新学期…それはいつもややドキドキする時期だ。
なにしろ産屋敷学園ではいつも学期の始まりには男子科や女子科から共学科へ、またはその逆と、学生の入れ替わりがある。
なにしろ錆兎が共学科に来るのだ。
登下校だけじゃなく、学校にいる時間もずっと同じ校舎でいられる。
とはいっても共学科は3クラスあるので、どこのクラスになるのかは、今日、登校してホームルームの時間に先生が伴ってくるまではわからない。
──クラスが違ってもすぐ隣だから何かあれば駆けつけられるから
と、錆兎は言ってくれるが、どうせなら机を並べて勉強をしたい。
…もとい、あまり自分がいない所で他の女子と仲良くなられるのが怖い。
別に錆兎が浮気性だとかは思わないが、何しろ錆兎だ。世界で一番カッコいい男なのだ。
彼女の座に収まりたいと思っている女子がたくさんいるのは義勇だって知っているし、そのうち何人かは義勇よりも頭が良くて何でもできる女子だという事も知っている。
すでに錆兎が共学科に来ることは何故か広まっていて、女子が皆、朝から大騒ぎだった。
「鱗滝君、共学科に来るんだってっ!!」
「男子科にいる時は近寄ることもできなかったもんねっ!」
「同じ校舎にいるなんて超うれし~~!!同じクラスだとさらに嬉しいっ!」
「あわよくばお近づきになりたいっ!!」
「でも彼女いるんでしょ?」
「あ~B組の冨岡さん…だっけ。顔は可愛いけど目立たない子だよね」
「結婚してるわけじゃないしさ、付き合ってるだけなら、まだチャンスない?」
そんな会話を聞いているだけで不安が募るのに、
「錆兎君、今まで男子科だったからね。
他の女子と会う機会がなかったし、共学科で懐かしい顔ぶれに再会したら、錆兎君の気持ちもまた変わるかもね」
…などと、クラスでもおしゃれで女子の中心にいる、幼稚舎では共学科で錆兎と一緒だったと言う女子に言われて、義勇はすでに泣きそうだ。
そんなことはない。
錆兎は義勇に一生傍に居てくれと言ってくれたのだから…
そう思いつつも、不安で心臓がきゅうっと締め付けられた。
泣いちゃだめ、泣いちゃだめだ…と思いつつも目の奥が熱くなりかけた時、小さいのに凛とした影が義勇と彼女の間を遮る。
「相変わらずですね。そんなことだから錆兎さんに嫌われるんですよ?武藤さん」
「なんですってっ!!!」
にこにこと笑顔で言う胡蝶に、その女子、武藤まりは眉をつりあげた。
「正直…彼が幼稚舎の頃の同級生の女子で会いたくないと思わないのって私くらいだと思いますよ?」
と、完全に武藤の怒りの目が自分に向いたのに全く臆することなく、胡蝶しのぶはやはり笑顔でそう続ける。
「どういうことよっ?!」
と、男だったら胸倉くらい掴んでいるであろう勢いでそう言う武藤。
胡蝶はそれでも全く変わらぬ笑顔を貫いているが、義勇は恐怖で泣きそうだ。
「私ね、言っちゃいましたっ」
こてんと、可愛らしく小首をかしげる胡蝶だが、それはどこか恐ろしい。
「…なに…を…?」
「昔ね、女子がみんな錆兎さんを避けていたのは、武藤さんが裏で同じクラスの女子に、錆兎さんの傷は呪いで出来たものだから、錆兎さんに近づいたら呪いが移るって言いふらして、女子が錆兎さんを避けるようになったこと。
昔話をしていた時についうっかり宇髄さんにそのことも言っちゃったので、錆兎さんにも伝わってるんじゃないかと思います。
本当に子どもの頃の話をしてただけなんですけどね、失敗、失敗」
テヘっと自分の右手のこぶしをコツンと頭に落とす姿は本当は可愛らしいもののはずなのだが、クラス内がシン…としたあと、次に大騒ぎになった。
男子からは『うっわぁぁ~』と思いきり引いたような声があがり、女子の半数…彼女と親しいあたりは複雑な表情をし、彼女と特に親しくないあたりの女子からは、ここぞと、『ひっど~』と声があがる。
言われた本人は青ざめて震えていて、
「…でたらめ、言わないで…」
と言うが、胡蝶はにこりと
「…真実は…当時の女子の錆兎さんの避け方の異常さを目の当たりにしてきた皆さんが知っているんじゃないですか?
まあ、私には関係ありませんし、こそこそと裏で言うのは主義じゃないので、言ってしまったことは本人にも報告しておこうかなと思っただけです。
ただ、私や錆兎さん、それに彼女の義勇さんとかに何かあるとしたら、攻撃してきた人間の見当はつくかな?とは思いますが…」
と言って、するりと義勇と武藤の間から抜け出して自分の席についた。
…うわぁ…胡蝶、こっえぇ…と、不死川が青ざめる。
あれを敵に回すなんて、自分はなんて怖いもの知らずだったんだ…と、本気で後悔した。
女は怖え。マジ怖え。
3科分ある生徒会の中でも女子科の生徒会だけは死んでも敵に回すなと学園でずっと伝わっているのも壮絶に理解した気がした。
そんなこんなで、チャイムが鳴って、全員着席。
担任が教室のドアを開けて入ってきた。
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