前世からずっと番外3_8_女帝の策略

義勇のことは錆兎がマリアから預かったマリアの妹で、身分を隠すために男装をさせた上で亡くなったばかりの幼馴染のフリをさせて連れ歩いていたことにして、義勇の生存を隠そう…というのが、マリアの提案だった。


彼女いわく…

リー家では…というか、でも、というべきか。
そこそこの財力や権力のある家によくあるように、多くの庶子が産まれる。

それをどう遇するかは家々で違うとは思うが、少なくともリー家の場合、男子は血をばらまかぬように幼いうちの殺され、女子は当主に子が出来なかった場合に確実にリー家の血筋の子を確保するために残されることが多いそうだ。


何故血筋の確保に残されるのが女子かと言えば、男子の場合は生まれてくる子が自分の子であるという可能性は100%ではないが、女子の場合はリー家の娘本人の腹から生まれるので、確実にリー家の血を引く子だからである。

もちろんその女子も生かされはしても完全に管理され、外出もままならず、いわゆる幽閉状態だ。


そんな妹の一人をマリアが気に入っていて、その境遇を哀れに思って慰めにと街に連れ出したところで、偶然杭州に立ち寄った錆兎がたまたま亡くしたばかりだった幼馴染によく似ていたために声をかけてきた。

そこでマリアは妹の幸せを願ってこっそり錆兎に託すことにしたが、当然見つかれば問題になる。

なので自分が正式にリー家の実権を掌握するまでは身元を隠すために錆兎の幼馴染の少年として匿ってもらうようにと頼んだという設定にしようという。



いやいや、さすがに無理があるだろう、と、錆兎は言うが、マリアは笑って

「義勇はあと2,3年くらいは余裕で妹で通せそうじゃない?
ほら、これなんてとても似合うわよ」

と、薄い青地の漢服をふわりと義勇に羽織らせる。



確かに義勇はまだ線が細く綺麗で愛らしい顔立ちをしているので、流れる波のようにふんわりと美しいドレープを描く服を羽織ると、この世のものとは思えないほど可憐な美少女にしか見えない。

そんな義勇に思わず見惚れて言葉を失う錆兎に、

──清く正しくまっすぐで優秀な弟のあなたでもいいけど…可愛い妹の恋人ということなら両方まとめて守ってあげられるわよ?

と、なんだか楽し気なマリアに、これはもう敵わないな…と思ったところに、義勇が薄絹を手に取って

──…綺麗だな…

と、ほわりと微笑んだので、どうやら本人が全く嫌がっていないらしいことを悟って降参した。


「私は実権を掌握して自由に出来るようになったところで、預けていた妹がどうやらあなたを気に入ったらしいと知って、あなたが可愛い妹を託すのにふさわしい男かどうかを見定めるため、しばらくあなたの船に乗ることにした。

これで義勇の身元を隠すと同時に、秘密裏に海軍力を高めるためにあなたの船で学ぶという、鎖国を推奨する政府の方針に反したことをする私の目的も隠せるし、一石二鳥でしょう?」

との言葉に、なるほどそちらの意味もあってこれなのか…と錆兎も納得する。


権謀数術渦巻く世界で大きな力を持つ家系の総帥様は、ぞっとするほど美しくも一筋縄ではいかない女性らしい。

敵には回したくないが、これが味方になると思えば確かに頼もしい。
最強の参謀だ。

自分自身の身はまあいいとして、義勇の安全は絶対に守りたい。

もちろん自分が守りきりたいというのはあるが、どれだけ努力してどれだけ気を配っても完璧と言うのはありえないと言うのは、過去に一度だけ経験している。

だから自分自身のプライドなど二の次だ。

優秀な味方は多ければ多いほどいい。


ということで、義勇についてはマリアの提案を採用することにして、まずは自分の船の水夫たちに告げてみたのだが、さすがにバレるか?と思ったら全くバレなかった。

というか、納得された。
ついでに大歓迎された。
マリアについては知っている者も知らない者も。

だが、知っている者達は、リー家の総帥が普通にまだ立ち上げて間もない小さな商会の船に一乗組員として乗るということに驚いて、しかし、その理由が妹の婿候補を見定めるためだと言う言葉に納得。

泣く子も黙るリー家のやり手の総帥は実は妹が可愛すぎるシスコンだったのか…と、なんとなく和やかな空気になりさえした。


…ということで、参謀にマリアとその腹心のシェンを迎えて、とりあえずはマリアが安心して世界を回れるよう、力をつけてクルシマを倒すというところを第一の目標と定めることにする。

勇者と天使と東アジアの女帝が揃ったらもう、むかうところ敵なしだ、と、水夫たちも盛り上がって、改めて、ミナモト商会を東アジア一の商会にすべく邁進し始めた。



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