それは夏休みに入って少し経った頃だった。
レジェロでは毎日一緒だったが、学校が休みだと登下校がないから実際にあの素敵な顔を見ることが出来ない。
それが少し残念で、かなり物足りない。
そんな日々を送っていたある朝、いきなり錆兎から自宅への誘いの電話が来たのだ。
それで不死川が宿題をしている間、宇髄や真菰も面倒を見に来てくれるのだが、良ければ義勇も来てくれれば嬉しいとのこと。
正直義勇は自分が末っ子なので幼い子どもの扱いなどよくわからないが、錆兎と会う口実ができるのならすべてがどうでもいい。
会いたい。錆兎に会いたい。その一心で、その申し出を了承した。
最寄り駅までは電車で向かって、そこからは真菰が迎えに来てくれる。
リアルで真菰と会うのは実は初めてだったが、レジェロ内と同じ髪型に同じような赤い花のヘアピンをつけて立っていたのですぐわかった。
「義勇ちゃん、ハロハロっ」
と、人懐っこい笑みを浮かべて手を振ってくる真菰。
あちらもすぐわかったらしい。
駆け寄ってきた。
義勇も大きい方ではないが、真菰もかなり小さい。
ゲーム内でのちっちゃいがしっかり者の無敵な黒魔のマコモちゃんそのままの愛らしさ。
それでいてやっぱりどこかホッとするようなお姉ちゃんぽい雰囲気がある。
「わざわざ、ありがとうねぇ、義勇ちゃん」
とさっと差し掛けてくれる日傘は、以前錆兎の買い物に付き合った時に錆兎が差し掛けてくれたのと同じ物だ。
「その日傘…終業式の日に錆兎が差してくれたのと同じですよね。
真菰ちゃんに借りたって…」
「ああ、そうそう。あの日も暑かったでしょ。
義勇ちゃん肌白いし、焼いたら大惨事になる系かなと思って、持っていきなって言ったんだ。錆兎、そういうところ疎いから。
でも、あいつ本当に義勇ちゃんのこと、大切に大切に思ってるからね?
やる気がないわけじゃなくて無知なだけだから、何かやらかしたらあたしに言ってくれたら注意するから、仲良くしてやって?」
──義勇ちゃんがいなくなったらあいつ二度と彼女作れない気がするからさ、過保護でごめんね?
と、ひょいっと前方から義勇の顔を覗き込むようにニコリと微笑んで言う真菰の姿に、いつもいつも自分を心配してあれこれ気を回してくれる姉の蔦子の姿が重なった。
「うちの姉も…私がずっと男子が苦手だったから、今回色々気を回してくれてるから…
なんだか気を使ってくれるお姉さんは、すごく有難いし、ホッとします」
と、伝えると、真菰は
「そっか。義勇ちゃんの側も彼氏作りにくい状況があってお姉さんが心配してたんだね。
ね、もしよかったらだけど、あたしの連絡先ね、一応、義勇ちゃんのお姉ちゃんに伝えておいてくれる?何かうちのがやらかして妹ちゃんが困ってるようならここに連絡下さいって」
と、言ってくれた。
いじめられていた過去があるせいだろうか。
味方が多いということに安心する。
もちろん、錆兎だけでも十分すぎるほど守ってくれていると思ってはいるが。
そうして連れて行かれた錆兎の家は本当に日本男児といった雰囲気の錆兎にぴったりの、立派な日本家屋だった。
まるで時代劇のようにすごい門構え。
その頑丈な門の横に、小さな機械がついていて、真菰がそれを覆っているボックスを開けて指をかざすと門が開く。
そこだけは随分と近代的だ。
「この家はね、今は夏休みだけど普段は祖父が道場を開いてて、お子さんとかも結構預かるから、セキュリティには気を使ってるんだよ」
と、驚く義勇に真菰がそう説明してくれる。
義勇達が着いた時には錆兎はすでに来ていた宇髄と共に大きなビニールプールに水を張ったり、流しそうめん用の竹を組み立てたりと、忙しく働いていた。
普段は制服のシャツも第一ボタンまできっちりはめている錆兎だが、今日は力仕事が多いためか、ジーンズにTシャツと言うラフな格好をしている。
そんな風に私服の錆兎を見るのは初めてだが、とてもカッコいい。
制服よりも体の線がはっきり出るので、筋肉がしっかりついた惚れ惚れするような体格がはっきり分かるのだ。
そして何故かいる炭治郎。
他にも当たり前に綺麗な女性やら可愛い女の子やらがいて、ちょっとなんだか不安に泣きたいような気持になったが、
「あ~、あの背の高い子は私の友達のカナエちゃんね。
今日は私と約束してたんだけど、なんだかサネミンのとこだけじゃなくて、炭治郎の兄弟までくることになってチビちゃんいっぱいだから、一緒に手伝いに来たんだ。
ちなみに…もう一人の髪の長い子は禰豆子ちゃん。
炭治郎の妹で同じくお手伝い組ね」
と、すかさず真菰が説明を入れてくれる。
「錆兎ぉ~!義勇ちゃん来たよぉ~!!」
と、真菰がブンブン手を振れば、ホースで竹を洗っていた錆兎が、
「天元、これ頼むっ!」
と、ホースを宇髄に渡して駆け寄ってきた。
「よく来てくれたな、急にごめんな?義勇。
ちょっと不死川兄弟が来るまでにプールと流しそうめんの準備はしないとだから、悪いがしばらく真菰と涼しい部屋にいてくれ」
と、笑顔で歓迎はしてくれるものの、どこか忙しそうで、宇髄が遠くで呼んでいるのに、──今行く、ちょっと待ってくれ──と答えつつ慌ただしく戻って行く。
その後、真菰に大きな台所横の茶の間に案内されたが、こちらもこちらでなんだか忙しそうなので、真菰と一緒に食器の用意とかを手伝うことにした。
じきに不死川家の面々が到着して、上の妹二人も手伝いに参加。
女子4名で大勢の分の食器を用意する。
不死川家の妹達は小学校高学年だったが、なんだか大人びていてはっきり物を言う現代っ子という感じで、少しだけ苦手なタイプかも…とは思ったが、しっかり者だが人当たりが良くて口調がどこかふわふわと柔らかい皆のお姉さんな真菰が常にいてくれて、雰囲気を良くしてくれる。
こんな頼れるところは錆兎の従姉妹だなぁとしみじみ思った。
それからも、先に小さい子達に食べさせるため、錆兎と炭治郎が茹でたそうめんを筒に流したり麺つゆを足してやったりと忙しかったが、その後は義勇も初流しそうめんを経験したり、食器を片付けたあとは錆兎がなんだかお店で出てくるような綺麗な飾りのドリンクを作ってくれたり、手伝いをしてくれたから…と、手伝い組には土産を配ってくれたりと、楽しいイベントが続く。
特に土産はこれも市販の物のように綺麗な髪留めだったのだが、なんと錆兎の自作らしい。
皆がそれぞれ渡された小さな袋を開けて、それぞれ色とりどりの可愛らしい花のピン止めを挿す中、義勇も開けてみようとしたら、錆兎に、義勇のは元々渡そうと思っていて特別に手をかけたもので、他と差があるから、他がいない所で開けて欲しい…と言われた。
そうか…自分は特別なんだ…と、その言葉が嬉しくもあり、しかし、どうせならその特別というのを周りに知って欲しいな…と、少し残念でもある。
特にその後、錆兎が小さい子達の様子を見に離席したあと、不死川妹達が錆兎の事をカッコいいと言い始め、それに炭治郎の妹が真菰と自分達だけが錆兎の特別なのだからと言って争い始めるのに、義勇はなんだかモヤモヤした。
錆兎の一番の特別は自分なのだ、と、義勇は思っていたのだが、錆兎のトレードマークともいえる右頬の傷が、今目の前で自分が錆兎の特別なのだ、と、主張している禰豆子をかばって出来た物なのだと言う話をされて、自信が一気に揺らいでしまう。
自分こそが錆兎の彼女なんだ…そう主張したいが口にして否定されるのが怖かった。
そんな時、不死川家の一番下の妹が姉二人に怒鳴られて大泣きをした声を聞きつけて、錆兎が戻ってくる。
その手にはおそらくソーダを零して泣いたのだと思ったのだろう。
台拭きはもちろんのこと、継ぎ足してやるためのソーダのボトルと、さらに泣き止ませるために子どもが喜ぶであろうアイスクリーム。
男らしいのに面倒見が良くて優しい錆兎らしいその行動に、いつもなら、さすが錆兎!と誇らしくなるところなのだが、今は自分だけを気遣って欲しい気持ちが強すぎて、そんな自分以外の相手への気遣いに、なんだか義勇も泣いて駄々をこねたい気分になった。
しかしそんな義勇のもやもやも、言い争っていた4人が、
「ちょうど良いわっ!本人に聞こうよっ!
ねえ、錆兎さん、恋人にするなら誰が一番好み?!」
と、詰め寄ったことで、霧散した。
4人に期待の目で見上げられた錆兎は、当然それまでの会話など知らないので、よもや4人が自分を争っているとは思っても見なかったのだろう。
不思議そうな様子ではあるものの、当たり前に
「…??…義勇…」
と、即答した。
そう、本当に全く迷いのない即答である。
ああ、そうか。
さきほどの義勇だけ特別なものを用意しているということを他に知られないようにと言うのは、別に義勇は特別な何かを渡すような関係、つまり彼女であるということを知られないようにではなく、単に手伝いのお礼として渡すのに不平等がないようにという気遣いだったのか。
全く隠すつもりがない錆兎のその返答に、義勇は心の底から安堵した。
その後、2人が付き合い始めたきっかけが、それぞれの兄だという事を知った4人は、兄達に文句を言いに部屋を出て行き、不死川家の末の妹と、高2女子組と、錆兎と義勇が部屋に残される。
高2女子組は泣いている少女をあやしているので、実質ようやく錆兎と二人の時間が取れた。
「えっと…俺は何か言ってはいけないことを言ったのか?」
と、ここに至ってもまだ何が起きたのかわかっていない錆兎。
「…言ってない…。ちゃんと言ってくれて嬉しい……」
と言う義勇の言葉にますます不思議な顔をするので、どうやら全てを察していたらしいカナエが、他の女の子が錆兎を素敵だと言うので義勇がモヤモヤとしていたのだろうと説明をしてくれた。
それでもまだわかっていないらしいが、
「…よくわからんが…急に呼びつけておいてロクに構えずに、なんだか嫌な思いまでさせたのなら、本当にゴメンな、義勇」
と、謝罪してくる錆兎に、まあ、いいかという気分になって、学校がないから会えなくて寂しかったのだと伝えると、錆兎は誘っていいのかわからなくて誘えなかったと答えてくるので、毎日だって誘ってくれていいのだと、そこは力説しておいた。
だっていつだって錆兎には会いたい。
2人でそんな話をしていると、さきほどの大騒ぎを見て心配してくれたのだろう。
真菰が錆兎はモテるのだから、義勇が妬まれて嫌な思いをしないように、共学科に移籍して守ってやれと言ってくれた。
それに対して錆兎は夏休みの間に手続きをしておくと言ってくれる。
え?本当に?!
義勇のために移籍してくれるのか……
と、その言葉だけでもう天にも昇るような心地の義勇だったのだが、真菰のフォローはそれで終わらない。
「ね、もう大方片付けも終わったし、あとは私がやっておいてあげるから、せっかく義勇ちゃんと会えたんだし、あんたの部屋でも行って2人でゆっくりすれば?」
と勧めてくれた。
錆兎の部屋!!
と、本日最高のテンション上がりイベントに、義勇はワクワクした目で見上げるが、錆兎は何故か真菰をすごい目で睨んでいる。
え?え?いや?私に部屋を見せるの嫌なの??
と、泣きそうな顔になる義勇の前で、錆兎は立ち上がると真菰に
「真菰っ!嫁入り前の女子に男の部屋に二人きりでなんて、失礼な事言うなっ!!
そんなこと言われて義勇だって困ってるだろうっ!」
と、ぴしっと言う。
それに錆兎本人とクリームソーダに奮闘中のこと以外はぴき~んと固まった。
「…錆兎…困ってない。私、全然困ってないよ?
錆兎の部屋見て見たい…って言ったら嫌?嫌いになる?」
首を横に振りつつ、義勇がそう訂正すると、今度は錆兎が一瞬固まった。
そして、すぐ
「嫌いになるわけないだろう?」
と即答する錆兎に、
「うんうん、そうだよねぇ。
錆兎、何時代に生きてんの。
今時、別に部屋に入ったくらいで、よそのお嬢さんを傷物にってわけじゃないでしょうに」
と、真菰がテーブルに着いた両肘に顔を乗っけてにやにやと動揺する従兄弟を見上げる。
そして添える一言
「それでも清く正しくないってんなら、責任とってお嫁にもらっちゃえ~。
義勇ちゃんもそれで全然おっけ~だよね?」
と、ふられて義勇はうんうんと思いきり頷いた。
「私は錆兎のお嫁さんになりたい…けど、錆兎はいや?」
嫌という事は絶対にない…と、もう取り戻した自信から確信を持ってそう言うと、錆兎はとてもとても難しい顔で
「嫌なわけないだろう?でも日本の法律では…」
と言い始めるので、義勇は小指をたてて
「約束。将来の」
と錆兎に手を差し出す。
その意味を取りかねてきょとんとする錆兎の手を、立ち上がってこちら側に回ってきた真菰がつかんで錆兎の小指を義勇のそれに絡ませると
「よぉ~し!真菰ちゃんが証人として一緒に歌っちゃうぞぉ~!
いち、にぃ~の、さんっ!ゆ~びきりげんまん、嘘ついたらハリ千本飲~ますっ!指きったぁ~!」
と、それを揺らさせて義勇と一緒に楽し気に歌った。
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