清く正しいネット恋愛のすすめ_12_彼氏彼女カッコ仮の事情

──少し話がある。今日は1時間ほど早くログインしてもらっていいだろうか?

その日の夜、錆兎から来たそんなLineに義勇は即、了承の旨を返す。
良くないわけがない。
少しでも長く一緒に居られるのなら、大歓迎だ。

ただ、内容は気になった。
話とはなんだろう…悪いものでなければいいのだが…
今日…自分は何かやらかしてしまったのだろうか…


不死川に追いかけられて追いつかれて、もうだめだと泣きそうになった時に駆けつけてくれた義勇のナイト様。
それから最寄り駅まで送ってもらう間もまるで少女漫画に出てくる王子様のように紳士で優しくて、ずっと夢見心地だった。

あまりに幸せでずっとふわふわした気分で、義勇のことを心配して出来得る限り大急ぎで仕事を切り上げて帰ってきてくれた姉に、彼がいかに素敵だったかを自慢してしまったくらいである。


姉は、幼い頃から男の子に苛められ続けたためずっと男の子が苦手で縁遠かった妹の初めての恋をとても喜んでくれた。


そう、そんなに優しくて素敵な人がみつかって、良かったわね、義勇…
と、ニコニコと自分のことのように嬉しそうに言ってくれる姉は、明日も髪を結ってくれるらしい。


そんな姉妹の幸せな時間に来たLine。
嬉しいけど不安な義勇を、

──大丈夫よ、義勇。そんなに優しい彼ですもの、きっと良い話だわ。
と、なだめてくれた。

ああ、そうだと良いな。
と、思いながら、食事を終えると義勇は自室に戻ってノートPCを立ち上げた。



元々の待ち合わせは9時なので義勇が8時にログインすると、サビトはもう来ていて、パーティーの誘いを送って来てくれる。

それを受けてギユウがパーティーに入ると、──ちょっと込み入った話だし、ここじゃあなんだから…──と、誘導されたのは、城の裏庭だ。

錆兎曰く、皆、街に居てもめったに城には来ないし、稀に城に来ても王様のところへ直行するから、わざわざ裏庭まで足を運ぶことがなく、ログが流れないように人気のない所で話したい場合の穴場なのだそうだ。

花咲き誇る庭園で、繊細な細工のベンチに促されて座る。
隣には銀の鎧のナイト。
そんな素敵すぎるシチュエーションで切り出されたのは、驚くべき提案だった。


『ギユウ、これからする提案、嫌ならちゃんと断って欲しいんだが…』
と、画面越しなのにどこか言いにくそうな雰囲気のサビトに、ギユウは

『サビトがする提案なら嫌なんてことはないよ』
と、言う。


だって、サビトはいつだってギユウのために動いてくれている。
そんなサビトが提案するものは、それが一見おかしなことだったとしても、きっとギユウのためを思って提案してくれているのだと思うから。

だからそう答えたのだが、サビトは、はぁ~…とため息をつきながら、

『そういう事はちゃんと内容を聞いてから言え。
ギユウ、お前は無防備すぎる……』

と、軽く首を横に振った。


それでも
『だってサビトの提案はきっと私のためと思ってしてくれているものだから…』
と、言い切ると、サビトは

『……ああ、まあ、そのつもりではあるんだが……
それが必ずしもお前の意に沿うとは限らないだろう?』
と、少し困ったように微笑む。

『…意に沿うよ?
……サビトが私のためを思って行動してくれるなら、それがどんなことでも嬉しい…』


嘘ではない。
本当にサビトの行動の一つ一つがいちいちギユウを喜ばせるのだ。

そんなやりとりをしていると、サビトも諦めたのだろう。
とりあえずタンジロウが来るまでに済ませたいから…と、話を先に進めた。


『…すごく無礼な提案だと承知しているが、結論から言うと、俺とお前が付き合っている…という事にしてもらえないだろうか…?』
『…え??』


言葉に詰まったのは嫌だからではなく、その、付き合う、ではなく、付き合っていることにする…という意味がよくわからなかったからだ。


だが、サビトは誤解したらしく、
『…フリでいいんだ。もしギユウに付き合いたいような相手が出来たなら、ちゃんと俺から説明して、きちんと別れてそいつに託すから。
…それでも嫌なら仕方がないが……』

と、慌てたようにそう続ける。

『そうじゃなくて…っ……えっと…何故付き合うじゃなくて、付き合うフリなのかなと…』

『当然だろう…』
『…当然…なの…?』


確かに完璧なサビトには自分程度では釣り合わないかもしれない…。
だが、優しいサビトにそれを指摘されるとなんだかショックで義勇は言葉に詰まった。


…が、違ったらしい。

『ギユウはとても愛らしくて好ましく思われるような女子だから、俺のように勉強と武道しか取り柄のない人相の悪い武骨者とは釣り合わないのはわかっている』

と、何かとてつもなく勘違いした言葉が返って来て、びっくりしてしまった。


『…えっと……サビトはカッコいいよ?世界で一番カッコいい。
どこをどう勘違いされたのかわからないけど…私は別に好ましく思われてたりしないし…釣り合わないのは私の方。
サビトと付き合えるなんてことになったら、たいていの女の子は大喜びだよ?』


『……その、”たいていの女の子”…と言う中には、ギユウも入る…のか…?』

改めて聞かれるとなかなか恥ずかしい。
が、ここが正念場だ、とも思う。

『中…というか、ど真ん中だよ』

と、頷くと、サビトは少し考え込むように間を置いた後、

『…もし…ギユウが嫌じゃなくて、フリ、ではなくて、正式にということなら…その方が好ましい…と、思う』
と、ぽつり、ぽつりと、そう言った。


やったっ!!!と、義勇はその言葉にリアルでガッツポーズを決める。

そんな風に浮かれる義勇だったが、続いて錆兎が

『なんか…すまんっ!!』
と、頭を下げて来るのに、一気に青ざめた。


え?え?やっぱりなしとか???
と、泣きそうになるが、これも違ったらしい。

『実はあれから宇髄天元から連絡があって、天元も例の不死川も俺とお前が付き合っていると思っているらしくて、さらに不死川が実はお前のことがずっと好きだったから追い回していたという話だったから、元々はそのまま誤解させておいた方がお前を守りやすいと思っての提案だったんだ。
だから、きちんと付き合うとか考えていなくて…』


『……いなくて……?』
…交際を申し込むのにこんな間の抜けた言葉でと言うのは、ありえんよな。
本当に武骨者ですまん!
後日ちゃんとやりなおすからっ!!』


なんというか…そうか…義勇を守るために付き合うという形を取ってくれようとしていたのか…なんて優しい…。

不死川が自分を好きだと言うのは何かの間違いだろうと思うが、もうそれはこの際どうでもいい。
そのおかげでサビトと付き合えると思えば、本当に不死川様々だ。

ギユウにとってはもうこれでその話はおしまいの気分だったのだが、まだ続きがあったらしい。

『…天元からリアルでギユウを追いかけまわさない代わりにガス抜きに、このレジェロで多少なりとも交流を持てるように、不死川にお前のIDを教えてやって欲しいという話をされたんだが、嫌か?
もちろん、俺は常にお前と共にいて、嫌な事を言われたりされたりしそうなら、即間にはいるつもりだが、お前が例えネットであろうとどうしても奴から連絡が来るのが怖いという事なら、天元の提案は断って、何か他の方法を考えるが…』


『ううん…別に平気。サビトがいてくれるなら全然平気』

『そうか。じゃあ、教えておくな』
『うん』





こうしてすべての話が終わるのとほぼ同時くらいに、タンジロウがログインしてきた。
なので、パーティーに誘って、サビトの口からギユウと付き合うことにした旨を伝える。

元々は本当にではなくフリという予定だったので、嘘をつくのが苦手な炭治郎がいない所で話をということだったのだが、本当に付き合うことにした今では、別に隠すものもない。

今日の下校時のやりとりから、宇髄からの連絡、そして、付き合うことになった経緯まで全部話した。



タンジロウはそれを全部聞いたあと、

──…そうですか…サビトがついていてくれるなら安心です──

と、頷いて、

「こんな時に本当に申し訳ないんですが…俺、善逸にどうしても手伝って欲しいって言われてることがあって、今日はサビトにギユウさんをお任せして大丈夫でしょうか?」
と、聞いてくる。


もちろんタンジロウにはタンジロウの人間関係もあるだろうし、ギユウを気遣ってくれるのはとてもありがたいが、他の友人も大切にして欲しい…と、サビトとギユウはそれを了承した。




──じゃあ、今日は俺たちはゆっくり素材狩りでもしているから…

と、タンジロウがパーティーを抜けると、サビトがSayでそう言って、ギユウと共に街の雑踏に消えていく。

それを見送ると、タンジロウは一人残った城の裏庭で、立ち尽くした。




(…お似合い…だよな……。ギユウさん、ちゃんと守ってもらえる相手が傍にいて、幸せそうだ…)

炭治郎はコントローラを机におくと、ゲーム中はいつも用意している緑茶のペットボトルのキャップをひねる。

そして、ゴクリ…と、一口くちに含んだが、なんだか随分苦い気がして、──あれ…?これはいつもこんなに苦かったか…?──と、眉尻を下げた。


…いや、お茶の成分が変わったわけではない…。
飲んでいる自分の気持ちの問題だ…。

…はぁ、と、息を吐き出しながら炭治郎は机に両肘をついて、両手で顔を覆った。


普通に考えれば、こうなることはわかっていたはずだ。
だって、不死川から義勇を守れること、それが、義勇の隣にいるための絶対条件だ。

誰よりも強くて、人柄も良くて、義勇を傷つけたりせずに守ってくれる人物…炭治郎自身がそう思って呼び寄せたのだから、義勇がそんな錆兎に好意を寄せたとしても、それは当たり前のことである。


たとえ…炭治郎が共学科だった小等部から、男子科の中等部に移籍したのは、義勇を守れるほど強くなるためだったとしても……義勇にそれに応えなければならない義務はない。

…というか、想いすら告げていないのだから、錆兎も義勇も全然悪くない。


おそらくだが…炭治郎が義勇に長年片思いをしていると知っていたなら、錆兎は義勇を守るというスタンスは崩さなくても、義勇と付き合ってはいないだろう。

炭治郎のために身を引いてくれたはず……彼はそういう男だ。

だが、それも今更で……



ああ、辛いなぁ…と思う。

でも、それでも、義勇が幸せそうなのが嬉しいと思ってしまう。

義勇は小等部時代からずっと、不死川のために辛い思いをし続けてきたから…。
今度こそ何も心配する必要のない環境で楽しく過ごして欲しい。

そのために…自分の方が錆兎がそうしてくれるであろうと思っていたような人間になろう。

恋人という形ではなくて、良き友人として、彼女をとても大切に思う人間の一人として、彼女を傷つける全ての人間から彼女をかばい、守っていこう。

そう、炭治郎は決意する。


自分にとって最高の幸せは自分が義勇の恋人として彼女を守ることだったが、そんな最良の状況じゃなかったとしても、義勇が幸せであることは、自分自身の幸せでもあるのだから…



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