清く正しいネット恋愛のすすめ_161_ポッキーゲーム_義勇編

──錆兎…居る…よね?

蜜璃と亜紀と廊下で分かれた義勇はそのまま錆兎の部屋のドアをノックする。
男性陣は集まる時は居間に集まるが、基本的には当初の予定通り1人1部屋を使うことにしたようだった。

こうなってしまうと、それがありがたい。
ポッキーゲームを迫る気は満々だが、それを他も全員居る場所でとなると、さすがに難易度が高くなる。

少しの間のあと、開くドア。

宍色の髪がさらりと覗いて、
「そろそろ来る時間だと思っていた」
と、クスリと笑みが降ってきた。

「…え?」
と、義勇がきょとんと見上げると、錆兎は体を少しずらして義勇を部屋に招き入れながら、
「今日、ポッキーの日だろう?
甘露寺は小芭内の所、伊藤は空太の所といったところか?」
と、全てお見通しな笑みを浮かべる。

「気づいてたんだ?」
と問えば、そりゃあ、と、義勇に椅子を譲って自分はベッドに腰をかけながら
「11月10日に村田に頼んだ菓子がポッキーと言ったらもう…な、気づかん方がおかしいだろう?」
と、錆兎は肩をすくめた。

同い年なのに全て気づいて察してバレバレな錆兎の余裕は少し悔しいが、しかしバレているなら話が早い。

「じゃ、ここに来た目的もわかってることだし…」
と、ジャ~ン!と後ろ手に隠していたポッキーの赤い箱を出すと、錆兎は動じることはなく、しかし、
「俺は構わないが、義勇はいいのか?」
と、聞いてくる。

「へ?」

良くなければ来ない。
そんなことはわかりきっているはずなのに、その問いはなんなんだろう??

義勇がコクンと小首をかしげると、錆兎は言った。

「いや…俺達は普通に口づけを交わしたこともないわけなんだが、その初めての口づけがゲームのついでで構わないのか?
女子はそういうの気にするんじゃないかと思ったんだが…」

「あああああーーーー!!!!!」
義勇はそれを聞いた瞬間、頭を抱える。


いや、錆兎とキスはもちろん嬉しい。
そうじゃなきゃポッキーゲームなんてできない。

でも、でも、確かにそうだっ!!

錆兎との大切な初めての口づけはゲームのついでなんてことは許されないっ!!
だって、初めての口づけは人生でたった一回きりなのだ!!!


そんな風に動揺しまくっている義勇を錆兎は楽し気にクスクス笑いながら眺めている。


「錆兎っ!笑い事じゃないっ!!」

と、自分が言い出したことだと言うのにそんなことは頭の中からすっかりふっとんでしまって、ぽこぽこ憤慨しながら言う義勇に、錆兎は、すまんすまん、と、自分が悪いわけでもないのに譲って謝罪をすると、

「というわけで、ほら、行くぞ」
と、義勇に向かって手を差し出した。
勢いでその手を取ると、錆兎は何故か自分の上着を義勇に羽織らせて立ち上がる。

「…行くって…どこへ?」
と、言われるままについてきたものの事情が全くわからずに錆兎を見上げると、錆兎は
「ん~、屋上?」
と、珍しく義勇に視線を向け返すことなく、まっすぐ前を見ながら言った。

「…屋上なんてあったんだ…」
と、気にはなるもののあまり多くを聞かれたくなさそうな錆兎の様子に、義勇もそれ以上は触れずに階段をあがる。


鱗滝邸はとても広いので、たいていは2階部分までで事足りてしまう事もあって、3階に登ったのすら初めてだったが、そこさえも素通りしてもう1階分あがると、階段のつきあたりにある踊り場の向こうに大きなドアがある。

錆兎はその鍵をあけると、ドアを開いた。



ビュゥ~ッと吹き込んでくる風は11月の夜だけあってとても冷たい。

「寒いけど少しだけごめんな?」
と、錆兎は義勇の手を引いてドアの向こうへと身を乗り出した。



…うわあ………

狭くはない屋上には、いくつもの温室。

キョロキョロと物珍し気にそれを見回す義勇に、

「今は人が少なくなったから、そんなに作ってはいないんだけど、トマトとかは常時作ってて、生で食べる分以外はドライにしたりソース作って冷凍保存したりしてるし、それでも余った分は近所や爺さんの道場の弟子達におすそ分けしたりしている。
他には花とかな。
それはほとんど弟子の土産か炭治郎に取りに来てもらって竈門ベーカリーのティールームに置いてもらってる。
あとは…南西の温室は小芭内に貸してるんだ。
あいつはすごいぞ。
甘露寺のために小豆の育成からやりたいって言って、実は1週間に1,2回ほど早朝にうちに来て水やりをしてから甘露寺の迎えに行って学校に通ってる。
水くらいやるって言ったんだけどな、自分の手で全てやり遂げることに意義があるらしい。
義勇も何か植えたければ植えてやるから言え」

「だ、大根っ!!…とか?」
「鮭大根のか?」
「うん」
「じゃ、今度一緒に植えよう」


実は自分よりも炭治郎や伊黒の方が錆兎の家について知っていたのか…と思うと少し悔しいが、それでもこれからは自分も錆兎と一緒に大根を植えるのだから、追いつき追い越せだ。

と、気を取り直して、義勇は中央部に一つだけ、何も植えていない温室を見つけて視線を留めた。


そこには何故かテーブルと椅子が置いてあって、テーブルには綺麗なレースのテーブルクロス。
その上には白地に大きな青い薔薇の模様の入ったティーセット。
ティーセットと同じ模様の綺麗な皿の上には可愛らしいプティフールの数々。
その端に、まるで高価なお菓子の一つのようにポッキーが添えられていた。

そしてテーブルを飾る花瓶の薔薇は、なんと青い。


「入ったら上着は脱いで良いぞ」
と、温室のドアを開けて義勇を促す錆兎。

確かに中は驚くほど温かい。
驚いて振り返ると、錆兎は笑みを浮かべて

「各温室の床下に電源があって、それぞれそこからヒーターの電気を持ってきてるんだが、この温室は特に元々は俺や真菰が小学生の頃に天体観察の自由研究をしたりするのに作った物だから、床暖房も入っているし過ごしやすく出来てるんだ」
と、説明をしてくれる。


そこで錆兎は椅子をひいて義勇を座らせると、自分はサイドテーブルに置いたポットからティーポットに湯を注ぐ。
そしてアンティークな砂時計をひっくり返してサラサラと砂が落ち切るのを待って、その間にお湯で温めたティーカップに紅茶を注いで、まず義勇の前に。
それから自分の分をいれて正面に置くと、椅子に座った。

そして少し夜空に視線を向けて言う。


「今の季節だと運が良ければおうし座流星群が見られるんだけどな。
11月12日が最も活発化する「極大」なんだが…」

と、その言葉に、もしかして流れ星を見せてくれるためここに連れてきたのか…と納得しかけたが、そちらこそついでだったらしい。

錆兎は空から今度は義勇に視線を戻して、机の上のスイッチを入れた。

すると、なんと温室の下の方に設置してあった電飾がクリスマスによくあるようなイルミネーションのようにキラキラと光り出す。

しかもこの温室だけではない。
この温室を囲むように立っている3つの温室も光っていて、義勇は思わず小さな嬌声をあげた。

「…この部屋の3方のコンソールテーブルの上の薔薇はそれぞれ33本。
計99本の薔薇の花言葉は【永遠の愛】。
青い薔薇の花言葉は【奇跡】な」

と、そのタイミングで錆兎が静かに切り出して、義勇は声を飲み込む。

「もともとは12日あたりにと思っていたし、ポッキーゲームでも全然かまわなかったんだが、その前に決意表明はしておいた方が良いかと思って用意しておいたんだ。
義勇に出会えたことは俺にとっては本当に奇跡のような出来事だったし、すごく嬉しくて幸せで…今後健やかな時ばかりではなくて病める時がきたとしても、俺は永遠に義勇を愛しているし、義勇が幸せでいられることを最優先に考えて生き続ける。
だからこれを受け取って欲しい」

と、差し出された小箱を開けると、そこには中央に青い石のついた金細工の薔薇とそれに寄り添うように同じく金細工の小さな蕾のついた指輪。

その美しさに見惚れていると、錆兎がそれを手にとって左手の薬指につけてくれる。


「…綺麗……」
と、思わずその手をかざして感嘆のため息をもらすと、

「…これで薔薇が101本。
ちなみにテーブルの上の薔薇は7本だ」
と言葉が添えられるが、正直義勇はあまり花言葉は詳しくない。

それでも錆兎はそれ以上は言わず、
「俺は今まで何も持っていなかったから…正直、義勇と離れているのが少し怖いし、やっと手に入れた幸せを失くすのはすごく怖い。
だから、口頭では話をして、ご両親にも許可は得たけど、きちんと形にして誓いたかったんだ」
と、それはどこか不安げな目をして言うので、なんだか胸が締め付けられるような気がしてきてしまう。

「あ、あのねっ、錆兎が思っているより、私はずっと錆兎のことが好きだよ。
というか…錆兎が私のことをお嫁さんにしたいって思うよりも、私の方が先に錆兎のお嫁さんになりたいって思ってたと思う。
錆兎は気づいてなかったかもだけど、最初にマジックフォレストで"守る"を使ってもらった瞬間にはもう好きだったからねっ。
あの時、錆兎がマジックフォレストの外まで送ってくれてそのまま帰っちゃいかけた時に炭治郎が呼び止めてくれた時、心の底から炭治郎を大絶賛したからねっ。
錆兎に初めてリアルで会うことになった日、錆兎に少しでも可愛いって思って欲しくて、前日の夜中に蔦子姉さんの所に駆け込んで、明日は可愛くしてってお願いしたからねっ。
実は先月の第一回の進路希望の面接で、希望する進路聞かれて、『鱗滝錆兎君のお嫁さんです』って答えて、先生に『そういうことじゃないっ!内部推薦か受験かどちらにしたいかだっ』って怒られたからねっ」

思いのままそう言い募ると、錆兎が唖然とした様子でポカンと呆けた。
そして次の瞬間、小さく噴き出す。

「錆兎っ!!」
「い、いや、すまんっ。あまりに可愛らしくて…。
先生も困っただろうな」

笑い過ぎて溢れた涙を指先で拭きながら、錆兎は立ち上がって義勇の前まで回ってくる。


「義一さんには節度ある交際を誓ったわけなのだが…プロポーズもして親に挨拶もして…指輪もきちんと渡したから…永遠の愛を誓う口づけまでは許してもらおう」

そう言うと、ふと笑みの消えた藤色の目が近づいてくる。
わずかに落ちる瞼。
そうしてみると、意外にまつ毛が長いことに気づく。

…義勇……目………
と、そこで困惑したような声が降って来て、

…え?
と、意味を捉えかねて義勇が小首をかしげると、はぁ…とため息交じりに

…まあ、いいか。俺がつぶれば良い話だ。
と、漏れた言葉にようやく言われている意味を察して、義勇は慌ててぎゅっと目をつむった。

それにクスリと漏れる笑み。
そっと触れた唇は柔らかく、ちゅっといたずらっぽくリップ音を残してすぐ離れていく。

むしろその後に額に落とされた口づけの方がよほどしっかりと長かった気がした。


その後は紅茶と共に菓子を摘まみながら、将来義勇がどんな結婚式を挙げたいか、新婚旅行はどこに行きたいか、どんな家でどんな生活を送りたいかなど、未来の希望の生活について語り、その合間に互いに笑顔で戯れるようにポッキーを両端から齧ったりもする。

そうしておよそ2時間弱ほど温室で過ごし、再度錆兎に上着を着せられて、名残惜しいが夜も遅いことだしと、邸宅内に戻って行った。


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