「…鱗滝君っ!これっ、実習で作ったんだけど、良かったらっ!!」
こうして錆兎も共学科へ移っての2学期。
浮足立っているのは同じクラスの女子だけではない。
いや、むしろ初っ端に自分は婚約者である義勇のために共学科へ移籍したのだ、と、かまされた同じクラスの女子はまだ大人しい方だ。
他のクラスの女子はまだ隙あらば!と思っているらしい。
もう渡す気満々だったのだろう。
中身は調理実習で作ったクッキーなのは確かだが、皆、可愛らしいラッピングを持参してそれに包んで駆け込んでくる。
1学期までは調理実習後にそんな騒ぎも起きたことはなかったので、B組の面々は興味津々で視線をそちらに向けるが、当の錆兎は一瞬驚いた表情を見せながらも、苦笑。
「どうもありがとう。
気持ちは大変ありがたいとは思うが、俺は婚約者がいるし、彼女以外からそういう物はもらわないことにしている。
そもそもが甘い物があまり得意ではないしな。
せっかく持ってきてくれたのに申し訳ないが、甘い物が好きな奴にあげて欲しい」
と、丁寧に…しかしきっぱりと断りを入れる。
ええ~~!!!と声をあげる女子。
中には泣きそうになる子もいて、錆兎は困った顔をするが、しかしそこは断固として受け取らない。
「ごめんね、こいつ頑固なところあるからさ」
と、村田がみかねて間に入って、なんとかかんとか全員帰ってもらった。
そうしてホッと一息つく間もなく自分達もエプロンと持ち寄った食材を持って調理室へ。
そこでもやはり錆兎の周りは大騒ぎだ。
B組の課題は白米と肉じゃがなのだが、とにかくそれを作るのにまず身につけたエプロン姿がカッコイイ。
持参したシンプルな黒い厚手のエプロンを身につければ、それだけで料理番組に出ているイケメン俳優も真っ青なカッコよさだ…と思ったのは、義勇だけではないはずである。
おまけに料理の手際がすごくいい。
慣れた手つきであっという間に野菜の皮を向き、慣れた手つきで中華鍋でそれを炒めて、煮汁で煮ている。
義勇の班は錆兎と義勇、それに村田と胡蝶だったが、米は村田が砥いで炊き、肉じゃがはほぼほぼ錆兎の手作り。
義勇と胡蝶は味見係だ。
あまりにすごい手際の良さに見惚れていると、錆兎が
「先生、余った素材で吸い物作って良いですか?」
と、聞いて、許可が出たので吸い物も追加。
これを見越して昆布と手毬麩を持参していたらしい。
そして肉じゃがにいれた人参の余りを器用に飾り切りして煮て吸い物に入れる。
その包丁さばきに周りの班の女子達が嬌声をあげた。
「ウサ…たかだか調理実習でそこまで本気だしてどうするよ…」
と、その女子の悲鳴に義勇達の班を覗きに来た宇髄がため息をつくと、錆兎は
「何を言う。今の時代、嫁は胃袋から落とさないとだろう。
共働きなら、体力がある男が家事をやるべきだし、専業主婦なら…休日くらいは家事を休ませてやりたいと思うのが人情というものだろう?」
と、真顔で答えて、さらに宇髄のため息を引き出した。
が、それには意外な所から賛同者があらわれる。
「あ~、そりゃあそうだよなぁ。
嫁は子ども産むからな。
出産後1ヶ月くらいは休ませてやらねえとなんねえし、その間、授乳中の嫁に変なモン食わせるわけにはいかねえから、男こそある程度は料理できねえとだぞ」
と、大勢の弟妹が生まれた経験からか、不死川がそう言った。
実際、不死川も驚くほど手際よく料理を作っていて、口をはさんだことから彼に注目をした面々が、驚きの声をあげる。
もちろん…食べることが大好きな甘露寺を溺愛している伊黒も料理を作る手つきは手馴れていて、錆兎にこっそりとすまし汁用の昆布と手毬麩をわけてもらって同じく吸い物を追加した。
「胡蝶さん…その気になれば料理はできるの?」
と、そんな男性陣の陰で義勇がこそっと胡蝶に訪ねると、胡蝶からは笑顔と共に
「私は自分で言うのもなんですが頭も良いので稼げるようになりますし、お金で解決するので大丈夫です」
という返事が返ってくる。
「冨岡さんは…?」
と、続いて胡蝶が聞き返す前に、錆兎が
「義勇、手伝ってくれ」
と、義勇に声をかけるが、頼まれたことは
「この水に入れておいた麩をな、少し絞って吸い物に放り込んでくれ」
というものである。
「なるほど。小学生か…下手すれば幼稚園児のお手伝い程度のもの…ということですか。
まあ、錆兎さんがいらして良かった…ということで…」
と、全てを察した胡蝶がそう言ってクスリと笑った。
0 件のコメント :
コメントを投稿