錆兎はどうもその考えや全貌のつかめない男だ…と、空太以上に宇髄は思っている。
激怒してたんじゃないのかよ?
徹底的に潰すんじゃないのかよ?
…と、不死川の時も思ったことを、今回もまた思った。
潰す時の苛烈さは、本当に長い付き合いでかなり仲の良い宇髄ですら恐ろしいほどで、実際に微塵の容赦も感じさせず、並みの相手なら病むんじゃないかと思うくらいの圧を放ちつつ叩き潰すわりに、何かのタイミングでコロっと敵意を翻して友好的になる。
そうして世にも恐ろしい魔王がいつにまにか、この世でもっとも好ましくも頼もしい人間に早変わりしているのだ。
わけがわからない。
これをやられた相手は、錆兎に対して過剰な好意を抱くようになっている気がする。
いまの拝島空太も、もう錆兎を見る目が大好きな先生に向ける園児の視線、あるいは特撮ヒーローを見る男児の目だ。
あれだけ怖い思いをさせられた相手だと言うのに、態度を軟化されたら、なんだか絶対的な信頼を置いた相手を見る目になっている。
これ…ある意味、吊り橋効果みてえなもんだよな…
と、宇髄は思う。
錆兎は紛れもなく絶望に突き落とした張本人なのだが、その絶望から救いあげてくれた相手という認識しか残っていないのだろう。
しかも…この男の質の悪いところは、そういう頼れる正義の味方的な役割が実に似合ってしまうキャラだということだ。
顔が大変よろしい…というのも全く影響なしとは言わないが、宇髄自身も人目を惹くほどの顔の良さで、しかも人の感情の機微に敏いこともあって、しばしば人たらしと言われるが、錆兎のそれはもう、そういうレベルではないと思う。
本人が気づいているかは知らないが、先日、義勇を助けた目立たないクラスメート、茂部太郎。
あれが錆兎を見る目は好ましい友人を見る目ではない。
一般ピープルが英雄を、あるいは、信者が神を見るような目だ…と、宇髄は感じた。
とりあえず自分も伯父も助かるのだと知って、半泣きの拝島空太。
ありがとう、ありがとうと礼を言いながら、ぜひ何か礼をしたい。
錆兎の役に立ちたい。
自分は毎回、学年で2位の成績をキープしているから、なんなら勉強でも教えようか…
などと、宇髄が知る限り、非常に利己的で自分の得にならないことは一切しない男が自分からそんなことを言い出しているが、錆兎は苦笑。
「あ~…ありがとうな。うん、気持ちだけな」
と言うのに、空太が、何故?という顔をするので、本人の口からは言いにくかろうと、そこは宇髄が補足してやった。
「ウサはこの学校で一番その必要がない男なんだよ」
「いや、成績は良い方が良いだろう?」
「…ウサはこれ以上あがんねえよ。
お前が毎回1位じゃなくて2位なのはな、ウサが毎回1位とってっからだ」
「はああ???」
ぽか~んと目が丸くなった。
プライドが高い男だからさぞや気まずい思いを感じているかもしれないが、まあ錆兎本人が言うよりは錆兎に逆恨み的な感情が向く比率は少なくなるだろう…
そう思っての発言だったのだが、この一連の諸々で何か頭のネジが一本二本飛んで行ってしまったのだろうか…拝島空太の口から出た言葉は…
「なんだってっ!?
顔が良くて性格が良くて人脈があってというだけじゃなく、頭まで良いのかっ!!
さすが僕の理想の男だなっ!!」
…で、錆兎が大丈夫か?こいつ…という目で少し引いている。
しかし本人、本気らしい。
特に嫌味でもからかいでも…もちろん何か企んでいるでもなく、まるでヒーローを前にしたお子様のようなキラキラした視線を向けてくるので、錆兎が心底困っている。
宇髄、助けてくれ…という心の声が駄々洩れな視線を受けて、しかし宇髄もあまりに想定外の展開にどう反応していいかわからない。
「あ~、まあ、時間も限られてるし、話を進めようぜ?」
と、なんとか先をうながした。
0 件のコメント :
コメントを投稿