契約軍人冨岡義勇の事情31_忍びよるとき2

…痩せたな……
書斎で書類に向かいながら、錆兎は悲しい気分でため息をつく。

本当に考えたくはないのだが、このままだともう手術は無理だろう…。

おそらくあのタイミング…本来義勇が手術をする事になっていたタイミングが最後のチャンスだったのかもしれない。
それを軍部同士のゴタゴタでふいにしてしまった。

そしてその時の事故が原因の記憶喪失のせいで、義勇の精神状態が著しくよろしくなく、おそらくそれが原因で心臓の状態が安定せず体力が戻らない。

ゆるやかに…本当にゆるやかに死に向かうのを止める事ができない…



(何が天才だっ!)
ガン!と苛立ちにまかせてデスクを叩いても、残るのは鈍い音と手の痛みだけ。
そんな事をする事自体、本当に無意味だと思うが、苛立ちは消えない。

錆兎の人生の中でこんな風に八方ふさがりで成すすべがないのは初めてだ。

幼い頃から自分を律して培ってきた知識も身分も財力も何もかも、一番大切なあの子の命を繋ぎとめる…その一点に関してだけは何の役にも立たない。

それがむなしくも苛立たしい。

はぁ…と息を吐きだして、錆兎は握ったペンを放り出した。
そんな事を考え始めると本当に仕事になりはしない。


一休みしてコーヒーでも淹れるか…と、立ち上がってキッチンでお湯を沸かし、その間にきちんと計量カップで測って手動で1人分豆を挽き、それをドリップで淹れる。

若干手間はかかるのだが、煮詰まっている時にはこの手間をかける時間がクールダウンするのにちょうどいい。



精神状態の悪さは記憶喪失からくる不安が原因なのだろう。

一体どうしたら安心させてやれる…?
フィルターに淹れたコーヒーの粉に湯を注ぎながら錆兎は考えた。

自分が生きて行くのに義勇が必要で、自分が生きていると言う事はおそらく今の東ライン軍にとってはトップクラスに重要な要素である。

それだけでは義勇がこの場に必要な理由としては弱いのだろうか……


ああ、でも信じられていないのかもしれない。
義勇は自分じゃなくても錆兎には代わりの人間がいくらでも見つかる…というか、もっとふさわしい人間が居るに違いないと思っている節がある。

自分には義勇じゃないとダメなのだ…本当にダメなのだ…
それをまず信じてもらわなければ話が始まらない。

そんな事を考えながら茶色い液体が丁度カップ1杯分ほど溜まったサーバーからコーヒーをカップに移そうとして、錆兎はピクリと手を止めた。



何か変な気がする。

何が…とは言えないが、おそらく錆兎が普通に基地の奥で采配を振るっているような司令官だったら気付かないような空気…。

慌てて手に持ったサーバーを置くと、錆兎は書斎にかけ戻って銃を手にした。
それとほぼ同時くらいにプツっと灯りが消える。

そこで窓から確認すると、この部屋だけではなくこの上級将校の棟全体から光が消えているらしい。

停電でも即機能するはずの非常電源もつかないところをみると、通常の停電というわけではなさそうだ…。



(内部に潜入してたやつの仕業か……)

外部にいる時と違って、皆がすでに帰宅している状況で上級将校の宿舎全体の電源を落としていると言う事で、警備の人間も誰がターゲットと絞りにくく対処しにくい。

仕掛けた奴はそこそこ頭の切れる人間らしい。

さて、狙われているのは誰なのか……


実弥などとは違って錆兎は飽くまで実働部隊ではないのだから、他のフォローに行かないでも責められるものではないと思う。

とりあえず義勇と自分の身の安全が図れればそれで良い。

そう判断して、寝ているとは思うが万が一起きていて心細い思いをしていたらと、錆兎は義勇の寝室へ向かう事にした。


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