正直…義勇は馬鹿というわけではないが、頭の回転が速いほうではなかった。
そして、今回はそれが幸いした。
そうして静かな校舎裏に響き渡る、
──不審者ですっ!助けてぇぇ~!!!
の音声。
思ったよりもはるかに大きな音で、特別校舎内にいたわずかな学生はもちろんのこと、そこから少し離れた前庭や男子科、女子科、共学科の各校舎からも、何事かっ?!と、大勢の生徒達が騒ぎ始めた。
その時…特別校舎2階の窓から、
──とうっ!!
と、言う掛け声と共に何かが降って来て、義勇を拘束していた拝島の手首を掴んで、ぐりんっ!と後方にひねりあげる真菰。
そして、
──真菰ちゃんっ?!!
驚きの声をあげる義勇に、
「妹分のピンチに颯爽と参上っ!
正義の女子科生徒会会長、真菰ちゃんだよっ!!」
と、ピシィッ!とピースサインをしてみせた。
わらわらとあちこちから殺到する生徒達。
それより一足ばかり早くたどり着いた胡蝶カナエは、
「窓から出たら、また先生に叱られちゃうわよ、真菰ちゃん」
と、あらあらとばかりに口元に片手をあてつつ、おっとりと微笑んで言う。
なるほど。
そう言えば各科生徒会室は特別校舎の2階にあったな、と、義勇も今更ながら思い出した。
とは言っても、男子科、共学科の生徒会役員達は昼休みに当たり前にいたりはしないので、もしかしたら錆兎に言われて待機していてくれたのかも…と思ったが、あとで聞いたところによると、特別校舎には授業以外であまり先生が来ないため、昼休みのランチ後にデザートもといお菓子持ち寄りでスイーツパーティが女子生徒会の伝統らしい。
しかし、それはそうとしても、
「妹分の貞操の危機に先生のお説教なんか気にしてられないよっ!
真菰ちゃんのか弱い妹分の義勇ちゃんの両腕掴んで強引に引き寄せてたしっ!!」
と、そろそろかなり集まり始めていた生徒たちを前に、女子らしくかなり響く、しかも腹筋を鍛え上げた腹の底から出るドデカイ声でそう言う真菰の発言に、犯罪者を見る視線が生徒達から注がれて、拝島が一気に青ざめた。
「ち、違うっ!!誤解されるようなことを言うなっ!!」
と叫ぶが、
「不埒なことをしなければ防犯ブザーなんて鳴らされませんよね」
と、胡蝶しのぶが敢えて作った厳しい顔で集まった生徒の中から出てきてそう言うと、
「もう、大丈夫ですからね」
と、義勇に美しい顔で微笑みかけた。
「胡蝶しのぶっ!!お前が僕を陥れようとたくらんだんだなっ!!」
と、彼女を指さす拝島。
なるほど、彼の方も彼女を嫌いらしい。
そして彼女も今度は嫌悪を隠さずに
「私は昨日の放課後、あなたが彼女を無理矢理連れて行こうとしたとクラスメートから聞いて、彼女に何かあった時のために私の私物の防犯ブザーを貸して差し上げただけですよ?
無体を働かれそうになっても、腕力で男性にはかないませんしね?
だいたい、腕力以外の能力では自分以下の相手にわざわざちょっかいをかけるほど暇ではないんです。私」
と、にこやかに宣言する。
それに
「何が自分以下だ。4位のくせに…」
と、言う拝島に、胡蝶は満面の笑み。
「は?誰がです?あなたがですか?
“義勇さんの彼氏に毎回負け続けて”万年2位だった拝島さん?
しかも残念ですね。
今は私が2位で、1位は錆兎さんですよ?」
と、その言葉に拝島はさらに青ざめる。
自分が1落ちて3位になったのは当然わかっていたが、2位になったのが以前見下した女子の胡蝶しのぶだとは思っていなかったようだ。
今度は真っ青だった顔が怒りで赤くなるが、言葉が出ずに、ただただ拳を握り締めて震えている。
そこに
「胡蝶、無駄に煽るな。
お前は女で真菰のように武芸をたしなんでいるわけでもないんだから、理性のない相手の恨みを買うと危険だぞ」
と、また生徒たちの中から、今度は体格の良い宍色の髪の男子が出てきて、しのぶの肩を軽くポン!と叩くと、怒る拝島の視線から彼女を守るように間に入った。
「…さびとっ!!」
と、その姿を見るなり、ぱあぁぁっと花のような笑みを浮かべて駆け寄る義勇。
「無事で良かった」
と、それを抱きとめると、錆兎は二人の女子に対する彼の行動に、さらに怒りの目線を送ってくる拝島にゆっくりと視線を移した。
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