冨岡家に戻って呼び鈴を鳴らすと、飛び出てきたのは義勇ではなく長女の蔦子で、彼女は待ってましたとばかりに、
「錆兎君からも言ってやって」
と、もう状況は父親から聞いているものとして、錆兎を中に促した。
と深い深いため息と共に語られた義一の説明。
その言葉通り廊下と言わず居間と言わず開け放たれている窓、窓、窓。
錆兎を招き入れてからダッシュでそれを一つ一つ閉めて鍵をかけていく蔦子の横で、はしゃぎながらそれをまた開けていく義勇。
そんな姉妹を注意もせず、窓が全開の居間でゆっくりお茶を飲みながら刺繍をしていた葉子が
「あら、錆兎君、おかえりなさい」
と、にこりと微笑む。
はぁ…と、錆兎もため息をついた。
そして窓に手を伸ばす義勇をひょいっと横抱きに抱き上げると、そのまま居間のソファにおろし、
「そのまま動くなよ?」
と、ぴしっと言うと、それには素直にコクコク頷く義勇を残して廊下に戻ると、蔦子と一緒に片っ端から窓を閉めていく。
そうして今義勇と葉子がいる居間以外の窓を全部閉めると、
「ありがとう、錆兎君。本当に助かったわ」
と、蔦子がやっぱりため息をつきながら言った。
虫の声…が、原因らしい。
錆兎が帰宅後、居間で刺繍をしていた葉子が、
「何かこう…素敵なBGMが欲しいわね」
と言い出したので、蔦子が
「レコードでもかけましょうか…」
と、祖母のコレクションのLP版のクラシックのレコードをアンティークなレコードプレーヤーにかけようとすると、たまたまめくっていた雑誌に別荘で鈴虫の声を楽しんでいるような記事をみつけた次女の義勇が
「虫の音とか…うちでは聞こえないかな?」
と言い出した。
「それ、素敵ね。窓を開けてみましょう」
と言い出す母。
「は~いっ」
と、フットワーク軽く立ち上がって、片っ端から窓を開け始める義勇。
もう8月も下旬ということで、リリン、リリンと聞こえてくる虫の音に、母と次女ははしゃぎ始めるが、一階の窓を全て全開にする二人に、長女の蔦子はいくらなんでも物騒だと青ざめる。
普段でも物騒だが、普段は夜には帰宅する父親が、今日は仕事で戻るのは九州発の最終便の飛行機なので、それまでこの家には女しかいない。
そんな中で不審者にでも入られたら目も当てられない…と、理由を話して止めても、大丈夫よ、大げさな、と止めてくれない母と妹の説得を早々に諦めて、悪いとは思いつつ出先の父親に電話で助けを求めた。
が、父親も妻には普段はたいがい甘かったので、搭乗手続きまでそう長くはない時間で彼女をスパっと説得する自信がなかったらしい。
そこで彼は即決した。
「父さんが説得するには少し時間がないから…代わりに頼れるお婿さんを助っ人に送るから。もう少しだけ頑張ってみて」
ということで、長女との通話を終えてすぐ、彼は次女の恋人…もとい、冨岡家ではもう未来の婿、婚約者との認識の彼に電話依頼をしたというわけだ。
ここで未来の義理の息子、未来の旦那様から滾々とお説教。
しゅん!と揃って肩を落とす二人にもう一度ため息をつきながら、
「まあ…虫の音を楽しむだけなら居間の窓を開けておくだけで十分でしょう。
義一さんが戻るまでは俺がいれば不審者が来ても張り倒せるので」
と錆兎が言うと、
「ほんとにっ?!」
と、揃ってキラキラした笑顔を見せる母と次女。
それに
「錆兎君、本当にごめんね?
美味しいお茶入れるから」
と、1人申し訳なさそうに長女がお茶を煎れに行く。
一方で次女の義勇は
「窓を開け放てば錆兎が家に来てくれるなら、それもいいな」
と、ムフフと笑うので、それに
「…こら、本当にお前は…」
と、眉を寄せて言うものの、実は内心は嬉しく思っている錆兎だった。
とんでもない『錆兎召喚アイテム』が生まれてしまいましたね(@_@;)
返信削除義勇、錆兎が帰りそうになると家中の窓を開けて回りそう(´艸`*)
そのあたり、実は構ってちゃんな末っ子ですしね😆
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