清く正しいネット恋愛のすすめ_122_取り込み

──天元、明日、時間あるか?
と、錆兎から聞かれて、ない、とは言えない。

体育祭の翌日で休みだからと彼女とスタバの新作でも飲みに行こうかと言う話をしていたが、新作フラペチーノに加えてランチも奢るからと、予定を週末に移してもらって、宇髄はこの幼馴染の用事に付き合うことにした。


場所はなんと竈門ベーカリー2階の喫茶室。

「俺の家でも俺は構わないんだが、人に聞かれたくない話ということだし、そうなると俺と天元と男二人で女子1人というのは、伊藤の名誉のためにあまりよろしくなさそうだしな。
後輩の炭治郎のおじさんに頼んで、開店前の喫茶室を使わせてもらうことにしたんだ」
と、にこやかに説明する錆兎。

伊藤亜紀は開店前の店を貸してもらえるなどと言う人脈に驚いているようだが、前回の錆兎の恐ろしい人脈を知っている宇髄にしてみたら、とても普通で可愛いものだと思う。
それこそ大手外資企業の会議室とかに呼び出されたりしても不思議ではないんじゃないだろうか。


「とりあえず…この時間なら二人とも朝食もまだだろう?
パンでも食べながら話をしよう」
と、錆兎はまず亜紀にメニューを渡して飲み物を聞いて、次に宇髄。
最後に自分はカフェオレを頼む。

注文は禰豆子が取りに来て、炭治郎は焼き立てのパンを各種取り揃えた籠を手に、好きなパンを伝えるとそれをトングでテーブルの上の皿に置いてくれた。

「禰豆子も炭治郎も休みだと言うのに申し訳ないな。
おじさんにも礼と詫びを伝えてくれ」
と、錆兎が言うのに、

「そんな水臭いっ!
錆兎は禰豆子の命の恩人ですし、俺もずっと世話になりっぱなしだし、父さんもこんなことで少しでも役に立てるならって喜んでるくらいです」
と、炭治郎が笑顔で答え、禰豆子も

「そうよ、錆兄ならいつでも大歓迎よっ。
いつも錆兄の家だけど、今度はうちでこうして朝食会でもしましょうよ」
と、やはり笑顔で言う。

それに錆兎が礼を言うと、
「じゃ、飲み物入れてきますね」
と、2人で下の店舗へと消えていった。


そうして飲み物を運んできてくれた炭治郎の手でそれぞれの前に飲み物が置かれて彼がまた店舗に戻ったタイミングで、錆兎は亜紀にニコリと笑いかけた。

「まず、昨日は本当に助かった。ありがとう。
運動靴は今、クリーニングに出しているし、靴下は購買で新しい物を購入して返させてもらう。
うちのクラスは次の体育は来週の月曜だから、それまでに渡せれば問題ないだろうか?」

と、その言葉に、

「え?あの…普通に返してくれてよかったのに…。
でも丁寧にありがとう」
と、亜紀が恐縮して見せる。


これは…善意なのか、それとも借りを作らないための対応なのか、どちらだろうか…と、宇髄がコーヒーカップを口に運びながらちらりと錆兎を伺うと、錆兎は宇髄には視線を向けず、相変わらず亜紀に柔らかな視線を向けたまま、意外な言葉で話を切り出した。

「実は…俺は伊藤に謝罪をしたいと思っていたんだ」
と、その錆兎の言葉に、宇髄も亜紀も、え??と、驚きに目を丸くする。

宇髄はわりあいと人の機微に聡い人間であると自負しているが、錆兎がどうしてそういう発言を口にしたのかは全くわからなかった。

今回の体育祭では何故か助けてくれたりはしたが、亜紀は元々は武藤の側の人間である。

それこそ最近になって、胡蝶の口から幼稚舎の頃に錆兎が女子から孤立するよう根回しした時の共犯者だということも知らされている。

亜紀の側がならとにかく、錆兎の側が何を謝罪をすると言うのだろう…

前回の拝島の件で、公明正大、正々堂々というのは、実は錆兎が絶対としているわけではなく、むしろそれをせずに追い詰めようと思えば追い詰められすぎてしまうから、自戒の一つというか、茂部太郎達風に言うと、魔王にならないための封印みたいなものなのかもしれない…そう思っているので、笑顔の錆兎は地味に恐ろしい。


「えっと…謝るって、何を…?」

亜紀は驚きはしているが、錆兎の笑顔の裏を疑っている様子はなく、おずおずと聞いている。


「率直に言う。伊藤は武藤に色々脅されて協力させられているのだろう?
その始まりがおそらく幼稚舎の頃の俺への執着から始まっているんだろうし。
今回、他人である義勇のために武藤の標的になる可能性もあるのに、親切に助けてくれたくらいだから、今までも本当に嫌がらせをさせられて嫌な思いをしたんだろうと思う。
俺も自分のことなら放置すれば良いと何も対処せずにいたが、考えてみればそれで他に多大な迷惑をかけていたなと思いなおした。
伊藤には今まで辛く嫌な思いをさせてすまなかった。
もし嫌でなければ今後は義勇とも仲良くしてやって欲しい。
義勇とその周りの人間は俺が全力で守るから」

「…錆兎君……」
キラキラしい笑顔で言う錆兎の言葉に亜紀が感動で目を潤ませる。

確かに表だけ見れば麗しい光景だ。
だが宇髄は素直に感動する気はしない。

これは絶対に何かある。
何を企んでいるんだ?
と、聞きたいのだが、まあそれを聞くのは錆兎と二人になってからだ。

今やることは…と考えて、
「俺も胡蝶も幼稚舎からあいつの諸々見てきてるし、二学期始めに胡蝶が暴露したせいで、クラスの中でも武藤を"そういう目"で見てる奴も少なくねえからな。
武藤も疑惑を向けられている状態で早々動けねえだろうし?」
と、錆兎の言葉を後押しする。

「だから、もし伊藤に何か言ってくる人間がいても、俺が伊藤は本来は自分の身の危険をおしても義勇に靴を貸してくれるような良い奴で、脅されて辛い目にあっていたんだと説明させてもらうし、他にも同じように武藤に脅されている人間がいたら教えて欲しい。
本人がそれを楽しんでやっているなら、今後糾弾されても自己責任だと思うが、皆が皆、強者に立ち向かえるわけではなく、不本意でも自衛のために感心できないことをやってしまうのは理解しているつもりだから」

と、錆兎がそこまで言ったあたりで宇髄は錆兎の意図をうっすらと察しながらも、もちろん口に出すことはなく、泣きながら謝罪と感謝の意を口にする亜紀に色々聞き出す錆兎を横目に竈門ベーカリーの美味いパンを腹いっぱい詰め込んだ。


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