水曜日に学園祭、木金土日の3泊4日を鱗滝邸で過ごした産屋敷学園共学科生徒会役員の面々は、日曜の午後に各々自宅に戻り、月曜の登校日に備えた。
義勇もその例外ではなく、中等部の修学旅行以外では初めてくらいに長く家を空けていたのもあって、末娘の帰宅をいまかいまかと待ち構えていた家族が玄関先に待機。
戻ってきた義勇を迎え入れる。
と、まず抱きしめてくる姉の蔦子。
戻ったらすぐ夕飯で、久々の母の慣れ親しんだ料理を食べながら、合宿中の諸々を楽し気に語る義勇の話を家族みんなにこにこしながら聞いている。
「どうせなら錆兎君も今日は一緒に来れば良かったのにね」
と言う姉の蔦子に、錆兎は義勇を門の前まで送って行ったその足で、今度は理事長と話し合いに言った旨を告げる。
そして、でもね、見てこれ!と、はめてもらってからずっと外していない指輪をちらつかせると、母と姉が、まああぁぁ~~!!と、頬に両手を当てた同じポーズで同じような笑みを浮かべて叫んだ。
その後、女の子3人でパジャマパーティをしたこと、彼氏組が素敵なディーセットを用意してお菓子を焼いておいてくれたこと、3人でポッキーゲームをしたいねという話になって、最後の夜にそれぞれポッキーを片手に彼氏達に突撃したこと、錆兎がお茶の用意のしてある温室に連れて行ってくれて、指輪をくれたことなど、義勇が怒涛の勢いで報告するのを、母と姉は少女のようにはしゃいで聞き、父は、その時まで本当に友人くらいの接触しかせず、付き合い始めて4ヶ月にして初めて軽く触れるくらいの口づけのみということに、安堵する。
その他にも、これまで親しいと言えるような友人ができなかった娘に夜通し楽しくおしゃべりするような友人ができたことも、親としては喜ばしい。
「今度うちにも招待するといい」
と、にこやかに言うと、義勇はうんうんと頷きながら、
「そう言えばね、友達の一人の亜紀ちゃんは、ちょっと蔦子姉さんに雰囲気が似てるかも」
と、長女の蔦子に口元をぬぐわれながら、錆兎の家では亜紀ちゃんが拭いてくれてた、と、それはお年頃の娘としてはちょっとどうだろう…と思うような発言をするが、まあ、こういうありのままの義勇が周りに受け入れられていることは良いことなのかもしれない…と、思い直した。
冨岡家だけではない。
どこの家庭も久々に帰宅した息子や娘を交えての家族団らんを楽しんでいる。
そんな中でただ一人、迎えが来て学校へと呼び出された共学科生徒会長、鱗滝錆兎。
元々生徒会の権限の大きい産屋敷学園だが、その分、責任も大きい。
それは元々わかっていたので、半ば拒否権がなかったとはいえ、生徒会長を引き受けてしまった時から諦めている。
中等部の男子科は平和だったのであまりそういうこともなかったが、共学科は元々荒れていたらしいし、その挙句に殺人未遂事件まで起きれば、忙しいのももう仕方がないだろう。
でも、真剣に…自分のことが本当に好きなら頼むからもう放っておいてくれ…と、武藤まりには言いたかった。
まあとりあえず外国の寄宿学校へ送られれば、さすがに脱走して帰国することは不可能だろうし、あとはもう、武藤の弟のフォロー問題だけだ。
真菰の忠告に従って、理事長に武藤の両親に良ければ弟を鱗滝道場にと打診しておいてもらえるようお願いしておいたので、あるいはその話かもしれない。
そんなわけで、今日の夕方に学校に来てほしいと言う話があった時点で、錆兎は現在産屋敷学園に通っている全弟子の名を控えておいた。
もちろん個人情報の問題があるので、学年と名前だけではあるが、1人1人について錆兎自身はその性格も全て知っているので、飽くまで抜けがないようにというためだし、それで十分だ。
祖父は剣道だけでなく、道徳心や武道をやる上での精神性なども重視しているので、どの弟子もいたずらに噂にのっかって弱者を虐めたりする人間ではない。
なんなら来年度に道場の弟子を集めたクラスに放り込んでくれれば、弟弟子達がきっちりと武藤の弟を守ってやってくれるだろう。
頼もしくしっかり者の後輩達ひとりひとりの顔を思い浮かべながら、錆兎は物理的には忙しくて大変ではあるが精神的には随分と気楽な気分でいつもは徒歩でくぐる産屋敷学園の門を理事長が寄越した迎えの車に乗ったままくぐった。
が…正面玄関口で待っていたのは屈強の体育教師二人。
どちらもなんだかとても厳しい顔をしている。
その時点で、錆兎は非常に嫌な予感がして、逃げ出したくなった。
が、ここまで来て帰るわけにもいかず車から降りると、
「…なんだか…良くない報告みたいですね…」
と言う錆兎の言葉にどこか困ったような複雑な笑みを浮かべる二人に案内されて、数日前にも来た理事長室へと足を踏み入れたのだった。
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