清く正しいネット恋愛のすすめ_34_錆兎と実弥の夏休み

「いいかァ?ぜってえに良い子にしてろよォ?
今日だけはマジ、やらかしたら、ほんっきで兄ちゃん怒るからなァ?!」

夏休み…不死川実弥は弟妹の手を引いて、半ば途方に暮れつつ、彼らに何度も言い聞かせていた。

本当は今日は不死川一人が行く約束をしていた。
しかもメインの用事は不死川の側にあった。
いわゆる夏休みの宿題…というやつである。


そもそもが大家族の不死川家では、長子の不死川が完全に兄弟から解放されるのは難しい。
なにしろ下は3歳だ。
夏休みと言っても親は仕事なわけだから、次に大人な不死川に構って欲しくて、幼い弟妹はこぞって不死川にまとわりつく。

だが、休みにやらなければならないのは家事だけではない。
学生の身としては一番は勉強だ。

山ほどでる夏休みの宿題をこなすだけでも大変だと言うのに、それにプラスして新学期のために苦手な科目は少しでも遅れを取り戻して、普通に出来る科目も少しでも点が取れるように予習しておかねばならない。

それでも集中は途切れるとしても普通の筆記的な物は良い。
だが…それが、美術の宿題ということになると、恐ろしいことになる。

一応チャレンジはしてみたわけなのだが、末っ子の就也に絵具をぐちゃぐちゃにされて、さすがの不死川もキレた。


朝から大家族みんなの洗濯をして掃除をして勉強。

そして昼食を作って特に末っ子はまだ3歳だから食べさせてやらねばならないし、食い散らかした諸々を片付けて、他の弟妹の分も洗い物をして…

ようやく手が空いた隙に絵の宿題をやってしまおうとしたら、構って欲しいいたずらっ子の末っ子のおかげで大惨事になった。

結局絵の方はまったく進むことなく、パレットに手を突っ込んだ就也が面白がってあちこちに手形をつけていったのを捕まえて、その手とパレットを洗ったあと、就也が汚したところを水拭きして終わる。



自分は4歳までは玄弥と二人きりで思いきり母親に構ってもらえたし、下の弟妹達は寂しい思いをさせているからせめて不自由な思いはさせたくない。

親が家事を普通にやってくれる友人達と同じように過ごさせてやりたい…そんな思いで頑張って来たのだが、疲れすぎて、一体俺は何をやってるんだろう…と泣けてきた。

がっくりと肩を落として放心する不死川を見て、弟の玄弥が心配して、

「明日は兄ちゃん休めよ。掃除洗濯は俺が頑張るからさ。
食事だってたまにはカップ麺の日があったっていいじゃん」
と言ってくれて、また泣けた。


もう本当に疲れ切っていたのだろう。

それでもなんだか優しい男に育った玄弥の気持ちが嬉しくて、夜、レジェロ勉強会のために少しばかり早く着きすぎたサビトのリビングで他を待ちながら、そんな一日の出来事を話したら、

『サネミ、下の兄弟に邪魔されるようなら、うちで美術の宿題やるか?
ついでに現国の課題図書も何冊か持ってるから好きなの貸してやるし、宿題もわからないところとかあるなら、教えてやるぞ?』
と、錆兎が言ってくれる。

その申し出に一応は
『いや、せっかくの夏休みに、それはさすがに悪いわ…』
と、遠慮するが、

『昼間は基本的には俺一人だから、気にしなくていいぞ。
暑い中来るのは大変かもしれないが、せっかく勉強を頑張っているのに宿題が終わらず成績に影響するのも困るだろう?』
と言ってくれる言葉についつい心が傾いてしまった。

『助かる。本当に助かるわ。
いつか何か埋め合わせはさせてもらうから…』

『じゃあ、義勇が何か困っていたら助けてやってくれ』

そこでそう続く錆兎の言葉に、ふと先日の下駄箱で靴を隠された事や、胡蝶から聞いたペンを壊された事を思い出す。

『あのな…お前…やっぱ共学科に来いよ…』
と、自然に言葉がこぼれ出た。

『ん?どうした?急に』
『いや…行った時に話すわ』

正直、義勇との距離を詰めるには錆兎が居ないほうがいい。

だが、自分が嫌がらせ相手を殴ったり脅したりしても全く意味がないと胡蝶にきっぱり言われた時点で、義勇を嫌がらせから完全に救えるのは錆兎だけだと思う。

もちろん、錆兎に言われるまでもなく、義勇が困っていたら助けてやりたいのは山々なところではあるのだが……


ともあれ、ちょうど玄弥が休むように申し出てくれたところだったので、宿題の方は明日にしようということになって、その日は他が来たこともあり、普通に勉強会。

翌日は朝から来ても良いということだったので、せめて朝早くに洗濯ものを干すところまでは済ませて行こうと思っていたのだが………

──ず~る~いぃぃぃ~~!!!実弥兄ちゃんだけずるい~!!!!

早朝に洗濯を終えて朝食の後片付けまではして、その後、出かける支度をしていると、三女のことが号泣した。



上の妹の寿美はもう小6になっていたので、友人同士で区民プールに行ったり、街に遊びに行ったり…なんなら自分の友人の家にお邪魔したりと、それなりに友人周りで出かけて楽しんでいる。

その下の小5の貞子も寿美の仲良しグループに自分の親友の姉がいるということもあり、その親友も含めてプールは連れていってもらえるし、自宅でははかどらない夏休みの宿題をやりに図書館に行ったり、友達の家で一緒にやったりと、こちらもそれなりに夏休みらしく過ごしていた。

玄弥は部活があるし、小4の弘もなんのかんので友人とサッカーをやりに校庭開放のたびに学校に足しげく通うし、3歳の就也は状況がよくわからない。

そんな中で、友人だけで遊びに行くにはまだ幼くて、弘のように学校でスポーツをしたいわけでもなく、しかし親は忙しくてどこにも連れて行ってもらえない小1のことは、それでなくてもつまらないのに、長兄まで友人の所に行くと言われておおいにごねた。


「あのな、実弥兄ちゃんは遊びに行くわけじゃなくて、宿題しにいくんだよ。
家だと就也が邪魔して終わらないだろ?
ことは今日は俺と一緒に家で留守番してような?」
と、玄弥がなだめようとしてくれるが、ことは嫌だ、嫌だと首を横に振りながら、盛大にごねる。

「あたし、どこも行ってないっ!
みんな、遊園地行ったり、動物園行ったり、水族館行ったり…おばあちゃんち行くって言ってた子もいたっ!
あたしだけ、どこも行ってないーーー!!!」

ダンダン!と床を踏み鳴らしながら、大声で泣くこと。

「こと、うるさ~い!」
と、耳を塞ぐ寿美と貞子。

「俺は明日の校庭開放日、兼也とサッカーの約束してるけど、お前も一緒に学校来る?」
と、弘は気を使ってくれるが、

「いやあああ~~!!!夏休みに学校なんて行きたくない~~!!!」
とことは泣きながら絶叫。
その勢いに驚いた就也まで泣き出して、不死川家は阿鼻叫喚となった。


さすがに玄弥にこれを一人でなんとかしてくれ、とは、兄としては言えない。
そして…不死川は諦めてスマホを手に取った。

『あ~、錆兎…悪い。せっかく誘ってくれたのに、今日は無理だわ』
と電話をかけている間も、

──あ”だじだっで、どごがい”ぎだい”~~~!!!
と言うことの絶叫と、火のついたように泣く就也の泣き声はとどまるところを知らない。


俺の方が泣きてえよ…と、ため息をつく不死川に、
『兄弟か?なんかすごい泣き声が聞こえるが、大丈夫か?どこか怪我でもしたのか?
俺に気を使わないで良いから、行ってやれ』
と、驚いたように言う錆兎。

『怪我じゃねえから気にすんな。
自分がどこも行ってねえのに俺だけでかけんのがずりいって泣いてるだけだから…』

普段は弟妹ファーストな不死川ではあるが、今回ばかりは少し苛立っていた。

自分だってどこも遊びになんて行ってない。
夏休みだって言うのに、家事をして弟妹の面倒をみて…宿題もやらなければいけなくて…それを邪魔されるから別の場所でやることさえ許されないのか…と思えば腹も立ってくる。

そして一瞬の間。その後錆兎が聞いてきた。

『なあ、実弥。親御さんは?』
『あぁ?仕事だよ、仕事。おかげで夏休みは家事と兄弟の世話で休む間もありゃしねえ』

錆兎に愚痴っても仕方ないのだが、愚痴りたくもなる。

『なら、不死川家として問題がないならだが…暇な兄弟もうちに連れてこないか?』
『はああ???』

『どこも行っていないという、どこも、という場所はおそらく遊戯施設なんだろうし、古く広いだけの家で申し訳ないが、なんなら天元も召喚して準備手伝わせて、昼に流しそうめんくらいならさせてやれるぞ?』

『はぁああ??流しそうめんって…おま、そんな道具あんのかぁ??』

『うちは祖父が趣味で道場やってるから、夏の練習の時はみんなで流しそうめんが恒例行事なんだ。
ついでに俺は親が亡くなってて住んでるのが祖父の家だから、従姉妹の真菰が小さい頃に使ってた女児用のおもちゃとかもあるし、お前が宿題やってる間に天元と二人で見ててもいいぞ?』


──実弥兄ちゃん、流しそうめんって??

と、ついつい大声で聞き返してしまった言葉を耳にして、ことが泣き止んで不死川のシャツの裾をクンクンと引っ張りながら、キラキラとした期待の目で見上げてくる。

あ…これもうだめなヤツだ…と、友人にそこまでさせるのは悪いと思いつつも、半分くらいは自分が育てた妹の性格を知り尽くしている兄は諦めた。


『ほんっとうに悪い!!でも今回は甘えさせてもらうわ。
手のかかる下2人だけは連れていかせてもらう』
と、答える兄の言葉で、それが決定事項だと悟ったのだろう。

「なっがしそうめん!なっがしそうめん!!絵日記に描くんだぁぁ~~!!」
と、さっき泣いたカラスがなんとやら、ことが笑顔でくるくる踊り始めた。

それに今度はそれまで良い子にしていた弘が
「ことと就也だけずりいっ!!!俺だって流しそうめんやりたいっ!!!」
と、暴れだす。

上二人の妹達はそんな下の弟妹達と不死川を交互に見比べながら黙って俯いていたが、玄弥が
「お前達は…兄ちゃんと留守番で大丈夫だな?」
と、声をかけると、下の妹、貞子は無言でポロポロ泣き出した。

「あ~、貞子、お前はもう小5だろうよ。こんなことくれえで泣いてんじゃねえよ」
と、その貞子に声をかける不死川の声を電話の向こうでしっかり拾っていた錆兎がそこで

『ああ、大きい妹もいるんだな。
なら、せっかくの夏休みにご苦労なことだとは思うが、一緒に来て椀の準備をしたり飲み物を注いだりを手伝ってもらえるか?』
と、声をかける。

『ああ、小6と小5だからそのくらい余裕だし、なんならそうめんをゆがいたりする程度なら普通にするけど…』
と言う言葉に、おずおずと兄に視線を向けてくる二人。

それに
「大きい妹なら、食器運んだり飲み物をいれるくらいの手伝いに来てもらえるか?だと」
と、不死川が言うと、

「やるっ!私、そうめんゆがいたりくらいはできるよっ!弟達の面倒もちゃんとみるからっ!!」
と、上二人の妹も目を輝かせて言った。

「こうなると、玄弥、お前も手伝い組強制参加な。洗濯物は家に干して、掃除は一日くれえしなくても死にやしねえ」
と、不死川が声をかけ、玄弥が笑って頷いたことで、不死川兄弟姉妹全員参加と相成ったのである。



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