人魚島殺人事件_オリジナル_19_エピローグ

「帰り支度…しないとね…」

さすがに殺人事件まで起きると当分ここは使えない。
藤が言って立ち上がるとまずダイニングを出て行った。

和馬もそれに続き、さらに古手川、高井と続き、コウはダイニングで同席していた赤井と共に、別室で何か話をしている。


「弟君も…トラウマなわけね…で、精神安定剤が優波ちゃん?」

「ま、そういう事です。だから水野さんじゃなくても他の誰でも無理なんですよね。
コウは姫の為に生きてるし、姫の言う事は何でも聞くし、姫が死ねと言えば死ぬし、姫が死んだら跡追うって公言してるくらいだから」

「で…針千本?」

「そそ。あれはコウが絶対にこなさないとって思う事が出来た時、姫に言ってもらってる脅迫まがいのおまじないです。こなせなかったら絶対に針千本飲みますよ?あいつは」

「うっあ~…すごいね」
半数がいなくなったダイニングでなんとなく雑談をする綾瀬とユート。
アオイはその側からそ~っと抜け出した。


「あ…フロウちゃんも…なんだ?」
まだ警察が慌ただしく行き交う中、リビングの入り口あたりでそ~っと手を合わせるフロウに並んで手を合わせながらアオイは声をかけた。

「寂しくて怖いままだったから…お気の毒ですよねぇ…」
「水野さん?」
「はい…」

アオイは感情を感知できるわけではないのでよくはわからないが…確かに気が弱そうな人だったなと思う。もし自分が水野の立場だとしたら、斉藤の言う事を拒絶できたか自信がない…。
だからこそ他人事とは思えないわけで…。

「斉藤さんとかはとにかくとして…誰でも水野さんになっちゃう可能性はあるよね…」
思わず口をついて出るアオイの言葉にフロウはきっぱり
「ありません」
と断言。

そうだった…彼女はない。絶対にない。
いつものメンバーの中では自分だけか…と、肩を落とすアオイ。

「アオイちゃんだけはありませんよ~。だって…味方になってくれる周りがすごいでしょう?」
そのアオイの考えを読んだ様に、にこやかに…サラリと言ってのけるフロウ。

「ユートさんが周りとの折り合いつけてくれて、物理的な事はコウさんがやってくれます」

確かに…そう言われてみればその通りなわけだが…。

「ようは…本人はアレだけど周りだけはってやつだね」
ため息をつくアオイに
「ん~重要なのは…アオイちゃんがね、そういうすごい人達に何かやってあげたいって思わせる人だって事ですよ♪」
と、フロウはニッコリといつもの天使の微笑み。

ぽか~んとするアオイに背を向けて
「そろそろ…戻っておかないとコウさんが戻って来て心配するので」
と、軽やかな足取りでダイニングに向かうフロウ。

実は…”そういうすごい人達”の中でも一番すごいのは、この無敵の天使様なんじゃないかとアオイは思った。


形の良い唇が少しへの字に曲がっている。
怒っている様な泣きそうな、そんな表情で無言でトランクをクローゼットからひきずりだす藤。
他人の目がなくなると途端に子供のような表情が出るのが面白い、と、和馬は思った。

「何すねてるんですか?」
クスクスと後ろで笑う和馬に、藤はム~っとした顔で
「すねてないっ!」
と唇を尖らせる。

常に他人の上にいて冷静な表情を崩さない彼女のこんな表情を見られるのは自分くらいかと思うと心地よい優越感。
それ以上に”出来る人間”のこういう普段見せない一面は可愛いと和馬は思う。
手の中でコロコロ転がしてみたくなる。

そのために自分が綿密に引いてきた図面から大きく逸脱して進路を変えるなど、全くもって血迷ったとしか思えないわけなのだが、幼い頃から能力が同等で足並みを揃えてエリートへの道を進むのに協力関係を結んできた従兄弟の和樹が暴走した挙げ句死んだ時点で、どちらにしても少々図面への修正は余儀なくされていたわけだし、大きいか小さいかの違いだけだ、と、和馬はしごく冷静に分析して、最終的にそう判断を下した。

「腹が減ってる時は…腹が満たされる以上の食べ物をかき集めたくなるものですが、気持ちもそれと同じ、と、そういうわけですね。はいはい、わかりましたよ」

わざと呆れたような声音でそう言うと、和馬は床に座り込んで荷物を詰めている藤の横に膝をついて藤の頭をひきよせると、軽くなでる。

「和馬…」
「はい?」
「何してる?」
「いや、姫に頭なでられてるコウを羨ましげに見てたから」
その言葉に藤はカ~っと赤くなった。

「私は別にっ!」」
「あ、そうですか。じゃ、部屋戻りますね。俺も荷物まとめないとですし」
スッと和馬は離れた。
急に体温がなくなる。

「…あ…」
「なんです?」
あまりにあっけなく離れる和馬に拍子抜けしつつもつい声をあげる藤に和馬はドアの方を向いたまま少しだけ足を止める。

見抜かれている気がして悔しい。

「なんでもない」
藤が言うと和馬は
「そうですか」
と、また歩を進めドアに手をかける。

「あの…」
また声をあげる藤に和馬はクスリと笑みをもらした。

「教えておいてあげます。
俺は多分そこそこ使える便利でお役立ちな人間だから連れ歩いてると藤さんにとってはそれがメリットになると思いますけど、俺にとってのメリットは藤さんが他がどうであれ俺にとってはカリスマ性があると俺自身が認めていて、その藤さんが本質的に藤さんらしくあるという事なので別に家とか財産とか学歴とかは関係ありませんから。
ま、まずないとは思いますけど、俺が社会人になって自分の身を自分で養う様になったあとなら、藤さんが実家を出たくなったりしても、寝床と食事くらいは提供してあげますよ?
で、これでいいですかね?疑問にたいする回答は」

「…うん。ありがとう…」
見抜かれているどころではない。本当に和馬は千里眼だ。

もう…敵わない相手に勝とうと思うのが馬鹿だと言う和馬の考えは確かに賢いと、藤はしみじみ思った。

おそらく…それを言ったらまた和馬は
「そう見えるのなら成功ですね」
とあの不適な笑いを浮かべるのだろうが…。



「結局…お誕生日は自宅になっちゃいますねぇ…。それともうちの別荘でも行きましょうか?」

帰りの船の中、遠ざかる人魚島を名残惜しげに見てフロウが口を開いた。

「お誕生日?」
首を傾げるアオイにフロウはにっこりと
「明後日8月6日♪コウさんのっ」
と、答える。

「おお~、そうだったんだ~先おめ~!」
はしゃぐアオイ。

ユートはそこでコソコソっとコウに耳打ち。
「…で?めでたく18歳で籍いれられるようになったらするん?」
「ユート…お前他に頭にないのか…」
とコウに呆れられる。

「しかたないっしょ~。今回もだよっ、マジありえん」
「あ~…そうか…また事件だったもんな…」

付き合い始めたのが去年の12月の始めで…それから今回をいれてお泊まり旅行4回。
思い切り期待して出発するユートの期待を毎回裏切って事件が起こってくれる。

彼女の家は広くてプライバシー守られまくりな上、ちゃんと鍵がかかる彼女と自分の部屋がそれぞれ用意されてて、自分の家に至っては親がほぼ帰ってこないため二人きりになろうと思えばなりたい放題なコウが心底羨ましい。


「男二人で何こそこそ話してるの?」
そこにアオイがまた乱入してくる。

さすがに…彼女とは言えここで女の子にする話ではない。

ユートは
「いや、ただ、コウは姫といつでも二人きりになれていいな~って話」
とごまかした。

「またその話~?」
アオイも本当の事を言わないまでも、なんとなく察したのかかすかに赤くなる。

そこで唯一わかってるのかわかってないのか謎なフロウがフフっと笑った。

「私のお誕生日はコウさんのお家でした♪一日二人きり~♪」
「え?そうなの?」
アオイがまたフロウを振り向く。

「ですです♪そこでコウさんが料理の達人だと判明したので…それからは気合いいれて料理修行を…」
「あ~、確かにこの前の旅行の時もほぼコウと真由さんでやってたもんね、料理」
「だからコウさんのお誕生日は私がお料理♪」
「それ、いつもと変わらなくないか?姫」
突っ込みをいれるコウに
「パパママにおでかけ願うか、コウさんのお家か、私達が別荘行きか、とにかく一日二人きりで♪」
と、フロウはにっこり。

「で?プレゼントは私?」
ユートの言葉にコウはため息をつき、アオイは
「なんだか親父だよ~その台詞」
と、さすがに呆れた声をあげた。

しかしそのベタな台詞もフロウには通じなかったようだ。きょとんと首をかしげて
「プレゼントは…持ってきてます♪」
と、チラリと自分のボストンに目をやった。

「あ、そうなんだ?なになに?」
目を輝かせるアオイに
「ひみつ~♪」
と笑うフロウ。

「ホントはね、自分の名前入りのペンダントとかもいいな~って思ったんですけど…ほら、皆でお揃いのクローバーのつけてるからダメだな~って」

「それ…逆じゃね?コウの名前入りじゃなくて?」
と、ユートから入るつっこみ。

「ううん、逆じゃありませんよぉ」
と首を振るフロウ。

「コウさんがね、ちゃんと私のだってわかるように♪名札代わり♪」

うっあ~~と軽く目眩を感じるユート。

名札っつ~より首輪じゃね?ポチですか?ポチ?とユートは思うが、言われているコウ自身は
「いいな、それ。欲しい」
と、真面目な顔。ポチでもなんでもいいらしい。

そんな無邪気なおしゃべりを少し離れた所で聞いていた藤はジ~っとそこで和馬を見上げた。
視線に気付いた和馬は呆れた視線を藤に返す。

「…で?どっちなんです?つけたい?つけさせたい?」
「両方…だけど…」
「はいはい、あんまり派手なのは勘弁して下さいよ。
俺はコウと違ってまだ羞恥心という物は持ち合わせてるんで」

その答えに満ち足りた子供のように満足げな笑みを浮かべる藤。
感情的にはコロコロ転がしながらも、物理的には結局…振り回されてるな…と、和馬は思う。
それでも存外不快でもない。

『礼は出せないぞ。旅費、宿泊料がただなくらいだ、多分』
コウがここに来る前に言った言葉がふと脳裏をよぎって和馬は笑った。

「なに?」
いきなり笑い出す和馬を不思議そうに見上げる藤に少し首を横にふると、

「ま、プラス退屈しない人生…だな」
と、和馬は誰にともなくつぶやいた。


── 完 ──


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