「雨…完全にやみましたね……」
錆兎が空を見上げる。
「…うん…」
脱力したまま答える藤。
藤的には色々が衝撃だっただろうな…と錆兎は思う。
これ以上…引っ張らせるのは無理なんだが…さて何で美佳の気をひこうか…
そんな事を考え始めた時、携帯が鳴った。
『錆兎…みつけたけど俺には無理…ヘルププリーズ…』
げっそりとしたユートの声。
「いまどこだ?」
『そこから…進行方向向いて右側の林…藤さんは…止めた方が良いと思う。
つか錆兎は平気?』
「平気じゃなくても…仕方ないだろう。とりあえず行く」
顔をしかめて携帯を切ると、錆兎は
「ユートが見つけたみたいなんですが…ちょっと要領得ないんで行ってきます。
藤さんは矢木さんよろしく」
すでに嗚咽するのみの矢木にチラリと目を向け、それから藤を振り返って錆兎は言った。
「了解。邪魔するようならはり倒すから…いってら」
と藤は顔をあげる。
錆兎が動くと美佳はハッとしたように動きかけるが、藤がその間に入った。
「もう…ユート君が見つけてるからね、無駄だよ」
との声に、美佳は複雑な表情でうつむく。
その二人のやりとりに一瞬だけ後ろを振り返ると、錆兎はユートを追って林へと入って行った。
「ユート~?どこだっ?!」
あたりを見回して叫ぶと、
「ここ…ヘルプ…」
と心底力のない声が聞こえた。
声の方を振り向くと、背の高い人影が両手を振っている。
そちらに向かうと、かすかに汚物の匂いがただよう。
少し眉をひそめる錆兎にユートが
「ごめん…俺吐いた…」
と、力なく一方を指差した。
そちらに目を向けて錆兎も硬直。
おそらく途中何かまた睡眠薬入りの飲み物でも飲ませて眠らせた上でしばりつけたのだろう。
舞を両手を後ろ手に木を抱えさせる様に縛り付け、さらに腰をビニール紐で木にしばってあった。
問題は…全裸で顔を始めとしてあちこちを薄く切り刻まれている。
本人も途中で目が覚めたらしく、正気を失った様な目で獣のようなうめき声をあげながら失禁していた。
錆兎は携帯を取り出すと、藤に電話をかける。
「服…着てない上怪我してるんで…できれば体を包める毛布のような物があれば用意して待ってて下さい」
それだけ言うとちゃっちゃと切った。
まず自分のコートを脱ぐと木の側に広げ、暴れている舞の首筋に手刀を落として気絶させる。
そして持参している万能ナイフで注意深く腰の紐を切り、次に手の紐を切って体が完全に木から離れると舞の体を抱き上げて広げておいたコートの上にソッと降ろした。
普通に気をうしなっているだけなので過度な痛みを与えるとおそらく目を覚まして暴れかねない。
錆兎はそのまま舞をソッとコートにくるむと注意深く抱き上げ、
「行くぞ」
と後ろで目を背けているユートに声をかけた。
上に戻ると藤と、どうやら藤の説得でナイフを手放した美佳が待っている。
戻って来た錆兎達に気付くと藤が毛布を手にかけよりかける。
が、錆兎がチラリとユートに合図を送ると
「俺がやるんで…とりあえず藤さん運転お願いします」
と、ユートがその手から毛布をとりあげて藤を運転席にうながした。
「ユート、とりあえずそれ敷いてくれ。このまま包んで暴れない様に固定する」
錆兎の指示でユートがとりあえず道路に毛布を敷き、錆兎がその上に舞を降ろすと、それを見下ろしている美佳が殺気立った目を舞に向けたが、錆兎は淡々と舞を毛布で巻きながら
「今は止めて下さい…。あなたと二宮さんの間の確執は藤さんやユートには無関係です。
ここで殺傷沙汰起こされると一瞬で死ぬ舞さんよりそれを目の当たりにしてその後も生きて行く二人の方によりダメージを与えます」
と注意を促す。
その言葉で美佳に気付いたユートが美佳も車の方に連れて行った。
一応舞と同席させないようにと、助手席に座らせる。
やがて錆兎が毛布でぐるぐる巻きにした舞をワゴンの後部座席に運んで車は出発した。
「…錆兎…マジごめん…」
単に…アオイと旅行に来たかっただけなのだ…。
そのためにちょっとだけ剣道の試合にでてもらおうと思っただけだったんだが……
こんな自体に巻き込んで怪我までさせた挙げ句、きつい部分を結果的に全部請け負わせたわけで…
「…ホントにごめんな…」
これ縁切られても仕方ないかも…とさすがに不安になって、疲れた様に無言で膝に顔を埋める錆兎に声をかけるユート。
それに対して錆兎は顔はうずめたまま、
「まあ…ユートのせいではない。誰もここまでの事が起こるとは思わない……でも……」
と、そこで言葉を切る。
(…ま、まさか…縁切り宣言?!…さすがに怒ってる?!)
硬直するユート。
巻き込むまでは不可抗力だったにしても…さっきの舞の対処は…やっぱりヘタるのは論外だったか…
ユートはさすがに後悔して頭をかかえた。
…が、続いた錆兎の言葉は…
「姫に会いたい…」
「はあ??」
ど~っと力が抜ける。
一気に脱力するユートと吹き出す藤。
「鱗滝君の頭ん中はそれっ?!」
「高校生の男の頭に…他に何があると思ってるんですか?藤さん」
ため息まじりに顔を上げる錆兎。
「いやいやいや、スーパー高校生でもやっぱ高校生の男の子なんだなぁと…」
ケラケラ笑う藤に釣られてユートも少し笑う。
シン…と暗く沈み込んでいた空気がちょっと明るくなってホッとするユート。
「子供の頃から勉強と武道詰め込まれてたから他より少しばかりできるだけで、別に俺は特別な人間なわけじゃありませんよ。
根本的にあの2馬鹿とたいしてかわるわけじゃない。
頭にあるのは彼女のことで、彼女が現役で東大合格して22で普通に卒業して警視庁入ったら結婚してくれるって約束してくれたから勉強もするし、ヤバい事はしないし、その前に死んだりとかしないように危機管理をしっかりする。それだけの事です」
当たり前に言う錆兎の言葉に、藤は一瞬目を丸くしたあと、プ~ッと吹き出した。
「いやいや、それが普通って思ってる時点でありえんって、高校生っ。
齢17歳で結婚考えてんのかっ」
それにも錆兎はきっぱり
「人生早いもの勝ちですっ。」
と断言する。
それにまた吹き出す藤。
「お前は…思い詰めるな。お前くらいヘラヘラしててくれ…」
ガラリと空気が変わったところで、錆兎が小声でユートにささやいた。
「ユートがいつも平常心でフォローいれてくれるから安心して突っ走れるってとこがあるから…力仕事は任せろ」
その言葉に、前回もそうだったが意外にこんな自分でもこのスーパー高校生の親友の役に立っているらしい事に気付いてユートはホッとする。
まあ…なんのかんの言って自分達は良いコンビならしい。
そして館にたどりつく。
舞はとりあえず松井が応急手当をする。
美佳は…衝動的な自殺の危険性もあるので拘束した上とりあえず遥と別所が見張る事に。
アオイは血まみれな錆兎を見て悲鳴をあげ、ユートが全身怪我だらけな舞を抱き上げたためついた舞の血だという事を説明した。
2馬鹿はとりあえず放置もなんなので藤、ユート、アオイと共にリビングへ。
錆兎も着替えてそれに合流する。
そうしてる間に道路の復旧が始まったとの連絡が来た。
「もうすぐ…終わるねぇ」
藤が額に手をやってソファに身を沈めて息をついた。
「…ですね…」
同じくソファの上で身を屈めていた錆兎がそう言って、次の瞬間ピクっと何かに注意を向ける。
「音…しませんか?」
その言葉に藤は耳をすまし、
「…するっ!」
と言って立ち上がった。
「ヘリか?」
「たぶんっ!」
二人揃ってリビングを駆け出す。
ユートとアオイ、それに2馬鹿もそれに続いた。
「警察…じゃないよね?」
広い敷地の上に止まるヘリから梯子が降ろされ、黒い背広の人間が何か白い物体を腕に降りてくる。
「あっ。さびとっ!!」
と白い塊は可愛らしい声で叫んで手をふってきた。
「うあ…まじかよっ」
上を見て呆れたように苦笑するユートと、その隣でやっぱり苦笑するアオイ。
梯子に走りよる錆兎。
「ここで結構ですっ♪」
と、止める間もなく地上2mくらいの所で背広の男の腕から抜け出して飛び降りるギユウ。
「ちょっ!待った!!」
慌ててそれを受け止める錆兎は傷に響いたのか少し顔をしかめた。
それでも天使のように可愛らしいギユウの笑顔に、すぐ笑顔を浮かべる。
「すっげえ…天使?」
「うん…めっちゃありえんくらい可愛いな…」
川本と山岸が唖然とその様子をながめてつぶやいた。
「ふふっ、来ちゃったっ♪
お祖父様の権力使っちゃったからあとでパパからお仕置き決定かもっ」
こぼれるような笑顔で嬉しそうに錆兎を見上げるギユウを錆兎はギュウッっと抱きしめた。
「すっごく会いたかった…」
本当に心からの言葉。
「会いたくて会いたくて…死ぬかと思った」
と、さらに強く抱きしめる錆兎の言葉に
「死んじゃう前に会いに来れて良かった~っ」
と自分もキュウっと抱きつくギユウ。
「ぎゆう…」
少し体を離して声をかけると、にっこり微笑む澄んだ青い瞳に自分が映る。
そして瞳に映る自分に近づいて行くと寸前で白い瞼が幕をおろした。
錆兎もそれを合図に自分も目をとじ、唇を重ねる。
柔らかく温かい感触。
本当に…つらかった数々の出来事が消え去って行く。
これは…今回頑張った自分への神様のご褒美かもしれない、と、錆兎は思った。
「やっぱさ…つきあって4ヶ月もたつと…ああいうの平気になるのかな?」
遠目に、でもしっかりそれを見ながらアオイがユートを見上げて聞く。
「いや…あれはほら…なんつ~か…特別な人達だからさ…。普通は無理よ?
スクリーンの向こうの人って事で納得できる容姿だから許される」
ユートはポリポリと頭を掻いてそれに答えた。
そんな二人の横では
「ま、あれ見たら舞と遥の争いなんて馬鹿馬鹿しくなるでしょ?」
藤が言うのに、馬鹿二人はうんうんうなづいている。
「あれが本当のお姫様…」
言って藤は軽く片目をつむる。
「さびと…怪我?」
唇を離すと聞いてくるギユウに、あまり心配をかけたくないので
「ああ、まあたいした事ない。
それよりぎゆうはどうして?お祖父さんの家じゃなかったのか?」
と、聞く錆兎。
その言葉にギユウはポンと手をうって
「そうだったっ♪」
と、ポシェットの中を探った。
「じゃ~ん♪」
と、可愛い小さな紙袋を取り出す。
「ホントはクリスマスにプレゼントと一緒に渡したかったんだけど、思いついたのが丁度今日から7日前、12月23日だったの。
でね、1週間の設置で今日学校に取りに行ってそのままこちらに来たんだ~♪」
そしてギユウは
「さびとの分♪」
と、その袋から何か取り出した。
3cm四方くらいのロケット。中を開けてみると四葉のクローバーが入っている。
そのままギユウは錆兎の腕を取ってユート達の方へきて、ユートとアオイにも同じくロケットを渡した。
「わぁ♪可愛いねっ。でも、これはどうして?」
ポカンとロケットを凝視する男二人と違い、はしゃぎつつも聞くアオイ。
「えと…ね、みんなと出会ってからずっと探してたんです、みんなの分の四葉のクローバー。
4人だったし4人で一緒にいる事で四葉のクローバーみたいに幸せになれるといいなって♪」
「もしかして姫わざわざそのためだけにヘリまで使ってここに来てたり?」
にっこりと説明してたギユウに、藤が笑顔を浮かべて声をかける。
「あ~♪藤さんっ!お久しぶりです♪」
それまで真剣に気付かなかったらしい。
そこでようやくその存在に気付いたギユウはニコォっと満面の笑みを浮かべる。
「久しぶりだね、ジュリエット」
藤も嬉しそうに破顔すると、ギユウを引き寄せて抱きしめた。
「相変わらず…なんて可愛いんだろうね、お姫様は。
幸せ届けにここまで来たって?」
「ですです♪ちゃんとおまじないして来たので、きっとマリア様のご利益がありますっ♪」
抱きしめられたままニコニコ言うギユウの言葉に
「おまじない?」
と藤は首をかしげた。
藤の問いにギユウはコックリうなづく。
「屋上のね、マリア様の胸に当ててる右手の隙間にね、願い事書いた紙と一緒に7日間ご利益欲しい物入れておいて7日目に回収するんですっ♪」
にこやかに言うギユウに藤はきょとんとして
「自分ルール?それとも最近はそんなの流行ってるの?」
と聞く。
その藤の問いにギユウは右手の人差し指を立ててシ~っというように唇にあてた。
「秘密…ですよ?混んじゃうから。
自分ルールではないんですけど、たぶん知ってるのって私だけかもっ」
(そういうのを…自分ルールって言うんじゃないだろうか…)
と、その場の誰しもが思った。
「誰も知らないなら…ギユウちゃんが作った自分ルールじゃないの?」
誰もが突っ込んじゃいけないと思ったその点を容赦なく突っ込む空気の読めない女アオイ…。
しかしおかげで思いもよらぬ話がギユウの口から明らかになった。
「えとね…正確には今知ってるのは、なんです。
私が小等部の頃には誰かがやってたんです。
私あのマリア様すごく好きでよく眺めに行ってたんですけど、その時マリア様の手にお願い書いた紙とおまじないかけたいらしい小物が入った袋とか一緒に置いてあるのみつけて…いつも7日間で消えてたのでたぶん7日間置けばいいのかな~なんて♪
で、たまに誰も使ってない時にこっそりやってたんですけど、いつだったかな~同じ紙と同じ袋がず~っと置かれ続けてて…10日目くらいまでは放置してたんですけど、なんだか屋上工事するって話になってせっかくおまじないしたのが無くなったら嫌かなって思って、シスターに届けたんですよね」
「「ちょっと待って。姫…」」
錆兎と藤がはもった。
「たぶん…藤さん俺と同じ事考えてて…藤さん当事者だしどうぞ」
錆兎が譲ると、藤はそれに対して礼を言ってギユウの顔をのぞきこんだ。
「それ…もしかして5年前…台風来た頃じゃない?」
藤の言葉にギユウは
「ん~~~」
と考え込む。
「お願いだから思い出してくれる?ついでに質問。その中身は見た?」
泣きそうな…切羽詰まったような様子でギユウに詰め寄る藤。
「中身は…覚えてます。しおり。四葉のクローバーのしおりがね、3つ」
「四葉のクローバーの…しおり…」
錆兎はゴソゴソっとまたハンカチを探ってその中のしおりをギユウに見せた。
「これと…同じ様なのか?」
「そそっ!これ♪前の年がうちの学校創立50周年で、その時だけの限定販売だったの、このしおりの台座になってるカード♪ほら、クローバーの上の方にマリア様の透かし入ってるでしょう?
私もこれ買ったもん♪
マリア様ファン必須限定レアアイテムっ。この他にも便せんとかノートとか…」
変な部分に盛り上がりを見せて脱線しかけるギユウを、錆兎が仕方なく引き戻す。
「ごめんな、ぎゆう。その話は今度丸一日でも聞くから…とりあえず話戻していいか?
つまり…このしおりと同じ、あまり手に入らない珍しいカードを台座にした四葉のクローバーの押し花のしおりが3枚入ってたってことでいいか?」
ため息まじりの錆兎の質問にギユウはうんうんとうなづいた。
「でね、やっぱり名前入りで、それぞれ、え~っと…」
考え込むギユウに今度は藤が聞く。
「ふぅちゃん、みぃちゃん、まぁちゃん?」
「あ~そう!そうですっ!なんでそれを?」
真ん丸い目をさらに丸くするギユウ。
藤はそれには答えず両手で顔を覆った。
そんな藤にちょっと困ったような顔で自分を見上げるギユウを錆兎は引き寄せる。
「…創立祭は…6年前。…間違いない。5年前だ…それ。桜が遺した最後の…」
そこで藤は声に詰まった。
「桜…さん?」
「藤さん達の幼なじみ…。5年前の…台風の日に屋上から転落死してる」
錆兎の言葉に、ギユウはうつむいて
「運…悪かったのね…」
とつぶやいた。
「運て問題…なのか?」
もうそんな事突っ込んでる場合じゃないとは思うものの、思わず突っ込む錆兎。
それにギユウは大きくうなづいて錆兎を見上げた。
「だってもし台風の日が7日目だったら…あの雨風の中マリア様の像よじ登らないとだしっ…
足滑らせたら下手すればフェンス超えて下に落ちちゃうもんっ。
今日とか朝方はまだ雨ふってて滑るからちょっと怖かったし…」
「おいっ!ちょっと待てっ!!」
ギユウの言葉に錆兎は青くなった。
「まさかぎゆう、お前…この雨の中、屋上にある高い像によじのぼったりしてたのかっ!!」
「だって…7日すぎて効力なくなっちゃったら嫌じゃない」
おもいっきりうなづいて当たり前に力説するギユウに錆兎は顔面蒼白。
「そういう…問題じゃない…だろ…」
と、呆然とする。
「そういう問題よ?」
「落ちて死んだらどうすんだよっ!!!」
思い切り怒鳴りつける錆兎にギユウは両手で耳を塞ぎながらビクン!と身をすくめた。
「ホントにもう二度とやめろっ!!真面目にやめてくれっ!!!」
そのまま錆兎はギュウっとギユウを抱きしめる。
ギユウは抱きしめられたまま、本気で全身から血の気が失せて震えている錆兎を見上げて言った。
「えと…ね、さびと。今は下までは落ちないから…。フェンス高くなったし…。
落ちるとしても…せいぜい1mくらい?」
「…ぎゆう……」
「はい?」
「…今俺ショック死するかと思ったんだが……」
ギユウをしっかり抱きしめたままため息をつく錆兎。
「でも…なんだかわかった気がする…。そういう事だったのか…。
ぎゆうは…俺とは違うもんな…」
錆兎のつぶやきに首をかしげるギユウ。
「…教えてくれ…」
「はい?」
「もし…あ、例え話な、そんな事絶対にないわけなんだけど…」
「うん?」
「俺かユートかアオイがなんかの理由でお前の事嫌って、影で何か危害加えようとしてるって何かのきっかけで知ったら…お前はどうする?」
錆兎の質問にギユウは一瞬首をかしげる。
「理由は?わかってて?」
「うん、理由も聞かされる。
でも自分ではどうしようもない理由だったら…死にたくなるか?」
それまでは悩んでる様子だったギユウがその一言には即フルフル首を横に振った。
「だって…あとの二人は私の事好きだったら悲しいでしょう?きっと。
というか…さびととか絶対にあと追っちゃいそうだし」
「うん…まあそうだけど…追うな、たぶん」
その前にたぶんショック死するんじゃないかと錆兎は思う。
「だから…ね、たぶんだけど…他の事で埋め合わせして仲直りできるなら仲直りかな?
それでもどうしてもダメだったら…少し離れてあげるかも?
でも相手がまた遊ぼって言って来てくれたら遊ぶっ♪」
錆兎はそこでギユウを抱え込んだまま、藤に視線を送って言った。
「藤さん…訂正します。こういう事だったみたいです…」
「うん……事故死…だったんだね。ホントに桜らしい事故。」
藤はその場でしゃがみこんで大きく息を吐き出した。
「馬鹿…だよね。四葉のクローバーは葉が一枚なくなったら幸せなんてなくなっちゃうのにさ…」
俯いて言う藤の頬を涙が伝って地面に落ちる。
結局…5年前、おまじない終了の7日目という事でわざわざ台風の中おまじないをかけた袋を取ろうとしてマリア像によじ登って足を滑らせて転落…というだけの事と思われる。
「ありえないほど前向きで楽天的で…あんまり周り気にしてない子だったもんな…確かに…。
誰も恨んでもなかったし、別に傷ついてもいなくて…普通に仲直りできるって思ってたんだろうね…。
確かにそういう子だったよ、桜は…」
藤は泣き笑いを浮かべながら立ち上がった。
「で?教えてもらえる?最後の願い事はなんだったのかな?」
藤はギユウに少し微笑む。
ギユウはそれに対してちょっと錆兎を見上げ、錆兎がうなづくと藤を向き直った。
「えと…四葉のクローバーみたいにずっと仲良く一緒に幸せでいられますようにって…」
「…そっか…。教えてくれてありがとう」
ギユウの言葉に礼を言うと、藤はクルリと反転する。
「ま、葉が一枚かけた時点で四葉のご利益はなくなっちゃったんだけどね…遺った人間に遺志だけは伝えてくるよ。
また…高等部に遊びに行くから。その時にね、ジュリエット」
と言葉を残して、藤は館内に戻って行った。
警察と救急車が到着したのはそれから1時間後。
全てを大人に引き渡して全てが終わった。
「あれが噂のマリア様~♪」
年明け…結局4人で初詣をすませたあと、噂のマリア様見物に聖星女学院前まで足を運ぶ。
いかにもミッション系女子校らしい綺麗な4階建ての校舎の上にそびえ立つ重ねた両手を胸に当てた聖母マリア像に右手を向けて、にこやかに微笑むギユウに、錆兎はちょっと青ざめた。
「ぎゆう……」
「はい?」
「あれ…下まで落ちなかったとしても…高くないか?1m以上ある気するぞ…落ちたら」
という錆兎。
「確かに…つかフェンスあっても普通に怖くね?」
と、ユートもつぶやく。
青ざめる男二人に
「でも眺めすごく良さそう♪」
と意外に平気なアオイ。
「さびともユートさんも…高所恐怖症か何かです?」
きょとんと首をかしげるギユウに
「…そういう問題じゃない…」
と錆兎はがっくりと肩を落とした。
本当に…馬鹿と煙は高い所に…というが、それに電波も付け足してくれ…と心中思う錆兎。
その全然悪気のない5年も前に亡くなった電波な天使様のおかげで、5年もたった今頃まだ実に3人もの人間の人生が大きく狂ったのかと思うともう、人騒がせという域を超えて恐ろしい。
結局、藤とはなんとなく携帯の番号やメルアドを教え合ってその後の連絡を取り合っていて、その後の状況も知らされていた。
舞は…実は藤がくるまでもう少し時間があると思ってた美佳はゆっくりといたぶって殺すつもりだったらしく、あの時点ではまだ範囲は広くとも致命傷になるような傷は負わせていなかったということで、体の傷自体はたいしたことはなく、整形手術なども駆使してほぼ傷跡も残らないらしい。
ただ、今回の一連の恐怖で心の傷の方が重傷で、現在対人恐怖症で自宅にこもって精神安定剤を服用しつつ精神治療を続けているが、回復のメドはたってない。
美佳は…あのあと藤から事の真相を聞いてかなりショックを受けたらしい。
一時は精神衰弱もひどく自殺の怖れもあることから身体を拘束しての生活だったが、藤がギユウが落とし物を預けたという当時のシスターを訪ね、なんと5年間きちんと保存されていたという例のしおりを受け取って美佳に託された分を手渡すと、泣きながらも落ち着いたらしい。
今は大人しく警察の事情聴取も受け、事情を全て話し、罪をつぐなう気になっているとのことだ。
別所は唯一変わらず(?)遥を相変わらず追い回し、馬鹿二人は宗旨替えしたらしい。
ギユウの情報を求めて藤につきまとっては一蹴され、それでもしつこくつきまとってくると藤がため息まじりにぼやいていた。
藤は…とりあえず桜に対しての最後のご奉公代わりに実家の財力にものを言わせて美佳のために優秀な弁護士を手配し、それでもう過去は振り切る事にしたらしい。
これからはどちらにしてももう二人とは距離を置いて…まあ物理的に距離は否応無しにできてるわけだが…遥を始めとして大学に入ってからできた交友関係とつき合って行く事にしたと言う。
「まあ…でも姫は別。たまには貸してね、君も一緒でもいいからさっ」
と、それにつけたすわけではあるが…もちろん、錆兎もそれは拒否できるはずもない。
博愛を説いているはずのキリストの母マリア像。
殺人の発端になんてされて、さぞや迷惑だろうなぁと錆兎はまた遠く屋上のマリア像を見上げた。
考えてみれば…5年前の事件が起きなければ今頃まだフェンスを高くするなんて事もされていなくて…ギユウが桜の立場だった可能性もあるわけだ…と思ってゾッとする。
「ぎゆう…!」
すでに隣の公園に移動しかけているユートとアオイの後ろをトテトテ歩くギユウにかけよって、錆兎はその腕を取った。
「…はい?」
足を止めて不思議そうに錆兎を見上げるギユウ。
それをその場で抱き寄せる錆兎に
「さびと?どうしたの?」
と不思議そうに声をかける。
「絶対…やめろ」
「はい?」
「例のおまじない。それだけじゃなくて危ない事は全部禁止」
「危なく…ないよ?」
「危ないっ!下まで落ちなくても足滑らせて打ち所悪かったら死ぬっ!」
「え~、でも…」
「…そのかわり…」
不満の声をあげるギユウの言葉を遮り、錆兎は少し体を離してギユウの顔を覗き込んだ。
「俺が叶えるから。マリア像に頼みたいような事、全部俺が叶えるから」
ギユウは自分の顔をのぞきこむ錆兎を大きな丸い目でじ~っと見上げる。
そして…にっこり天使の微笑みで小指を立てた右手をかざす。
「指きり?」
「しかた…ないな…」
自爆…本当に自爆だが桜になられるよりは、自分にとってはかなりマシな選択と言わざるを得ない。
どうせ…自分を含む男なんて所詮、自分よりもはるかに弱いはずの女なんて存在に振り回される単純で馬鹿な存在なのだ、とつくづく思いつつも、そのあまりにギユウらしい反応に錆兎も苦笑してその細い小指に自分の小指を絡めた。
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