壊したり最悪命を奪ったりする事もあるんです。
だから肉体的にだけではなくて、精神的な部分でも、能動的に他人を傷つけるという事にもっと責任を感じて下さい」
藤が自分と同じ立場にならなくて良かった…と思う反面、だからこそそれを重要視していないように見える松坂の事が少し気になった。
「そっか…。そうなんだ。ごめんね」
松坂は小さく息を吐き出した。
「弟君も…藤もごめん。一応ね、訂正はしとくね。最初に言ったのは嘘だからね。
金森君の言った通りよ。
藤物理的になんでもできてもあり得ないくらい真正直で人が好いからさ…。おかしな奴きたら私がなんとかしてあげないと…なんて思ってたんだけどね。
あはは、私の方がおかしな奴になっちゃったね。
…ごめんね。藤、ほんとにごめん」
責任を感じてないという訳ではないのだろう。
むしろ…藤なら大丈夫と思う事で自責の念から逃れたかったというところか…。
そこで大方の現場検分も終わった警察に松坂と成田、それに平井が連れて行かれた。
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