今日は末っ子の就也の保育園の迎えを玄弥に頼んで、実弥は放課後、胡蝶しのぶに呼び出された化学部の部室へと向かう。
錆兎のことならとにかく、今回は義勇のことなので、何故宇髄が?とも思うが、ポカンと入口に立ち尽くしていると、
「あまり目立ちたくないので、さっさとドアを閉めてくださいね」
と、ニコリと相変わらず目が笑っていない笑みというものを浮かべて言う胡蝶の言葉に、不死川は慌てて中に入ってドアを閉めた。
そこでスッとドアに近づいてカチッと鍵を閉める胡蝶がなんか怖い。
白衣を着ているということもあるのだろうか。
怪しい人体実験でもされるような気がしてきて、不死川は思わず逃げたくなった。
「…どうしました?不死川さん?」
と、やはり笑顔で見上げてくる胡蝶しのぶ。
いつもこの笑顔で罵られていたこともあって、胡蝶に限っては笑顔を向けられると叱られるのではないかと構えてしまう。
もうこれは条件反射で致し方ない…が、それをそのまま伝えていいものやら悩んでると、
「あ~、なんか胡蝶ってなんか雰囲気あるからな。
白衣着てると医者みてえで、不摂生叱られる患者な気分になるよな」
と、宇髄からフォローが入る。
「宇髄さん、わけがわかりません。
…が、まあ、いいでしょう。
私も暇じゃないので、さっさと本題に入ることにします。
不死川さんもそのあたりに座って下さいな」
と、胡蝶はそれににべもない反応を返すと、不死川を椅子に促す。
「今日、不死川さんをお呼びだてしたのは、冨岡さんの靴を隠した犯人であろう人物について見当がついているので、一応情報共有をしておこうと思いまして…」
おお~!さすが胡蝶!…とは思うものの……
「えっと…それってメールで名前送ればいいだけじゃね?」
と口する不死川の後頭部を宇髄のチョップが襲う。
「わ、わりいな、胡蝶!
本当は俺が全部説明できりゃあ良かったんだけど、そのあたりの女子の裏事情までは知らねえからっ」
と、同時に胡蝶に謝罪する宇髄に、
「いいえ。大丈夫ですよ。
宇髄さんに試験前の大切な時間を削ってまでも相手の行動性の説明まできちんとしてやってくれと頼まれたにも関わらず、メールで良かったのに…とか言われたことくらい、ええ、全然気にしてませんから。
彼女も不死川さんのように、『お前なんか消えちまえ、ブス』とか言って目の前で殴るくらい単純な人間なら楽だったんですけどね…」
と、全然怒っていなくはない笑顔で答える胡蝶に、さすがの不死川もとんでもない失言をしたのだと悟って
「悪ぃ…すみません、話を続けて下さい…」
と、彼にしては珍しく敬語で謝罪して頭を下げた。
それに
「まあ、いいです。時間がないので続けます。
今後は物理で縫い付けられたくなかったら、きちんと口をつぐんで余計な発言は慎んでくださいね?
私は本当に忙しいんです」
と、やっぱり笑顔を張り付けたまま言うと、胡蝶はお口にチャックですよ?と親指と人差し指をそっと唇に走らせる。
胡蝶なら本当に笑顔で口を縫い付けそうだ…と思うと、笑えない。
不死川は青ざめつつコクコクと大人しく首を縦に振った。
その後、胡蝶の口から出たのは随分と昔の話だった。
「不死川さんがどこまでご存じなのかは知りませんが、私と宇髄さん、それに錆兎さんは幼稚舎からの幼馴染なんです。
当時の錆兎さん、なんでも人一倍どころか人十倍くらい出来るお子さんで、お顔もたいそう宜しくて、おまけにまだ理性のない野生動物のような男子達と違って、男子といる時は普通に明るく元気で、目上といる時は礼儀正しく、女子には親切で優しいということで、老若男女問わず人気者だったんですよ。
もう幼稚舎に通う年少から年中、年長までの女子の半数以上の初恋は奪っていかれていたと思います。
まあ、その分、裏では熾烈な女の争いというものが繰り広げられていたんですけどね…」
と、胡蝶のその話は、現代の錆兎を見ても大いに納得できてしまうものだった。
むしろ錆兎が信じている、自分は女子に怖がられて嫌われて避けられたという話の方がおかしいと思う。
「それでね、同じクラスに、名字は敢えて言いませんが、まりさんという女子がいて…お約束のように男子の前と女子の前だと態度の変わる子だったんですけど、彼女が錆兎さんのことをたいそう気に入っていて、彼に近づく女子を裏で脅してたんですね。
そんな中で錆兎さんが怪我をされまして…ええ、今でもお顔に残っている傷痕のあれです。
彼女が裏で女子達に、あれは実は呪いでつけられたもので、彼を避けないと避けない女子にも呪いがかかると脅して回りまして…
私はバカバカしい子どものたわごとと聞き流しましたが、周りは本当に可愛らしいほど純粋な幼稚園児なお嬢さんばかりでしたので…どうなったかはご存じの通りです。
まあ…彼女にしてみれば、彼が大多数に避けられるならと、男子科に移籍してしまったのは大誤算だったようですけどね。
男子科に行ってからの錆兎さんは、彼女を含めて女性を徹底して遠ざけていらっしゃいましたし。
錆兎さんは男子の友人達にも大変好かれていらしたので、錆兎さんが女子を遠ざけたいと思っているのを知っている彼らは男子科に女子を近づけないように徹底していたようで、さすがの彼女もそれ以上どうすることもできなかったようです」
「ちょ、待てやァっ!!
他に取られたくねえって、そんな身勝手な理由であいつのこと大勢でハブらせやがったのかっ!!
つか、それ知ってんなら、胡蝶も宇髄もなんで錆兎に教えてやんなかったんだァ?!!」
と、錆兎に散々注意されたので女の胡蝶に手をあげるわけにもいかず、不死川は隣に座る宇髄の襟首をつかむ。
「てめえはあいつのダチじゃなかったのかよっ!!」
と怒鳴りつける不死川に宇髄は苦笑して、
「あ~、俺もそのあたりの女子の裏事情の詳細は今知った感じ?
男子の認識はウサとほぼ一緒だったからな。
女子、傷の一つくらいで怖がり過ぎじゃね?と男はみんな思ってた。
しっかしすげえな。幼稚園児でもおどろおどろしいくれえに女だな」
と、そっと不死川の手を外させた。
そこで不死川の視線は自然に胡蝶へ。
「気にしている様子も見せずに普通に男子の中にいましたし、錆兎さん、実はそういう面倒で複雑に感情が入り混じっている系の揉め事が嫌いな方なので。
下手に内情を知る方がストレスな気がしたんですよ。
私も特に誰と仲が良いというわけでもなかったので、首を突っ込む筋合いもありませんでしたしね。
でも今回は錆兎さんの方から護衛を頼まれている冨岡さんが彼女のターゲットになっているので、なんとかしないとな…と」
「つまりそれって、うちのクラスの武藤マリだよな?
殴って脅せばいいかぁ?!」
と勢い込んで言う不死川に、
「やめとけ、この阿呆がっ!」
という宇髄のげんこつと、
「あなたって人は…わざわざ昔の事情まで話したわけを全然わかってませんね」
と言う胡蝶の裏拳が飛ぶ。
「…ってえっ!!じゃあ、どうしろって?!」
と、頭を押さえる不死川。
「少なくとも、彼女がやった証拠もない以上、いきなり殴ったら不死川さんが危ない暴力野郎認定されて護衛から脱落するだけですよ。
そもそも、靴を隠すのでも焼却炉とかゴミ箱ではなく、靴箱の上という時点で、たまたま落ちていて持ち主がわからないから善意で置いておいたと言われればそれまでですからね。
現行犯じゃなければそれが嫌がらせであると証明することさえできません。
そんな風に証拠を残さない、直接的に手を下さないあたりが厄介なんですよ、彼女は。
幼稚園の時ですら、彼に近づくなじゃなく、呪いがかかるぞと脅しているわけなので…」
「…むかつく……殴りてえ」
「やめてください…」
はぁ、と、ため息をつく胡蝶。
「とにかく今回お話したのは、なるべく大勢の信頼できる人間に彼女の行動を見張ってもらうためです。
今できるのは、そうですね…いざとなったら証拠を残せるようにスマホを常に持ち歩いておくくらいですか…
とにかく私は何があっても即対応できるように常に冨岡さんの傍に居るようにはするので、長期戦ですね…」
「わかった!仕方ねえから俺も協力してやるよ」
「お願いしますね、宇髄さん。
不死川さんはくれぐれも暴走なさらないように」
「…おう…」
「あとは分かっているとは思いますが、このことは他に漏らすと相手に警戒されるので、決定的な証拠が得られるまではくれぐれも他言しないように…」
「「了解…」」
「それでは解散ですね。
今後はこのことでは一切集まりません。
相手に勘繰られると面倒なので。
何かあったらメールかLineでどうぞ」
と、そう締めて立ち上がると、胡蝶は部屋の鍵を開け、
「ではお気をつけてお帰り下さい」
と、2人を外へと促した。
変換ミス報告です。しのぶちゃんのセリフで「検討」→「見当」かと…(;´Д`)
返信削除修正しました。
削除ご報告ありがとうございます😄