前世からずっと番外3_9_修行

──さぁ~!今日も鍛えるぞぉぉ~~!!!

ミナモト商会総帥、サビト・ミナモトはとてもいい笑顔で片肌を脱いだ。

もう鍛錬好きすぎだろ、こいつ…とため息をつきながらも、その脳筋船長の鍛錬に付き合ううちに知らず知らず細マッチョになってきたムラタはマストに登る。

ずっとデスクワークしかしたことがなかったので、この生活が始まった当初は途中でバテて半分くらい登っておりてだったのが、今ではスルスルと上まで登れてしまう。

自分もずいぶんと変わったものだと、ムラタは自身についても呆れかえる思いだ。

ムラタだけではない。
義勇とマリアを除くほぼほぼ全員が筋骨隆々かそれに近い状態になっている。

水夫たちが船長と直接トレーニングを共にする間、操帆手の代わって帆を操れるようになるまでにはやや時間がかかったが、今では慣れたものだ。



それは今から半年ばかり前のことである。

マニラとマカオの往復でだいぶ資金に余裕が出来た頃、錆兎はいきなりさらに5隻の船を購入。
それで船団を作ってマリアの伝手で雇った信頼できるそこそこの能力の男にそれを託した。


「まだほぼ東アジアでしかシェアがない状態でもう1艦隊作った理由を聞いてもいいかしら?
あなたを信用してる。
でも私は私で商会の利益のために動くことになるから、情報は共有させて欲しいの」

と、まだ支配圏がほぼ東アジアだけの状態で複数の船団を作っても利益はあまり見込めないのでは?と暗に聞いてくるマリアに、錆兎はもちろん不快感を見せたりはしない。

「そうだな、すまん。
今回は決定事項だが、次回からはマリアに相談してから動くことにする」
と、逆に謝罪をした上で、しかし方向性としては全く後悔も反省もするつもりはないのだろう。

実ににこやかにきっぱりと、
「第二船団に資金稼ぎは任せて、俺たちは鍛錬に勤しんで自身を鍛えて鍛えて鍛えるぞ!」
と、脳筋発言をかましてくれた。


マジかよ、おいおい、なんのため?

と船長室でせっせと書類作成に勤しんでいたムラタは手を止めて、船長と…そして自他ともに認める”船長の姉貴分”の女傑、そして、さすが錆兎だっ!と頷く、何もわかってはいないのだろうが錆兎の言うことは全て正しいと思っている錆兎強火担である義勇の顔を交互に見比べるが、杭州に拠点を持つ大財閥の総帥様にはそれだけで伝わったらしい。

「さすが錆兎ねっ!」
と、まるで義勇のようなことを言って頷いている。


マリアは錆兎を信頼しているし好意も持ってはいるものの、義勇のように錆兎が言うこと成すこと全て正しいと盲信しているわけではない。
つまり、ムラタが理解できないだけで、双方の言葉の裏にはムラタにはわからない深い意味があるのだろう。

マリアと違ってムラタは個人の判断で錆兎を通さずに単独で動くことはないので、知る必要がないと言えばない。

寂しいがそういうことだよな…と、やや肩を落としてまた書類に視線を戻すムラタに、そのあたりは驚くほど敏い錆兎は

「ああ、皆に伝える前に、ムラタにも説明しておくな?」
と、言葉をかけてくれた。


…もう、お前そういうとこだよっ!!
と、目頭が熱くなる。

錆兎は意識的なのか無意識なのか、しばしばその時に相手がとても欲しがっている言葉を投げつけてくるから、皆彼のために必死に働こうという気になってしまうのだ。

こうして錆兎が説明しようと口を開きかけた時、マリアがすかさず

「私が説明するわね?
私の理解の確認もこめて」
と、それを引き受ける。


「ああ、そうだな。説明は俺よりマリアの方が上手いしわかりやすい」

と、飽くまで自分がと言い張ることなく、相手を立てた上で任せるのが錆兎の錆兎たる所以だとムラタは感心した。




「つまりね、私達が目指すところはひたすら金銭を稼ぐということではないの。
まずは打倒クルシマ。
その後、東アジアの覇者の証を手にして、それからは東南アジアからインド洋、アフリカ、欧州、新大陸まで7つの海を回りつつ、各地の証を集めることになる。

そうすると当然攻撃も仕掛けてこられるし、戦闘も必要になってくるわ。
ただ航海するのと違って船の操縦もシビアになるし、もちろん剣技や体術も磨かなければならない。
だから海賊クルシマとの闘い、外洋に出てから欧州の列強との争いに備えることが、私達には急務なの。

…そこで資金繰りの方を思い切って他人に任せて鍛錬に専念という思いきりの良さはさすがにすごいと思ったけれど…」

と、にこやかに言うマリアに異議を唱えないということは、錆兎の考えはおおむね今マリアが説明した通りなようだ。

こうして自分達がやっていた交易を部下に任せて、錆兎はしばらくは自身の艦隊は船員達に船の操作や基礎鍛錬、そして体術や剣技を磨かせるためにかつて知ったるらしい瀬戸内海へと向かわせた。

そこでは港には一切寄らない。

水は泉や川、食べ物は時折陸地に降りて探索隊が動物を狩ったり食える果物などを見つけてくるという形で調達する。
もちろん船上で貯める雨水や海から取る魚も貴重な食料だ。

そんな中で雨にも嵐にも強い日差しにも負けずに鍛錬を続けていれば、さすがに逞しくもなって行く。

そうして半年間…ただひたすらに鍛えて鍛えて鍛え上げて…おそらく船員としては最弱の部類だったムラタでさえ普通に陸地に降りた時にはイノシシの一匹くらいは狩れるようになっていた。

…というか、ムラタがたまたま出くわしたイノシシを倒して帰ったのがきっかけだったようだ。


──そろそろ頃合いか。杭州に戻るぞ。
と、錆兎がいきなりそう言った。

それに少し残念そうにする者も歓声をあげる者も。


その中で、珍しくマリアが嬉しそうに

「久々に買い物ができるわねっ」
と、笑みを浮かべる。


この半年、操舵も操帆も船の修理も…それこそ普通に食料収集の探索隊までなかなか興味深げな様子で加わっていたのでこの生活が気に入っていたのかと思っていたが、そこはやはり女性だったのか、服や化粧品、あるいは街でしか入手できない繊細な菓子などを買えるのが楽しみなのか…と、ムラタは少し意外に思ったのだが、マリアは上機嫌で

「そろそろ雪華の化粧品も切れてきたし、服も代わり映えしなくなってきたしね。
杭州に寄ったら色々取り寄せましょう」

と、半年の修行航海で何故か一人だけ髪はサラサラ肌はつやつやにと美しく変貌した義勇を愛おし気に抱きしめながら言った。

ああ、そっちでしたか。そうですよね…と、ムラタは遠くを見る目になる。



マリアが実はリー家から逃がすために錆兎に託した自分の妹だった設定にした義勇を、マリアは実に楽し気に着飾らせて可愛がった。

一応妹の名前として雪華(シュェファ)と言う名を用意はした。
服装も乗船時に持ち込んだ綺麗な漢服を着させて、船の中を連れ歩いて船員達の目を楽しませている。

興が乗ると、──雪華、私の可愛い妹…と、抱え込むマリアに、最初は緊張していた義勇も元は姉のいる弟だったこともあり、すぐに慣れてしまったようだ。


元々綺麗な顔立ちだったのと、マリアの絶妙な肌や髪の手入れと化粧技術で、もう本当に庶子なために不遇な身の上だった薄幸の美少女にしか見えなくなった義勇を前に、水夫達の

──ほんと、すっかり騙されてたよ。錆兎船長も言ってくれればいいのに…
──いやいや、お前の目が節穴すぎ。あれはどこをどう見ても美少女だろ。俺は気づいてた!

などという会話が交わされるたび、

(いや…節穴なのはお前の目の方だから。あれは実は男だから…)
と、心の中で突っ込みを入れるムラタ。


(まあ…でも知らなければ俺も騙されたクチかなぁ…)

と、しかし実際に目の前にしてみると、知っていても強く少女だと言われれば信じてしまわないでもないんじゃないかと思ったりもする。


なにしろ…マリアが妹として扱うのもそうだが、それ以上に印象深いのが、錆兎の義勇に対する態度だ。

他の船員達に対するのとは明らかに違う。

下手をすれば本当の女性のマリアに対するよりも大切に大切にお守りしているかのように見える。


そんな錆兎に対する義勇も、本当に信頼しきって己の身を預け切っているような感じなので、もう同性同士の友情には見えない。

まだマリアとの間の方が同性に近いような感覚を持っているように見えた。


ともあれ…おそらく杭州に寄港したあとは、いよいよ対クルシマ戦だ。
ムラタの人生初の戦闘まっしぐらである。


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