清く正しいネット恋愛のすすめ_48_柔らかな心

「葉子さんも義勇も…これは本当に危険すぎる。
昨今は物騒だし、1階の窓を全開と言うのはさすがにダメです。
せっかく強化ガラスを入れても、それを開け放っていたら意味がない」

「そうよねぇ。お母さんも義勇も聞いたでしょう?ちゃんと閉めないとだめよ?」


夜の冨岡家。
何故こんな時間によその家にいるかと言えば、蔦子に頼まれたからである。
いや、正確には蔦子が泣きついた出張先の義一からの電話依頼があったから、と言うべきだろうか…。


それは日曜の夜の事だった。
錆兎の1週間で唯一のレジェロ休憩日。
それは夏休みでも変わらない。

唯一以前と変わったのは、父親の義一が不在の時が多いため、女所帯の冨岡家の男手として呼ばれることが多くなったことである。


その日も午前中から義勇に呼ばれて冨岡家で模様替えをしたいのだという、母、葉子の依頼でリビングの模様替えを手伝い、冨岡家で義勇が蔦子に教わって慣れないながらも一所懸命作ってくれたらしい昼食をご馳走になり、その後はリビングで女性陣に囲まれながら義勇の勉強を見たり、夕方には食材の買い物の荷物持ちに駆り出されたりして、夕食を食べて帰る…そんな初めて挨拶に来た日から当たり前になりつつある1日のはずだった。

そうして自宅へ帰るために冨岡家の最寄り駅のホームで電車を待っていた時、唐突にスマホが振動する。

ポケットから取り出して確認をすると、発信者は義勇父になっていた。

今日は義一は確か急な仕事で九州にいて、そのまま最終の飛行機で帰宅すると言っていたはずだ。
それがこんな時間になんだろう?と錆兎は首をひねる。

駅のアナウンスがもうすぐ電車が到着する旨を告げるが、これには乗れなさそうだ…と、錆兎は並んでいた列から外れてホームの中央に移動すると、スマホをタップした。


「もしもし…」
『ああ、錆兎君、今もう電車乗っちゃったかな?』
「いえ?まだ駅のホームですが…」

何故今錆兎が帰宅途中なのを知っている?…と言えば、もうこれは女性陣の誰かがなんらかの理由で電話をかけたのだろうが…と思った瞬間、錆兎は足早にホームから階段へ。
駅の改札を目指して歩き始める。

「今、改札に戻ってますが、何かありましたか?」
と言う錆兎の言葉に、電話の向こうで義一が苦笑した。

『本当に…さすが錆兎君。もう、すぐにでも婿に来て欲しいよ。
察しが良すぎて感動のあまり泣きそうだ』
と、その言葉に、やはり冨岡家に戻って欲しいと言うことで良いんだなと確信を持って、錆兎はさらに足を速める。

そして
「それで?何があったんですか?」
戻るのは確定にしても、一体何があったんだろう…と、そこは気になってきいてみると、返ってきた言葉は
「…窓を閉めるよう、説得して欲しいんだ」
で、思わず
「はぁ??」
と間の抜けた返事を返してしまった。


冨岡家の人間は2種類に分かれる。
母の葉子と義勇、そして父の義一と蔦子だ。

義勇は容姿はもちろん雰囲気も母の葉子によく似ている。
大切に育てられたお嬢さんと言うオーラがある。

初めて一緒に登校した日、それまで男子には意地悪されたことしかないと言っていたのだが、それがとても不思議だった。

だって、義勇はどこから見ても本当に愛されて育ったお嬢さんで、家では至れり尽くせりで危ない物も遠ざけてこられたのだろうから、傍にいるなら傷つけてはいけない、と、そう思うのが人情と言うものだろう。

小さくて真っ白で可愛らしい女の子。
初めて共学科まで迎えに行って目にした時には、あまりに可愛くてびっくりした。
びっくりして…次に、自分が武骨な大男だということをいつも以上に意識することにもなる。

追いかけてきた不死川がおそらくそこにとどめるために掴んだだけでも手首が赤くなっていたので、下手に自分が手を握ったりしようものなら、白く小さな手が折れてしまうんじゃないだろうか…
そう思うと怖くて、でも学校を出るまでは側から離れないようにしなければならない。
なので彼女の方から力加減を調節できる形で…と、思って腕を貸すことにした。


車が暴走などしてきたら、まず彼女ではなく自分が轢かれるように…と、道路側に位置取りをしながら、てちてちと錆兎とは大幅に違う歩幅で歩く彼女のスピードに合わせて歩く。
それだけのことが、とても楽しかった。

だが、彼女の方は、いくら彼女に危害が及んでいると焦っていたとはいえ、女の子の前で暴力を振るったのだから、本当は怖くて一緒にいるのは怖くて嫌だろう。

学校から少し離れた所で、彼女にそう言って謝って、離れても護衛はするから大丈夫だと言ったのだが、まるでライオンを前にした小さな子猫くらいには小さくか弱く見えた彼女は、全く物怖じした様子もなく大きなまんまるの青い目で錆兎を見上げると、ひどく邪気のない様子で

「何故??怖い不死川からかばってくれて…すごく強くて…
言っていることもとても理にかなってて冷静な感じで……え~っと……
……サビト、すごくカッコよくて、ナイト様だった…」
などと言う。

その手段を間違ったとしても、結果を見て好意的に見てくれる。
義勇は子猫のように無邪気で可愛いのに、幼稚舎の時の女子達のように自分を恐れて避けたりはしないのだ。

それは感動的な事だった。
まるで幼い頃に夢見ていた…しかし自分には絶対に縁のないとわかっていた、おとぎ話の中の女の子のような……

彼女は随分と綺麗な少女だったので、自分の唯一になってくれるとは思わないが、今だけ少しばかり女の子が横にいると言う状況を楽しませてもらってもいいだろうか…。


女の子にはどう接するべき、というのは、従姉妹の真菰から随分と叩き込まれていた。
まず色々な意味で体格差を忘れない事。
自分が出来ること、自分が平気だと思う事でも、自分よりも二回りは小さい相手がそれが平気なのかをよく考えて行動しろ。

女子と二人きりで長時間過ごすなんて、そんな機会は絶対に訪れないから心の底から安心して俺のことは放置してくれ…と、当時は申し訳ないがありがた迷惑だと思っていたのだが、今は当時の真菰に感謝している。

その後、彼女が了承してくれたので、毎日登下校の護衛をさせてもらうことになった。
勉学と武道に邁進するこれまでの学生生活も決して悪いものではなかったが、義勇の登場でそれが一気に華やいだものに変わった。

それから色々あって、なんと義勇と付き合うことにまでなったわけだが、ここで周りから色々不思議なことを言われることになる。

いわく、モテる錆兎と付き合っていることで義勇が妬みから嫌がらせを受けている、というのだ。

いやいや、それはおかしいだろう。
モテるのは義勇の方だ。
なにしろ自分達が付き合い始めたきっかけは、小等部の頃からずっと義勇に片思いしていた不死川が、いわゆる好きな子ほどいじめてしまう小学生男子の典型だったことで怯えた義勇を助けたい炭治郎から義勇の護衛を頼まれたことである。

おっとりとお育ちの良さが滲み出ている美少女…
不死川の他にそういう話は聞いてはいないが、なまじ強面の不死川が追いかけまわしていたせいで、生半可な一般人は近寄れなかったのだろう、と、錆兎は推測している。

その証拠に、夏休みになって義勇と人ごみに遊びに行くと、少し離れているとすぐナンパ男に声をかけられている。
もっとも…義勇の方はナンパとわかっていないようではあるが…。

錆兎が近づくと離れていく男を見送って、何を話していたのか義勇に聞くと、そこでにっこり
「ん?道を聞かれてた。でも錆兎を待ってるからって断ったんだけど…」
などと言うが、目の前には交番があるのにわざわざ一般人に道を聞こうなんて言うのは、ナンパじゃなければ警察に顔を見られたら困る犯罪者くらいだ、と、声を大にして言いたい。
でも、そんな無防備でちょっとボケたところが可愛い…と、思う自分は重症だ。

そんな状態なのだから、学校での嫌がらせもあるいは自分のことが嫌いでその彼女に嫌がらせをという可能性の方が高いと錆兎は思っている。

しかし理由がどうであれ、義勇が嫌がらせをされているというのは由々しき事態だ。
身近で護衛を頼んでおいた胡蝶にも不死川にも、出来るなら自分が共学科に移籍して護衛したほうが確実だとアドバイスされたので、錆兎も女子が苦手だとかそんなことを言っていることもできず、重い腰をあげて、夏休みに入ってすぐ、男子科から共学科に移籍する手続きを取ったので、夏休み明けの二学期からははれて共学科に通うことになる。

まあでも幸いなのは、周りの胡蝶や不死川の気遣いが鉄壁なのもあるが、義勇自身もかなりおっとりとしているので、自分が嫌がらせをされている、ということに、全く気付いていないことだろうか…。

もっとも不死川が報告してくれた方は、朝、遅めに登校する不死川が玄関に着いた時に義勇の靴が下駄箱の上に隠されていたというもので、それは誰も気づかないうちに不死川がこっそり戻しておいてくれたらしく、気づかないのも当たり前だが、胡蝶の方のは、答案返却日に義勇の筆箱から姉からもらって大切にしていたボールペンが抜き取られ、折られてゴミ箱に捨てられていたというもので、普通ならすわ苛め?!となるところだろうが、義勇は自分が落としてしまったと思っていたらしく、そこで胡蝶が、落ちていたのを誰かが間違って踏んで壊してしまったのだろうと言ったら信じたそうだ。

信じてしまうか~、それを…と、錆兎は義勇の危機感のなさに頭が痛くなる思いではあったが、自分も含めて彼女の周りの人間は皆、彼女に不安な思いや怖い思いをさせたくはないんだな…と、温かな気持ちにもなる。

出来れば彼女がそのままおっとり生きていけるようにしてやりたい…。

とりあえずボールペンについては破損してしまったことに関してはかなり落ち込んでいると聞いていたので、胡蝶から報告を受けた翌日、自分の文具を買いたいから付き合って欲しいと彼女を呼び出して、こっそり彼女の気に入った色の万年筆をプレゼントした。

飽くまで自分が彼女とお揃いの物を持ちたいから、ということで、しかし破損するのを恐れたり、破損された場合に落ち込まないようにと、これもこっそり色違いを全色買っておいて、実はコレクションしているから、もし破損したら言ってくれれば残っている中で好きな色のを渡すし、気分を変えて別の色を使えばいいくらいの気持ちで申し出てくれるようにと伝えておく。

彼女の優しい柔らかい気持ちに傷をつけないように、出来れば気づかないうちに危険を遠ざけて…と、まあ日々守っていこうと思っているわけなのだが、義勇は手ごわかった。


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