番外_大江山を見たかった6

こうして二度目の転生、3度目の人生が訪れる。

もうあまりに繰り返しすぎて、ぎゆうに近づこうとして錆兎に刀で追い払われる月哉という図は半ば様式美のようなものと天元は生温かい目で見ていたが、月哉の方はこれを様式美にする気はなかったらしい。

正攻法では鬼が鬼退治の英雄に勝つのは不可能だ!!
…ということに気づいたようである。


なんと月哉は組織を作った。

鬼の鬼による鬼である月哉のための組織。
特攻してきては追い払われる月哉がお約束になりすぎていて警戒を怠っていて、そのことに気づいていなかったのが敗因だった。


ある夜のことである。
みたこともないほどの鬼の大群が産屋敷邸に大挙してきた。

今までのように“月哉”ではなかったため、当然その標的は主である耀哉様だと皆が思って寝殿に向かう。

しかしそれは陽動だった。
数に押されて錆兎との距離が出来た隙にぎゆうが拉致された。


──ぎゆうっ!!!!

ほんの一瞬出来た隙。
しかし振り返る錆兎とぎゆうを拉致した鬼の間にすさまじい数の鬼達が殺到する。


──どけええっっ!!!!

叫ぶ錆兎の背に青い獅子が見える。

一気に膨れ上がる闘気。
手にしているのは綱から受け継がれた名刀【鬼切安綱】

それを錆兎が振りかざすと獅子の顎(あぎと)が鬼をガリガリと噛み砕いていく。



…す…げえ……

錆兎とは今回で3回分の人生を共にしているが、この時天元は初めて頼光四天王筆頭家系の英雄の本気を見た。

ものすごい勢いで水しぶきをまき散らしながら疾走する青獅子。
瞬時にすさまじい数の鬼が噛み砕かれて消えていく。

が、鬼達は仲間が消えるとそこら中から集まって、英雄の道を塞いだ。

そうして館を埋め尽くしていた鬼が全て青獅子の餌食になって消えた時には、ぎゆうを抱えた鬼の姿はもう視界から消え失せていたが、錆兎は動きを止めることはない。



──宇髄っ!付いてくるなら来いっ!!
と、刀を鞘に納めながら門を飛び出す。

それは、おそらく今回の襲撃の目的はぎゆうであって耀哉様ではないが、それでも天元は耀哉様の従者なのでそちらの護衛に徹するならやむなし、大丈夫と判断してこちらを手伝ってくれるなら来てくれという意味なのだと、聡い天元は一瞬で理解した。

産屋敷邸にはすでに四天王の碓井と坂田の子孫達を始めとする大勢の武士が集結している。
彼らがいるなら自分1人いてもいなくても大して変わらないだろう。

天元はそう判断して錆兎に続く。



──で?どこに向かうんだ?

門を出てピタリと足を止める錆兎に天元が聞くと、錆兎は短く

──それを知るため敢えて5体は残した。探ってくれ
と言う。

──はいよ。ちょっと待ってくれ

天元は言って耳をすませた。
隣では錆兎が目を閉じ気配を探っている。

「「あっちだ!」」
と、2人がほぼ同時に示したのは同じ方向だ。


「宇髄もそう思うなら間違いないな。行くぞ!」
と、錆兎は宍色の髪を翻して夜の都を走りながら指笛を吹く。

すると遠くから蹄の音。
見事な葦毛と青鹿毛の二頭の駿馬が走ってきた。

おそらく片方は本来はぎゆうの馬なのだろう。
が、錆兎が当たり前に青鹿毛に飛び乗ると、葦毛の馬は抵抗することなく天元を背に乗せてくれた。


シン…と静まり返った夜の京の都を漆黒の馬を駆って宍色の髪をたなびかせながらひた走る少年。
その姿は神々しいばかりだと思う。

まるで英雄譚の絵巻物を見ているような光景だ。
人の中に居ても一人でも、やはり彼は主人公、世界の中心に立つべく生まれた者なのである。

もうあまりに違い過ぎて自分がその位置に立ちたいという気は起こらず、むしろその一番近しい位置で彼の物語が世にも美しいものであるよう計らってやれる助け手でありたいと天元は思った。


しかしながら…3度目の人生となっても相変わらず四天王の血筋が名で呼ばれるところを自分が姓で呼ばれていることにひっかかりが消えない。

そんな時ではない。
そんなことを気にしていい時ではない。
今が物語の佳境なのだから、くだらないことで主人公の気を患わせてはならない。

そうは思うのに、気づけば口にしていた。


──なあ、錆兎よ。
──なんだ?宇髄。

視線はまっすぐ前を向きながらも、彼の注意が少しばかり横に並ぶ自分に向けられていることを感じて天元は問う。

──俺は姓で、坂田や碓井を下の名で呼ぶのはやはり大江山仲間だからか?


ああ、それならば、自分だって大江山で共に鬼を退治した祖先が欲しかった。

…と、童のようだと内心自嘲しながらも、天元はそんな思いが抑えられない。


坂田の…碓井の子孫より、自分が能力的に劣っているとは天元は思ってはいなかった。

そうなると考えられるのはただ一つ…大江山を共に見た先祖を持ったかどうかだと思うと、それを持たぬ自らの身が口惜しい。


ドロリと腹の奥から湧き出る嫌な感情をなるべく表に出さぬよう、極力淡々とした物言いをしたのだが、それが功を奏していたのか、あるいは光の中を歩く主人公はそんな醜い感情など想像も出来ぬのか、本当にきょとんとした顔で首をかしげた。


坂田や碓井は大勢いるから。
姓で呼べば全員返事を寄越してくる。
その点俺にとっては宇髄はお前ひとりだからな。
他に宇髄を名乗る者が大勢いても、それは俺にとっては”宇髄殿”であって、ただの”宇髄”ではない。
俺が親しく呼び捨てできる宇髄はお前だけだ」


それがどうかしたのか?と、心底不思議そうに聞いてくる錆兎に、宇髄は拍子抜けしてしまう。

そうだ、こいつはそういう奴だ。
こと人間関係に関しては裏表なくまっすぐで単純で他意がない。

そうか…大勢いるゆえに姓で個人を示せない坂田や碓井の方ではなく、特別だったのはただ一人きりその姓で親しく呼ばれている自分の方だったのか…

バカバカしくもどこか嬉しくて、天元は思わず吹き出してしまう。



──なんだ?坂田や碓井の面々に何か言われたか?

と、まったく意味がわからんとばかりに聞いてくる錆兎に天元は

──いや?なんでもねえよ。単に俺が不思議に思っただけだ。気にすんな

と、軽く首を横に振った。


大江山を共に見た先祖はもたない自分だが、自分自身がこうして2人きりで大江山に向かうのだから、どちらが重要などとは考えてみるまでもない。

さあ、子どもじみたことを気にするよりも、主人公の宝の奪還に集中だ。


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