清く正しいネット恋愛のすすめ_6_彼が女子を苦手なわけ

鱗滝錆兎は女子が苦手である。
決して嫌いなわけではない。
小さく可愛らしい子がいれば、親切にしたいと思うし、必要であれば守ってやりたいとも思う。

だが彼女たちは錆兎に守ってもらうよりも、離れてくれることを望んでいるので……



あれは幼稚園の年中組の頃だった。

近所の美味しいパン屋、竈門ベーカリー。
錆兎は幼い頃に両親が亡くなって祖父に育てられていて、普段の食事は純和食だった。
が、例外が週に一回だけ…。
日曜の朝は鍛錬を終えたあとに祖父に連れられてその小さなパン屋に足を運んで、昼用に好きなパンを買ってもらうのが幼い錆兎の楽しみだった。

店に近づくだけでふわりと漂ってくる焼き立てパンのいい匂い。
それを思いきり吸い込みながら、透明な自動ドアをくぐると美味しそうなパンが並んでいる。

昼に食べられる分だけ選びなさい、と、祖父が言うので、お腹がすくようにと日曜日はいつもにもまして熱心に鍛錬をした。


今では全国に展開する大規模チェーン店に成長を遂げた竈門ベーカリーだが、当時はまだ若夫婦を中心に切り盛りをしていて、店の前では、錆兎よりも1歳年下で近所の幼稚園に通っているという男の子と、来年兄のあとを追って同じ幼稚園に入ると言うさらに1つ年下の女の子が仲良くボールで遊んでいた。

日曜日になると車両通行止めになる商店街なので、祖父は会計に並んでいる間に他の人の邪魔になるから、と、錆兎に店の前で待っているように言う。

そこで錆兎は店のガラス戸の前で、きゃらきゃらと子ども特有の高い笑い声をあげながら遊ぶ兄妹を眺めて時間を潰していた。

一人っ子として生まれて両親が亡くなったために、二度と自身の兄弟を持つことはできない錆兎には、仲の良い兄妹が羨ましく、とても素敵なものに思えたが、そんな風にのんきに…やや寂しい考えに浸れたのはそこまでで、突然ドン!!と、擬音を感じるほどに襲ってきた衝撃に、錆兎は転ばぬように足を踏ん張った。

目の前では転んで泣く妹を兄が必死に立たせようとしている。
しかし第二弾の揺れに、幼稚園の年少の子どもの軽い身体はコテンと妹の手を放して転がった。

怯えてその場でわんわん泣き続ける少女。
そんな彼女に向かって、彼女のちょうど真上に飾られていた商店街の飾りが衝撃で落ちてきた。


──危ないっ!!!

反応できたのは奇跡のようなものだった。

少女を突き飛ばして、その上に覆いかぶさる錆兎の横を、針金のようなもので出来ている何かが落ちていく。
右頬を襲う痛み。

最後の記憶は火のついたような少女の泣き声……
そして、気づいた時には病院のベッドだった。



──あの子は?大丈夫だった?怪我はなかったか?

昔のことで細かいことはよく覚えていないが、意識が戻った時の自分の第一声はそれだったらしい。

麻酔が効いているせいか痛みはなかったが、頬についた傷は薄れはしても完全に消えることはないということで、竈門ベーカリーの若夫婦が泣きながら土下座していた。

正直、錆兎はその時、顔に傷がついたことについて何故そこまで泣かれるのかがわからなかった。
むしろ女の子の顔に傷が残るような事態が避けられて良かったとすら思ったのは、おそらく、男として生まれたならば、女性は大切に守るべきという祖父の教えのせいだろう。
あの小さな女の子に傷がつくようなことがなくて本当に良かったと思ったし、彼女を守ることができた自分が幼いながらに誇らしかった。

だが、それがただ誇らしいだけでは終わらない現実が、その後錆兎を待っている。


頬以外の怪我は大したことがなくて、しばらくして戻った幼稚舎で、男の友達は戻った錆兎を以前と変わらず受け入れてくれたが、女の子たちは顔の傷を怖がって近寄ってこなくなった。
中身は変わったわけではないのに、見るのが怖いと避けられる。

それは幼い頃から人気者で友達が多かった錆兎にとって初めての拒絶経験で、しかも特定の一人ではなく、ほとんどの女子だったので、ひどくショックだった。

だが、時折商店街やそれこそパン屋で顔を合わせる竈門ベーカリーの若夫婦、それに錆兎が怪我をした時に目の前にいた長男の幼稚園児がとても気にするので、落ち込んだ様子を見せてはいけない、彼らが気の毒だ…と、錆兎はグッと我慢する。

それでも日常的に怖がられて遠巻きにされるのはなかなか辛いので、小等部は女子のいない男子科へ通うことにした。



そうして勉学や武道に打ち込んでいれば、何も問題なく時は過ぎていく。

錆兎とて少年なので女の子への憧れがないとは言わないが、物理的に誰もいない環境なら意識することもない。
近づいて拒絶されるよりは、遠巻きに可愛いなと眺めている方がいい。

元々は友人も多い方だったし、男だけの世界は気楽で居心地も悪くはなかった。

高い学費を払ってもらっているのだからと授業は真面目に受け、予習復習も欠かさず、それとは別に祖父が道楽で教えている剣道に勤しむ。

そうしていれば成績は常に首席で先生からも生徒からも信頼され、剣道も全国大会で優勝し、どんどん理想の姿に近づいていける気がした。

これで生涯でたった一人でいい、大切に守ってやれる愛らしい恋人の一人でも出来れば完璧だが、それは望まない。
傷自体はだいぶ薄くなってはいるが、それでも残ってはいるので、女子に近づいて泣かれるのは、怯えさせたことを申し訳なく思ってしまうし、自分も傷つく。
だから要らない。


中等部に上がる頃には男子科と言えども周りも少し色気づいて、共学科や女子科のだれそれが可愛いだの、女性アイドルが好きだだの、そんな話で盛り上がる人間も増えてくるが、錆兎はひたすらに勉学と武道に勤しんだ。

この頃になると、時折クラスメート伝いに女子で会いたいと言う子がいるという話もされたが、学年首席であるとか剣道の全国大会優勝者であるとか、そういう能力に惹かれてそう言ってはいるのだろうが、近くに来れば怯えられるのではないか…という疑念がぬぐえず、口頭の相手には丁寧に謝罪を伝えてもらい、手紙の相手にはきちんと手紙で謝罪を返した。

もちろん、怯えられると嫌だからとは言えないので、申し訳ないが今は勉学と武道に集中したいので…と理由をつけて。


そんなことを繰り返しているうちに、色恋沙汰に興味のない硬派なのだと噂になったらしく、ただ、応援していますというだけの言葉や手紙が多数舞い込むようになる。


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