清く正しいネット恋愛のすすめ_121_逃亡開始…

義勇が走れなくなった時、誰よりも青ざめたのは伊藤亜紀だっただろう。


23cmの靴。
自分がそのサイズだったのを亜紀はこの時ほど天に感謝したことはなかった。

今度こそ武藤から離れるべく義勇と敵対しない。
むしろ出来れば友好関係を築く。
それを目指して、誰よりも先に手を差し伸べたつもりだった。

昔、幼稚舎の頃に胡蝶しのぶの靴にダンゴムシをいれようとした頃と全く変わっていない武藤のやり方に半ば呆れながらも、これがチャンスと靴を貸すことを申し出た。

隣に自分の過去の悪事を知っている胡蝶しのぶがいるので断られるどころか過去の悪事の数々を暴露される危険もあったが、その前に錆兎が亜紀の申し出を受け入れてくれてホッとする。

申し出た時点で武藤の視線が痛かったが、もう引き返せない。
なんとか義勇らの仲間とまではいかなくとも、信用をする相手の中に入り込まなくては色々が終わる。

もちろん彼らの信頼を得ようとするのだから、靴に細工などしてはいない。
というか、たった今、武藤の嫌がらせの具体的な内容を知ったのだから、何もできるはずもない。

義勇が亜紀の靴下と靴を履いてリレー選手の集合場所に向かったあと、変に陥れられないようにと、絶対に彼らと敵対はしていないであろう甘露寺に

「…これ…洗っておいてあげた方がいいよね?
濡れちゃうけど、早く対処したほうが汚れも落ちるかもだし…」
と、靴下と靴をかかげれば、彼女は
「ああ、そうよね。伊藤さん、よく気が付くし優しいのね」
と、柔らかな笑みを浮かべながら、亜紀の期待通り、私も手伝うわ、と、一緒に来てくれる。

甘露寺はとても強いし彼女だけでも武藤が何かしてきても払いのけられる腕力はあるが、さらに
「危険だから俺も行こう」
と、男子である伊黒まで付き合ってくれたので、さらに安心だった。

そうして3人で大急ぎで水道に走って靴と靴下を洗って戻って来たのだが、今回、1Bの集合が遅れたことに対して錆兎が正式に謝罪をし、理由を説明し、対応についてまで話していたので、スタートが遅れて観戦に間に合って、ホッとする。


錆兎が『礼はあとで改めて』と言ったので、彼と言葉を交わせる機会はできるはずだ。
礼などはどうでもいいから、これまでの謝罪と反省の意を示させて欲しい。

少なくとも義勇に敵対しない限りは、亜紀が知っている"錆兎君"は、謝罪をしてきた人間をさらに糾弾したり見捨てたりはしないはずだ。


結局途中で義勇が走れなくなったのを錆兎が上手にフォローして、それでも1位からビリに落ちてのアンカーへのバトンの引き渡しから、アンカーの錆兎がとてつもない速さでかなり開いていた差を一気に縮めて、そのまま圧倒的な差をつけてのダントツ1位でゴールテープを切った。

まさに感動のドラマがここに!!と言った感じで歓声に包まれながら、勝利を手に錆兎が生徒席に戻って真っ先に駆け寄ってきたのが亜紀の所である。

正直驚いた。

亜紀はいつだってこんな風に錆兎が自分に視線を向けてくれるのを空想して…空想し続けて、そして現実ではありえないそれを完全に諦めていた。
そうして諦めたらいきなりこれである。

太陽の日差しを背に笑みを浮かべる姿は、本当にキラキラしいほどだ。
その後ろには美少女と同じく美しい青年。

「今回は伊藤のおかげで棄権せずに済んだし、本当に助かった。ありがとう」

圧倒的正義の側オーラに、亜紀の気持ちがググっと傾いて行った。

「ううん。役に立てて良かった」
という亜紀の後ろで、
「それだけじゃないのよ。
伊藤さんが早く洗い流した方が汚れが落ちやすいだろうから洗っておいてあげようって言ってくれて、私と一緒に義勇ちゃんの靴と靴下を洗ってくれたの」
と、甘露寺がさきほど洗った靴下と靴を錆兎に手渡す。

「そうなのか。何から何までありがとうな」
と、錆兎が笑顔でそれを受け取った時、これがチャンスだと思った。

義勇のために行動したこと、甘露寺の後押し…その2点があれば、過去は許され、保護してもらえるかもしれない。

武藤に邪魔されないように…確実に大丈夫になるまでは知られないように…
瞬時にそう思って、亜紀は
「ちょっと待ってね」
と、弁当箱などをいれてあるサイドバッグに飛びつくと、メモにこっそりメッセージと携帯の番号を書いて目立たないようにポケットティッシュに入れると、

「…冨岡さん、これ…靴の中に入れておくと、少し早く乾くかも」
と、それを義勇に渡した。


メッセージの内容は…
──伝えたいことがあるので、鱗滝君にクラスの人達には知られないように連絡をもらえるように頼んで下さい。くれぐれも他に知られないように…


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