清く正しいネット恋愛のすすめ_89_方向転換と着地点

「そうだな。とりあえず先に確認だ。
今、話を聞きながら、学校側への報告をまとめてみた。
ほぼこのままの内容を提出しようと思う。
拝島も目を通して問題なしということなら、サイン後、スマホで写真を撮っておいてくれ。
それを持って、意思確認及び改ざん防止とする」

錆兎がそう言って、B5用紙を空太の方へと滑らせた。

それには、今回のことは、空太の側は同級生のからかいの言葉に騙されて、やや強引に言い寄ってしまったこと、義勇の側はそういう事に慣れていない彼女を心配した胡蝶に困ったことがあったら鳴らすようにと預かったブザーをせいぜい胡蝶が飛んできてくれるのだろうと言う程度の認識で言われた通り困って鳴らしただけで、あんなにおおごとになるとは思っていなかったというような事情説明と、互いに誤解が解けて和解済みだということが明記されている。

空太の側からすれば、被害を最小限に抑えてくれている神対応だ。
異論などあるはずもなく、素直にサインをする。

そうして参加している3人、錆兎、宇髄、空太がそれぞれ自分のスマホで写真を撮ると、錆兎は

「さて、学校側への対応はこれで良いとして、もう一つ聞かせて欲しいんだが…」
と、改めて顔をあげて切り出した。

それに空太は
「なんだい?なんでも聞いてくれっ!」
と、錆兎に何か聞かれるのが嬉しいと言わんばかりの、ポチのような目でそう言ってくる。

それに少し苦笑しつつも、錆兎は核心に触れることにした。

「拝島に義勇が洗脳されていると言った相手は誰なんだ?
そもそもがそれが今回の諸々の発端になったんだよな?」

あ~、そこか…と宇髄もそれは知りたいと、空太に視線を向ける。

そしてその空太から出てきたのはこれまた納得ができてしまう人物の名だった。

「武藤…そう、B組の武藤まりだよ。
彼女が冨岡が騙されていて可哀そうだと言ってきたんだ」

「あ~…あいつかぁ…」
と、宇髄が苦笑し、錆兎は少し眉を寄せて考え込む。

そして結論が出たらしい。

「わかった。今後なんだが…」
と、切り出す。

「今の時点で拝島にして欲しい事というのは特にない。
だが、今後もしまた武藤に迷惑をかけられるようなことがあれば、今回の騒動の発端が武藤の発言で、彼女が故意に俺や義勇の周りをかき回そうとしているふしがある、ということを証言して欲しい。
それを持って、今回の貸しはチャラということでどうだ?」

「もちろんだっ!それは借りを返すという以前に迷惑をかけた側の最低限の義務だし、借りはさらに何かで返させてくれっ!」
と、身を乗り出して、やる気満々といった風に眼を輝かせて言う空太を前に、彼の人物像を知らない錆兎は単に礼を言うだけだが、宇髄は驚きすぎて唖然とした。

自信家で自分が大好きで自分の利になること以外は指一本動かしたがらない傲慢な奴が、変われば変わるものだ…と、思う。
こいつは今度は義勇じゃなく錆兎粘着でもするんじゃないか?と苦笑。

錆兎はとりあえず話は終わったという事で解散して、空太を先に帰した。



「…今日はこれを職員室で待機中の学年主任の佐藤先生に提出して終了だな」
サインをした書類をクリアファイルに収納、文具を片付ける錆兎。

2人きりになったところで、宇髄はずっと気になっていたことを確認することにする。

「なあ、ウサ…武藤は放置なのかぁ?」

そう、すべてのごたごたの発端は、武藤まりの錆兎への執着から来ている。
正直、今まではそれがわかっているからと言ってどうにもできないと思っていたのだが、ここまでの人脈があれば話は別なんじゃないだろうか…

「拝島みてえに、親潰して退学に追い込むってのも出来んじゃね?」
と、言ってて自分でも怖い気はするが、まあ、知りたいのはそこだ。

思い切って口にした宇随に、錆兎は苦笑する。

「いや…拝島の場合は伯父の権力を悪用するという意思表示があったからな。
使えないようにする必要性があった。
だが、飽くまで学生同士のごたごたの域を出ないなら、そこまでやってはダメだろう」

と、至極ごもっともなことを言われて、今回の諸々に関して激怒しているように見えて、実はとんでもなく冷静だったのか…と、宇髄はさらに驚いた。


大人だって今回のように腹がたつようなことがあったら、短期間にここまで冷静に分析しながら物事を進めたりはできないんじゃないだろうか……

本当に底が見えない、とんでもない高校生だ…と、宇髄はため息をつく。


「もう一つには、武藤が学校をやめれば、その行動を把握する術がなくなって、かえって危険だろう?
理想はあちらの方から俺達に興味を失くしてもらうことだな。
だから、当分は近寄ってくるのが嫌になるように容赦なく塩対応で通していこうと思う」

「あ~そうか。そうだよなぁ。
逆恨みされた場合、あっちにはこちらが学校にいることはわかっていて、こちらからはあっちの動向がわからない状況ってのは、確かにまずいな」
「だろう?」

「でも…普通、この短時間にそれ全部思いつかねえわ。
どういう脳みそしてんのかって思う。
俺はほんっきでお前を敵に回したくねえ」

「はははっ。それは良かった。
俺も天元が敵に回ると厳しい」

晴れやかに笑う錆兎に、大きく息を吐き出しながら首を軽く振る宇髄。


とりあえずこれ以上は先送り。
義勇への粘着騒動も一応の終わりを見せることになった。




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