前世からずっと番外3_11_宣戦布告

──おかえり、どうだった?

赤々とした夕焼けを背にひじ掛けに肘をついたまま、にこやかにそう言い放ったのは我らが船長である。

色々ありすぎて本当に生きた心地がしなかったムラタは、そこで今度こそ大きく肩の力を抜いて息を吐き出した。


「なに?今回の諸々って何かのたくらみだったりしたわけ?」

と、もう遠慮もなく言われるのを待つこともなく、デスクの正面の応接セットのソファに身を投げ出すと、

「あ~…ムラタは表情に出るかと思って言わなかった。
すまなかったな。
でもマリアが全てうまくやっただろう?」
と、苦笑する錆兎。


確かに恐怖や不安などのメンタルはとにかくとして、物理的にはムラタには危険が迫ることは一切なかった気がする。

なのでそれに頷くと、錆兎は──そうか、それなら良かった──とムラタに笑顔を向けたあと、

──それで…”雪華”の点についてはどうだった?
と、少し笑みを消した真剣な顔をマリアに向けた。

マリアは錆兎の問いに答える前に、使用人に対して義勇のために菓子を用意するように申し付ける。

そして使用人が部屋を出て4人きりになると、

──違和感を感じた様子はなかったから…今回の襲撃は単純に商業圏の奪取のためのものだと思うわ。まあ、正確な所は生け捕った男たちから聞き出して確定させるけど…

と、淡々と言った後に、

──リー家の聞き方で…ね
と、にやりと壮絶に美しいがぞわりと背筋が一気に寒くなるような笑みを浮かべた。

そんなどこか意味深で冷酷な響きを持つマリアの一言で、一気に室内がおどろおどろしい空気に包まれる。


何故だか震えが止まらなくなったムラタとは違い、そんなマリアの様子にも

──ああ、そのあたりは任せる。俺もこれから忙しくなるからな。
と、錆兎は全く動じずににこりと微笑んだ。



「…で?…俺は聞かないほうが良いのかな?それなら先に船に帰っておくけど…」

錆兎はとにかくとしてマリアは怖い。
聞いてはいけないことを耳にしてしまったらまずい気がする…

そう思ってムラタはそう申し出るが、当のマリアに

「あなたはこちら側の人間でしょ」
と、腕を掴まれてソファに座りなおさせられる。

もちろん錆兎もそれを止めない。

それどころか
「そうそう、一蓮托生組だな」
とまで言って少し悪い顔で笑う。


そうして最後、隣に座る義勇が

「諦めたほうがいい。錆兎と姉さん、2人に引き込まれたら逃げられないと思う。
桃饅頭が来たらお前にもやるから」
と、買い物の合間に買ったナッツをざらざらとムラタの手に出して寄越して、自分も残った分を袋から摘まんでかじりはじめた。

いや、別に逃げたかったわけじゃないんだけど…と口の中でモゴモゴと歯切れ悪く言いながらも、ムラタはソファに座りなおす。

そう、知られたくないことを知ってしまったらマリアが怖いと言うのも確かに部屋を出ようとした理由の一つではあるが、錆兎の性格上、お前はもう関係ないから出て行ってくれとは言えないだろうと空気を読んでみたというのが、もう一つの理由だ。


「今回の行動は違和感一つ与えることで色々に影響が出るだけではなく、下手をすればお前や義勇に危険を与えかねないことだった。
だから、真相を知る人間を極力減らしたかったんだが、疎外感を与えたのならすまなかった」

と、錆兎に頭を下げられて、

「いや、そうじゃなくて…お前が聞かれたくない事だけど俺に席を外してくれと言いにくいのかなと思ったんだ」

と、さすがにマリアが怖いからとは言いにくいので、もう一つの方の理由をあげると、

「やっぱりムラタは優しい良い奴だな」

と、錆兎があまりに疑いもなく心からといった風にそう言って笑うので、なんだか少し罪悪感を感じてしまった。



まあそんなやりとりのあと、例によって説明は錆兎よりも上手いということで、マリアの口から今回の諸々について告げられる。

「おそらくね、クルシマの手先と思われる人間たちが雪華を拉致しようと狙っているという情報が入ったの。

そこで知りたかったのが、ミナモト商会の総帥、あるいは私、マリア・リーが大切にしている”雪華”を拉致したいのか、あるいは、”覇者の証”の資格者かもしれない”義勇”を拉致したいのか。
それを探るのに直接接触を図るため、今日わざと少人数ででかけたのよ。
襲撃者の反応を見た限りでは、おそらく前者のような気がしたんだけど…?」

と、マリアはそこでチラリと錆兎に視線を送る。


それを受けて錆兎は
「そうだな」
と、頷いた。

「ちょうどマリア達の襲撃があった頃、ギルドからクルシマからの宣戦布告を受け取ったから」
「そう…。じゃあ、決定と思って良さそうね。後者なら拉致したことを隠してことを進めたいところでしょうから」
「そうだな」

と、2人はまた2人にしかわからないやりとりをして、しかしすぐ、マリアが説明のためにムラタを振り返った。


「さっきの話だけどね、もし前者だとしたら、雪華を人質に取ってシェアの拡大を有利に進めるか、あるいは、錆兎が前に話した資格者だと思っていて錆兎をおびき寄せるのに使うかしようとしているのだと思うのね。

逆に後者だとしたら、目的が覇者の証の取得だから、このタイミングで宣戦布告をしてやることを増やす意味はないでしょう?

それで今回は、向こうからこのタイミングで宣戦布告をしてきたというのは、部下が拉致してきたら即交渉に入ろうと思ったんでしょうけど…」

「先走り過ぎたな」
「…そうね」

にやりと視線を交わし合う錆兎とマリア。


「すでに総督府に待機させていたシェンに杭州のクルシマの分のシェアも確保させて独占済みだ。
あとはシェアを分け合っている長崎の部下にも今日あたりに宣戦布告が来ると予測して戦闘状態になったら即シェアを買い占めろと指示して長崎の総督府に詰めさせている。
向こうは自分たちのタイミングで宣戦布告をするからこちらの対応は資金の準備も含めて一歩遅れると思っているから、逆に急がないとと思っていないだろうからな。
一両日中には長崎からもいい知らせが入るだろう」


基本的には一度手にしたシェアは何か街で悪評でも流れて地主に解除されて減るくらいしか失うことはない。
が、戦闘状態の勢力と同じ街にシェアを持っている場合は、金を払えば相手のシェアを奪い取れる。

何故なら戦闘状態の勢力が同じ街で隣り合ってシェアを持てば、敵対勢力の人間同士が街に滞在することが増え、結果いざこざが起きることが多くなるので、そういう状態を街が嫌うからだ。

だから速やかに金を出してくれる勢力に反対勢力のシェアを売って追い出してしまうのが通常だ。

もちろん追い出された勢力も黙って引き下がるわけではない。

港から追い出された船団は海上から攻撃をしかけてくる。
そうすると総督府に寄付した金で強化される防壁が重要になってくる。


そのあたりはずっと海にいた錆兎よりもはるかに詳しいマリアの指示に従って、主船団が修業中に貿易を続けていた別船団が稼いだ収益の半分を、自身が独占する、または独占予定の街の総督府に寄付をして防壁を強化させていたらしい。


「…杭州は早いうちに発展度と武装度をマックスにしておいたしな。
鉄鋼船の建造もちょうど終わって今造船所のドックに預けてある。
明日には準備を整えて、明後日にはクルシマの本拠地の大坂港へ向けて出港だ!」

そう言う錆兎はなんだか生き生きとしているように見えた。

いや、いつでも生き生きとはしているのだが、なんというか…水を得た魚のようというのが正しいのだろうか。

彼は本質的には商人というよりやはり武人の頭領なのだろう。


「出航の最終確認は私がやるわ。
錆兎はそれまでこの館で少し休んで。
私の雪華のこともよろしくね。
ムラタは何かあった際の連絡係としてここに残って」

全ての説明と状況確認が終わると、マリアはそう言って立ち上がり、

「桃饅頭はすぐ来るし、その他にも色々点心を持ってくるように命じておくから好きなだけ食べておきなさい。
明後日からはまた海の上だしね」
と、義勇の頭を撫でた。

そんなマリアに
「うん、姉様も気を付けて」
と、義勇も当たり前に応じる。

それに笑みで返すマリアの表情は杭州の女帝とは思えないほど優しい。
本当に便宜上の”フリ”とは思えないほどで、仲良し姉妹にしか見えない。


「じゃ、そういうことで私は行くわね。
せっかく守り切った”私の妹”に何かあったら、提督でも容赦しないわよ?」

と、錆兎に向ける凄みのある笑みは女帝のソレで、ムラタはこの3人の関係性がよくわからなくなった。


…が、

「確かにお前の妹、雪華でもあるかもしれないが、こいつは俺の半身、義勇でもあるからな。
小指の先ほどの怪我を負わせるつもりもないから、安心してくれ。
戦闘準備の方は頼んだ」

と、こちらも圧のすごい笑顔でそう応える錆兎の様子を見ていると、なんだかもう、何が来てもそこに義勇が無事鎮座しているなら、この竜虎が瞬時に殲滅する気がする。


出航は2日後…早ければ1週間後には東アジア中にミナモト商会の旗がたなびいているのかもしれない。

そんなことを思いながら、ムラタは義勇にもらった使用人が蒸して持ってきた桃饅頭をチビチビとかじりはじめた。


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