──義勇ちゃんを送って行ったことにしといてあげるから、靴を勝手口の方の玄関に持って行っておきなね。
と、どこまでも細やかな真菰の言葉に感心しつつ、義勇は錆兎に連れられて正面玄関に一旦向かい、そこから靴を持って廊下をぐるりと回って裏口へ。
…と言っても、まるで旅館のように大きな正面玄関よりは小さいが、裏口も裏口で、普通の家の玄関よりは大きい気がした。
お弟子さんが泊まることもあると言うだけあって、家自体がとてつもなく広い。
そりゃあこれだけの友人知人を招いて、小さい子どもが喜ぶようなイベントが開けるわけだ。
しかし、普段は錆兎と祖父の2人しかいないというこの家。
大きいだけに寂しくはないんだろうか…と、ふと思って聞くと、
──ずっとそんな感じだからな…。まあでも家族連れとかを招いて仲良く帰って行くのを見送る時は少し寂しいか…
と、錆兎はやや視線を落として少し寂し気に笑う。
本当に驚くほど大きな家…
自分の生活スペースは自分で掃除をするが、1週間に1度は掃除専門の家政婦さんが掃除に来るそうだ。
冨岡家は裕福な方ではあるが大金持ちというわけでもないので、家も各々の部屋と客間の5LDKの一軒家で両親と姉妹4人で住んでいてもここまで大きくもなく、しかも家族仲がとても良いので、特に用事がない時はみんなリビングに集まっていたりする。
父さんがいて母さんがいて姉さんがいる。
それが当たり前で、例え外で意地悪をされて帰ってきたとしても、その中に居れば身も心も守られていたし、安心安全だった。
だからこの二人で住むには大きすぎる家で、祖父が仕事の時はずっと一人きりでいたのであろう錆兎はどんな気持ちでいたのだろうか…と思うと、なんだか胸がきゅうっと締め付けられるような思いがする。
──…家族が…たくさん欲しかったんだ…大家族が羨ましかった…
広い廊下を歩きながら、ぽつり、ぽつりとそんな話をする錆兎。
「この傷を負ったあの日も、買い物に行った店先で仲良く遊んでた炭治郎と禰豆子が羨ましくてな…
いいなぁって見惚れてたら地震があった。
助けることに全く迷いはなくて……
だって、そうだろう?
男子たるもの女子を守らねば…という以上に、禰豆子には禰豆子に何かあれば悲しむ家族が大勢いる…。
うちは両親が亡くなって、ようやく子育てを終えて連れ合いも見送って、なんなら終活くらい初めていた爺さんが、息子夫婦が亡くなっていき場のない孫をなんとか育ててくれている状態だったからな。
人としてとても立派に育てようとしてはくれていたし、それにとても感謝はしているが、あの場で俺が亡くなっていたとしても、悲しみはするかもしれんが、それよりは、男として立派に行動したと、褒めていたと思う。
己の一部を失ったような、身も世もない喪失感に泣いたりする親や兄弟は俺にはいなかったから…」
そんな心臓が止まってしまいそうな話を、本当に世間話のように──実際に彼にとっては世間話だったのだろう──淡々と口にしながら、先に立って階段を上る錆兎。
そうして階段を上がって、廊下にいくつも続くドアの一つのノブに手をかける。
「どうぞ。続き部屋だからあまり意味はないと思うが、念のためドアは開けておくな?
何か嫌なことがあったら遠慮なく言うなり、俺に言えないようなら真菰に電話してくれ」
そう言って振り返った錆兎は、目の前で大きな青い目からポロポロと涙を零す義勇に驚いて、目を見開いて固まった。
「ぎ、義勇、俺が何か気に障ることを言ったりしたりしたかっ?!」
と、慌てて身をかがめて聞いてくる錆兎の首の後ろに両手を回すようにぎゅっと引き寄せて抱きしめると、義勇はしゃくりをあげながら
「…私がっ…悲しむしっ…嫌がる…からっ…ね…っ」
と訴える。
「…私がっ……お父さんとっ、お母さんとっ、…たくさん…すごくたくさんの兄弟の分っ…いっぱい悲しむからっ……さびとはっ…危ない目にあっちゃダメっ……」
そう言う義勇の言葉で、錆兎はハッとさきほどの会話を思い出したらしい。
しっかりとしがみついてくる義勇の背にそっと手を回して…
「…そうか……ありがとう、義勇…」
と、静かに静かに…でも万感の思いを込めたように、そう言った。
「…さびしかった…っ…ねっ……だいじょ…ぶっ…私がいる…ずっといる…からっ……
誰か…いやなこと言ってきても……怖いって…避けても…私がいるっ…私が、さびとのことっ…守るからねっ……絶対っ…守るからっ……」
「…うん……ありがとうな……」
そう言う錆兎の目も潤んでいた。
だって、ずっと欲しかった…こんなに欲しかった言葉をかけてくれた相手は、今まで一人だっていやしなかった。
いつだって求められることはあっても、与えられることなんてなかったし、1人きりでもきちんと立って、そのうえで周りに手を差し伸べるのが当たり前だったのだ。
自分より本当に小さくて弱くて…でも錆兎にとっては誰より強くて頼もしい少女。
彼女が居てくれれば、なんでもできる気がする。
このあと真菰と祖父以外は誰も足を踏み入れたことのない自室に義勇を招いた。
天元を始めとする友人を家に招くことはあったが、なまじ家が広いので、たいていは一階の居間や広間で済んでしまうので、プライベートスペースの自室まで誰かを招き入れたことは、そう言えばなかったなと今更ながら思う。
互いに泣いてしまったから少し照れくさくて、でもどこか心の奥が温かい。
入ってすぐの間は左の壁にはデカい本箱。
右側には綺麗に整理整頓された様々な物が収納されたボックスが並んでいる金属棚。
中央には冬には炬燵にもなる小テーブルがあって、さきほど手伝いの女子達に配った髪留めの作成であるとか、美術の宿題である水彩画、その他、ネットと勉強以外のすべては、広いのでここでやってしまう。
最奥に大きな窓のある奥の寝室へのドアも灯り取りに開け放していて、そちらにあるのはベッドと勉強机と、こちらにあるものより若干小さい本棚。
それには教科書や参考書が詰まっていた。
とりあえず義勇には小テーブルの所に適当に座っていてくれと言いおいて、錆兎はミニキッチンにある小さな冷蔵庫を開けて、
「こっちには麦茶しかないけど、ゴメンな」
と、それを2つのグラスに注ぐ。
そして、
「…すごいね、部屋にバストイレ、ミニキッチンがついてるんだ…」
と珍し気にあたりを見回す義勇に、
「ああ、爺さんが若い頃は自分の子だけじゃなくて、学生を下宿させてたらしいから。
自分の子ども達が独り立ちした時点で、老後を夫婦でゆっくり過ごそうということでやめたらしいけど…。
その頃の名残で2階の部屋は全部そんな感じだ」
と言う。
「…ふ~ん……。じゃあ、いつか子どもが生まれてさ、子どもや孫がいっぱいでも一緒に住めるね。
うちは家族すごく仲良くてね、たぶん家がここまで大きかったら、みんなずっと一緒に住んでると思う。
いつかさ…この家いっぱいの子どもや孫が出来ると良いね」
と、明るい未来を何の迷いもなく語る義勇に、今はまだ寂しいままのこの場所が、少しだけほんわかと明るい空間になった気がする。
──…義勇と…結婚したい……
きちんと自制を出来ていたはずなのに、ポロリと零れ落ちてしまった言葉に、慌てる錆兎だったが、
──私もしたいよ?というか、将来は錆兎のお嫁さんになるって決めてるんだけど…
と、我ながら重くて引かれそうだと思う言葉を、ふわっと受け止めてくれる彼女にまた泣きたくなった。
そして
──…病める時も、健やかな時も……永遠の愛、誓ってくれる?
と、見上げてくるほわっとした愛らしい笑みに、人生初の失神をするかと思ったが、なんとか堪える。
──女の子はね、みんなお姫様なんだよ?その辺わかって接しなね?
と、あまり接する機会もないのに…と思いながらも、何度も言われて聞くことになった真菰の言葉に、今更ながら、心の底から同意した。
わかった…真菰。
確かにお前の言ったことは正しかった。
そう心の中でピースサインを浮かべる従姉妹に語り掛ける錆兎。
幼い頃から姉に英才教育をされた少女趣味。
そして小等部からは男子は苛めてくるからと見ないふりをし続けたので、それが新たな少女漫画やファンタジー小説で強まることはあっても、薄まることはなかった、純度の高い乙女心を、こちらも小等部からは女子には嫌がられるからと目を向けずに知識のない青少年は、本当にまともにダイレクトに受け取った。
「…一生、全身全霊、全力で大切にするから…ずっと傍に居てくれ…」
と言う言葉は、冗談でも嘘でもなんでもなく、この上なく真剣なものだ。
少女の方もそれに白けたり照れたりすることもなく、幸せの笑みを浮かべる。
こうして…伊黒と甘露寺に追いつき追い越す勢いで、バカップル度が上がっていくが、本人たちが幸せなので、まあ、いいとしよう。
錆兎、よかたね;つД`)
返信削除義勇、錆兎のことをお願いね(^_^)/~
錆は義を物理で守り、義は錆のメンタルを護る、互いに絶対に必要な相手なのです😊
削除