──……っっこいい~~!!!!!
ピシャン!と錆兎が出て行って襖が閉じた瞬間、不死川家の寿美が、こぶしを握り締めた状態で思いっきり溜めて声を押さえてそう叫ぶ。
センスも良くて手先が器用で…こんなお店で売ってるようなアクセサリまで作れるって何?!
しかも実弥兄ちゃんに本貸してくれるって、もしかして頭もいい?」
と、リビングテーブルで真菰の方に乗り出して聞いてくる寿美に、
「当たり前です。
錆兄、中等部の頃は生徒会長で、今でもずっと主席で、全国模試だって10位から落ちたことないんですから」
と、何故か禰豆子が澄まし顔でずず~っとソーダを飲みながら答えた。
「え?マジっ?!!!全国模試で10位って…全国で10番目に賢い高校1年生?!
それすごくないっ?!!
彼女に立候補したいっ!!!」
そう言う寿美に、
「錆兄…昔から…今もだけど、もう初恋泥棒ってくらいにすっごくモテるけど、告白とか全部断ってますから。
あまり女性といるの好きじゃなくて、私と真菰ちゃんと花子くらいです、傍に居させてもらえるのは。
寄ってくる女の子の誘い、ぜ~~~~~んぶ断ってます」
と答える禰豆子の言葉には珍しくどこか険がある。
そして
「ああ、親戚のお姉ちゃんと妹枠ね。
恋人には絶対にならないから、気楽に付き合える系の…」
と、それに対する寿美の言葉にも思いきり棘が見え隠れ。
飛び散る火花。
女の戦い夏の陣…と言った雰囲気だ。
(…錆兎君…本当に人気者なのね……)
と、コソコソっと真菰に耳打ちするカナエに、真菰は
(…勉強と剣道が出来るだけの、ただの脳筋なんだけどね…)
と、返す。
そんな中で話に口をはさみたい気もするが、挟めずにオロオロする義勇。
「私、2歳の頃に錆兄が身を呈して自分が怪我負ってまで私をかばってくれた日から、ずっと錆兄のこと見てきましたからっ!
錆兄はずっとうちのお得意さんだし、錆兄の好きなパンだって知ってますしっ!
男は胃袋から落とすものだって、母さんも言ってますっ!」
ぴしっと寿美を指さして宣言する禰豆子。
それに対して寿美は
「それだけ長い間かけても彼女に昇格できなかったってことだよね?
一生かけても無理なんじゃない?」
と、ふふん、と、鼻で笑う。
うあぁ~~と困った笑みを浮かべる真菰と、あらあらあら…と、おっとりと微笑むカナエ。
そんな姉達の舌戦に、
「…禰豆子ねえがダメなら私だから…錆兄のお嫁さん…」
と、そこで口をはさむ花子。
「それならうちだって寿美姉が気に入られないなら私がいるし?」
と、何故か貞子も参戦。
「わ、私はねっ、実弥兄ちゃんのお嫁さんになってあげるんだよっ」
と、その中で一人ことがそう言うのを、高2女子組が癒しだね…と微笑み頷きあう。
しかし、それを寿美と貞子の姉二人に
「ことは黙ってなっ!!」
と怒鳴られて、ぴえぇぇ~と泣き出した。
あらら~と苦笑する高2組。
「いい子だね~、こっちにおいで、ことちゃん」
と手招きをする真菰と、
「大丈夫よ、泣かないで良いのよ?そうだ、オレンジ食べる?」
と、ことに寄り添って自分のグラスの飾りのオレンジを差し出してやるカナエ。
そうしている間にも言い争っている他4人と、どちらに加われば良いのかわからずオロオロする義勇。
そこへ
「真菰、どうした?誰かグラスひっくり返しでもしたか?」
と、台拭きとソーダの瓶、それに大きなアイスの箱とアイスクリームディッシャーを乗せたトレイを手に錆兎が戻ってきた。
「ひっくり返したのは乙女の恋心よ、この初恋泥棒」
と、やや責めるような目で引きつった笑みを浮かべる真菰に、
「へ?」
と、ポカンと首をかしげる錆兎。
そこで、言い争っていた4人が、
「ちょうど良いわっ!本人に聞こうよっ!
ねえ、錆兎さん、恋人にするなら誰が一番好み?!」
と、詰め寄った。
「…??…義勇…」
「ええええーーー!!!!!」
何故そんなことを聞かれるのかわからない、そう思っているのが丸わかりの表情で答える錆兎に驚く4人。
「なんでそこで義勇さんが出てくるのっ?!!」
と叫ぶように言う禰豆子に、錆兎はこれまたわけがわからず目をぱちくりさせる。
「何故って…交際中の彼女…だから?」
「…えっ……」
固まる禰豆子と花子に、騒ぐ寿美と貞子。
そして、あ~あ…と真菰は苦笑した。
「…え…?…だって…義勇さんて…お兄ちゃんの知り合いで小等部から共学科って……うそ…なんで錆兄と知り合いなの?」
目に見えて動揺している禰豆子にわけがわからず困りながら頭を掻く錆兎。
「いや…その、な、実は炭治郎から紹介されて…」
「え?ええっ?!!!なんでっ!!!!」
「え~っとな…ちょっと実弥と義勇が揉めてた時期があって、炭治郎に義勇が実弥を怖がってるから間に入って守ってやって欲しい…みたいなことを言われたのがきっかけで…」
「「「「信じられないっ!!
お兄ちゃんの…ばああかあああああぁぁーーーー!!!!」」」」
4人の乙女の絶叫が鱗滝家にこだまする。
乙女4人の勢いに、錆兎は思わず後ずさった。
「ちょっとあのバカ兄貴殴ってくるっ!!!」
と、不死川家の2人が立ち上がり、
「あたしもっ!一発ひっぱたきたい!!」
と、普段はしっかり者で良い子の禰豆子までエグエグと泣きながら花子と共に部屋を駆け出していくのを呆然と見送る錆兎。
その錆兎の服の裾をツンツンと引っ張る義勇を見下ろして
「えっと…俺は何か言ってはいけないことを言ったのか?」
と聞くと、
「…言ってない…。ちゃんと言ってくれて嬉しい……」
とほわほわと笑みを浮かべながら言う義勇に錆兎はますます混乱を極めた。
「あのね、みんなで錆兎君がカッコいいねって話してたの。
で、あまりにみんながはしゃぐから、義勇ちゃんは自分の彼氏だって言えないでモヤモヤしてたんだと思うわ」
と、カナエがニコニコと何事もないような笑顔でそう言うと、真菰は
「まあいいわ。
それ、泣いてる子のグラスに足してやろうと思って持ってきたんでしょ?貸してっ。
…ほら、ことちゃん、アイス乗っけてあげようね~。クリームソーダのできあがりだよ」
と、ひっくひっくしゃくりをあげることのグラスにまあるくすくったアイスを乗っけてやる。
「…よくわからんが…急に呼びつけておいてロクに構えずに、なんだか嫌な思いまでさせたのなら、本当にゴメンな、義勇」
と彼女の隣に腰を下ろして、その顔を覗き込んで謝罪をする錆兎に、義勇は
「ううん。錆兎に一番好きだって言われてすごく嬉しかったし…錆兎の交友関係が集まる時に誘ってもらえるのも嬉しい。
…夏休みは登下校ないし……その…会いたかったから…」
と、赤くなって俯いた。
──…どうしよう、真菰…義勇が可愛い…
と、心底困ったような顔で自分にそう訴えてくる錆兎に、真菰は、──はいはい、爆発爆発!──と、やれやれと言うように首を横に振る。
「その…夏休みまで誘っていいものかわからなくて、声をかけられずにいたんだが…。
…誘っても迷惑じゃないか?」
「うんっ!錆兎が時間がある日なら、毎日でも平気!」
他の事では脳筋の名を欲しいままにグイグイと行く従兄弟がおそるおそる聞くのに対して、普段はとても内気で大人しい印象の彼女がはっきりきっぱり食い気味に答えるのが面白い。
さすが彼女いない歴=年齢だった人間に初めて出来た彼女様だ…と真菰は感心した。
ああ、もう嬉しそうな顔しちゃって!
可愛くて可愛くて仕方ないって感じだねぇ…
などと、姉貴分としては思いつつ、真菰は少しばかり自覚が足りなくて危機感がない弟分に忠告しておいてやることにした。
「あのさ、錆兎」
「ん?なんだ、真菰」
「あんたさ、自覚なさすぎてそのあたりの危機感がまるっと抜けてるから忠告しとくけどさ、少なくとも今のあんたのことを好きになる子ってのは、多かれ少なかれいるからね?
あんたの言う通り、それがスペックだけ見て誤解してるにしてもそうでないにしてもね。
そうするとさ、あんたがいない所で義勇ちゃんが妬まれることもあるんだから、男なら覚悟決めて共学科に移籍してきっちり守ってやんなよ?」
「…ああ、それな……」
錆兎は小さく息を吐き出した。
そのことは実はさきほど課題図書を数冊持って不死川が一人で宿題のためにこもっている部屋に行った時にも言われた事だ。
不死川が見つけて戻しておいてくれたとのことだが、一学期に義勇が靴を隠されたらしい。
胡蝶しのぶからも、嫌がらせでペンを折られて捨てられたという報告を受けている。
どちらも優しい友人たちが義勇が怖がらないようにと嫌がらせであることは伝えないようにしてくれているが、そんなことが続けばおっとりしている義勇でもいずれ気づくだろう。
それに、それより何より今は物の破損で済んでいるが、義勇自身に危害を加えられる可能性だってないとは言えない。
これはもう、女子がいる環境が気まずいなんて自己都合よりも、大事な義勇の安全を優先するしかないだろう。
「ん…そうだな。
休みの間に移籍の手続きを取っておく」
と、錆兎がそれに頷くと、
「ずっと錆兎と一緒に居られるようになるの?」
と義勇があまりに嬉しそうに言うものだから、
「ああ。俺も義勇と学校内でも一緒に居たいしな」
と言うしかない。
だって本当の事だ。
小等部からずっと一緒にいてくれた男子科の友人達と分かれるのは辛いと言えば辛いが、生涯唯一の相手に限ってだけは、男の友情よりも恋人との愛情なのだ。
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