清く正しいネット恋愛のすすめ_30_不死川実弥の献身

「おはよ~!不死川~」
「お~」

不死川実弥の登校時間はわりあいとギリギリだ。
別に朝が弱いとかいうわけではない。
理由は下に6人もいる弟妹の世話。

7人兄弟のうち実弥と玄弥は高1と中3の年子で、その下の寿美はまだ小学校6年生だ。
その寿美の下、小5の貞子、小4弘、小1のことの3人は学区域の公立に通う寿美がまとめて一緒に連れて行くが、一番下のまだ3歳の就也は、仕事で朝が早い母親の代わりに、実弥が学校の最寄り駅から2つ手前の駅から少し歩いた所にある保育園に毎朝送って行っている。

保育園は一応7時半から預かってはくれるが、そこからまた駅に行って電車に乗ってとなると、それほど時間がない。

今日もいつものように8時20分過ぎに学校に着いて、いつもと同じ顔触れに挨拶をして、靴を履き替える際にふと下駄箱の上の黒い物体に気づいた。

手を伸ばしてみると、黒いローファー。
大きさからすると女子用だ。

そこで思い当って義勇の靴箱を見て見ると、やはり靴がない。
上履きもないので、登校はしているはずだ。
そこで不死川は察してしまった。

男子の不死川の背だから見えた位置に置かれたローファー。
義勇や胡蝶の背なら見えないだろう。

意図的にされた嫌がらせなのは明らかではあるが、移動させる現場を押さえたわけではなく、証拠がないので罰することもできない。
となると、騒ぎ立てたところで犯人が警戒してより巧妙になるだけだ。

不死川は誰も見ていないことを確認の上、靴をそっと義勇の靴箱に戻すと、レジェロの勉強組で連絡用に交換した胡蝶のLineに、義勇の靴がおそらく故意に下駄箱の上に隠されていたから気を付けてやれと忠告をしておく。

そして、同時に、出来れば本人に気づかせないでやって欲しい。相手がわかっていて何か人手が欲しいとかなら自分も手伝うから…と言葉を添えた。

そう、義勇のような女子の扱いについては、あれから錆兎に散々言われたのだ。
女子というのは、女子供と、子どもと並び称されるくらいなのだから、幼い子どもを相手にするくらいの繊細さを持って接してやれ、と。

そう言われれば、確かに義勇に手をあげなくなっても避けられ続けたのは、すぐ苛ついて声を荒げたからかもしれない、と、地の底まで反省して、不死川的には最大限穏やかな物言いを心がけるようにしたら、最近はなんと笑いかけてくれるまでになったのだ。

今回の勉強会だって、義勇の方からわざわざ不死川もと声をかけてくれたのである。
義勇がレジェロを始める前の関係からすれば、ものすごい快挙だ。


そうか…こういう風に接したら良かったんだな…もしもっと早く知っていれば……と、思ってみないでもなかった。

だが、おそらく義勇がそれでもまず不死川を先入観で避けないように…と、見方を変えてくれたのは、自分も昔、一方的に避けられて辛かったから、不死川が心の底から反省して今後義勇に一切の危害を加えないという前提で、もう一度だけチャンスをと説得してくれた錆兎のおかげなのだろうから、まあ、仕方のないことなのだろう。

義勇のことを諦められるかというと、諾とは言えないものの、謝罪も受け入れてもらえず嫌われたままだと辛いだろうし、せめて良好な友人関係を…と、広い心で対応してくれた錆兎の厚意に対してアダで返したくはないくらいには思っている。

──…な?ウサは良い奴だろ?
という宇髄の発言に、以前のように反発を感じることなく、むしろ自分の方から

──あいつは本当に馬鹿みてぇにお人好しだよなァ
と、口にすることも最近は少なくはない。


だから義勇を守るというのは、好きな女子に優しく親切にしたいというのと同時に、好意を持っている友人の彼女を友人のために守りたいという気持ちもあったりする。

だって、あれだけ敵対心をむき出しにして、喧嘩腰な発言ばかりしてきた不死川に、いくら義勇に対しての態度を改めたからと言っても、

『せっかく縁ができたんだ。出来れば一緒に産屋敷学園大に行きたいからな』
などと言って勉強を教えてくれるほどに良い奴なのだ。


あれから毎日1時間、レジェロ内のサビトの家のリビングでの勉強会に参加するようになって、自宅学習用に錆兎が作った資料までもらって、弟や妹達の世話の合間に覚えられる単語帳までついてきて…とやっているうちに、英単語の小テストはほぼ毎回満点が取れるようになった。

長文とか他のすべての教科を網羅とまではまだ行かないが、兄弟たちの面倒があって、勉強が追いつかなくても自宅を離れて塾に通うようなことのできない不死川にとっては、着実に学力が上がっている現状は本当に快挙である。


跡取りだからと小等部から私立に行かせてもらえている身ではあるが、下の兄弟が進学の際に不自由することのないように、大学進学時にストレートで上にいけない順位で内部の進学用の試験料がかかったり、ましてや、他大学をうけるのに高額な受験料がかかったりするようなことは避けたい。

それには何もせずに上に行ける100位以内を目指さなければならないのだが、現状280位。
かなり厳しい。

しかし勉強会の前までは半分も取れていなかった英単語の小テストで毎回満点を取れるようになってきた時点で、少し希望は見えてきたのではないかと思う。

少なくとも、100位はむりだったとしても高3までには、内部試験で6割を取れれば産屋敷学園大に進学できる240位以上にあげるくらいは出来る気がした。
そうなれば内部試験の予想問題くらいは錆兎が作ってくれるだろう。

助けてもらうことが前提ではいけないとは思うが、弟妹達のために、兄ちゃんはどんな手段を使っても頑張らなければならない。


そう、不死川実弥は家庭ではいつでも長男だったから、周りの人間のために頑張るのは当たり前でも、誰かが無条件に自分のために頑張ってくれるなんてことは、経験したことがなかった。

そう考えると、無償で自分を速やかに上の大学に行けるように押し上げてくれようとする錆兎の行動はなかなかいい意味で衝撃的だ。

何故?と聞けば、普通に『友人だから』と返ってくるのだろうが……

たぶん…あれだけ出会いが険悪だったにもかかわらず、錆兎の脳内では自分はすでに【友人枠】に入れられているに違いない。

あいつは馬鹿だ、人が好過ぎるだろう…と、素直でない言葉を吐き出すと、宇髄が笑う。

──ウサちゃん、人たらしだからな。人がよすぎてやばくなっても周りがなんとかする。

と言われて、たぶん、自分はそのなんとかしてやりたくなってしまった周りの一人なんだろうということもまた、実感してしまうのだ。


とりあえずはその“なんとかしなければならないこと”の最優先事項は、錆兎がいない場所での義勇の保護だ。

胡蝶がいればたいていはなんとかなってしまうのだろうが、今回みたいに彼女では目が届かなかったり物理的に対処できないこともある。


表現の仕方が下手でそうは思われないのだが、不死川実弥は実は思いきり義理人情に厚く、さらに他人の世話をすることがアイデンティティな長男なのだ。

──不死川さん…本気で関わる気あります?
という今朝の報告に対する胡蝶しのぶの返答に、否と答えるはずなどないのである。



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