人魚島殺人事件_オリジナル_17_事件と犯人

「物証は警察が来てからということで、先に今回の一連の事件のあらましについて説明します。
興味がない場合は余計な事を言わず黙って寝てて下さい。
質問や意義は説明が終わってから受け付けますので、とりあえずは途中で口をはさまず静聴願います」

自分の中で一連の事件の時系列についての整理を終えてコウはとりあえず説明を始める事にする。
そしてコウの宣言に全員が神妙にうなづいた。

「今回起こった事件は4件。
一件は藤さんに向かってガラスの短剣が落ちてきた事、一件は淡路さん殺害、一件は水野さん殺害。
そして…もう一件は表沙汰にはなっていませんが斉藤さん拉致です。

まず最初に起こったのは斉藤さんの拉致です。
これは俺達が最初にリビングで顔見せをして古手川さんの言葉に斉藤さんが怒って退室してから、俺達採寸組以外がリビングに戻るまでの間のタイミングで起こっています。
斉藤さんが腹を立てて一人退室したのを見て、真犯人は今後起こす事件を、動機もあり性格的にもいかにもそういう事件を起こしやすそうな激しやすい性格の斉藤さんの仕業にしようと、斉藤さんを誘拐し、その携帯電話を奪取します。

次に起こったのが藤さんの頭上にガラスの短剣が落ちてきた事件。
これは唯一真犯人が全く関与していない事件です。
しかしこの事件の犯人はこの事件を真犯人に目撃されたため、今後斉藤さんを装った真犯人に脅迫され続ける事になります。

ちなみに…この事件の犯人からはすでに俺の方にメールで申告がきています。

犯人は古手川さんがそれまでは女性は好きでも特定の女性を作らず一人の女性と長くつき合う事もしなかったので、男女と言う形ではなくともずっと親しい付き合いであることを嬉しく思っていたのが、その古手川さんがここにきて藤さんに特別な執着を持ち始めたのを知って、別に殺人とかではなく軽い嫉妬心からの嫌がらせのつもりで短剣を落としました。

普通ならそこで藤さんに若干ひやりと嫌な思いをさせて終了というはずだったのですが、それをたまたま庭に出ていた真犯人に目撃されていた事から悲劇が始まります。

真犯人はまず他の人に、短剣を落とした犯人は”オレンジ色”の物を身につけていたように見えたと嘘の証言をして、いかにもその犯行は斉藤さんが起こしたものであるかのように印象づけました。

しかし…斉藤さんは俺達が最初に到着した時点ですでにオレンジ色の上着を脱いでいたんです。

なので、もし斉藤さんがあのタイミングで短剣を落とすとしたら、外に行く時に来ていた上着を室内に入って脱いで、何故か部屋に戻ってどこかに行くのでもないのにわざわざまた上着を着直して短剣を落として…などという行動を取った事になります。
これは本当に斉藤さんが短剣を落とした犯人だとしたら明らかに不自然な行動です。

で、ここから真犯人は斉藤さんが生きているという事をアピールするために、仲の良かった水野さんと淡路さんに、自分は藤さんに悪意を持っていて、すでに短剣を落とすと言う嫌がらせをしていて、今後も嫌がらせをするつもりだから協力するようにというメールを送っています。

淡路さんは…斉藤さんと親しかったから何か気付いたのかもしれません。
動機についてはわかりませんが、真犯人は次に淡路さんを殺そうと画策します。
まず淡路さんを呼び出して、おそらく体格が似ているので試着して欲しいとでも言ったのでしょう。
撮影で藤さんが着るドレスを着せ、藤さんの髪に似せたストレートのロングヘアのカツラをつけさせ、これも衣装の一部だからと仮面をつけさせ、撮影と同じ場所で見たいからとプールサイドで待つ様に言います。
そしてその一方で短剣の犯人にメールを送りました。
内容は”これから藤さんをプールサイドに呼び出すので、後ろからこっそり突き落として欲しい。
突き落として即逃げればバレないし、ちょっとした嫌がらせをしたいだけだ”という事です。
犯人にしてみたら”嫌いな藤さん”にちょっと嫌がらせ程度に思って、短剣の件について脅された事もあり、軽い気持ちで実行して逃げたのですが、実際はそこにいたのは”泳げない”淡路さんで…溺死。

ここで誰かに相談できれば良かったんですが、思いもかけない自体に犯人は動揺します。
そこにまた斉藤さんを装った真犯人からのメール。
今回の事は完全に過失だった。犯人が淡路さんとほぼ接触がなく、過失だったという事を証言してやるから、もう一度だけ藤さんに対する嫌がらせに協力するように。
という内容でした。

今回は本当に簡単な事で、下剤の入っているシードルをテーブルに置いてあるので、何も知らない水野さんあたりをそそのかしてそれを藤さんに持って行かせろというだけでした。
みんながリビングにいるように言われている中で腹を下せば恥をかくだろうからといわれて、犯人は藤さんともめた事を気にしている水野さんに仲直りのために飲み物でも持って行くように勧め、水野さんは薬入りシードルを藤さんの元に持って行きますが、今回もここでアクシデント。
リンゴアレルギーだった藤さんはそれを飲めず、一緒にいた和馬は未成年、ということでミネラルウォータで和解の乾杯をする藤さんと一緒に、その実は毒薬入りだったシードルを飲んで水野さん死亡というわけです。

で、まあまず斉藤さんが拉致られていたというのは、アオイが以前俺の行動を誤解して正面の空き部屋に入った時見た夢、あれは実は夢ではなくて、暗い部屋で壁にかけられていた仮面をお化けと勘違いしたわけなんですが、その際聞いたうめき声。これは当然仮面からもれていた物ではなく、隣の部屋に拉致されていた斉藤さんがだしていたものだったんです。

アオイから夢の話を聞いた時、真犯人は念のためと慌てて斉藤さんを拉致していた一番端の空き部屋のクローゼットから斉藤さんを移動させました。
もしかしたらこの時点で斉藤さんは殺害されているのかもしれませんが…。
とりあえず空き部屋のクローゼットからは斉藤さんの物と思われる茶色の毛髪が見つかっています。
これは警察がきたら鑑定してもらいます。
斉藤さんが自主的に隠れていたとしたらうめき声を上げたりはしないでしょうから、まあ猿ぐつわでもはめられて拉致されていたと判断するのが妥当でしょう。

という事で…短剣を落としたのは平井さん。
ご本人からメールを頂きました。
真犯人は…今の説明を聞いて頂けばお分かりかと思います。
短剣が落とされた時に”オレンジ色の何か”が見えたと発言し、アオイから空き部屋のお化けの話を聞いて即空き部屋に向かった人物です…
たぶん…今身体検査をすれば斉藤さんの携帯が出てくると思いますが…」

シン…とする中、一斉に視線が一人に向けられた。

「何故…?」
みんなが唖然とする中、一番信じられない様な顔をしているのは狙われた当人の藤だ。

「あ~あ、やだなっ。本人だけじゃなくて弟も嫌な奴だったかっ」
あっさり言って松坂がポケットから派手なデコの携帯を取り出すとテーブルの上に放り投げる。
斉藤の携帯らしい。

「ホントに…お金あって頭良くって美人で運動神経も良くて…その上運まで良いって最悪っ。
そのくせ、さも自分はたいした人間じゃありませんってやたら主張するって超嫌味だよっ」
松坂の言葉に藤は無言で青くなった。

「家にうなるほどお金あるくせにさっ、父親死んで聖星女に行けなくなった私につきあって尚英受けて自分だけ受かるなんて事してくれた挙げ句、受かっても補欠の私の繰り上げのために辞退なんて嫌味この上ない事してくれてさっ。
そもそも補欠1位って事は藤が受けなきゃ私正規で受かってたって事じゃない。
それで恩着せがましく将来は公認会計士にでもなって助けてよって、冗談じゃないっ」

「…ごめん…そんなつもりじゃなかったんだ…」
うつむいて消え入りそうな声で言う藤。

「おかげでこっちは犯罪者だしっ」

その言葉に遥が激怒して立ち上がりかけるが、それを慌ててユートと別所が制する。
遥が出てくると余計に混乱する。

「ごめん…弟、あと任せた。ちょっと私…顔でも洗ってくる…」
ガタンと立ち上がってそのまま部屋を出て行く藤を和馬が黙って立ち上がって追った。



「ホントに…藤さんを殺したかったんですか?」
コウもうつむいて言った。

身につまされる…。
自分は和樹が死んでしまって直接聞けなかったが…聞いてみたくなって松坂に聞いてみた。

「空気読めないから…嫌な思いさせてるのはわかりますが…それを指摘するでもなく離れるでもなく、殺したくなるものなんですか?…俺達は…どうすれば良かったんですか?」

「別に…私君の事まで殺したいとか言ってないけど?」

「…俺も…同じ事あったので…。
相手が事故で死んでしまってからそれ知って本人にはきけなかったから…どういう心境なのかと…」

「…傷ついた?」
「俺が…です?」
「うん」
「当時は…死にたくなりましたけど…」

「でも…立ち直ってるんだよね?」
「はあ…まあ、ユートや姫のおかげで…」
「じゃ、藤もきっと大丈夫」

不思議なやりとりだ…とコウは思った。
藤がいなくなった途端、刺々しかった松坂の声音も普通になる。
何かがおかしい…とコウは違和感を覚えた。
まだ自分は何かを見落としている気がする…大切な何かを…


一方藤はそのまま二階への階段を駆け上がり、自室に駆け込むとベッドに身を投げ出した。
正直…衝撃が大きすぎてどう対応していいのかわからない。

自分は人として大切な何かが欠落しているというのは、いつも自覚はしてきた事だった。
幼稚舎の頃からずっと…みんなに遠巻きにされてきた。
桜以外…。

(…ふぅちゃん♪)
目をつむるとあの可愛い少女の姿が脳裏に浮かぶ。
彼女だけが…自分の友人だった。

そして6年前その桜を事故で亡くしてその1年後、高等部に入った藤はお嬢様学校の中でなんとなくサバサバした性格で浮いていた少女と出会って、行動を共にするようになった。
それが松坂彩だ。

桜のように無条件に好意と愛情を向けてくれる存在ではないにしても、他のように”堅苦しい好意”で遠巻きにせず、普通に接してくれた数少ない友人の一人だった。

去年までは感情的に思い入れはなかったとしても桜つながりで幼稚舎からのつきあいだった舞と美佳がいたが、年末にその桜の事で美佳が舞に対して殺人未遂を起こして以来、その二人とも完全に縁が切れ、大学ではまた桜と出会う以前の様に親しく声をかけてくるものはいなくなった。

そんな中で大学のサークルで出会った遥と別所、その遥つながりで出会った自分によく似た高校生のコウ、そして偶然そのコウの彼女だった事から、3年前に彼女の同学年の子達との交友関係を壊さない様に距離を少し取る様になった、桜に似た最愛の後輩の優波以外では、唯一くらいプライベートな付き合いがあったのが彩である。

とは言ってもコウと優波はカップルで、遥…はどう思っているかは別にして別所は遥が好きで、お互い一番大切な相手がいる二人と自分という構図が常にある中、完全に対等と言えるのは彩だけだった。

しかしそれも…友人…と思っていたのは自分だけで…それどころか、そこまで嫌われていたのか…。
いや…嫌われてると言うレベルではない。憎まれていた…。
自分は世界中に疎まれていたのか…
何がいけなかったのだろう…

…消えたい…このまま自分が消えたらきっと幸せになれる人間が大勢いるんだろう…
大勢の人間を不幸にしてまで自分が存在する意義がどこにあるというのだ…

藤は奇しくも1年前、自分にそっくりな性格のコウがやはり今の自分と同じ様に友人だと思っていた早川和樹に殺意とも言える憎悪を抱かれていたのを知った時と全く同じ事を考えている。

「はい、不穏な事考えてる様な目をしないっ」
その時いきなり上から何かがヒラヒラと振ってきた。

「…?」

白い…ハンカチ。
それを手に取って藤が涙に濡れた顔をあげると、その頬にピタっと冷たい物が押し付けられる。
ミネラルウォータのペットボトルだ。

「水分消失した分、補給して下さいね、ちゃんと」
相変わらず冷静な声でそう言うと、和馬はベッド脇まで椅子を引きずってきて、それに腰を降ろした。

いつでも自分には読めない空気を当たり前に読む高校生…。

「和馬…」
「はい?」
「私は…そんなに嫌な奴かな?」

昨日会ったばかりの高校生にそれを聞くというのもどうかしている…と、普段なら当たり前に思う事も思いつかずにそう聞く藤に、和馬は椅子の上で足を組み替え、片手で軽く頭を掻いた。

「あ~、それと全く同じ質問を俺、学祭の時にコウにされたわけなんですが…」
どういう経過でかは言わないし、藤もきかない。

「奴にも同じ様に答えましたが、結論から言うと、”はい”ですね」
その言葉に藤はがっくりとまた顔をベッドにうずめた。

この状況で…そういう答えを返せる和馬はすごいと思うが…それだけにその言葉には信憑性がある気がしてくる。
そんな藤の反応に、和馬はクスっと笑った。

「奴に答えたのをそのまま引用するとですね…自分がどうやっても敵わない奴が嫌じゃない奴なんて俺から見たらよほどの愚民なわけですよ。
ちょっと出来る奴からするとね、どう足掻いても敵わない奴は皆嫌なやつです。
まあでも俺は昨日も言いましたけど、敵わなきゃ戦うより味方に付けちゃえば良いと思う人種なので…別に嫌いではないですよ?
万人に好かれるのなんて所詮無理なわけですし…別にちょっと出来る凡人一人に嫌われたくらいで人生終わりみたいな顔するのは止めておいた方が賢明だと思います。
出来る奴がひたすら好きな愚民も世の中にはたくさんいますし、俺みたいにトップ諦めた出来る凡人も世の中にはゴロゴロしてますから」

「…してない…。私の周りには全然いないっ」
藤はベッドに顔を押し付けたまま、ふくれる。

「普通の友人もできないし、側にいてくれる人間もいないっ。
弟みたいに優波ちゃんも現れないし、遥みたいに別所も現れない!
私は別に恩なんか着せてるつもりなくて、ただずっと一緒にいてくれればいいなって思っただけなんだっ。みんないなくなるからっ…」

「あ~、もう大きいんだから、泣かないっ」
和馬がベッドに顔をうずめたまま嗚咽する藤の頭をソッとなでた。

「和馬が悪いっ!」
藤はしゃくりをあげながら言う。

はっきり言って…藤自身でも何が悪いなんて説明できない、ただの八つ当たりなのだが、和馬は怒るでも困るでもなく、ただ笑った。

「…ったく、子供みたいだな。3つも上の大学生のくせして」
その和馬の言葉に藤はぽつりとつぶやく。

「私も…和馬達と同じ年だったら良かったな…。そうしたら仲間に入れたのに…」
「はあ?何か同じ年じゃないとダメなんです?」
「だって…学校…」
「学校っていう意味なら無理っ。俺もコウも男子高ですよ?」
「大学なら…一緒に行けた。一緒に受験の話とかしてさ…一緒の大学とか行ってさ…」

「藤さんて…物理スペック高くて要領若干悪くて空気読めない所はコウに似てんだけど…実はコウみたいなカリスマカイザーってよりただの寂しがり屋なお子さん?」

すご~~く上から目線で馬鹿にされている気もするが、不思議と腹も立たない。

ちらりと顔を横に向けて目だけで和馬を見上げる藤。
「悪い?」
と口を尖らせる。

「悪くないですけど…んじゃ、こうしましょう。
俺が法学系の文1やめて経済の文2行くって事で」

「へ?」
きょとんと不思議そうに完全に顔を和馬に向ける藤に、和馬は小さく息をついて笑みをうかべた。

「で、俺が公認会計士になってあげますよ。それでいいでしょ?機嫌直しなさい。
どう考えても俺の方が尚英補欠よりは早いですよ?国家試験受かるのは」

「はあ?」
藤はガバッとベッドから跳ね起きた。

「なんで和馬が?」
「ん~?しかたないでしょ。藤さん泣くし。
自分で言うのもなんですけど…俺は本当に凡人の中ではトップクラスですからね?
その俺が一緒にいて将来専属の公認会計士になってあげるって言うんですから、愚民の女一人いなくなったくらいで泣かないで下さいよ?」

相変わらずの毒舌で相変わらず淡々とそう言って和馬は軽くまた藤の頭をなでると、

「ということで…もう大丈夫だとは思いますけど、これは一応俺が毒味済みの水なんで、水分補給」
と、ベッドの上に転がっているミネラルウォータのペットをまた藤に手渡した。



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