ユキの話によると、犯人に接触を持ってきた"伊藤亜紀"という垢は、そのために作られたらしい新しいアカウント、いわゆる捨て垢のようで、登録されていたメルアドも捨てアド、登録されていた個人データもでたらめらしかった。
と、当たり前に言うユキに、
「…そんなに簡単に個人データわかるもん?」
と、もしそうなら恐ろしいと宇髄は眉を顰めるが、そこで錆兎が
「ユキさんな、三葉商事の前社長の頃の、法無視したドロドロしたお家騒動のさなかに、未来の新社長を守る側近として知能の高さを見出されて、幼少時から英才教育された人間なんだ…」
と、しかめつらしい顔で言う。
「え~っと…つまり?」
「世界レベルの超一流のハッカーでもある」
これは秘密だけどな…と、シ~っと人差し指を立てて唇にあてる錆兎。
「ま、だから今回はコウもわざわざ俺をご指名でことにあたらせたんだよねっ」
と、ユキもそれを否定せず、非常に軽い口調で言って笑った。
そんなやりとりで宇髄は心底恐ろしいことに巻き込まれていることをようやく自覚する。
前回は規模が大きすぎてあまり意識が向かなかったが、ようは、錆兎はその気になれば非合法なこともできる人脈を持っているということだ。
しかもそれを行っている相手が非常に人気のある有名人なので、訴えたところでこちらが社会的に消されるだけである。
「…お前……本当に敵に回したら終わる奴だってわかったわ……」
はぁ…と、宇髄が頭を抱えながら大きく息を吐き出すと、錆兎が口を開く前に、ユキが
「えっとね、自分の方が殺人レベルの犯罪を犯そうってんじゃなければ、大丈夫よ?
うちのコウは俺らが必死に社長に方向転換させるべくしがみつかなきゃ、元々はずっと警察のキャリア組を目指してたくらいのクソ真面目な男で、俺らはそのコウの命令じゃなきゃ絶対に動かないからさ。
今回は下手すれば死人が出てた事件だったし、実行犯が捕まっても黒幕が放置だったら今度は死人が出るかもしれないからね。
正規の手順を踏んで追うには時間がかかりすぎるし、その間に手遅れになるかもってことで、GOサインがでたんだよ」
と、非常に深刻な話を軽い声音で言いつつ、もりもり生クリームをたっぷりつけたパンケーキを食っている。
その姿は、若い頃の貧乏ネタを披露しつつ、奢りと聞くといくらでも食うと大食いを自負する、メディアで見るユキちゃんそのものだ。
その姿が、恐ろしくIQが高い、怜悧で非合法な事もやってのける職人と結びつかずに、宇髄は困惑するが、まあ、とりあえずはそちらよりも、黒幕をどう処理していくのか、そちらが重要だろう。
ユキも
「ま、頼まれた情報は全部USBだから。
あとはそれをどうするかはウサちゃんに任せろってコウが言ってたから、俺の役目はここまでね。
じゃ、ごちそうさんっ!!」
と、ぺろりと平らげた空の皿の前で手を合わせると、この割り込みの案件のためにやや詰まり気味らしい仕事を片付けなければならないから、と、早々に帰宅を促した。
そうしてユキの車で自宅前まで送ってもらうと、2人はキッチンにいた空太と伊黒に食材を任せて、宇髄の部屋へと移動する。
そうしてPCにUSBを突っ込んで確認すれば、予想通り、ユキが言っていた通り"伊藤亜紀"のアカウントに結び付けられている携帯の番号は当然、亜紀の物ではなく、ご丁寧にそちらも調べておいてくれたその番号は、武藤まりの携帯だった。
とどのつまり、それもまったく予想した通りなのだが、武藤まりが亜紀の名を騙って犯人を煽って、亜紀と義勇を襲うように扇動したと言うことである。
それだけではない。
なんと、犯人が自分用に録音しておいた武藤と電話をした時の音声データまで入っていた。
「さあて…もう証拠は完ぺきなんだけどよ、どうするよ、これから…」
全てのデータを確認し終わって、難しい表情で錆兎に視線を向ける宇髄。
「完璧だが、入手方法が非合法だからな。
表に出すと入手もとに迷惑がかかるしなぁ……
かといって中途半端な物証で臨むと、用心されるし逆恨みもやばい。
俺に矛先が向くなら良いけど、絶対に標的になるのは義勇や伊藤だからなぁ…」
ガシガシと頭を掻く錆兎。
その時、携帯のメールの着信音がした。
発信者はユキ。
本文なしのそのメールの件名は……──裏でおおもとを脅せば?──
「なるほど!それかっ!」
「それ?」
目から鱗と言った感じに膝を打つ錆兎に、宇髄は説明を促す。
そこで錆兎からなされた説明に、宇髄もなるほどな、と、納得。
そうして意志の疎通ができたところで、これ以上危険が及ばないうちに…と、3泊4日の合宿の間に片をつけるべく、学校へと電話をいれた。
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