清く正しいネット恋愛のすすめ_136_メイドな亜紀の独り言

膝下15cmの黒のワンピースの縁を彩るレースは白。
まるで天使の羽を思わせるような大きめのフリルがついた白いエプロン。
靴下は白いタイツで靴はベルト付きの黒いエナメル。

最初はメイド服と言えばよくメイドカフェで見るような足の出る短い物かと思っていたが、ノーブルな客を迎えるならやはり英国風の品の良い物にすべきだと言う店長である錆兎君の意見で、1Bの学園祭での出し物であるノーブル喫茶の女子のフロア係の制服はこのデザインになった。

最初はロングなんて野暮ったいのでは?と思ったが、実際に用意されたそれを身につけてみると、すごく品よく可愛らしい。
クルリと回転してみると、ふわりと揺れるスカートのラインが何とも美しくて、伊藤亜紀は、体育祭の時の拝島空太ではないが、『さすが鱗滝君!』と叫びたくなった。

安っぽいメイド服を着たなんちゃってメイドではない。
由緒正しい家に仕えるきちんと教育されたメイドに見える…と、亜紀はそのセンスに感心するが、それは実は愛しの彼女の足をあまり不特定多数の男たちに晒したくはないという彼氏心からくるチョイスだったということを知るのは、錆兎の心の友の伊黒小芭内だけだ。


お揃いのメイド服を用意された女性陣と違って、フロア係の男性陣はそれぞれに自前のタキシードなのだが、それはそれで微妙に違うデザインが目に嬉しい。

さらに言うなら、1Bには学年3大美少女が揃っていて、彼女たちがそのメイド服を着た姿は女の亜紀が見てもとても美しくもキラキラしくて、見ていて楽しかった。

もちろん男子だって錆兎君や宇髄君がいるわけなので、キラキラしい。


内装もさすが多くの富裕層の子弟が通う産屋敷学園だけあって、なんとホテルのオーナーの子であるクラスメートが、親に頼んでテーブルと椅子を借りてくれたので、もうなんだか学校じゃない。

教室の3分の1くらいは裏方としてパーテーションで区切ってあって、客が入るフロアの方には絨毯まで敷いてある。

さすがに教室内に調理施設はないので、飲食物は市販のものを仕入れて、お湯だけは学校側から許可を取っていくつか持ち込んだカセットコンロで沸かしていくつものポットに保管する。

もちろん市販品と言っても、ジュースも紅茶もケーキもクッキーも、有名メーカーのお高い物だし、コーヒーは注文を受けてから電動はうるさいので手動のコーヒーミルで挽くことになっているし、紅茶はきちんと茶葉で出した物をポットで提供。

希望があれば最初の一杯は目の前で淹れることになっているので、フロア係は全員、当日まで美しい紅茶の淹れ方を練習させられた。

当然だが食器もそんじょそこいらの物で済ませることはない。

コーヒーカップもティーカップも、シンプルで品の良い物をということで、ノリタケのホワイトパレスで統一。
それをそれぞれ座席に座れる客の人数分用意できる生徒が居ると言うのがすごいな、と、亜紀は思った。


──誰か手の空いてる人~!廊下に届いたジュース、厨房に運んで~!

と、忙しく開店準備に勤しむキッチンスタッフから声が飛ぶ。

基本、開店してしまえばそれらは全てキッチンスタッフがやるが、今は開店前だ。
準備に忙しい彼らと違って、亜紀たちホールスタッフは手が空いている。

──わかったぁ~

と、返事をして亜紀は急いで廊下に出て、店から届けられた大量のジュースが入った段ボールに手を伸ばしたが、それは亜紀の目の前で、す~っと横に移動した。


──率先して動く亜紀君は本当に偉いな。でもこれは僕が運ぶよ

と、重いであろう箱を持ち上げる拝島空太。

何故C組の彼が?と思うが、隣のお化け屋敷は準備が終了したらしい。

「でも…うちのクラスのだし…」
と、それでもそう遠慮してみると、彼は

「B組の仕事と言う前に、女性のホールスタッフにやらせる仕事じゃない。
せっかく綺麗なドレスを着たのに汚れたら大変だろう?」
と、きっぱりと言い放つ。

その言葉にも亜紀は
「ドレスは綺麗だけどね。
うちは学年3大美少女が揃ってるから、私をそこまで注目する人もいないから大丈夫」
と、そう言って、いくつもあるので他の箱に手を伸ばそうとすると、拝島は『ストップ!』と、制止の声をかけた上で、

「1Bの男っ!!女子に重い荷物運ばせるようなことはするなっ!!
運びに来いっ!!!」
と、大声をあげた。

そこで初めて気づいて駆け寄ってくる男子達。

「拝島、すまないなっ!
伊藤もきづかなくて悪かった」
と、責任者として最終チェックに余念のなかった錆兎がまず飛び出してきて、2人にそう声をかけ、自分はもちろん、一緒に来た男子達に段ボールを厨房に運ばせる。

「僕は暇だから構わないが、女子にやらせるのはNGだと思うよ。
責任者が忙しいのはわかるけど、他の男どもは動いてないなら指示だけは出してやってくれたまえ」
と、拝島はそこは鱗滝君でも譲れないとばかりにそう言った。

その後拝島は教室に足を向けかけて、一瞬足をとめ、亜紀を振り返る。

そして、
「学校一…とは言わないが、亜紀君もそのドレスとてもよく似合っていると思うし、心根の美しさも含めるなら、今の君は学校でもベスト3に入る美少女だと思うよ?」
と、言いおいて、くるりと教室に入って行った。

空太ぁぁ~~!!!
と、その場に残された亜紀は思わずしゃがみ込む。
そう、彼は最近はコミカルなキャラとして認識されつつあるが、実はこういう男だ。


拝島空太…彼が以前、武藤まりに乗せられて義勇にかなり強引に迫っていたのは知っている。
それで防犯ブザーなんて鳴らされて、一時は有名人になりかけた男だ。

男子に言わせるとプライドが高くて傲慢で嫌な奴。
武藤に言わせると『単純で馬鹿な男』
胡蝶しのぶに言わせると『勉強のできる馬鹿』

とどのつまりは、あまりいい噂のなかった人間である。


しかしながら、学祭で生徒会の仕事が忙しくなって帰りが遅くなる日々が始まった頃、錆兎の依頼を受けて彼が亜紀を送ってくれるようになって、彼と二人で過ごす時間が増えるに従ってだんだんと彼の本質というものが見えてき始めた頃から、亜紀は彼が必ずしも悪い人間と言うわけではないと気づいた。

単にこだわりが強い人間なだけなのだ。

別に全てにおいて利己的なわけではなく、全てにおいて愚かなわけでもなく、ただ、男性はこうあるべき、女性はこうあるべきという彼なりの理想像があって、それに当てはまるよう行動しているだけなのである。
それを自分だけではなく、他人にも押し付けようとするので揉めるのだが…

例えば…二人きりになって電車に乗ると、彼は亜紀の荷物を普通に持ってくれる。
座席が1つだけ空いていた場合は、亜紀を座らせて自分は立っている。
座席が空いていて二人で座っていても、お年寄りはもちろん、女性が立っていれば必ず席を譲るのだ。

亜紀が自分は別に大丈夫だと言っても
『みんなでいる時は全員分を持つわけにもいかないし揉めるから特に手は出さないことにしているけど、相手が1人の時は、男女でいて男だけ座っていたり、男がいて女性に重い荷物を持たせたままの男なんてみっともなさ過ぎて見ていられないしね。
だからこれは君のためだけじゃなくて僕の矜持のためというのもあるから、気にすることはない。
ただ、それが当たり前じゃないと気遣う君は女性としてはとても上質な人だとは思うけどね』
などと言う。

亜紀はずっと我の強い武藤まりといたこともあり他人に合わせるのは得意な方なので、彼は"そういう人"なのだろうと察して、
『ありがとう。拝島君は優しいね』
と、常に言葉に出して褒めるようにしたら、わかりやすく嬉しそうな顔になるのが、少し可愛いと思った。

そう思って他人の評価をひとまずおいておいて、色眼鏡を取り去って彼を見て見ると、最近は胡蝶しのぶに抜かされたこともあったようだが、それでもずっと学年2位、落ちた時でも学年3位と勉強ができて、運動神経も良く、音楽でも美術でも家庭科でもなんでも卒なくこなす万能な学生で、傲慢とか言われてはいるが、プライドが高くなるのも仕方ないくらいの能力はある男なのだ。

それでいて親切だ。
それが純粋な善意であろうとなかろうと、荷物を持ってもらえたり席を譲ってもらえれば亜紀が身体的に楽になるのは変わらない。

それは彼の美学みたいなものでやることに意義があるようなので、特に物理的に見返りを求められるわけでもなく、『ありがとう、優しいね』の一言で上機嫌なわけだから、扱いやすいと言っていい部類の人間だと思う。

そう、とどのつまりは、亜紀にとっては拝島空太はそう不快な人間ではなく、むしろ今まで振り回されてきた武藤まりなどに比べると、ありえないくらいに付き合いやすい人間だった。


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