「すまない。待たせたか」
翌日の放課後。
話し合いの場所は視聴覚室。
万が一の漏洩を避けるために防音の場所という事で選択されたらしい。
空太が教室の一番前に座って待っていると、ドアが開いて、鱗滝ともう一人、宇髄が入ってきた。
飽くまで記録係なので余分な口は挟ませないし、当然ここで聞いた内容も口外はさせない。
もちろん、記録した内容は提出する前にきちんと拝島に確認は取る」
清廉潔白という言葉を体現したような爽やかな好青年。
それが改めて目の前にした鱗滝錆兎の印象だ。
なるほど。
同性にも人気があるはずだ。
認めるのは悔しいが、人が良くて信頼できる感にあふれている。
まあ、これが終わったら友人になってもいいくらいには印象の良い男だ。
一方の宇髄の方は、どこか油断のならない、整ってはいるがどこか鼻につくような容姿だが、まあ、鱗滝が責任を持つと言うのなら同席させてやってもいいだろう。
そう判断して、空太は宇髄の同席を了承した。
「それでは早速だが、こちらが把握している状況を先に説明。
その後、拝島の言い分を聞くという形で問題はないな?
あと、議事に抜けがないように、ここでの会話は録音させてもらう。
宇髄も速記のプロとかじゃないからな。
俺達のやりとりを全て書き取るのは無理だから」
「ああ、それで構わない」
先に相手の側の情報を得てからの方がボロが出にくいし、好都合だ…と、内心思いつつ空太は頷く。
「とりあえず時系列に沿って追って行こうと思う。
ということで、まず、こちらを見てもらいたい」
と、その後まず最初にそう言われて、机の上に出された4つの小さなビニールと、もう一つそれよりは若干大きなビニール袋。
いずれも紙が入っていて密封され、その各々にパウチされた紙が貼りつけてある。
そのビニール内の紙、そしてパウチされた紙に映し出されているもの…それを見た瞬間に、空太は全てを悟って青ざめた。
「この小さなビニール内のメモは、B組が音楽で音楽室にいて教室内に人がいない時に、俺と宇髄、不死川、胡蝶の机の引き出しに入れられていたものだ。
まあ、よくあるいたずらとは思うが、一応、エスカレートした時のために指紋の採取を依頼したら、どれもそれぞれ入れられた机の主以外にもう一つ指紋が付着していたから、それがこのメモをいれた人間の指紋だろう…」
──…俺は知らないけど、鱗滝君は犯人知ってるみたいでね。
いつだったか、義勇を待ち伏せた時に迎えに来ていた同学年の男子が言っていた言葉が脳内に浮かんで、背に嫌な汗がダラダラと流れる。
あの言葉が脅しではなく事実だったことを裏付けるように、机の上で両手を組んで笑みを浮かべたまま、錆兎が続けた。
「あの時点では飽くまでいたずら以上のことが起きた時のための予防策として、念のため調べておいたんだけどな。
翌日に配布されたアンケートを科学部部長の許可をもらってお借りして、同じ指紋がないか見て見たら、不思議なことに俺とは全く接点のない拝島の指紋と一致したんだが…?」
声を荒げるわけでもなく、笑みさえ浮かべて淡々と…。
なのに、何故か身の毛がよだつほど恐ろしい気がする。
まだ残暑も残る蒸し暑いはずの一日なのだが、身体の震えが止まらない。
しかし、いきなりの嫌がらせのメモに腹を立てているのかと思いきや、錆兎は
「まあ、これは始めに話した通り、こちらが持っている情報の開示ということで話しただけで、どうでもいいんだけどな」
と、にこやかに流してきた。
もうこの時点で空太は色々がどうでもいいから逃げたくなっている。
しかし、錆兎の話はまだ続く。
「問題なのはさらに2日後の委員会の日。
義勇が図書委員会の帰りに拝島に待ち伏せされたそうで、話したいというのは良いとしても、断っても諦めずに手首を拘束して連れて行こうとしたということだ。
これは、同じクラスで同じ委員会の茂部が一部始終を見ていて、やりとりの録音もしていたので、まあ誤解とか間違いではないとみなす」
と、そこでもう空太は頭を抱えた。
よく顔は覚えていないが、あの男、そんなことまでしていたのか!!と、茂部太郎に対する怒りの感情が沸き起こるが、錆兎は淡々と
「一応全て行動と名を出しているのは、全員に周知させることによって、都合の悪い行動を取った相手に対する逆恨み行為などが為されることを防ぐという目的もあるので、そのように理解してもらいたい」
と、それに対しても釘を刺してくる。
もう逃げ道を全て塞がれて、空太は気を失いそうなほど動揺していた。
全てを放り投げて転校して逃げてしまおうか…。
名門校を退学というのはなかなか決断するのに勇気がいるが、もうこの男から逃げられるなら何でもいい…そんな気分になりかけている。
それでも錆兎は容赦がない。
「その翌日、何を話そうとしていたのか確認するために、義勇の方から昼休みに話を聞く約束を取り付けた。
だが、委員会後のことがあったから、二人きりになるのは危険かもしれないと、友人が防犯ブザーを持っていくように言って貸与」
ああ、思い出したくもない。あのブザー。
せめて大きな音が鳴るだけならまだしも、『不審者ですっ!助けてぇぇ~!!!』は、人聞きが悪すぎだ!と、空太は思うが、そもそも問題がない相手と居るのに防犯ブザーを鳴らすことはないので、非常に適切な音声だろう。
しかし、ブザーの音声のことなどのんきに考えている場合ではなかった。
ここで錆兎はさらにおそろしいことを告げてきた。
「ついでに…何か不埒なことを言われたりされたりした時に泣き寝入りをせずに済むように、ICレコーダーを持参させた」
IC…レコー…ダー……!?
まさか、あの会話が録音されていたっ!?
それがどこかに流れて伯父が激怒した今回の騒ぎになったのかっ!!
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