人魚島殺人事件_オリジナル_11_夕食時

「姫…どうせならちゃんと身になるもの食え」
「だって…」
ひたすらサラダに手をつけるフロウにため息のコウ。

「別に何から食べてもいいんじゃない?」
と言う遥に、コウは
「食べる量が絶望的に少ないので…
野菜から食べるとそれで満足して終わるのが日常なんです」
と、苦笑した。

「なんて羨ましい。私なんて食べない事に苦労するのに」
遥はそれにそう言って笑ってみせる。

「遥ちゃん全然太ってないじゃん」
もちろん別所がそれにすかさずそうフォローをいれるが、遥は
「それは…努力の結果よ?」
とウィンクした。


そんなやり取りの中、コウはジ~っと自分の皿に目を向けるフロウの視線に気付いて、サラダを彩る赤い塊を黙ってその口に放り込む。

「ありがと~♪コウさん」
それをはむはむと食べて飲み込むと、フロウはにっこり笑顔で礼を言った。

「あ、プチトマト好きならあげようか?」
と、遥がそれに気付いて言うと、フロウはフルフル首を横に振る。

それにユートがフォローをいれた。

「コウは毎日姫の家で過ごしてるし、もう家族みたいなもんでお互い距離感0だから」
「なるほどね…。もうゴールイン間近って感じかっ」
「そそ。去年高2でプロポーズ、22で結婚ていう人生設計だからっ」

「マジッ?!」
近藤姉弟の会話に高井が乗ってくる。

「人生決めるのめっちゃ早くね?」

「良いものっていうのは全て早い者勝ちですしね。
自分と状況を客観視して最良の選択をできる自信があるなら、良いと思ったら即確保というのは正しい選択だと思いますよ、俺は」
と、和馬までそれに乗ってきて盛り上がってきた。

「その理屈で言うと…和馬も?」
藤の質問に和馬は視線だけチラリと藤に向ける。

「恋人という意味です?」
「うん」

「俺は…直感だけで決められるほど賢くないので。
直感を感じても吟味してみないと踏み出せないと思いますね」

「今は?いないの?」
当たり前に聞いてくる藤に、和馬は小さく息を吐き出して苦笑した。

「プライベートすぎる質問だと思いません?」
その言葉に藤は踏み込みすぎたかと、彼女にしては珍しく焦る。

和馬はいつも淡々としていて毒舌で…しかし不思議と許容してくれる感じがしていた。
でも言われてみれば確かにぶしつけだったかもしれない。

「…いませんよ。いきなり黙り込まないで下さい」
色々考えがグルグル回って無言の藤に和馬はまた苦笑する。
そして何事もなかったかのように、また和馬は料理に視線を戻した。


最近の高校生は大人だな…水野は藤と和馬のやりとりを見て思った。

包容力…という意味では確かに今ここにいる大学生達を上回っている気がする。
あの藤が子供っぽく見える…というのはかなりすごいことだ。

それでも…和馬は穏やかで丁寧な物腰で普通に知人としてつき合うにはいいが、親しくなると相手を許容しながらも若干の辛辣さをちらほらと伺わせる気がするので、自分にはつらいな、と漠然と思って、それから水野はハッとした。

何を考えているのだろう。
常に選ぶのは自分ではないはずなのに。

そして…選ぶのが自分でない以上、相手から選んでもらえる可能性など0に等しい。
水野はコウに、フロウに、そして最後に古手川に目を向けた。


(古手川さん…頑張ってくれないかな…)
チラリと思う。

隣では淡路がその古手川の機嫌を取っていた。

普通よりは若干整った顔をしている有名な小説家の2世…。
自己顕示欲が強い斉藤や淡路にとってはそれだけで充分魅力的に映るのだろう。
そして今ライバルの斉藤がいないため淡路が必死になっているというわけで…。

古手川の方はその気がなさそうだから良いと言えば良いが、古手川の視線をフロウに向けるにはこの人も邪魔だな…と水野は思った。

いつも怖くて嫌いだった斉藤がいなくなればいいのにと思っていたらいなくなって、これで今邪魔だと思っている淡路がいなくなったとしたら面白いな…と、水野はさらに少し思う。

成田がそう思っているらしいように、自分の悪意が思うだけで相手に影響してくれたら…。
子供じみた空想だとは思うが、水野はしばしうっとりとそんな空想に浸った。


その後歓談をしつつも食事は進み、食卓にはデザートとコーヒーが並ぶが、二階に行ったきり松坂が戻ってこない。

そこで、
「松坂さん遅いな。ちょっと俺も様子見てくる」
と、成田が立ち上がった。

「あ、じゃあ俺も行こうか?」
高井が言うが、成田はそれを制した。

「いや、あんまりぞろぞろ行ってもなんだし。何かあったら連絡いれるからよろしく」
そう言って成田も上に消えて行く。


「まあ…あれかな?逐一荷物を開いてチェックでもしてるかな。
ああ見えて意外に細かい性格だから、彩は」
一瞬またシン…としたところで藤が口を開いた。

「あ~そうかもね。出ないとあの細かい作業できないわ」
遥がヒラヒラ手を振った。

「あたしなんか大雑把ですむあたりのミシンしかかけてないけど、松坂さん細かい所全部受け持ってくれたしね」
「ああ、うん。亡くなった彩のお父さん歯科医さんだったしね。几帳面なのは親ゆずりかな」

「そうなんだ~。亡くなったってもしかしてそれで大学聖星行かずに尚英に?」
「そそ。ま、もともと文学部とか向かないとは言ってたけどね」
藤は言って食後のコーヒーをすすった。


「女子高生…なんだ、そのもうコーヒーの痕跡を残していない飲み物は…」

古手川がやはりコーヒーをすすりながら、ほとんどミルクとしか思えないほどミルクで埋め尽くしたコーヒーを飲んでるアオイを見て気味悪そうに顔をしかめる。

「別に…どんな飲み方してもいいじゃないですか…」
古手川の言葉に動揺するアオイの代わりに、ユートがムッとしてそう答え、

「コーヒーと思うから違和感覚えるわけで…これはミルクと思えばまだいけます。
あっちに比べれば…」

と、アオイの隣で半分くらいコウに飲ませて量的にはデミタスカップくらいの量になったコーヒーの中に、ソーサーに乗った角砂糖を二つとも機嫌良く放り込んでいるフロウを指差す。

本人は全然気にしてないようだが、それに対してコウが若干ムッとしたように

「それこそ…ひとがどんな飲み方しようと勝手なんじゃないか?」

と言いつつ、自分のソーサーに乗ってる角砂糖まで、そのフロウのカップにポトンポトン放り込んだ。

「お~い!!!そこで自分のまで放り込んでどうするよっ?!」
青くなるユート。

「いや、俺甘いの嫌いだから」
「だからって何も姫んとこ放り込まなくてもっ」
「あ~、平気。姫はコーヒーはコーヒーの味がしないくらいの方が好きだから」

それ…すでに好きとか言わないんじゃないだろうか…。
はっきりコーヒーが好きじゃないと言った方が…とユートは思う。

あの少ない量のコーヒーに角砂糖二つでもとんでもない液体になっていそうなところに…4つかっ!
しかし、入れられた当人は気にならないらしい…というか…さらにそこに大量のミルク…。


「あれに比べれば…痕跡残してると思いませんか?」
と、ユートに言われて、古手川は
「お…女の子は甘党な方が可愛い…じゃないか…」
とヒクヒクと引きつった笑顔でつぶやく。

「そういう次元の問題…ですか?」
同じく顔を引きつらせるユート。

もはや恐ろしい物でも見る様な目で、それを当たり前に飲み干しているフロウを凝視する。


「姫…紅茶派だったね。ごめん、用意させるね」
藤が苦笑する。

それに対してフロウはにっこりと
「いえ、紅茶の方が好きですけど…コーヒーも嫌いじゃないです。
甘くしてミルク入れないと飲めないだけで…」
と返した。

フロウの言葉に、ほんとかよ…と一同思ったのは言うまでもない。

「みんなもどうしても食べれない物とか、アレルギーとかあったら言っといてね」
藤は一応、と、全員に声をかける。

「藤もアレルギーあるもんね」
そこに成田と共に松坂が帰ってきた。

「あ~、おかえり~。
うん、まあ私はほら、もてなす側だから自分で省くけど、みんなはね、言われないとわからないから」
藤は言って二人の分の食事を温め直させる。

「随分おそかったね」
という藤の言葉に、松坂は少し疲れた顔で
「うん、一応ね、全部チェックしてきちゃった」
と返して食事にむかった。


「優波ちゃんて…子供みたいだよね…」
自分のデザートを食べ終わってコウにコウの分のアイスクリームを口に運ばれているフロウに、それまで黙っていた水野がクスリと笑う。

「女性ってより妹って感じかな?」
「あ~、ちっちゃいしねぇ」
滅多に口を開かない内向的なゲストに気を使って藤がそれに反応すると、和馬が少し複雑な表情を見せる。

そして
「まあ…それ言ったら水野さんも小柄ですよね。2~3歳くらいは余裕で若く見えます」
と、口を開いた。

「あ、うん。そう言われれば…同じ年って言われたら信じるかも、俺」
と、その和馬の言葉に珍しくユートが乗る。

二人の間で無言の意志が交わされているようで、二人の間でだけ微妙な緊張が走った。


「年上に受けるタイプですよね」
「あ、そうかもな~。大人しくて守ってあげたいってタイプな気がする」
仲が良くなかったはずの二人の間で交わされる会話に、コウが目を丸くした。

「和馬とユートって…いつのまに仲良くなったんだ…?」

その言葉に和馬は
『この馬鹿が…』
と小声でつぶやき、ユートは大きく肩を落とした。

しかし当のコウはそんな二人には当然気付かず、注意は俯いて考え込んでいるフロウに向けられている。

「姫、どうした?また気分でも?」
アイスの匙をフロウの口元に固定したまま聞くコウに答えず、フロウは突然顔を上げた。

「水野さん…」
本当に突然呼びかけられて
「はいっ!」
と、水野はすくみあがった。

「水野さんはどうして私の事が嫌いなんですか?」

…ユートと和馬がほぼ同時に口に含んでいたコーヒーを吹き出してむせる。
別に怒っているでもなくからかってるでもない、子供の無邪気な好奇心を思わせる様な、素朴な疑問と言った感じの声音だ。

「え?あ、あの…別に…」
焦る水野。

他もポカ~ンとしている。
アオイはユートに、藤は和馬にナプキンを差し出してむせる二人を気遣った。

「子供っぽいって発言がイコール嫌っているって短絡的発想だと思うけど?」

そこで淡路が口をはさむと、フロウは
「そうじゃなくて…」
と首を横に振った。

「言葉じゃなくて嫌ってる雰囲気が…。えと…つまり…淡路さんも私の事好きじゃないと思うんですけど、それよりもっと強い敵意みたいなものを感じたので。生理的にとか言うのを超えたかんじですし、私何かしてしまったのかなぁと…」

「これほどまでに空気読まない女もすごいが…何も情報なくてこれだけ鋭いっていうのもすごいな」
和馬が感心してつぶやく。

「姫は…良い感情も悪い感情もすごく敏感に感じ取る女だから」
それにコウが答えた。

「お前ホントにそんなとんでもない事考えてるのかっ!最低だなっ!!」
シンとする中古手川が非難に声を荒げ、水野が真っ青になって震えるが、それにもフロウは
「でも…誰しも好き嫌いってあると思います…古手川さんだってコウさんの事お嫌いみたいですし…」
と他人事のようにやはりぽわわ~んとした口調で返す。

それに言葉を詰まらせる古手川。

「すごいな、優波ちゃん。もしかしてここにいる全員のそれぞれの感情の流れわかってたり?」
そこで今までずっと黙っていた平井が久々に口を開いた。

「あ、そうかもしれませんよ~。フロウちゃんの勘の良さは超能力並みだからっ。」
アオイがそこでまたのんきに口を出して、ユートに制止される。

「ありえないけど、そんなんだったらめっちゃ便利だよね~♪」
綾瀬もノホホン組らしい。アオイの言葉に少しはしゃぐ。

少なくとも…アオイと綾瀬は誰に対してもことさら隠さなければならないような感情を持っていないらしい…と、コウは思った。
逆に今青くなって考え込んでいる面々は要チェックということだ。

その時…隣で倒れ込む気配がして、コウは慌ててフロウの体を支えた。

「姫?!!」
気を失っているフロウの呼吸と脈だけ確認して、
「医者をっ!」
とコウが言うと、藤が駆け出して行く。
「とりあえず上に寝かせてくるからっ!」
コウがフロウを抱き上げてそのままダイニングを出て行った。

急に慌ただしくなる室内。
「わ、私着替えとかあるなら手伝ってくるからっ!」
と綾瀬がまず立ち上がってコウの後を追う。

「俺も何か雑用あるようなら猫の手になってくるっ」
とユートも立ち上がった。

「俺は藤さんここで待ちますね」
和馬はつとめて冷静にそう言ってまた椅子に座り直す。
「成田さんもできればこのままお願いします」
和馬は成田に声をかけた。

何にかわからないが…なんとなく成田が酷く苛立っている気がする、と感じたからだ。
そういう人間を一人でフラフラさせておくと面倒な事が起こる確率が高い、と和馬は思う。
成田は一瞬不満げな顔をしたが、渋々和馬の指示に従った。


そして…水野は動揺していた。

もし自分に思っただけで相手を傷つける能力があったとしても、今回の事は確実に自分ではないと思う。
何故自分を嫌っているのか?とフロウに聞かれた瞬間、驚きと動揺でそれまで相手に持っていたはずの敵意などふっとんでしまった。

ただ自分の敵意を知られたのがひたすら怖かった。

なのに…自分が相手に敵意を持っていると指摘されたすぐ後にこんな自体になって、あの皆に愛されている少女が倒れた原因のような形になっている事がひどく恐ろしい。
世界中を敵に回してしまった感じだ。
震えが止まらない。

この状況で自分を救えるのはまぎれもなく彼女だけだ…。
水野は救いを求めてフラフラと立ち上がった。





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