清く正しいネット恋愛のすすめ_107_共犯者の悔恨

それからはなかなかに地獄だった。

こっそり靴を隠したり、私物を盗んで壊して捨てたりと、そんな嫌がらせに付き合わされるのは幼稚舎時代とは変わらない。
だが、幼稚舎時代と違うのは、亜紀自身がその行為の重さを知っていることである。

別に特に良い人間と言うわけでもなく、優しくもなく、ましてや相手に対して客観的に綺麗な子だなという感想は持っても特別に思い入れがあるわけでもないので、そういう意味で罪悪感に苛まれて…というわけでもない。
もちろん、それをやりたいわけでも、やって楽しいわけでもないのだけれど…。

武藤のように執拗に嫌がらせをする人間のターゲットが自分になるくらいなら、申し訳ないが犠牲になっていてくれ、という、よくある強くもなければ特別に正義感が強いわけでもない女子高生の心境というやつである。

では昔と何が違うかというのは、亜紀自身、それがバレたら自分の立場がとてもまずくなるということを知っているという事である。

なのでさりげなく実行犯になるのを避けて、せいぜい見張りをしたりするくらいだが、嫌がらせに加担していたと学校に知れたら、確実に産屋敷学園大の推薦は取れなくなる。
今の学力でそれ以上の大学など絶対にいけないし、人生が詰む。

そしてそれ以上に、好かれるどころか錆兎君に嫌われる。
誰にでも親切で優しい彼に、自分の彼女に嫌がらせをした嫌な奴として軽蔑のまなざしを送られるのはあまりに辛い。

幼稚舎の頃と違って、
『お友達に意地悪しちゃったね。ごめんなさいしようね』
と、先生に叱られて謝って、『はい、おしまいね』というわけにはいかないのだ。


なので、武藤が鱗滝君の彼女に迫るように拝島を焚きつけると言った時には正直ほっとした。
それでよしんば拝島が強引な手段に出て色々ヤバい展開になっても、そそのかした武藤までは何かしらの関与を追及されたとしても亜紀は完全に無関係である。

いっそもうそこで何か問題を起こして芋づる式に武藤も処分されて自分の前からいなくなってくれれば尚可なのだが…とまで思った。


だって、亜紀はもうどうでもいい。
この年になればいい加減現実が見えてくる。

錆兎君の今の彼女、冨岡義勇がいなくなったところで、じゃあ彼が亜紀を彼女にするかと言えば絶対にしないと思う。
武藤は錆兎君の彼女や彼女候補を延々と消し続けるつもりなのだろうか…。
魅力的な女の子なんて全世界に数限りなくいるのに?

絶対に無理なのだから、遠い太陽に手を伸ばすような真似をしなくても、手近なところで良さげな彼氏をみつけて女子高生生活を謳歌したほうが絶対にいい。

そうは思うものの、そんなことを武藤に言おうものなら攻撃の矛先が向くのは目に見えているので、亜紀はそんな気持ちもこっそりこっそり心の中で思うにとどめていたのだった。


しかし、拝島は思ったよりも賢く柔軟だったらしい。
一度は彼女の冨岡義勇に強固に交際を迫ったらしいが、未遂に終わった途端、コロっと宗旨替えして、錆兎君の方を崇め奉り始めた。

日々、あまりに鱗滝君、鱗滝君と懐いていくため、彼はいつのまにか”冨岡義勇”に迫っていた男ではなく、鱗滝錆兎君のガチなファンとして認識されるようになる。

そうすることによって、彼は完全に安全圏へと駆け込むことが出来たようだ。
羨ましい…実に羨ましい。

武藤に目をつけられても無事逃げきるなんて、実はすごく頭が良い人間なんじゃないだろうか…と、亜紀は感心した。


今日、体育祭の時も、体育祭実行委員としてマイクを握れるのをいいことに、『さすが、鱗滝君!!』を連呼して、笑われて滑稽に思われても、悪事の片棒を担いだのがバレて推薦が取り消しになるかもしれないなんてことに怯えることもなく過ごせている。

これならもう私も『義勇ちゃん好き♡可愛いっ!!』と連呼してユリユリしてれば助かるのかしら…と、ふとそんな考えが脳裏をよぎった亜紀の横で、舌打ちと共にその恐ろしい声が響いたのである…

──あっ…の、役立たずがっ!!!
と、言う、武藤の忌々し気な声が……


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