清く正しいネット恋愛のすすめ_11_嵐のあとに…

それはまるで悪夢のようだった…。

依頼した日…甘露寺が義勇をゲームに誘って、義勇が了承しているのは確認したので、早ければ今晩あたりやるんじゃないかと、不死川は、プレイヤーが最初にログインからしばらく過ごす初心者の村で、ずっと義勇らしきキャラが来るのを待っていた。

もしここで会えたなら、色々手伝ってやって、親しくなれた頃に身元を明かして、きちんと謝罪するところから始めよう、そう思っていたのである。

今度こそ苛ついて見せたり暴言を吐いたりせず、まずは頼れる友人から。
そう思って0時までは待ってみたのだが、それらしきキャラは現れず。

誘われたのが今日なのだから、まだ始めていないのかもしれない。
そう思ってその日は諦めた。

そして思った…。

これ…冨岡が始めるまで毎日ここで待つのか?
いつ始めるのかわからないのに?
もしたまたま自分がいない時に始めて、知らない間に初心者の村を卒業してしまったら?

出来れば怯えて逃げられないように、最初は身元を明かさないで一緒に遊びたかったが、そう考えるとこの方法はなかなか無謀かもしれない。

不死川はそう考え直して、翌日、本人にもう始めたのか、始めているのだとしたらIDを聞いてみることにした。

それこそ、やっていることさえわかれば、自分に教えてくれないようなら、甘露寺に聞いてもらえばいい。

なんなら甘露寺から自分が謝罪したがっていることを伝えてもらって、それでも自分と二人が嫌なら、伊黒は思いきり嫌がるだろうが、甘露寺と伊黒と自分とで4人パーティーを組んでもいい。

もし一緒に遊べるようになったなら、自分はもうレベルも高いし色々手伝ってやれるし、低レベルの装備くらい買ってやれる。

本当に…一緒に遊べるようになったらやってやりたいことはたくさんある。
なにしろ不死川は大家族の長男なので、元々は誰かに何かをやってやるのは大好きなのだ。

小等部の頃こそ色々を拗らせてはいたが、今ではもう落ち着いたものである。
弟の玄弥なんて中等部の今でもすぐ手が出る。
それに比べたら実弥なんて早く大人になった方だと思う。

義勇に関しては逃げられるからムキになって追ってしまうが、逃げずに普通に接してくれれば、今なら優しく守ってやる気は満々だ。


ということで、義勇との楽しいネトゲ生活を夢見て、翌日。

──兄ちゃん、今日はなんか機嫌いい?
と弟に声を掛けられるくらいには、機嫌は上々である。


こうしてついた学校では、今日も義勇がとても可愛い。

…というか、今日はいつもは無造作におろしている髪を、サイドから編み込んでハーフアップにしてリボンで留めてと、いつもよりオシャレな気がする。

そして…どことなく機嫌がいい。


義勇はとても大人しい少女なのでわかりにくいが、時折幸せそうにほわほわ微笑んでいるのを、彼女をずっと見続けていた不死川が見逃すわけがない。

可愛い格好をして幸せそうにしている少女…この時点で敏い人間…例えば宇髄あたりなら、不穏な展開に気づいていただろうが、そんな細かい女子高生の機微に気づくようなら、不死川もここまで困った事態に陥っていたりはしない。

そう、オシャレをして会いたい、相手のことを考えれば思わず幸せな笑みが漏れてしまう相手が出来た…つまり、そういうことなのである。



その日の終礼前、女子が窓際に集まって騒いでいた。
「お~、ウサちゃん、来てんのか。珍しい」
と言う言葉が出てくるという事は、宇髄の知り合いのようだ。

「ウサ?誰だよ、それ」
と、尋ねれば、宇髄の代わりに女子達がこぞって教えてくれる。

男子科所属の、成績良し、容姿良し、運動神経抜群で、剣道の全国大会優勝者で、さらに中等部時代は生徒会長を務めていて、ラブレター寄越した相手に和紙に毛筆で拝みたくなるくらい達筆なお断りの返事を寄越すと言う、わけのわからん、産屋敷学園所属の多くの女生徒憧れの硬派男だと言う。

なんだそりゃあ?と思いつつ宇髄に視線を向けると、
「あ~、幼稚舎の共学科で一緒で、あいつが男子科に行ってからも付き合いがあるけど、ちょい堅苦しいとこもあるがいい奴だぜ?」
と、にやりと笑って言った。

まあ、人間関係にシビアな宇髄が科が分かれてからも付き合っていて、良い奴だというくらいだから、性格も良い奴なんだろう。

…と、その時はそれについて深く考えることもなく、ぼんやりとそう思っていた。

それよりも今は義勇の方が大切だ。

当初の予定通り彼女と一緒にゲームをすべく、不死川はノートに
『お前、レジェロ始めたかぁ?始めたんならアカウントNo教えろ。フレ登録するぞ』
と、走り書きをすると、それをちぎって丸めて義勇に向かって投げる。

コントロールは良い方なので、コロンと義勇の机の上へ無事着地。
それを手にした義勇はしばらく不思議そうにしていたが、やがて開いて中を見た。

と、それからすぐに担任がやってきて終礼が始まったので、反応はない。
が、何故か不死川はそれをスルーされると想像していなかった。

いつもの状況ならそうなるのは分かりきっていたのに、何故か全く予想していなかったのである。


終礼が終わったら、義勇の席に行ってフレ登録をするためIDを聞こう。

そんなことを思いながら机に頬杖を付き、毎度変わりばえのしない終礼時の担任の話を、早く終わんねえかなぁ…と思いながら、流し聞く。



そしてついに話も終わり、日直の

──起立、礼…さようなら!

の言葉に、不死川は待ってました!とばかりに立ち上がったのだが……駆け寄る前にカバンをひっつかみ全速力でドアに走る義勇。

え?ええ??

と、思いつつも、不死川も駆け寄りかけた勢いのまま、方向転換をしてドアに向かうが、そこで腕をつかんだ胡蝶の──冨岡さん、嫌がってますよ!──の一言。

またそれかよっ!!!と、まいどまいど邪魔してくれる胡蝶しのぶにイラっと来る。
そう、昔から、不死川が義勇に近づこうとすると止めてくる女子の筆頭が、この胡蝶しのぶだった。

──うるせえっ!どけっ!!!

こいつのせいでっ!!と言う思いもあって、掴まれた腕を思いきり乱暴に振り払い、しかし胡蝶に構うなど時間がもったいないので、それ以上はスルーして走りさる義勇を追いかけた。


内気で大人しいのに、女子にしては驚くほど足が速い。
それでも女子は女子。
身長さからくる歩幅の差は埋められるわけもない。
おまけに1年の教室は3階なので、玄関までは距離もある。

そして…相手はカバンを持っていて、こちらは手ぶらだ!

逃げる相手を追いかけて捕まえる!
それが楽しくて、妙に心が躍ってしまう。

不死川は根っからのオフェンス、あるいは、ハンターなのだ。

…逃げろ、逃げろォ…ぜぇぇってえ捕まえてやるからなァ!!
と、小さく呟きながら、必死に逃げる獲物を追う。


そうして玄関に到着。

やや青ざめた顔をして震える手で下駄箱から靴を取り出す細い手首を掴むと、ビクン!と跳ねあがる細い身体。

「逃げんなァっ!!」
と、声をかけると、怯えた小鹿のようにただただ震える様子がとても可愛い。

…が、その時だった。

いきなり外から何かが飛び込んでくる。
とてつもない圧。
不死川の全身が本能的に警告を発して、やや、引き気味になったタイミングで、義勇の手首を掴んだ不死川の手首が砕けてしまいそうな力で握られて、痛みに思わず手を離した。

何が起こっているのか一瞬、理解が出来なかった。

だが、不死川とは視線を合わせようともしない義勇が、
──サビトっ!
と、どこか嬉しそうな声で男の名を呼び、きらきらした目をそいつに向ける。

本当に…今までみたこともないような、嬉しそうな義勇の顔。
まるで…恋する乙女のような……?

男も男で、まるで愛しい女に向けるような視線を義勇に向け、
「…大丈夫か…?…ゆっくり靴を履きかえていいからな?」
と、少し身をかがめて彼女の顔を覗き込む。

なんだ、これは、なんだ、これは、なんだ、これはっ!!!

胸が何かナイフでも突き刺されてグリグリとえぐられるように痛んだ。
気づいたら男に向かって拘束されていない左手を振り上げ、それさえも掴まれて、投げ飛ばされていた。

男は床に倒れている不死川を怒気を含んだ視線で見下ろしている。

これは…さらにやられるか…
だが、黙ってやられてやったりはしないっ!!

と、半ば覚悟を決めながら、それでも不死川は腹の奥底から湧き出てくる闘争本能に身を任せようとしたが、そこで

「待ったっ!!!ウサっ、ちょっと待ったああああーーー!!!!」
と、見覚えのある銀色の髪が目に飛び込んできて、男と不死川の間に割って入った。

そして、腹の立つことに、その男、宇髄は勝手に不死川は単に義勇に謝罪をしようとしていただけだと弁明をする。

それでも男は嫌がる義勇に無理やり謝罪の言葉を聞かせるなど、不死川の自己満足でしかないと言い捨てて、義勇を連れて帰って行った。

義勇は…全く拒まない。

不死川のことはあれだけ拒絶したくせに、男に対しては全く拒む様子も見せず、むしろ嬉しそうに寄り添って帰って行ったのだ。



「…あ…不死川よぉ、ありゃあダメだわ。諦めな」

今日は…義勇にレジェロのIDを聞いてフレンド登録をして…レベル上げやイベントを手伝ってやるはずだった。

「ウサが出てきたら無理。
お前がマイナスからのスタートじゃなかったとしても、冨岡がウサとつきあってんなら、ぜってえ無理だわ。
お前だからじゃねえ。俺が全力で口説きに行っても無理かもしれねえわ」

キャラはカンストしているし、ゴールドだって貯めこんでる。

「あいつはたぶん、彼女出来たらめちゃくちゃ大事にするタイプだから…
もう伊黒と張るレベルで?
ありえんレベルのハイスペックさで全身全霊尽くすから…」

色々手伝って、助けてやって…欲しいモンだって全部買ってやれば、頼れる男だって分かるはず…

「これは今度こそ諦めるしか……」

「諦めるかっ!ボケェ!!」

そうだ…まだやってみてもいない。
強敵が現れたからと言って、やってもみずに9年間の想いを捨てられるわけがない。

「学校で冨岡を追いかけんのはひとまずやめる。
だがなぁ、ネット上なら問題ないだろうがぁ!
やりもせずに諦めて尻尾巻いて逃げるなんざぁ男じゃねえ!」


そうだ…。
リアルでリードされているなら、ネットから挽回すればいい。
もともとその予定だったのだ。

不死川はそう言って立ち上がった。

「あ~…垢バンにならねえ程度にな?
ネットだって無茶していいわけじゃねえ」
「…んなの、わかってる!」




宇髄は義勇のクラスメートではあるが、不死川の友人で、その二人のどちらを尊重するかと言えば不死川の方だった。

…が、比べる相手が錆兎となると、こちらも友人で悩ましい。

より古くからの友人錆兎と、より長く一緒に居てその片思いを見守り続けている不死川。

普通に考えれば友人が付き合っている彼女に横恋慕しようとするのに協力なんて、正気の沙汰じゃないと思う。
だが、宇髄が知る限り、彼女のことは不死川のほうがずっと前から思い続けているのだ。

相手が同じ女子でなければ、どちらのことも全力で応援するところなのだが、そうじゃないから本当に悩んでしまう。

彼女と接触を持てるようにと言う点は不死川、そしてその不死川が暴走して迷惑をかけ過ぎないようにと言う点では錆兎に協力するしかない。


本当に…どっちつかずってのも、良いわけじゃねえんだけどなァ…
そう思いつつも宇髄はその両方を満たすため、仕方なしに錆兎に連絡を取る。


誰に対しても平等にフレンドリー、しかし誰に対しても深く踏み込まないように見えて、自分が友人と認めた極々少数の人間に対しては、実は非常に義理堅い宇髄天元。

そんな風にいつでも友人ファーストに生きてきた彼が、本当に考えに考えて出した結論だからこそ、絶縁されそうな勢いで激怒していた友人そのいちもなんとか理解してくれたようだ。

最終的に『色々面倒をかけてすまんな。今後の予定についてはまた連絡する』という返事をもらえるまでに落ち着いて、それでもその今後の困難さに、宇髄は大きくため息をつくのだった。



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2 件のコメント :

  1. さねみん基本が上から命令形なんだよね…(´・ω・`)ただのクラスメイトに威圧的過ぎる(~_~;)あと、物で靡くと思ってるのがなぁ…

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    1. 粗暴で母親にも暴力振るう系の父親を間近に見て育った長男なので、悪気はないんだけど…と言った感じですね💦

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