番外_大江山を見たかった7

大江山の中腹には元々朽ち果てた砦があった。
もとは昔、頼光四天王に退治された鬼の砦。
籠るとすればそこだろうと見当をつけて行ってみれば、ずいぶんと綺麗に整備されている。

怒れる英雄の気配は離れていても鬼に届いていたのだろう。
いかつい門には大勢の鬼。

しかし鬼斬りの刀を手にした綱の子孫に半数以上は及び腰になっている。

だが、鬼の戦意など関係はない。
向かってくる者も逃げようとする者も、全て等しく英雄の刀の錆になった。


人間に対しては身分のある者はもちろんのこと、河原の乞食にさえも温かい温度を持って接する錆兎だったが、鬼を見る目は冷たい。

いや、正確には自身の半身を拉致した輩の手先だからだろうか…。

触れただけで血も心も凍り付くような冷ややかな怒りの視線で立ちふさがるもの全てを斬り捨てながら、奥へ奥へと進んでいった。


しかしその歩みはまっすぐ続く廊下の正面。
奥の扉を開いた瞬間、ピタリと止まった。

震える身体。
怒りとも悲しみともとれる感情の発露。


──…月哉……どこだああぁぁーーー!!!!

ビリビリと空気が震えた。

一閃した刀が足止めのためだろうか、居並んだ鬼達の首を一瞬で刎ねる。
その勢いで斬りつけた壁の向こうには隠し通路。

しかし錆兎は気配を探ったあと、そちらに足を踏み入れることなく、部屋に横たわったまま呼吸を止めている半身の横に膝をついた。



乱れた衣服、涙に濡れた頬、そして…唇から流れた血…。

錆兎がどこまで理解をしているのかわからないが、天元はここで起こったことを一瞬で悟る。
月哉に無体を働かれて、ぎゆうは錆兎に対する操を守るために自決したようだ。

あの臆病で泣いてばかりいた童だったのが、錆兎と出会ってずいぶんと変わったものである。
少なくとも出会った頃は何をされようと自分から死を選べるような子どもではなかった。



…ぎゆ…う……ぎゆう、…いやだ…ぎゆう…いやだ……

最初に出会った頃と変わったのは渡辺の…いや、四天王家の期待の子だった錆兎もそうだ。

あの、齢10にして誘拐団を壊滅させ、現世の英雄ここにありと騒がれた剛の者が、膝まづいてぎゆうを抱きしめたまま、親に捨てられた頼りない子どものように泣きじゃくっている。


…ごめん…次は絶対に守るからっ…絶対にっ…だからっ、だから、俺を置いて行くなっ、一人にしないでくれっ!!


3度の人生の中で、こんなに弱々しい錆兎を初めて見た。

まるで牙を折られた獅子のように…羽をもがれた鷹のように…今なら幼子でさえ殺せてしまえそうだ。

悲しみで部屋の空気が覆われて、天元は呼吸しづらささえ感じる。
まだ怒りの方がマシだ。



この時は何度も繰り返した天元の人生の中で最悪な時だった。
自分自身のことでもないのに、吐きそうに苦しくて辛くて、どうすることも出来ない。



…次の…人生でまた、共に生きよう。俺の人生は常にお前と共にあるのだから……

ひとしきり泣いたあと、錆兎は綺麗に微笑んだ。

ぎゆうと違って整った顔立ちはしていてもそれはとても男性的で力にあふれていて、綺麗と言う表現はあまり似合わない人間ではあるのだが、その時の錆兎の微笑は唯一確かに綺麗と言うのにふさわしいものだった…と、天元は記憶している。

懐から出した懐紙で血で汚れたぎゆうの口元を丁寧にぬぐってやった後、そう言って呼吸を止めたその唇に口づけると、天元が止める間もなく錆兎は迷わずいつのまにやら手にした懐剣を自らの心臓に突き立てたあと、それを引き抜いた。


そして飛び散る赤い血しぶきを目にしても動けずにした天元の目の前で、

──二度と離れることはないように…

と、最期の力で、いつも腰に差していた儀礼ようの宝剣で抱きしめた義勇の遺体ごと、己の刀で自らの心臓を貫いて息絶える。


ぎゆうと折り重なるように倒れる錆兎の血が、2人を共に赤く染めていった。


息が止まるかと思った。
こんな結末はごめんだ、いやだと心が泣き叫ぶ。

だが天元は錆兎ではないので、ここで生きることをやめるわけにはいかない。
この回の物語がここで終わるにしても、綺麗に幕引きをしなければならない。

なので天元は来世のためにと錆兎の愛刀を持ち帰ることにして自らの手に取り、そして鬼の砦を爆破して錆兎とぎゆうの遺体がその下に埋まった状態で火をつける。




英雄の行方を本当に知るのは天元のみ。

死んだのかあるいはどこか遠くで鬼退治をしているのか…はたまた彼がよく夢と語ったように、船で世界に漕ぎ出したのか…

世間の皆は好きに思っていれば良いのである。




そうして数百年の時を経て、時代は令和。

天元が見ているおとぎ話の主人公から恋人を取り上げようと画策する悪人一人。
前世では共に戦った少年の姿をしているが例えそれが誰であろうとも、主人公に敵対をするなら彼が望まないとしても全力で排除させてもらう!と、天元は戦い相手を潰す決意をする。

油断で物語を悲劇で終わらせるのは一度きりで十分だ。
自分は助け手となり主人公の敵を排除して、主人公をあるべき場所へと導くのである。

そう、物語をめでたしめでたしで終わらせるために。

【完】





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