「義勇は長女ともだいぶ年の離れた末っ子でね…少し甘やかしてしまったから、一緒にいると色々と大変なこともあると思うけど…」
「…いえ、そんなことは…」
などと、当たり障りのない会話を交わしながら廊下を奥に行った私室へ。
時には人を招くこともあるので、仕事用のデスクとは別に、最低限の椅子と机がある。
「入ってくれ」
と、中に促して、そのままドアを閉めて振り返ったら、いきなりそこで土下座をされていて、義一はぎょっと立ちすくんだ。
「…義勇さんと共に居させて下さいっ!
全力で守りますし、絶対に全身全霊で大切にしますっ!」
え?え?ええええ????
いや…二人で話をしたいと言ったのを、何かとてつもない勘違いされているのだろうか…
「ちょ、待ったっ!錆兎君、おそらく違うっ!たぶん誤解だっ!!」
と、慌ててその前にひざまずいてそう言うと、顔をあげた彼に
「えっとね…逆かな、話をしたかったのは…。
君がね…義勇に押し切られて困ってるんじゃないかと思ったんだ。
それでも…僕はあの子の親だからね、娘を傷つけるような距離の取り方をしないでやって欲しいとお願いしたくて…
とにかく共に座ろうか」
と、苦笑して椅子を勧めた。
そこでおそるおそると言った風に立ち上がって、勧められるまま椅子に座る青年。
なにか居間に居た時の堂々と落ち着いた様子とはまた違って、どこか年相応な戸惑ったような表情をしている。
「あ~…なんというか…誤解を与えたみたいで申し訳なかったね。
僕が話したかったのはさっき言ったようなことで…。
君の真意を確認したかったんだ。
それでもし義勇じゃダメだとなったら、それをストレートに言われたらあの子が傷つくだろうしと思って。
過保護で申し訳ないが、あの子はずっと同級生の男の子に苛められていて、今まで男子が苦手だった子でね。
それが初めて男の子を好きになった、将来結婚したいんだ、だから会って欲しいと嬉しそうに言ってきた時、正直、世間知らずなあの子がからかわれているとか、免疫のないあの子の勘違いだったら…と、それをまず心配してたんだ。
君に会って悪意でからかうような子じゃないと思ったんだけどね、あまりに優秀な学生さんなので、逆に義勇が一人で舞い上がっているだけなら、どうしようかと心配になってね。
でも、そうじゃないと思っていいのかな?
君の方も義勇と将来にわたって付き合いたいと思ってくれているということで?」
「はい、もちろんです」
「あの子は小学校入学から10年近く男子が苦手でようやく好きになったのが君で…だからたぶん本気でずっと好きでいると思うし、結婚したい、結婚するんだと思い続けると思うんだ。
そのあたり…大丈夫かい?」
そう、義勇の恋心はそれだけ重く煮詰まったものだと思う。
だからこそ、無理ならなるべく早くこれ以上傷が深くならないうちに…と思ったのだが、彼の方が上手だったらしい。
「…俺は11年です…」
「…ん?」
「…幼稚舎の頃にちょっとした事故で右頬の傷が残ってからクラスのほとんどの女子に避けられるようになって、小等部から男子科に移籍して、それからずっと女子と距離を取って11年になります。
それから…義勇さんが初めてでした。俺を恐れず避けずに近寄ってくれるのは。
それで一緒にいるようになって…先日、彼女が俺を守るって言ってくれて…。
…嬉しかったんです。
俺は幼い頃に両親を事故で亡くして祖父に育てられたんですが、祖父は自身の寿命とかも考えて、俺を早く独り立ちできる人間になるように、と、育ててくれました。
助けの手は、理由と欲しい物を具体的に提示して、初めて得られるもので、何も要求する前に与えられる善意というものを経験する機会を持たずに育ってきたんです。
そんな中で、誰かに助けを求められて応じることは日常的にある反面、俺に何かをしてあげたいと言ってくれたのは、義勇さんが初めてくらいだったので…。
彼女が俺に何かしてやりたいと思うくらいには俺を大切に思ってくれたなら……俺は俺に出来ることなら何でもしてあげたい、と思いました」
うっわぁあ~~~と思った。
義勇もたいがい重い気持ちを抱え込んでいるが、彼も負けず劣らずだ。
普通ならどちらかが引いてしまいそうな重さだが、そんな二人が出会って互いに惹かれ合ったなら、もうこれは運命なんじゃないだろうか。
「…あ~…うん、わかった。
君の側もそう思ってくれるなら、少なくとも僕は、法律が許す範囲の年になったなら結婚はいつでも許すよ。
義勇はふわふわしてるようでいて、本当に自分が幸せになれる相手をピンポイントで見つけ出したみたいだね」
「ありがとうございますっ!」
そこで初めて青年が見せた笑顔は、義一の年齢からみると年相応に幼くて、そう言えば義勇と同年齢なのだから、息子がいたらこんな感じなのかな…と、ふと思った。
こうして冨岡家の末っ子の気持ちを応援する気満々の女性陣に、最後の砦の父親まで認めてしまえば、もう障害など何もない。
この日までは義勇が日々鱗滝家に通っていたが、この日を境に錆兎の方が冨岡家に通うことが増えていったのである。
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