約束は13時。
義勇は一緒に昼食でも…と、誘ったらしいが、初めてのお宅にお邪魔するのに、それはあまりよろしくはないだろうと、あちら側からの指定だ。
そう聞くと、少なくとも無邪気に盛り上がって、深く考えずに結婚出来たらいいね～となるようなタイプではないようなので、余計に考え込んでしまう。
次女に聞いても「カッコよくて強くて優しい人っ！」としか返ってこないので、もう直接本人を見て判断するしかないだろう。
そう思って、その日は少し早めに軽い昼食を摂ったあと、そわそわしながらリビングの掛け時計とにらめっこをして過ごした。
はじかれたように立ち上がる義一。
嬌声をあげながら玄関に向かう姉妹のあとを、インターホンで応対して子どもに続く妻と並んで、ややゆっくりと玄関に向かった。
「いらっしゃいっ！入って、錆兎っ！！」
いつもおっとりぽわわ～んとした次女が、珍しく目をキラキラさせてテンション高く言う先にいるのは、なんとも派手な宍色の髪の青年。
顔立ちは整ってはいるが、右頬に大きな傷痕がある。
字面だけ追うと軽々しい、あるいは、やや素行不良のような印象を受けるが、実際に目の前にした彼は、おそらくきちんとした運動でついたのだろうしっかりとした筋肉が服の上からでも見て取れる、背筋もまっすぐで姿勢の良い…どちらかと言うと、今時珍しいほどに真面目そうな雰囲気の青年で、この暑いのに何故か産屋敷学園高等部の制服をきっちりと着こなしていた。
そのうえで、
「初めまして、義勇さんとお付き合いをさせて頂いている、鱗滝錆兎と申します。
本日はお時間を取って頂いてありがとうございます」
と、きっちり90度、絵に描いたようなお辞儀をする。
ほぉぉ～と目を輝かせる長女。
「上がって、上がって」
と、彼の腕を取って引っ張る次女。
しかし彼は義一が
「今日はよく来てくれたね。
義勇に聞いて、会うのをとても楽しみにしていたんだ。
上がってくれ」
と言うまでは玄関から先に入ろうとはせず、そう言われて初めて
「失礼します」
と、また会釈をして靴を脱いだ。
しかもそれをきちんと自分で整えて、さらに
「宜しければ皆さんで召し上がって下さい」
と、手土産まで渡してくる。
それも…虎屋の包み。
なるほど。
多くの資産家の子息の通う産屋敷学園の生徒だ。
彼もまた、そういう生徒の一人で、しっかりと躾をされているのだろう。
もう彼の醸し出す空気がすでに、きちんとした家の、お育ちの良い若様という感じで、最初に心配したようなことはなさそうだが、こうなると逆に、うちの娘で大丈夫なんだろうか…と心配になって来てしまった。
その後、リビングに移動して話をすればするほど明らかになっていく驚きの事実。
男子女子共学の3科総合で小等部から首席で剣道の全国大会の優勝者。
小等部男子科で児童会長、中等部男子科で生徒会長を務め…なんと娘の成績が高等部で爆上がりをした背景には、彼が毎日、登下校時と夜に1時間オンラインで勉強を教えてくれていたという事実があるらしい。
それをいまさら誇らしげに語る娘。
そんな事実があるなら、先に言っておいてくれ…と、思う父。
「ご両親が心配されていると聞いておりましたので、一応、学校外の模試の結果がこちらで…」
と、まるでプレゼンテーションのようにまとめられた中等部からの全国模試の結果が、なんと1位から…低くても5位。
一番最近の高校の模試は2位で、それは学校から配信されている個人の成績のツールでの確認なので、確かなものだ。
別途スキャニングされた模試の会社が配布している適性の大学には当たり前に旧帝大が並んでいる。
「おそらく産屋敷学園大に進学するのに問題はないと思います。
受験をしない分、現在簿記1級は持っているので高校のうちに公認会計士の資格を取って、将来は経済学部に進級、卒業後2,3年ほど企業に勤めたあと、自宅で公認会計士事務所を開こうと思っているので、最低限、義勇さんに生活の苦労はさせないようにするつもりです」
と続く言葉に、待ってっ！ちょっと待ってね？！と言う気分になる。
え？これ蔦子の結婚のご挨拶じゃないの？
どう考えても高校生のお付き合いのご挨拶とかじゃないよね？
いや、確かに義勇から将来結婚したいとは言われてたけどね、でも高校生の将来ってもっとぼんやりしてるものじゃないの？
実際、これまでの成績やら経歴やらを見れば、それが高校生のたわごと絵空事ではなく、至極確実性を持った堅実なビジョンであることはわかるが、驚きすぎて理解が追いつかない。
「あ～…つまり…ずっと経済系を目指してきたんだね」
と一呼吸しようと思って、そう合いの手を入れると、
「いえ？特には…」
と返ってきて、今度こそ絶句した。
「英検、数検、漢検も中学の頃に1級まで取っていますし、変わった所では気象予報士や甲種危険物取扱者の資格も持っています。
祖父が剣道を教えていて、社会人になった教え子を長いと数か月単位で泊まらせたりすることがあり、色々な職種の人と接する機会があったので、その時々で教えを乞う機会に恵まれて学びました。
義勇さんと出会うまでは東大から弁護士、警察官僚あたりを考えていたんですが、どちらも状況によっては他人の恨みを買う可能性があるので、出来れば忙しくとも家族の顔が見られる環境で、家族の安全を第一に考えられる職に就きたいと思い、方向転換を考えました」
ちょっと違ってる…この子、ちょっとおかしいよ、本当に義勇と同じ高校生？
それとも全国1位になるような子って、高校生でもこんなものなの？
見ると聞くとは大違い…というのだろうか。
心配していた方向性とは大幅にずれた心配に、義一は内心頭を抱える。
不良ではない。
からかいで女子にちょっかいかけるタイプでもなさそうだ。
生徒会長をやるくらいだから、学校では教師にも生徒にも人望が厚い真面目な生徒なのだろう。
文武両道、それもかなりレベルの高い域で、将来性も申し分なさそうだ。
ならば、問題は……
一番の問題は……
本当にうちの娘で良いの？この天才君は？？
正直義勇は可愛い方だ、と、義一は思っている。
なにしろ周りが振り返ってしまうレベルで可憐だった若かりし頃の妻にそっくりだ。
こんな愛らしい義勇をいじめた同級生男子は頭がおかしいと、父としては本気で思っている。
普通の男子高校生なら確かに惚れるだろう。
いつか結婚したいなぁくらいの夢は見るだろう。
でもこのレベルの学生はただ可愛い愛らしいだけで彼女を選んだりしないんじゃないだろうか…
妻、葉子の娘なので、普段は大人しくともやる時はやるというか……過剰にやってしまうところがある。
その結果が自分達夫婦で、しかし自分達の場合は押し切られたとは言え自分の側も惹かれて一つの鞘に収まったところがあるが、彼はどうなのだろうか…
父親の義一ですら見たことのないあのテンションで…それまで全く免疫がなかっただけにあの幼児のような無邪気さで寄ってこられて、そこまでの気持ちはないが押し切られてしまったとかではないだろうか…
いや、正直自分は義勇の親なので、そのまま彼が押し切られてくれるなら、もう、──どうぞ、娘をよろしくお願いします──と頭を下げるくらいはやぶさかではないのだが、勢いで流された彼が正気に返ってしまったら？
義勇に一緒になるのは無理だと告げる日が来てしまったら？
そう思うと、恐ろしい。
「少し錆兎君と二人で話がしたいんだけど、ちょっと僕の部屋で話して良いかな？」
と義一が切り出すと、一瞬相手の表情が曇った。
だが、それは本当に他が気づかないくらいわずかなもので、すぐ
「はい、わかりました」
と、笑顔になる。
そんなあたりも高校生離れをした、大した自制心だと思った。
むしろ娘の方が
「お父さん、錆兎に変な事言ったら絶対に嫌だからねっ」
と、いつもの泣き虫義勇の表情で、父親の腕をぎゅっと握る。
「はいはい。変なことは言わないよ。
ちょっと男同士で話したいだけだよ」
と、それに笑顔で答えて義一は、行こう、と、娘の彼氏を自室へと促した。
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