女友達二人の勢いに流されて、自分1人やらないと言えなくなった伊藤亜紀。
ポッキーの赤箱を手に廊下で途方にくれた。
と、圧倒的にない自己肯定感にため息をつきながら、かといって、ここで自分だけ部屋に戻るわけにもいかず、思い切って空太の部屋のドアをノックした。
──どうぞ。鍵は開いてるよ。
と、中から声がする。
もうその声を聞いた時点で緊張で頭がクラクラして、ノックしてしまったことを後悔するが、かといって、ノックしておいて何も言わずに逃げたら完全に嫌がらせだ。
スーハースーハー深呼吸を繰り返したあと、
「急にごめんね。みんな今、それぞれの彼の所に行っちゃったから…」
と言い訳をして顔をのぞかせると、
「ああ、それなら亜紀君は僕の所に来るべきだよね。
正しい判断だよ」
と、どうやら机の上のPCに向かっていた空太は、以前もPC作業の時にかけていたPC用の眼鏡をはずして、くるりと椅子を回転。
亜紀の方を向き直った。
「…ごめん。何かしてた?」
PC上に並ぶ公式の数々。
亜紀も授業は真面目に受けているつもりだが、全く見覚えがない。
凝視していると、空太は苦笑しつつ
「ああ、授業でやった範囲じゃないから安心して良いよ。
単に数Aの春川先生は必ず最後に1問だけ大学受験の問題出すだろう?
産屋敷学園大の数学の過去問を繰り返し解いてるだけだから」
と言う。
「うわぁ…あれは春川先生の意地で出してるだけで、本当に本気で解きに行く人なんていないかと思ってたけど…すごいね、空太君」
と、それは社交辞令ではなく、心底感心して言う亜紀に、
「まあ、学年2位をキープしようと思ったら、このくらいはしないと、ね」
と、空太は笑顔で頷いた。
そうしてふと視線を亜紀の手元に。
それに気づいた亜紀がきまずさに思わずポッキーの箱を後ろに隠すと、空太はクスリと笑ってまたクルリと机の方を向き、そして言う。
──さて、ポッキーゲームをしないとねっ!!
と楽し気にPCの陰から何かを手に取って振り向く空太。
──え??空太君…それ……
と、驚く亜紀に構うことなく、空太は手にした赤い箱の切り込みの入った部分を指でつかんでピリピリと開ける。
「11月11日に彼女と一緒に居てポッキーゲームをしないなんて選択肢はないからねっ!
今日、村田に買い物のついでに買ってこさせたんだっ」
そう言いながらも今度は中袋を開いてポッキーを一本出すと、チョコのついていないほうを咥えて立ち上がり、亜紀の目の前まで来ると、亜紀の顔の位置に合わせて身をかがめた。
「あ…あのっ…えっと……」
ワタワタと慌てる亜紀に、空太はいったん指先で口にくわえたポッキーを掴んで
「よもや嫌だなんて言わないよね?」
と、楽し気な笑顔。
「これは…僕の彼女ができたらやりたいことリストのベスト10に入ってたんだ。
亜紀君は恥ずかしがり屋だけど優しいから、"僕がやりたがってる事"に付き合ってくれると信じてるんだけど?」
…自分から言い出すことは無理だが、そうまで言われるなら出来るかもしれない。
いや、ここで自分だけ挫折という選択肢がない以上、覚悟を決めるしかないだろう。
「…う…ん……やる…」
と、思い切って頷くと、
「そう言ってくれると思ったよ」
と、空太は笑ってそう言うと、改めてポッキーを口にくわえなおした。
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