こうして悲喜こもごもの順位発表が終わり、その日はそれで下校。
義勇は担任からの夏休みの連絡事項をノートにメモしてシャーペンをしまう時にふと筆箱の中に視線を落とした。
中等部に入学する際に、姉の蔦子が買ってくれた大切なものだったのだが、どうしてだか答案返却日に学校内で落としてしまったらしく、探していたら折れた状態でゴミ箱に捨てられていた。
それでも捨ててしまうのは忍びなくてゴミ箱から拾い上げて呆然としていたら、気づいた胡蝶が
『あらあら、それ、探していたペンですか?
筆箱から落ちた拍子に誰かが誤って踏んでしまったのかもしれませんね』
と、表面は接着剤でくっつけてくれたが、折れた拍子に中のインク芯まで破損してしまった上にバネもどこかに行ってしまったようで、再度使うことはできなくなってしまった。
それでも姉がくれて、友人が一所懸命直そうとしてくれたものだから…と、筆箱の中にそっと忍ばせている。
見るたび少し泣きそうになるのは、破損してしまったのが悲しいからなのか、友人の優しい気持ちが嬉しいからなのか、義勇にもよくわからない。
今もなんだか胸がきゅっと締め付けられるような気持ちが顔にでそうになるのを無理矢理押し込めて筆箱を閉じると、それをカバンにしまって帰り支度をした。
そうだ、今日はそんな風にしんみりしている場合ではない。
帰りに錆兎に買い物につきあってくれと言われているのだ。
2日前、半泣きで帰ってきた妹が、その翌日に彼氏に買い物にと誘われた電話で浮上したのにホッとした姉が、妹が少しでも元気になりますようにと気遣って買ってきてくれた可愛らしい髪留め。
もちろん終業式の朝に姉自ら髪を整えてそれをつけてくれたので、今日の義勇は自分でも我ながら可愛いと思っている。
朝、登校時に錆兎も褒めてくれたし、本当に落ち込んでいる場合ではないのだ。
「さて、帰りましょうか…」
と、終礼が終わって胡蝶が同じ教室内の義勇の席まで迎えに来てくれるのは、このところいつものことだ。
かといってそのまま一緒に帰るわけではなく、同行するのは下駄箱まで。
そこで錆兎が待っていればそのまま分かれて、まだ来ていなければ一緒に待っている。
義勇はそこまでしなくて良いと言ったのだが、胡蝶曰く
「錆兎さんとの約束ですからお気になさらず。
私は自分が約束を安易に破る人間になりたくないし、錆兎さんのノートや資料は欲しいんですけど、誰に対してでも借りは作りたくないので、冨岡さんのことはちょうど渡りに船なんですよ」
という事らしい。
それでも義勇のペンを直そうとしてくれたことなどはその約束の範囲外の善意なのだろうから、胡蝶はやっぱり優しい…と、義勇は思う。
ともあれ、今日は義勇達が下駄箱に行くと、もう錆兎が待っていたのでバトンタッチだ。
「1位…やっぱり錆兎さんです?」
と、顔を見るなりそう言う胡蝶に、
「ああ。じゃあ、胡蝶は2位か?」
と笑うサビト。
「一気に2位あがって、念願のベスト3位以内ですっ。
卒業までに1度くらいは1位になりたいですね」
と、教室内では笑顔で淡々としている胡蝶が錆兎の前ではピースサインをしながら勝ち気そうな一面をのぞかせるのは、胡蝶曰く幼稚舎時代の幼馴染…だからなのだろうか。
「ま、胡蝶とはおそらく卒業まではワンツーだなっ」
「ですねっ!」
と、互いにハイタッチをして分かれる2人。
「じゃ、行こうか」
と、その間に靴を履いて上履きをカバンにしまい終わった義勇に、錆兎はいつものように腕を差し出してくれた。
「…暑くないか?大丈夫か?」
玄関を出るなり何故か開かれる日傘。
何故そんなものを持っている?と、さすがに聞いてみると、
「真菰……従姉妹が…暑い中つきあってもらうなら持って行けと貸してくれた」
と、返ってくる。
「真菰って…レジェロの黒魔のマコモちゃん?」
「ああ。個人情報になるが、義勇なら良いか、向こうも知ってるし。
マコモはリアルで俺の従姉妹で、女子科の2年、生徒会長だ」
「あ~、そう言えば女子科の生徒会長が従姉妹だって言ってたね。
マコモちゃんだったんだ」
「ああ」
そんな会話をしながらも、相変わらず義勇の歩調に合わせてゆっくりと歩いてくれる錆兎。
今日は日傘まで差してくれている。
「今日は何を買いに行くの?」
と、いつもとは違い、大きな街の駅で降りると、錆兎は
「夏休み前に文具の買い足し。
万年筆のインクカートリッジがそろそろ切れるし。
あれは大きな文具店じゃないとないから」
と、義勇が人ごみでぶつからないように巧みに誘導しながら、某有名文具店のビルへ。
「錆兎は…万年筆なんて使ってるんだ?なんかすごいね…」
と、少し驚いて言うと、錆兎は当たり前に売り場で色々選びながら
「慣れると便利だぞ?
1500円くらいの安いやつを小等部の頃から愛用してるけど、いまだに問題なく使えているしな。
趣味でも何本か持ってるけど…あ、このシリーズ。
色違いで数本持ってる」
と言いつつ、7色ほど並んだうち、
「義勇は…どの色が綺麗だと思う?」
と聞いてくるので、義勇も色とりどりの万年筆に目を走らせた。
鮮やかな赤、明るい緑、金や銀は落ち着いた色合いで、青は涼やか、白は爽やかな感じがする。
どれも綺麗な色だが、その中でも目を引いたのは、宍色の一本。
普通ならポップな感じの愛らしいピンクなのだろうが、それは少し落ち着いた黄みがかったピンク色。
錆兎の髪を思わせる色だ。
「…この色か…?」
と、義勇の視線がそこで止まっていることで察してそれを手に取る錆兎に、義勇はコックリと頷いて
「うん。…錆兎の髪の色みたいだから……」
と、言うと、錆兎の頬が赤く染まる。
「…そうか…うん…じゃあ……」
と、錆兎はそれと共にブルーの1本を手に取った。
その後、その他にもルーズリーフやらシャーペンの替え芯やら色々買って、30分ほどで店を出ると、昼を食べて行こうということで、どこが良いかと聞かれて、某サンドイッチのチェーン店へ。
学校帰りにどこか寄るどころか、家族以外と食事をしに行ったことがないので、義勇が知る唯一の軽食と言うのが、蔦子姉さんと一緒に買い物に来る時によく寄るこの店だったのだ。
「いつもクラスメートと寄るのはマックとかばかりだから…」
と、言う言葉が錆兎の口から出た時には、ああ、普通はそうなのか!と、失敗した、と、泣きそうになったが、その後、
「新鮮でいいなっ!今度天元に自慢しようっ!!」
という言葉が出たことで、ホッとした。
「何故、宇髄に?」
と、聞いて返ってきた答えは、
「不死川にだったら、嫌がらせだろう?
クラスメートも男子科だからほぼ女子に縁がないし」
で、思わず吹き出してしまう。
──そうかぁ、女子だとこういう店に来るんだな
と、なんだか嬉しそうな錆兎が可愛い。
「そう、パンを選んだあと、ソースも選んで…嫌いな野菜とかがあれば言えば抜いてもらえるし、逆に野菜を増すこともできるんだよ」
と、教えてあげると、いちいち感心してくれる。
いつもいつも完璧に見える錆兎も知らないことがあるんだと思うとなんだか嬉しい。
そうして互いにサンドイッチを選んで会計は錆兎が今日は付き合ってもらったから出させてくれと言うので、ありがたくご馳走になる。
2人分のサンドイッチと飲み物の乗ったトレイを片手に、席に向かうと当たり前に椅子を引いてくれるのに驚いてしまった。
「どうかしたか?」
と固まる義勇に不思議そうな視線を向ける錆兎に、義勇は赤くなって首を横に振る。
小さく
──ありがとう
と、礼を言うと、
──どういたしまして。
と、少しほっとしたように浮かべる錆兎の笑みが、カッコよすぎて心臓が止まるかと思った。
2人でサンドイッチを食べながらの話題はやはり今日返された成績の順位で、義勇が78位と無事100位以内にあがったことを報告したら、
「良かった。これで一緒に産屋敷学園大に行けそうだな」
と、喜んでくれる。
「これからも一緒に勉強していこうな」
と言いながらサンドイッチを齧る錆兎の一口がいつも一緒の姉と違って大きくて、ああ、男の子なんだな…と、ドキドキしていると、錆兎も義勇の口元を凝視していて、
「義勇…口がちっちゃいな。女子…なんだなぁ…」
と、義勇が思っていた事と真逆な事を言われて、なんだか互いに異性に慣れていない同士の距離が面白かった。
そうして半分くらいサンドイッチを食べ終わった頃、錆兎が
「義勇…実は今日は嘘をついた。すまん」
と、謝ってくる。
少し前ならそれで飽きられたか別れ話かと怯えたものだったが、今はなんとなく…錆兎は自分を悲しませるようなことはしないと言う自信のようなものができてきていて、
「嘘?どんな?」
と、何でもない事のように聞き返せた。
それに加えて促すように少し笑いかけてやると、
「なんか…お見通しと言った感じだな」
と、錆兎はバツが悪そうな笑みを浮かべて、今日買った文具の中から、あの、義勇が選んだ宍色の万年筆を取り出して、スッと義勇の方へと差し出してきた。
「これを…もらってくれないか?
インクカートリッジとか諸々を買いたいと思っていたのは本当なんだが、実は…義勇とお揃いで何か持ちたいなと思っていて、万年筆なら文具だから自宅で使うのはもちろん、学校に持って行っても差し支えないし、学生らしくて良いかなと思って…。
お前が俺の髪色の宍色を選んでくれたから、俺はお前の瞳の色の青を使いたいと思って買ったんだ…」
なんか、行動が重くてすまん…とまた謝る錆兎に、義勇は笑って首を横に振る。
「全然。すごく嬉しい。大切に使うね」
と、両手でそれを受け取って、つやつやとした表面を撫でると、筆箱を出してそれを大切にしまった。
なんだかカップルと言う感じがして、照れくさいけど嬉しい。
蔦子姉さんからもらったボールペンが壊れてしまって新しいペンを買わなければと思っていたところだったから、ちょうど良い贈り物だ。
その後、2人とも食べ終わると一緒に本屋によって、夏休みの宿題の課題図書を物色して、それから最後にお茶をしに寄ったスタバでは、食事と万年筆のお礼にと義勇がラテをご馳走する。
そうして電車で義勇の家の最寄り駅まで送ってもらって分かれる直前、
「あ、ちなみにな…」
と、錆兎が言った。
「今日渡した万年筆、万が一何かで破損や紛失をしてしまっても、俺は色違いを数本持っているからそれをやるし、違う色のを使って気分を変えるだけだと思えばいいだけだからな?気にしないで言えよ?」
…え…?と思う。
まさか…義勇がボールペンを壊してしまったのを錆兎は知っていたんだろうか…
…それとも…偶然?
あまりのタイミングにぽかんとしていると、
「じゃ、また夜にレジェロでな」
と、ぽんぽんと軽く頭を撫でて、直後に閉まった電車のドアの向こうで笑顔で手を振った。
よく…わからないけど、1つだけわかることは…錆兎はやっぱりすごい、カッコいいということ。
万年筆が入っている筆箱が入っているカバンをぎゅっと胸元に抱きしめて、ムフフっと笑うと、義勇は軽い足取りで駅の階段を駆け下りた。
錆兎かっこいい。
返信削除けど♀義勇さんもただ守られているだけでなく『錆兎の心を守るのは私!これは絶対ゆずれない!』(キリッ)
みたいな凛々しいところを見せていただきたいです(^人^)
この頃は義はまだ錆について深く知っているわけではないので、今後夏休みのイベントで色々話を聞いてからそういう記述も出てきます。
削除話数で言うと39話あたりですね😀
°˖☆◝(⁰▿⁰)◜☆˖°
削除ありがとうございます_(._.)_
楽しみです!!
誤用?報告です。面持ち←心情を表す表情を指す事は有っても、あくまで表情や顔貌を指す言葉なので表現が合っているかご確認ください。
返信削除ご報告ありがとうございます。
削除辛い気持ちが顔に出そうになるのをこらえてという事なので面持ちと言う言葉を使ってみたのですが、誤解がないようにそのままの言葉で書きなおしました。
また何か気が付かれることがありましたらご報告よろしくお願いいたします。