「成田…様子変じゃない?」
リビングで相変わらず居残って綾瀬の指示通りミシンをかけたりボタンを縫い付けたりしていた遥は、遥の護衛と称してやはりリビングに残っている別所に声をかけた。
「うん。なんかピリピリしてたよね、さっき」
パチンと縫った糸の端を始末して切り離しながら遥はうなづく。
「優波ちゃんが…気分悪いって言い始めたあたりから?」
「あの人…近藤さんの事好きなんですよね?」
その遥の言葉に、同じくリビングに残って衣装作りを手伝っていた水野は先ほどから感じていた疑問を口にしてみた。
大人しく…ほとんど口を開かなかった水野の声にちょっと遥は驚いたようだ。
しかしすぐ微笑んで
「遥でいいよ?弟のユートも”近藤さん”だからまぎらわしいでしょ」
と言った後、水野の質問に答えようと少し考え込む。
「好き嫌いで言ったら”好き”な方なのかもしれないけど…彼は他と違ってちょっと引いてるよね?」
そう遥は同意を求めるように、顔を別所にむけた。
「う~ん…。そうかもなぁ。
なんだろう…元々淡々とした奴で…良くも悪くも感情的にならない奴だと思ってた」
「だよね…」
別所の言葉に遥はうなづく。
そして
「でもさ、」
と言葉を続けた。
「意外に優波ちゃんみたいなタイプがすごく好みだったり?さっきの剣幕すごかったよね?
確かに私が言った事も不謹慎だったけど…あんなに成田が感情的になったの見た事ないもん」
「あ~そうかもなぁ…。
あいつも妹いる長男だしさ、ああいう守ってあげたい妹タイプってのが実は好きなのかも。
あいつ1浪してるから遥ちゃんでも1歳下なんだけどさ…やっぱし優波ちゃん現役女子高生で4歳も年下なだけじゃなくて、ちっちゃくて可愛い感じだしな。
ま、そうだとしても思いっきり不毛な片思いだけどな」
別所がそう結論づける。
「うん、碓井君がライバルじゃねぇ…勝ち目ないね」
遥も苦笑した。
「あのかっけ~スーパー高校生じゃなあ…絶対に無理っ!
マジ去年の事件の時格好よかったよなっ!
あの藤が頼りにしちまうくらいだからなぁ…」
別所が思い出して笑う。
「やっぱり…弟君と優波ちゃんってすごく仲いいんですか?」
コウの名前が出てきた所でまた水野がボタンをつけていた布地から少し顔をあげた。
「仲いいなんてもんじゃないよなっ」
その言葉にやっぱり別所が言って、遥に同意を求めた。
それに気付いて遥もうなづく。
「去年の年末ね、藤の別荘にお泊まり旅行行ったんだけどね、その時優波ちゃんは来てなかったのね。
で、結局一泊して二日目、ちょっと色々あって優波ちゃんがお迎えにきたんだけど…ね」
と、別所に合図すると、別所がブンブン首を縦に振った。
「もうさ、いきなりだぜ?あのクールな天才が”死ぬほど会いたかった”とか言って優波ちゃん抱きしめて熱いキス!もうラブラブだよなっ!」
「あれは…すごかったね。ユートいわく碓井君の方がベタ惚れ状態で、いつもそんな感じらしいよ」
盛り上がる別所と遥。
「そう…なんですか…」
と、彼らから視線を放して水野はまた布に視線を落とした。
手が震える。
「っつ…」
指に針が刺さってプクっとできた血の玉が布地を汚しそうになって、水野は慌ててそれを口に含んだ。
(あの優しいけど淡々とした彼が…そんな事言うんだ…)
なんとなく泣きそうな気分になってくる。
水野は涙の代わりにため息をこぼした。
始めから…わかっていたはずだ。
彼女は3歳も年上の自分と違って年齢的にも釣り合う女子高生で…お育ちも良くて素直でピュアで可愛くて…すでに彼は彼女が好きでつきあっていて…彼女より自分を選ぶなんて要因はどこにもない。
そう…彼女がいなくならない限り…。
そんな考えがふと頭をよぎった瞬間、水野は焦ってあたりをみまわして、成田がいない事を確認した。
彼は…怖い。
ただ心の中で思っただけの事を全部知られている気がする。
そしてそこに自分と遥と別所、それに綾瀬と松坂しかいない事を確認して初めて今度は水野は安堵のため息をついた。
「まあ…確かにすごい美少女ではあるな、あの弟の彼女。風早さんには負けるが…」
そこに古手川と高井が戻ってくる。
ドカっとソファに座る古手川を見て、水野の胸に少し緊張が走る。
風早藤の”財産が好きな”古手川…彼がもし…
「美少女なだけじゃなくて…有名IT企業の社長令嬢でお金持ちのお嬢様ならしいですよ、彼女」
ぽつりとつぶやく水野に、古手川だけじゃなくて遥や別所の注目も集まって、水野は少し焦って付け足した。
「だ、だから…お育ちが良くて可愛さがより増してるんだと思います…。
風早さんはしっかり者って感じですけど…一条さんはおっとりとしたお嬢様育ちって感じですもん」
それで遥や別所はごまかせたような気がする。
「そ、そう言われればそうだなっ!」
と、目をギラギラさせて乗り出す古手川に、遥達の注目は向けられた様な気がした。
「確かに可愛いなっ。うん!やっぱり女は年下がいいなっ」
と、さきほどとうってかわった古手川の態度に、遥が少し警戒の色を見せる。
「まあ…碓井君みたいな完璧な彼氏に守られてるしね。
おかしな奴がよってきても見向きもされないだろうけど…」
「わからんだろっ。男が女は年下が良いと思うのと同様、女は年上の男に惹かれるものだしなっ」
「それは…”包容力”って意味ででしょ。
でもそういう意味では碓井君ほど包容力ある男はいないからっ」
遥と古手川の間でバチバチと火花が飛ぶ。
「まあ…あそこは固いよ。
弟が姫を溺愛してるのもそうだけど…姫も何かあった時には弟以外を寄せ付けない。
今…3年越しの付き合いで普段は懐いてくれてるみたいなのに体調悪いと弟の方が良いって追い出された私が言うんだから確か」
そこに和馬を伴った藤が入ってきた。
「あ、風早さん。優波ちゃんどう?」
その言葉にそれまで黙って黙々とミシンを使っていた綾瀬が顔を上げる。
「ん~、医者いわく貧血らしい。今弟が付き添ってるよ」
「大丈夫?」
「…だと思うよ。特に連絡ないし」
「連絡…する暇なかったりな」
和馬がそこでニヤリと口をはさんだ。
「暇…?なんで?」
きょとんとする藤に和馬はクスリと笑う。
「そりゃ…恋人同士が同室でベッドの上と来たら決まってるでしょ」
「…なっ…」
言葉に詰まる藤に和馬は
「なんでそこで紅くなるかな?」
と呆れた目を向けた。
「え?いや、だって…そういう意味…じゃないの?」
「ええ、そういう意味ですよ?」
焦る藤に平然と返す和馬。
「大学生にもなってそんな事で紅くならんで下さい。こっちが恥ずかしくなってくるから」
「でもあの姫に限ってそんな…」
「藤さんにとっては彼女は永遠に汚れないお姫様ですか…」
和馬はハ~っとうつむいて息を吐き出した。
「あきらめましょうね…。所詮同性じゃ法的に相手をパートナーにするの無理だし…」
「和馬~、君さ…ほんっとに嫌な奴って言われない?」
プゥっとふくれる藤に和馬はおかしそうに
「今更でしょ?」
と笑う。
「なんか…さ、金森君といると”あの”藤が普通の女の子に見えるね…」
その二人のかけあいを眺めながら遥が言うと、隣の別所もウンウンと無言でうなづいた。
「3つも年下に見えないよね…」
それに松坂も加わる。
「うん。同年代でもさ…あそこまで藤と対等に馴染んだ人間ていないんじゃない?」
と遥がさらにうなづいた。
「でもさ、本気で姫に限ってありえないよ?」
まだ二人の掛け合いは続いてる。
「いや、女がボ~っとしてても男がする気あれば出来るからっ」
「弟に限ってもそれはありえないっ!」
「ブラコンですか?」
「様子見てくるっ!」
「や~め~な~さいって!」
クルリと反転しかける藤の腕を掴む和馬。
「なんか…さ…藤が可愛く見えるのは気のせい?」
と、こちらの会話もまだ続いている。
遥の言葉に松坂が
「金森君がさ…高校生とは思えない大人さだよね」
とうなづいた。
「ま、姉離れされて寂しいなら当分俺が遊んであげますから」
「ホント?」
「まあ…浪人しない程度にね」
冗談めかして言う和馬に藤も笑う。
「金森君といると…随分楽しそうな顔するんだな、風早さん」
高井もいつのまにか遥達の方にきて、そう言って目を細めた。
「一応…弟君と優波ちゃんはカップルだから男女で撮る服は二人ペアでって考えてたから、必然的に風早さんは金森君と一緒に撮る事になるし、良い傾向だわ」
綾瀬も機嫌良くそう言う。
なごむ面々の中で不機嫌な顔の古手川と、浮かない顔の水野。
そこでメイドが夕食の準備ができた事を告げにくる。
今リビングにいない面々に関しては内線で部屋に電話で伝えているが、斉藤だけ部屋にもいなくてつかまらない、と、メイドが藤に耳打ちした。
「どうしようか…」
少し困った顔の藤に和馬が耳打ちする。
「あ、そうだね」
藤は和馬に答えて、水野に駆け寄った。
「水野さん、ちょっと」
いきなり側に来られた事で、水野がビクンと身をすくめる。
その様子に藤はちょっと困った顔をした。
それに和馬が苦笑する。
そして和馬も駆け寄ってくると、水野に向かってにっこり話しかけた。
「お忙しいところ申し訳ありません、水野さん。少しだけ今お時間よろしいですか?」
「あ、はい」
和馬の言葉に水野はちょっとホッとしたように力を抜く。
藤がそれを見て少しだけ複雑な表情を浮かべた。
その藤に対しても和馬は振り返ると少し微笑んで
「あとで説明します」
とフォローをいれると、また水野を振り返った。
「えとですね、実は夕食の時間ということを全員に知らせて回っているんですけど、斉藤さんだけ自室にもいらっしゃらないので連絡が取れなくて係の方が困っていらっしゃるということなんです。
それで、もしご存知でしたら斉藤さんの携帯電話の番号を教えて頂けないかと思いまして。
もし番号を教えるのが差し支えあるという事でしたら、水野さんの方で番号を回して頂いて通話終了後履歴を削除という形を取って頂いても構わないんですが、お願い出来ないでしょうか?」
「あ、はい。わかりました」
水野は差し出された携帯を受けとって番号を押して、和馬に返す。
それを耳に当ててコール音5回。電話は留守電に変わった。
和馬は電話を切って首を横に振る。
「どうしようか?」
藤が少し眉をひそめるのを軽く制して、和馬はまず水野に
「ご協力ありがとうございます。お手数おかけしました。
今かけてみたのですが斉藤さんが出られずに留守電に変わってしまったので、一応女性の電話番号ですし今はいったん履歴を削除させて頂きますが、このまま斉藤さんの行方がわからないようならまた電話をかけて頂く様お願いする事もあるかと思います。
その時はお手数ですが、宜しくお願いします」
と、笑顔で礼を言って頭を下げた。
「あ、はい。わかりました。」
水野もそれに応えて軽く会釈をする。
「失礼します」
と和馬は再度頭を下げると、軽く藤の腕をとって部屋の隅へと移動する。
「とりあえず…もう食事で俺らが席つかないとみんな食えないでしょうし、聞きたい事は山とあるのはわかりますが、詳しい説明は後で部屋ででも。今は一番大事な一つだけ。
藤さんより水野さんに対する対応を優先したのは親しさの違いなので。親しい相手ほどフォローが遅れてもそれまでの人間関係を考慮にいれて許容してもらえるという認識の上で俺は行動してます」
「和馬は…大人だな…」
藤は心底感心して言った。
確かに聞きたい事は山とあったが…絶対的に必要で絶対的にして欲しかった説明は今和馬が言った一点だけな気がする。
自分と対峙していても他の人間の事も視野にいれ、それでいて自分との人間関係が致命的にならない程度のフォローはいれる…その気の使い方は高校生のそれではないと藤は思った。
少なくとも今まで自分の周りの学生にはそんなことまでできる人間はいなかった。
至れり尽くせりとかなわけでもないのに心地よい、絶妙な気の使われ方だと思う。
こうしてリビング組はダイニングに移動し、自室組も続々と降りてきてダイニングの席につく。
もちろんそこには斉藤の姿だけない。
悪意に捕まったというのは物理的になのか、それとも精神的に捕われているという比喩なのだろうか…
自室のある2Fからフロウを伴って降りてきたコウは一つ空席になっている斉藤の席を凝視した。
悪意が斉藤なのか捕まっているのが斉藤なのか…。
どちらにしても斉藤がどちらかなのは確かな気がする…。
「斉藤さん…探さなくていいんですか?」
斉藤の席から視線を藤に移して聞くコウに、藤が答える前に古手川が答えた。
「どうせすねてどこかに隠れてるんだろう。心配して探したりすると図に乗るタイプだ。
一食や二食抜いた所で死にやしないし、普段からダイエットと称して栄養補助食品とか持ち歩いてるから、案外どこかに隠れて食ってる可能性もある」
好意的見方とは言えないが、確かにパッと見そういう印象がなかったとは言えない。
「まあ…島だから勝手には帰れないし窓から抜け出たとかじゃない限り玄関からは出た様子がないから、建物内にいる事は確かだし、一応時間外でも簡単な物は用意できるから」
と、最終的に藤が言うのを聞いて、コウは納得した。
とりあえずそれは一旦保留ということで、フロウのために椅子を引き、フロウが座ると自分もその隣に座る。
部屋ではだいぶ落ち着いた様子だったが、こうして一同揃った場所にくるとやっぱり少し不安感が募るらしく、ぎゅっと膝の上で握ったフロウの小さな拳が震えているのに気付いて、コウはその手に自分の手を重ねた。
「まだ…気分優れないか?ダメそうなら食事部屋で取れるように頼むか?」
小声で聞くとフロウはフルフルと首を横に振る。
「優波ちゃん、大丈夫?まだ顔色悪いけど…」
そんなフロウの様子に綾瀬が声をかけてきた。
その声にフロウは顔をあげて綾瀬の姿を認めると、
「はい。大丈夫です。ありがとうございます」
とニコっと微笑む。
綾瀬の事はかなり好きらしい。
という事は…綾瀬はとりあえず安全な人物ということか…と、コウはチェックをいれた。
自分達をのぞくとあとは遥と別所、それに藤は加害者にはならない人物ということで、あとはとりあえず様子見だ。
「コウ…さっきはその…邪魔してごめんね」
色々考え込んでいたコウにアオイが紅い顔で声をかけてくる。
まだ誤解してるな…と思うものの、そこでその誤解をしている原因を説明するのもあまりに…なので、
「いや、別にいい。気にするな」
とだけ答えておく。
「…邪魔…ねぇ…」
せっかくそれを軽く流そうとしているのに、そこで和馬がニヤニヤと笑った。
まあ…おかしな想像するのはこいつくらいだろう、と、思ってると、何故か結構大勢が赤面しているのに気付いて、内心焦るコウ。
「アオイが…例によって勘違いしたままだったね、そう言えば」
そこでユートが気付いてフォローをいれた。
「例によって…なの?」
それに空気を読む綾瀬が乗ってくる。
「ですです。そそっかしいから。姫の様子見に行ってコウが寝てる姫に布団かけてるの見て誤解して飛び出した挙げ句に正面の空き部屋に逃げ込んだと思ったら、10分もしないうちに寝てるし。
で、俺がアオイ発掘してアオイの部屋に返した…という出来事が…」
「あはは、面白いわね、高校生組」
明るく笑う綾瀬。
釣られて一部を除いて他も笑う。
「あそこ…色々生地とかも置いてあるし、ボタンとかも変に落としたりすると割れちゃう事あるから…。
できれば不用意に入らないでね?」
例外組の松坂が、若干表情を硬くして注意してきて、アオイは
「すみませんっ!」
と、慌てて謝罪した。
「荷物置き場になってると思わなかったので…。気をつけます」
アオイの言葉に松坂はさらに
「何も…落としたりとか踏んだりとか…変わった事してないよね?」
と、確認をいれる。
「…実は私いつのまにか変な夢見ながら寝ちゃってたみたいで…たぶん何もいじってないと思うんですけど」
「変な夢?」
松坂が眉をよせると、アオイがうなづいた。
「えと…壁にお化けが浮かび上がってて…なんかウ~ウ~呻いている夢」
「まさかそれでうなされて部屋で暴れたりしてないわよね?!ちょっと見てくるわっ!」
アオイの言葉に松坂は青くなって席を立ち上がると、2階へとのぼって行った。
その松坂に青くなるアオイ。
助けを求めるようにユートを振り向くと、ユートは
「大丈夫。俺がアオイ発見した時には特に散らかしてる様子なかったし」
と笑顔でうなづく。
「良かった~」
アオイがその言葉に胸をなでおろした。
「ま、一応色々余分に用意してきてるしね、大丈夫よ、アオイちゃん」
綾瀬もそれに笑顔でフォローをいれる。
「まあ…一応素材管理任せてたし彩も少し神経質になってるのかもね。
いいや、みんなとりあえず先食べちゃおう」
最終的に藤がそう言って食事が始まった。
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