「あ~、空太。布は全部染める前に、一度乾かして色味をみた方が良いぞ。
濡れていると微妙に色合いが変わるから…」
それをそれぞれの彼女のサイズに直して、以前、彼氏会で染めてあった布地を切りつつ、空太にそう注意する錆兎に、
「染めから慣れてんのかよ…」
と、切り終わった残りの布地を片付けながらため息をつく宇髄。
その問いには錆兎ではなく、伊黒が
「当然だろうっ!
各々の恋人に最高に似合う物を作成するには、まず染色からだっ!
手間暇を惜しんでは、着てくれる甘露寺に申し訳がたたないっ」
と、何を当たり前のことを聞いているのだ、と、まるで宇髄がおかしなことを言っているとばかりに鼻を鳴らす。
その横で何度か染めてみて気に入った色になった染料で生地を染めようとしていた空太は、
「なるほど!確かにそうだね。乾いたら少し変わるかも。
ちょっと乾かしてみるよ。
さすが錆兎君!!」
と、寸でのところで手を止めて、試し染めをした生地を風通しのいいサーキュレーターのそばに持っていって乾かす。
「空太、伊藤のサイズわかってるか?
わかってるなら、型紙つくっておくが…」
と、そこで先を進んでいる錆兎が少し手を動かして聞いてくるのに空太が首を振ると、
「村田、伊藤にサイズ聞いてきてくれ。
口頭で皆に聞かれるのが嫌なら、紙に書いてくれてもいいからと…」
と、錆兎は髪飾り制作用の小物の整理をしている村田に声をかけた。
「えぇ~~!俺が?」
と、村田は渋るが、他の4人に口を揃えて
「「お前が一番無害そうで答えるのに抵抗を感じさせないから」」
と断言されて諦めたようだ。
「…へいへい。行ってきますよ」
と、ため息をつきながら衣装制作部屋と化した居間から出て行った。
その間に錆兎と伊黒は仕付け糸で仮縫いした衣装を、何故かあるマネキンに着せて細部を整える。
「なあ…ウサ。
百歩譲って生地まではな、あるのはわかるけど、マネキンまであるってお前ん家なんなの?」
と、呆れかえりながら言う宇髄に、錆兎が自分もよくわからない、というように、
「真菰が使ってる。
なんだかイベント?のための衣装作るらしい」
首をかしげながら答えた。
それに
「あ~、そういうことか。
うちの彼女もそういうの好きだわ。
ここまで本格的じゃねえけど」
と、質問した宇髄の方は納得したようである。
そうしているうちに村田が亜紀のサイズを書いたメモを持って戻ってきた。
「伊藤用に型紙直してみた。
ベースはこれで行けると思う」
村田からサイズを受け取って錆兎はいったん机に向かって作成していた型紙を空太に渡す。
「ありがとうっ!
亜紀君なら飾りはどういうのが良いかな…。
とりあえず本人はあまり派手なのは好きじゃなさそうだけど、僕は好きなんだよね…」
と、それを受け取って、しばし悩む空太に、
「お前さ、自分が大好きで自分が一番で自分以外に興味ない男だと思ってたけど、この前の暴漢の時と言い、今と言い、当たり前だけど自分の彼女のことはかなり別なのなぁ…」
と、宇髄が意外そうに言うと、空太は
「何を言ってるんだい?
僕は僕のことが一番好きだよ?」
と、ばかばかしいと言わんばかりにそう口にする。
「亜紀君は僕のことが好きで僕をカッコいいし優しいと思っている女性だからね。
僕は僕のことを優れていると認めてくれて、僕のことを好きでいてくれる相手が好きなんだ。
だから、彼女がさらに僕の優れているところを発見して、さらに良い男だと思うように、彼女が最高の恋人だと思う行動を取っているだけだよ?」
「え?マジ?欲得ずくか?」
「当たり前だろう?無償の愛なんてありえないよ。
みんなそうじゃないのかい?」
と返されて、思わず錆兎と伊黒に視線を移す宇髄。
それに錆兎は
「あ~、分かる気はするが…」
と、苦笑した。
「え?!!
俺はお前は恋人に対してこの世で一番欲得ずくという言葉からほど遠い感情を持っている人間だと思ってたんだがっ?!!」
心底驚く宇髄に、錆兎は
「ん~~。なんというか…欲というと、なんだか打算というイメージが強いと思うんだが、似て非なる部分があるというか……。
そう、飽くまで俺の場合だが、好きでいる条件みたいなものはある、というのが正しいな。
欲と言うのは欲すると同意語だからな。
そういう意味では欲得ずくではないか?と言われれば欲得ずくと言えなくはない…と言うしかない。
その部分がなければ、まあ、相手から言われれば無条件に誰とでも付き合うということになるだろう?」
「ああ…それはそうだな」
と、宇髄もまだ微妙に悩みつつも、なんとなくわかったようなわからないような顔で頷く。
「俺の場合は、空太とは逆に、自分の優れたところを認めて欲しいんじゃなくて、自分の優れていないところを許容して欲しい派だ。
俺は自分の理想とする方向に動こうとは思うが、常に完璧に出来るわけではない。
義勇はそういう時に、俺がやるべきことをできなくても、やるべきことをやろうとしていたことを認めてくれるから。
なんならそれこそよく彼女自身が言うように、俺がどうしても弱ってしまっている時は、俺を助けようとしてくれる気がある。
物理的にはな、俺の方ができることが圧倒的に多くて、義勇にやってもらえることは少ないんだが、そういう風に許容してくれる相手がいるということで、俺は頑張って前に進むことができる。
単なる学生の男女交際の域を超えて、人生を共にしたいと思ったのは、俺が家族の縁が薄くて、この世に心の拠り所がないと思っていたところで、義勇が自分がずっと傍に居て俺を守ると言ってくれた時だったしな」
手は動かしながら、ともすれば重い話を、しかしどこか幸せそうに語る錆兎。
かえって周りが反応に困っていると、そこで
「あ~、でもさ、錆兎も拝島も根本は一緒だよな。
彼女がさ、自分を認めてくれるからってことじゃない?
それが頑張って成功した自分か、疲れて弱っている自分かの違いはあってもさっ」
と、なんだか普通にまとめてしまう村田に、宇髄は、おおーー!と思わず感嘆の声をあげてしまう。
そう言えば村田も錆兎がわざわざ男子科から引っ張ってきた人材なわけだが、錆兎がどんな状態の時でもブレずに変わらぬ態度で接してくることができる彼は、いつも全く目立ったところのない平凡な人間に見えて実はすごいやつだと思う。
義勇にしても、なんでもできる錆兎に対して、守ってやるなんて言える人間はそうはいない。
錆兎が特別扱いをする人間は、実は彼女命の彼氏仲間として心の友になった伊黒も含めて、本当なら超人的な人間として扱われる錆兎をそういう風に特別視しない相手なのかも…と、宇髄はふと理解した気がした。
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