産屋敷学園は年度はもちろんのこと、学期の途中でも男子科から共学科、あるいはその逆でも、移籍はできる。
だから希望は捨てないつもりだった。
錆兎君が共学科にさえ来てくれれば、ライバルになりそうな女子はほぼほぼ取り込むか潰すかしてあるし、彼女の座につけるはずだ。
──え、ちょ、ちょっとっ!!見てよっ!!鱗滝君いるっ!!
えっ?!!!
その声に他の女子と同様に、武藤まりは反応した。
錆兎君がっ?!!!
と、窓に飛びつけば、玄関で人待ち顔の彼がいた。
やった!!と、まりは心の中でガッツポーズをする。
ちらりと視線を向ける時計。
1Bに限らず共学科の担任はいつも来るのが遅い。
ずっと来ることのなかった千載一遇のチャンスに、一瞬、終礼をさぼるか…という考えが脳裏をよぎったが、明らかに皆が終礼をしている時に出て行って接触を計れば、真面目な錆兎君からの印象が最悪になる可能性が高い。
仕方ない。
少なくとも共学科の玄関に居るという事は、共学科の誰かを待っているのだろうから、終礼が終わった瞬間にダッシュしよう。
そう諦めて、まりはじりじりしながら終礼を待った。
そうして終礼の挨拶が終わると、まりはとりあえずカバンは放置でドアに向かってダッシュしたが、それよりいち早くドア側の冨岡義勇がカバンを手にダッシュしていて、げっ!!と思う。
彼女は小等部から入学組だったから、その頃には男子科にいた錆兎君とは接点がなかったはず…と、内心歯嚙みをするが、その後ろを不死川がすさまじい形相で追っていくので、ああ、なんだ、錆兎君関連じゃなくていつもの追いかけっこか…と、ほっと胸をなでおろした。
しかしその安堵は数分のちに焦りに変わる。
義勇は小等部時代からずっと不死川に追いかけまわされて逃げ続けていたせいかとんでもなく足が速くて、カバンを抱えながら走っていると言うのに追いつけない。
特に追いつく気もないが、不死川の方も男子なので言うまでもないだろう。
そうして二人を視線の先に捉えながら玄関にたどり着こうと言う時に、想定外のことが起こった。
下駄箱の前で──逃げんなァっ!!…と、怒鳴って義勇の手首をつかむ不死川…と、そこまではよくある図なので想像はしていたが、問題はその後である。
玄関前に立っていた錆兎君が、玄関に入って来るまではわかる。
彼は昔から正義感がとても強かったので、男子生徒が怯える女子に乱暴をしていたら、助けに入ろうとするだろう。
が、問題は義勇の方が、その姿を見て、
──サビトっ!
と、叫んだことだ。
え?え?どういうこと??
一瞬思考が停止する。
そのまりの前で錆兎君は義勇から不死川を引きはがし、彼女に
「…大丈夫か…?…ゆっくり靴を履きかえていいからな?」
などと優しく声をかけている。
これは…どちらだろう。
錆兎君は中等部まで男子科で生徒会長もやっていて、幼稚舎から知っている女子のみならず、たまに小等部や高等部からの編入組の中でも憧れている人間はいたので、名前だけ知っているという可能性もある。
そうであってほしい。
いや、それでも助けられたということで、それが話すきっかけになるし、歓迎すべきことではないのだが…。
しかしそれならクラスメートの女子として義勇を労わる声をかけて、自分の方がそれをきっかけに…という手もある。
すでに互いに知り合いなのか偶然の出会いなのか…動くに動けず様子を見ていると、宇髄がきて錆兎君に投げ飛ばされた不死川をかばうが、そのやり取りの中で錆兎君の口からはっきり"義勇"という名がでたことで、2人がすでに知り合いで、さらに二人で当たり前に連れ立って帰っていったことで、錆兎君が待っていたのは冨岡義勇だったことを悟って、まりは青ざめた。
小等部で男子科と共学科に分かれてからずっと、なんとか彼と接触を持とうとして持てなかったのに、あの女はどんな汚い手を使って錆兎君に近づいたんだ……
…許さない……絶対に許さないっ……
まりは玄関先のやりとりや、いまだ床にヘタっている不死川を目にしてざわめく他の生徒達の集団から抜け出して、身を震わせながら教室に戻った。
私の錆兎君に手を出したことを後悔させてやる…そう心の中で固く決意をしつつ、まずは情報収集から始めようと思いながら…
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