結論から言うと…その翌日、拝島は人相が変わって、義勇に近づくどころか、必要な時以外は休み時間に自分の教室からでなかった。
恐ろしい、実に恐ろしい…と宇髄は身震いする。
そしてそれ自体は確かに事実である。
だが、宇髄は今回、そのことに対する自分の認識が少しばかり甘かったことを知る。
確かに錆兎は公明正大と正々堂々愛する男ではあるのだが、それは自身もそうであるように心がけるが、相手にもそれを求めるのだ。
そんな当たり前のことが、宇髄の認識からはすっぽり抜け落ちていたのである。
恋人の義勇に危害を加える相手は錆兎の敵だ。
だから不死川は公衆の面前で容赦なく投げ飛ばされたのだが、それでも錆兎は不死川が義勇に対する態度を改めることを望み、改めたら自分の方から和解の手を差し出している。
しかしながら今回、拝島は容赦なく切り捨てられたようだ。
同じ義勇に害をなす輩という認識だったはずの2人の何が違ったのか…と、その違いこそが、その、公明正大と正々堂々だったのである。
不死川はとてもわかりやすく冨岡義勇と言う少女に暴言を吐き暴力をふるっていたわけなのだが、それを一切隠さなかった。
そして自分がやってきたことが自分に跳ね返ってきた時に、不死川は初めて自身の行いの意味を知り、後悔した。
自身を恥もした。
だからこそ、彼は己の行動を振り返った時に、その後の態度を改めたのである。
だが拝島は違った。
彼は自身の行いが知れれば己が責められることを知っていた。
ゆえにつねに隠れてやっている。
それが感心できない行動であると言う自覚はあり、己の行動の結果を己が被ることを嫌ったのだ。
彼女の周りにこっそりと匿名で中傷を送ったのも、彼女に直接接触を試みて結果が自分に返ってくる前に、少しでも自分の身に返らない形で成功率をあげたかったからである。
彼は己を省みず、そして彼は根本的な部分から変わることはない。
リスクは他人に、メリットは自分に。
それを目指して失敗した。
彼の前に立ちふさがったのは彼が考えているよりもずっと強者で、そして、公明正大と正々堂々を愛する男だったからである。
あの日…午後の授業中に珍しく錆兎が内職をしていた。
いや、正確には本人が授業外のことのために手を動かしていたわけではない。
義勇に持たせていたICレコーダーの音声を確認していたのである。
それは本当に人間離れをした…というか、すでに現実味がないほどだったのだが、その授業中の錆兎と来たら、人の気配に敏い宇髄でさえもともすれば認識できないほどに気配がなかった。
それでも宇髄が錆兎を認識していたのは、宇髄が不死川を挟んで、錆兎の後ろの後ろの席で物理的に視認できるからで、それでも意識をしないと見落としてしまいそうになる。
茂部とその友人二人がそうであるように、元の影が薄い人間という者は確かに存在するのだが、錆兎は本来は視認できない場所にいても、宇髄のように気配に過敏な人間にはガンガンと存在感が感じられてしまう男だ。
それがここまで…というと、普通ではない。
錆兎は意識して気配を消す…などと言う、常人離れしたことをやってのけているのであろう。
おそらく…2,3日中に報告を、と、教師陣から区切られた期間内に、今回の諸々を速やかに問題を残さず対処するために…。
「…ウサよぉ、お前、どうするつもりだよ」
5時限目が終わって即、しのぶに義勇をくれぐれもと託して立ち上がる錆兎を追って廊下について行きながらそう聞くと、苦笑しながら
「あ~…まあ、なんというか…目には目と歯と飛び蹴りになるかもしれんが、少しばかり本気の制裁を?」
と、言いながら、それ以上は手で制しながらどこぞへ電話をかけている。
………
………
………
恐ろしいことに…外国語で。
敢えて英語とではなく外国語と言うのは、どう聞いても英語ではないからだ。
フランス語あたりな気がするが、宇髄自身がフランス語を話すわけではないので、断言は出来ない。
通りすがりのはずだったのであろう生徒達が通りすがるのをやめて、特に女生徒達は遠巻きにキラキラした視線を錆兎に送っている。
なんというか…自分もたいがい目立つ人間ではあるが、錆兎はもう別格だ、と、宇髄はため息をついた。
目立つ。
そこにいるだけで、なんだか注目を浴びてしまうようなオーラがあると言うのに、この上、こんな目立つことをするか、おい、と、呆れかえる。
そうして5分ほど話して通話を終えた錆兎を宇宙人を見るような目で見ながらも、宇髄はガシっとその腕を掴んで、少し人ごみを離れた階段脇まで引っ張っていくと、
「…お前…どこに電話かけてんだ?
相手、外人なのか?」
と、言うと、錆兎が眉を寄せて
「その言い方は失礼だからやめろ」
と、わけのわからない返答を返してきた。
「は?」
「外国人は良い。外国の人間だからな。
でも外人はセンシティブな相手だとすごく傷つくし嫌がるぞ。
俺の知人でもそういう人間はいるが…」
「そこかよっ!」
「無意味に他人を不快にさせる言動を慎む。
それは人間関係においてとても大切なことだ」
どんな時でもブレない男だ…と、もうそれにも感心しながら、宇髄が
「はいはい。わかった。
外人じゃなくて外国人な。
で?誰と何を話してたんだよ」
と尋ねたところ、恐ろしい答えが返ってきた。
「…欧州の〇×ジャーナルの日本支社長と…あとは米国の〇〇社の社長には授業中メール送っておいて、あとはあれだ、今話してたのはフランスのデュラン大使」
「ちょ、おまっ!!何、その人脈はっ!!」
「…前述の2人は爺さんの剣道の弟子で、その縁で話をする機会があって、今では俺のチェス友。、
あとは…デュラン大使は頼まれて孫に護身術を教えたことがある」
そう言えば…錆兎の祖父は確かに海外でも知られるほどの有名な剣術家で、諸外国にも弟子が多くいるとは聞いたことがある。
…が、そこまでは良いとして、チェス友ってなんだ、チェス友って…!!
祖父の交友関係としてとどまらず、齢16で海外の有名企業の経営者達と交流を持っているというのは、ちょっと違う人間過ぎるだろう、と、宇髄は言いたい。
頭脳明晰成績優秀、武芸の達人でピアノが弾けて?
料理も出来ればコミュニケーション能力もはんぱない。
「まあ…相手は飽くまで自国語以外話さないが理解はできるから、俺の方は英語でも良かったんだが、万が一にでも聞かれる心配がないようにということで、フランス語にしてみたんだが…」
…と当たり前に言う時点で、正直頭がおかしいと思った。
まあ…もっと頭がおかしいのは、こんな化け物を相手に戦おうなんて無謀なことを考えた拝島空太だが……
「全力で誰かを潰す日なんて来るとは思わなかったが、おそらくこれで最後だろうし、同じことをしようとする人間が出ないように、どうせなら持てるものをコネクションも含めてすべて使って伝説を作ってみようと思ってな」
と、言う言葉で、宇髄は拝島に心底同情をしたのだった。
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