契約軍人冨岡義勇の事情38_地獄と言うのは業火に焼かれる事でなくそこに愛する者がいないことである

体力が尽きるまで泣き叫び続けて、静かになったのはその日の夜…

その静けさを逆に心配した実弥は、義勇を抱きしめたまま茫然自失の体でうつろに虚空を見つめている錆兎を見て、声もかけられずに立ちすくむ。

一方で宇髄の方はそんな空気を読む事なく、義勇の横たわっているベッドと錆兎が腰をかけている椅子の隣の小さなテーブルに持って来た食事のトレイを置いた。


「泣くのも悲しむのもいいが、食べるだけは食べとけよ。
それでも俺らは生きていかなきゃなんねえんだから」

カタリと置かれたトレイとかけられた言葉に、錆兎は虚ろ目をテーブルの上に向ける。
そしてぴたりと止まる視線。


血走った眼…

錆兎が動く。
包帯が巻かれていない左手がトレイに伸びて食事に添えられたナイフを取り、それを己自身に向けた。

声もあげられずに息を飲む実弥。

しかしながら伊達に特殊部隊のエースと言われてはいない。
すでに錆兎がトレイに向けた視線を見た瞬間に動きだしていた。
そして首元に伸びる錆兎の手を掴んでナイフを取りあげ、押さえつける。

それを見て口をひらくのは宇髄のほうだ。


――何してんだよ。いい加減にしとけ…

普段のテンションの高さなど想像もつかないほど低い声でそう言う宇髄と対照的に、いつもの淡々とした冷静さなど嘘のように声高に

――なんで俺は生きているんだっ?!!守るべき相手も守れず生きてる意味なんかないだろうっ!!

と叫ぶ錆兎。



――…死なせてくれ…頼むから……

と急に弱々しくなって続く言葉。


しかし当然友人達にはそれは受け入れられず、その後は手で食べられるモノが用意されたが、食事どころか水の一滴すら錆兎は口にしようとしない。

オロオロとそれを見守る実弥。

宇髄は何やら準備を進めている。



そして…義勇が時を止めて丸一日たった朝…薄暗く空気が止まった部屋のカーテンを宇髄はさ~っと引いた。
朝の陽ざしの眩しさに目を細める実弥と、義勇を抱きしめたまま微動だにしない錆兎。

その双方に宇髄は
「今日の午後な、葬式するぞ」
と、淡々と宣言した。



「葬式……」

複雑な表情で実弥が振り返ると、錆兎は絶望に打ちひしがれたような表情で義勇を抱きしめたまま首を横に振った。

「イヤイヤじゃねえよ。
このまんまって言うわけにもいかねえだろ」

はぁーと少し俯いてため息をつく宇髄。
昨日から色々動いていたのはこのためらしい。


「ぎゆうを…土に埋めろっていうのかっ!」

「弔ってももらえなかったら義勇だって可哀想だろ?」
感情的に叫ぶ錆兎とは対照的に宇髄は飽くまで淡々としている。

いつもとは真逆な2人の間を実弥は口を挟む事が出来ずにやや困惑気味に視線をさまよわせた。

そして互いに視線を向ける宇髄と錆兎。


「…お前は……なんでそんな事言えるんだ…
ぎゆうを冷たい土の下に埋めるなんて……1人ぼっちにさせるなんて……」

「錆兎、お前さぁ…自分が死んだら腐ってく様を晒されたいのか?
俺はそんなのごめんだが」

唇を震わせる錆兎に宇髄が少し苛々してきたような様子で答える。



「…腐って…………」

その直接的な表現は錆兎には衝撃だったらしい。
蒼褪めた顔から完全に血の気が引いた。

言葉に詰まる錆兎に宇髄はさらに追い打ちをかける。

「それとも…はく製にでもして飾っておきたいのか?
その方が可哀想だと思うぜ?
死体晒し続けて何が楽しいんだ?
離れたくないなんて言うのは生きてる奴のエゴだろ。
死んだあとくらい安らかに眠らせてやるのが思いやりってもんだぜ?」

正論に打ちのめされる錆兎。
充血して真っ赤に染まった目を大きく見開いて、今にも死んでしまいそうに見えた。

少なくともずっと寄りそっていたもう1人の友人の目には…


「花を入れてやろうぜェっ!義勇の好きなやついっぱいなァ。
あと…そう、ヌイグルミ!たくさんあっただろォ
こいつ好きだったからなァ。
大好きな花とヌイグルミいっぱいに囲まれたらきっと寂しくないだろォ」

たまりかねて実弥が間に入って叫ぶように言った。


――なぁ?入るだけ全部入れてやろうなァ、いっぱいあっただろォ?

と、今にも気を失いそうに血の気を失った錆兎をなだめるように、そう語りかける。


「…ヌイグルミ……」

「ああ、そうだ、ヌイグルミだァ。
そうだ、いっつも抱きしめてたのあったよなァ、あ~なんか名前つけてた……」

「…ビィ…君」

「ああ、そうだった、ビィ君なァ。
そいつもいれてやろうなァ」


まるでかつて弟や妹に言っていた時のように柔らかくそう言う実弥に錆兎は堰を切ったようにまた泣きだした。



――…守って…やりたかったんだ……

――ああ。そうだよなァ

――…でも…死なせた……

――あ~、まあ結果的にはなァ。でも幸せだったんじゃね…

――…危険な目…合わせただけで……不幸にした……

――んーでもなァ、幸せだったから…幸せにしてくれたお前のこと守ろうとしたんだろうよォ。

――…要らな…い…ぎゆ…守れたら……それで良かった……俺の命なんて…要らな…かっ…た……

――困ったもんだなァ。きっと義勇も同じ事思っちまったんだろうなァ。


泣きながら訴える錆兎の言葉に実弥は少し困ったように微笑んで根気よく答え続ける。


その様子を見て宇髄は肩をすくめ

「じゃ、そう言う事で準備してくるわ」
と、そっと部屋を出て行った。




そして午後…身内もいないので参列者はたった3人の静かな密葬…。

義勇の小さな遺体を入れるには随分と大きめの棺桶を用意したのは、朝がたの錆兎と実弥のやりとりを聞いていた宇髄だ。

下手をすると遺体自体よりもスペースを取っている真っ白な薔薇の花とヌイグルミ達。
生前と同じようにグルリとヌイグルミに囲まれて横たわる義勇はまるで眠っているように見える。

最期の別れを…と促されて、錆兎は胸元で組み合わされた義勇の手をそっと外し、その腕の中にお気に入りだったピンクの毛並みのウサギを持たせてやった。


自分と同じ色合いの毛並み。
それを見たら堪らない気分になった。


「そろそろ…閉めるぜ?」
との宇髄の声に、錆兎はそのウサギごと義勇に覆いかぶさった。


「いやだっ!!俺も入るっ!!
ウサギの代わりに俺が入るっ!!!!」


そうだ。
同じ色合い。
名前だってたぶん自分からとったに違いないウサギはこの先土の下でもずっと義勇と一緒で見守っていけるのだ。

ヌイグルミでさえ見守る事くらいは出来るのである。



「俺も入るっ!一緒にいるっ!!
……頼むから……引き離さないでくれ……
俺の手の届かないところにやらないでくれ……頼むから……」


可愛かった
好きだった
…ただ、幸せにしたかった

でもそれが叶わない望みだったなら、せめて最後まで守らせてくれ
一緒に居させてくれ

そう願う事のどこが悪いのか錆兎にはわからなかった。


強く思って泣き叫びながら訴えて…次の瞬間……
錆兎の意識は深い闇に沈みこんでいった。


Before <<<  >>> Next (7月3日公開予定)




0 件のコメント :

コメントを投稿