空太のことを好きなのに胡蝶しのぶが利用しやすいように鱗滝と付き合わされている冨岡義勇をわが手に取り戻す。
そうは決めたものの、道のりは険しい。
何しろ相手は人の気持ちを操ることにかけては百戦錬磨のつわもので、さらに操られている男たちを含めれば、敵は4人だ。
優しい武藤が、冨岡義勇もレジェロをやっていると教えてくれた。
もちろん、そちらでも胡蝶しのぶに騙されている男どもに囲まれてはいるが、空太のキャラは知られていないので、仕掛けるなら低リスクで仕掛けられるという事で、なるほどと思い、そちらの方向でも考えることにする。
幸いなことに、たまたまinした日に冨岡義勇と丸わかりのギユウと言うキャラが一人で町中を歩いているのをみかけて、つけて行ってみたら、調理アカデミーに入って行った。
こっそり覗くとサポートをつけるNPCの前でスキル上げを始めているのが見える。
正直、空太は調理の合成はあまり意味がないと思っている。
だって、食べ物なんて買った方が安い。
わざわざ作るために合成スキルをあげて素材を集めるか買うかするかなんて、時間と金の無駄だ。
だが、そういう合理性とは別に、わざわざ調理スキルをあげようとするギユウの態度は好ましい。
おそらく相手に食べてもらうために自分が作ることが重要なのだろう。
女子らしくて可愛いじゃないか。
きっとリアルでも料理の腕を磨いているのだろう。
男女同権などとキーキーヒステリックに叫ぶ女たちと違って、奥ゆかしくて身の程と言うものをわかっていて大変宜しい。
三つ指をついて出迎えろとは言わないが、夫が仕事から帰ってくるまでには毎日きちんと美味い飯を作って、夫が帰宅した時には笑顔で出迎えてカバンを受け取るくらいのことは女として当然のことだし、して欲しい。
そんな未来図を想像しながら、空太は別に特にあげようと思っているわけではないが、話のきっかけにと、自分もスキル上げをしたいのだが…と、ギユウに声をかけて仲良くなる。
どうやらレジェロ内でも鱗滝と居るようだが、今日からしばらく、他の友人の手伝いでいないので、その間に調理スキルを上げ切ってしまおうということらしい。
これはチャンスだ…と空太は思う。
いまのところ彼女の尽くす相手は例の鱗滝なのが腹立たしくはあるが、空太の想像した通り、恋人のために効果の高い料理を作って食べてもらいたいのだ、と、語るギユウは愛らしい。
本当に女はこうあるべきだ、と、空太は思う。
和やかにスキル上げをしつつ話をして、しかし鱗滝が戻る前に彼女の心を掴まなければならないので、ここで終わってはならない、と、空太は一計案じた。
それは、調理のスキル上げに必要な素材狩りという名目でギユウを狩りに連れ出し、完璧なナイトである自キャラのカッコよさを目に焼き付けるというものである。
自分で言うのもなんだが、カンストもしているし、しっかりとした防御装備も揃えているし、よくいるエセナイト達のように、同行者を守ることを忘れて殴りに夢中になることもない。
ギユウが万が一にでも殴られないどころか、回復ヘイトを稼がないように防御をあげてHPをほぼ減らさないようにして、実に安定した狩りを続けていたのだが、突然ギユウに奇妙なことを言われた。
──あの…攻撃装備に変えてもちゃんと回復するから大丈夫だよ?
──え?
なんなんだ?彼女は空太がナイトだと理解していないのだろうか?
それともナイトというクラス自体を理解していない?
どう反応して良いのか悩む空太に彼女はさらに
「…殲滅速度をあげるのに防御が下がる攻撃用の防具を装備するから、HPが減った時の回復用に私を誘ったんじゃないの?」
と言ってきた。
いやいや、ナイトがそんな頓珍漢な事をするはずがないだろう。
ナイトと言えば防御、パーティーの盾だ。
何があろうと防御を捨てて攻撃に走るなどありえない。
そんなエセナイトを空太はナイトとは認めない。
しかしそう説明しても彼女はナイトでも状況によっては攻撃重視装備が必要になるのだと頑なに主張する。
そうして怒ってパーティーを抜けて行ってしまった。
これは…おそらくあの小賢しい胡蝶しのぶに影響されて本来の盾の姿を軽んじているのであろう鱗滝のキャラに洗脳されているのだろう。
後日…とりあえず洗脳されたままの彼女を責めればそこで終わってしまうだろうからと、こちらから下手に出て謝罪をしつつ、それでもきちんとナイトの役割について説明をしようとすると、タゲを取るのにアビリティだけでは足りないこともあるから…と、付け焼刃が丸わかりの説明をしてくるので、空太は自分はそんな事態に陥ったことはないし、それは机上の空論だと論破した。
が、彼女は諦めることなく、そういう事態にならないのはそこまでのコンテンツをやっていないからだと主張してくる。
確かに高難易度のレア狩りになればそういう事もあるかもしれないが、そういうのはリアルを捨ててゲームにのめり込んでいる、俗に言う”廃人”がやるものだ。
彼女の口からレア狩りの話がでてきたあたりで、なるほど、鱗滝は愚かにもリアルの生活を捨てて、たかだかゲームにそこまでのめり込んでいるのか、と、思ったら、勝った気分になる。
しかしそこで、
「リアルを犠牲にするほどにはゲームに時間を割けないからね」
と、暗に自分はリアルを大事にしているから…と匂わせたら、自分のナイトだって節度を持ってやっているができるのだ、と、怒らせた。
本当に腹立たしいが、洗脳がなかなか解けない。
最終的に会話を打ち切り、ブラックリスト入りされてしまった。
どうもネットからの説得は失敗らしい。
それでも諦める…という選択肢はない。
これまでと違い、胡蝶しのぶに騙されるまでは冨岡義勇は確かに空太のことを好きだったわけだし、彼女を囲んで騙している連中のことを除けば、彼女は理想的な恋人、ひいては、理想的な妻になりそうだということも、レジェロ内の接触でよくわかった。
彼女のように美少女として生まれついたのに、素直で従順な女子はなかなかいないだろう。
きちんと胡蝶しのぶの洗脳を解いて収まるところに収まれば、良き彼女、良き妻、良き母になると思う。
そうとなれば、代替えはきかない。
こうなったらもう、リスクはあるが、リアルで頑張るしかないか…
と、空太はため息をついた。
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